同化と消化 似意

梅雨の終わりがまもなく・・・でしょうか?
奈良崎で御座います。




どれくらいの時間を過ごしだろうか
時間の感覚はもう僅かしか残ってない
おそらく梅雨の季節になるのだろうか?
いや・・・
今の自分にはそんな事はもう関係ない
繰り返す電車の車輪と線路のリズムだけが
自分の感覚に響いている。
空腹も乾きもない眠くもならない
自分はどうなっているのか
考えるだけ無駄と知りながら
思考と諦めを何度繰り返したろうか
自分の体に起きている現実を
受け止めるだけの精神的余裕はない

電車は止まることなく走り続ける
駅に止まることはない
窓から映る景色は代わり映えしないもの
最初こそ景色を見て気を紛らわしていたが
結局何も解決の糸口は見えない
誰もいない電車に置き去りにされている
いや・・・

閉じ込められていると言う方が正しい

ごーーーーーーーーん
ごーーーーーーーーん

振り返ると電車の隅に柱時計があった
こんなものは無かったはずだが

ごーーーーーーーーん
ごーーーーーーーーん

ごーーー・・・

ガリガリ
ガ・・・リ・・・ガリ・・・・

軋む音を立て時計が止まる

この時計も閉じ込められたのだろうか?

自分と同じように朽ちていくだけなのか

ここにいる意味も
ここにいる意図も
ここにいる理由も
なにもかもわからない



            『ずっといたんだ』


                        『ひとりはつらい』

誰の声なのだろうか

         『いっしょにいてくれる?』


声が聞こえる

                       『ねえ・・・』

      『いっしょにいてくれる?』

老爺にも少女にも聞こえる声がする

               『ねえ・・・』

                         『ねえ・・・』


呼び声だけが聞こえる

カリカリ・・・

小さく何か聞こえるようだ

非常に近い場所から聞こえてくる


朽ちかけた時計から・・・だろうか?


                『ひとりは・・・つらいよ』

同じ意識を共有できるだけで
それが人でないものであろうとも
悪い気はしないものである
それが自身の幻聴であろうともだ


そうだね


安堵の意識からか思わず返事をしてしまう


その時





バツン!
















証明が消えた



非常灯だけが緑色に光る


窓の外は地下鉄の中にいるように
暗闇と ごうん ごうん と響くだけだ

                                「ねえ?」




急に振り返ると人がいた

少年・・・? いや? ・・・少女か?

性別のわからぬ子供が立っている。


               「あなたが・・・きてくれたひと?」


喜ぶような泣いているような声で
その子供は問いかけてきた


どのように見ても
顔に性別どころか印象の全くない顔である

比喩でなく顔を見る度に
その判断という概念を剥ぎ取られるようだ

誰かいてくれる安堵よりも
私の直感が告げている















危険であると








                      「さびしかった」







語りかけてくる子供はゆっくり近づく


待つんだ

                   「まつんだ?」

    「マつんだ?」
                「マっっっっんんんんん」


声が響きながら壊れた玩具のように鳴る

後ずさりしながら距離をとる






 
            「まつまつまつまつまつ・・・・」




安堵も共感もない
焦燥と恐怖だけだ


知らぬ者が近づくだけでそれは恐怖である





ガッ


後ずさりすると後ろには
朽ちた時計があった

もう後がない



           「ありがとう」








そう聞こえただろうか?

背中が暖かくなった




ぽた



ぽた






推定の滴る音がする


背中が暖かい








太股を水滴が垂れる感触がある







              「つかまえたぁぁぁぁぁ」






振り返ると

背中に無数の何かが刺さっている
その何かは触手のように
時計へと繋がっていた


脈打つようにポンプのように
職種が私から体液を吸い上げる


恐怖と痛みが
快楽と恍惚に変わる


消えそうな意識の中
子供の顔が目の前にあった




意識が途切れる瞬間
確かに私は気がついていた

自分の視界と
子供の視界が

共有されていると






私は確かに子供を見ていた


そして同時に

私は吸い上げられ恍惚に浸る
私の顔を覗いていた






        「もうすこし」











最後に聴いた声はまるで
自分のようでもあり
誰かのようでもあり








自意識が定まらない


ここにいるようで








どこにもいない




金切り声と







心地よい音楽








誰かに見つめられているようで









自分を見つめている気もする











わたしは
















わたし













ヮたし?


















わたし



















            わt

カテゴリー: 奈良崎 — Swallowtail 15:00