「椅子が壊れるか、オレが壊れるか」。キャスター付き事務椅子で商店街を駆け抜ける「いす-1グランプリ」が3月28日、京都府京田辺市で開かれた。今年で6回目、57チームが参加。F1さながらのデッドヒートが話題となり、全国各地から注目を浴びている。
■2時間耐久、人も椅子も限界
買い物客を横目に事務椅子に座った選手たちが、ガラガラと音を響かせながら次々とすり抜けていく。衝突や転倒はお約束、中にはキャスターの脱落など、マシントラブルでコントロール不能に陥るものも。レースは序盤から荒れ模様だ。座ったまま地面を蹴って前進するというシンプルな競技だが、懸命に両脚を動かすしぐさがコミカルで、沿道の見物人の笑いを誘っている。だがオフィスの床と違い、アスファルトの道路では思うように滑らず、想像以上に過酷なようだ。
レースは2時間耐久。1チーム3人で交代しながら、1周約180メートルのコースで周回数を競う。使用できるのは市販の事務椅子のみ。装飾は自由だが、キャスターの補強やタイヤ交換などチューンアップは禁止だ。レース前には「車検」を行い不正をチェック。サーキットとなる公道も約9時間交通規制するなど、競技性にもこだわっている。
「もうあかん、心が折れそうや」。コースの一角に設けられた「ピット」に、汗だくになった選手が次々に倒れ込む。壊れたキャスターの交換作業の傍ら、彼らにもマッサージやアイシングなど回復措置が施されていた。見るからに体育会系の若者も音を上げ、ただごとではない形相だ。
■地道な努力とチームワーク
過酷なレースだけに各チームともトレーニングや作戦会議にも熱が入る。大会間近の京都信用金庫田辺支店。終業後、スーツ姿の行員らの練習が始まった。スクワットなどの筋力トレーニングに走り込み、徹底した下半身強化メニューで馬力アップを図る。地元ながら過去5年は苦汁をなめてきた。その反省と経験を踏まえ、今年は徹底的に戦略を見直した。まず選手交代のタイミングを2周から1周に変更。交代による時間ロスを考慮しても体力の消耗を防ぐ狙いだ。また軽量で小回りのきく新しいマシンも導入。コーナーのコース取りも大外周り、路面が荒く転倒リスクとキャスターへのダメージが大きいインコースは避けた。さらに周回ごとに座高を調整、脚の筋肉にかかる負担を分散させる気の配りようだ。
結果は2時間で117周、見事念願の3位入賞を果たした。同僚の声援にも後押しされ、「全てがかみ合った」。レース後、出場2回目の吉村陽介さん(25)は「燃え尽きた。今は何も考えられないが、きっとまた出場したくなるだろう」と、高揚感にあふれていた。
■アイデアは偶然に
「いす-1グランプリ」が生まれたのは、シャッターの下りた店舗が目立つようになった6年前、月がきれいな夜だった。「キララ商店街」事業協同組合理事長の田原剛さん(45)は、店主らを集めて活性化の起爆剤となるイベントを考えていた。「誰でも参加できる身近なもので……」。アイデアが乏しいまま深夜となった。何を思ったか仲間の一人が事務椅子に座ったまま、寝静まった商店街の路上に出た。すると後を追うように一人また一人。月明かりの下、いつの間にか男たちは夢中になってこぎ始めた。「これ、おもろいやんけ」
数日後、店主らは市役所に出向いてレースへの思いを熱く語った。予想に反して担当者の反応も好意的。かつて先生の椅子を拝借し、小学校の廊下で仲間と張り合った経験があったのだ。すぐさま警察にも掛け合ってくれ、道路使用許可も下りた。F1でホンダの活躍を知る世代、「いす1」のネーミングにもピンときた。もちろんBGMはあのメロディーだ。およそ1カ月後には参加募集の案内が完成。32チームが参加した第1回大会が終わると、問い合わせで電話機がパンクする騒ぎとなった。
「商店街の魅力はモノを売るだけでなく、経験やノウハウも提供するところ。店主が自ら考えて前向きに行動すれば街は元気になる」と田原さん。人の心を動かし伝えていけば、必ず人は集まってくるという。
「いす-1グランプリ」は口コミで全国に広がり、各地で開催が計画されている。3月27日には「日本事務いすレース協会」も発足。会長に就任した田原さんは現地へ赴き、大会運営やノウハウの伝授に奔走している。
(大阪写真部 伊藤航)
photo、サーキット、ホンダ、レース、京都信用金庫
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