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あの時、孫正義はアリババ株を買っていた 日経平均株価が2万円突破した2000年はどんな年だったのか

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MASAYOSHI SON
故小渕恵三前首相合同葬儀で弔問を終え、知人と話すソフトバンクの孫正義社長(左)(東京・千代田区の日本武道館)  撮影日:2000年06月08日 | 時事通信社

4月10日の東京株式市場で、日経平均株価が取引時間中としては2000年4月17日以来15年ぶりに2万円の大台に乗せた。NHKニュースによると、大企業を中心に賃金引き上げの動きが出ていることや、円安ドル高で輸出関連企業の業績拡大への期待感が高まったことが要因だとみられる。

日経平均が一時2万円に乗せた15年前の2000年は、インターネット関連銘柄を中心に株価が高騰し、いわゆる“ITバブル”と呼ばれていた時期だ。この2000年とはどういう年だったのか。株式市場で起こった出来事を交えて紹介しよう。
  • NTTドコモが時価総額日本一
    時事通信社(写真はiモード1周年記念レセプションで講演する榎啓一ゲートウェイビジネス部長=2000年02月22日)
    2000年4月、NTT移動通信網から商号変更したNTTドコモは、1999年2月に発表した「iモード」が爆発的な人気となっていた。1999年12月末時点では、東証一部時価総額ランキングでNTTを抜き国内1位。世界時価総額で見ても、マイクロソフト、GEに次ぐ3位だった。
     
    2000年2月の時価総額は42兆円。2000年12月末時点でもNTTドコモは首位
     
    2015年4月3日時点の同社の時価総額は約8兆7千億円
  • 2000年問題、大きな問題は起きず
    時事通信社(写真は東京・日本橋兜町の東京証券取引所 2000年1月4日)
    「Y2K問題」とも呼ばれた、コンピューターが誤作動を起こす可能性が懸念された2000年問題の影響はみられず、日経平均株価は2000年1月4日、2年4カ月ぶりに1万9000円台を回復し、好スタートを切った。
     
    日経平均プロファイルによると、この年の株価は4月12日に最高値となる2万833円21銭まで上昇。しかしその後、下落に転じ、12月22日には最安値となる1万3338円11銭を記録した。
  • ヤフーが、日本初の株価1億円を突破
    1999年10月時点のYahoo! Japanホームページ
    1996年に設立され、翌1997年11月に200万円の初値で上場したヤフー(額面5万円)が、2000年1月19日、1株1億140万円で取引が成立。史上初となる1株1億円を突破した。2月22日には1億6790万円の最高値を記録している。
  • ヴェルファーレでビットバレー総集会
    tokyoclubbers/Flickr(画像はイメージ)
    1999年3月にネットエイジの西川潔社長らが、有能な起業家を輩出しようとする活動「ビットバレー構想」を発表。当時、インターネット企業への出資は相手にしてもらえなかったため、インターネットの凄さを提唱しようとして始まった。これをきっかけに生まれたのが、「ビットバレー」。東京・渋谷を中心とした。
     
    2月には六本木のディスコ「ヴェルファーレ」でビットバレーの総集会が開催され、2000人超の人でごった返した。ソフトバンクの孫正義社長が、ダボス会議から自家用ジェット機で到着すると集会は最高潮に達したという。
  • 孫正義社長、アリババ株取得
    時事通信社(写真は2000年06月15日撮影)
    2000年2月、ソフトバンクの株式時価総額は過去最高の20兆0093億円(終値ベース)を記録。時価総額ではトヨタ自動車に次いで、国内第2位に躍進した
     
    その年、ソフトバンクは中国・アリババに20億円を出資。アリババが2014年9月ににニューヨーク証券取引所に上場したことで、ソフトバンクは8兆円規模の含み益を抱えるまでになったという。
  • 文藝春秋による光通信報道
    時事通信社(写真は中間決算について記者会見する光通信の重田康光社長 東京・日本橋兜町の東京証券取引所=2000年04月24日)
    携帯電話販売代理店「HIT SHOP」を全国展開していた光通信は、無料の端末を配布し携帯電話キャリアより一契約あたり数万円の報奨金が支払われるという販売モデルで、巨額の利益をあげてていた。株式投資でも投機的銘柄として注目されていたが、月刊「文藝春秋」が2000年3月、光通信の携帯電話売買を巡る不正を報道。ショップで架空の契約を行う「寝かせ」というやり方が横行しているとされ、これをきっかけに光通信株は20日間ストップ安した。
  • 小渕首相、倒れる
    時事通信社
    2000年4月1日、小渕首相は小沢一郎氏率いる自由党との連立を解消した。その翌日の2日、小渕首相が脳梗塞で緊急入院。5日には、後任の森喜朗首相による自民、公明、保守党の連立内閣がスタートした。小渕首相は5月14日に死去した。
  • 楽天・オンザエッジが上場
    時事通信社(写真はインタビューにこたえる「楽天」の三木谷浩史社長=2000年04月07日、東京目黒区の楽天本社)
    2000年4月19日、楽天がジャスダックに上場。しかし、公募価格を大幅に下回る取引開始となった。楽天はこの年、インフォシークなどを買収した
     
    また、堀江貴文社長率いるオン・ザ・エッジも4月6日、東証マザーズに上場している
  • 2000円札
    時事通信社(写真は2000円札の見本券。上が表面、下が裏面。東京・日本橋本石町の日銀本店)
    2000年7月21日、九州・沖縄サミットが開催された。
     
    これに合わせて7月19日、2000円札の発行が開始。2003年までに計8億8000万枚発行されたが、他紙幣と間違えやすい、使用メリットが少ないなどの理由により2004年度以降は印刷されていない。
  • シドニーオリンピック・高橋尚子が優勝
    時事通信社(両手を上げて喜びの高橋 2000年09月24日)
    2000年9月15日から開催されたシドニーオリンピックで9月24日、女子マラソンの高橋尚子が2時間23分14秒の五輪最高記録で優勝。Qちゃんフィーバーを巻き起こした。
  • ジャパンネット銀行開業
    時事通信社(「ジャパンネット銀行」開業の記者会見でポーズをとる宮井芳行社長ら=2000年10月11日)
    異業種の銀行参入第1号として、さくら銀行が出資したインターネット専業銀行「ジャパンネット銀行」が2000年10月12日、開業した。
  • インターネット博覧会
    時事通信社(写真は第6回新1000年紀記念行事懇話会に臨む奥田碩トヨタ自動車会長、堺屋太一経企庁長官、糸井重里インパク編集長)
    2000年12月31日から1年間、博覧会を模したインターネット上の行事「インターネット博覧会」(通称インパク)が行われた。当時、経済企画庁長官の堺屋太一氏が発案、糸井重里氏が編集長となった
     
    堺屋氏は2001年12月、このインパクのおかげで「インターネットカフェのブームが起こり、ブロードバンド技術の進化がももたらされ、ADSLの普及に繋がった。インパクは予想以上の成果を納めた」と評価した
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