縁起の良さ悪さ

少し遅くなりましたが
お嬢様、お坊ちゃま
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

奈良崎で御座います。






まだ雪の残る東京を脱出し某県某市
富士の裾野を抜けトレーラーは走る
「ちょっと里帰りをします」
そう書置きを残したまま戻らない使用人を
探して、雪の残るこの廃校に来ている

戻らぬ使用人の叔父を名乗る男と合流。
校内の探索を開始する

3階建ての木造校舎、
何年も放置されていた校舎は
廊下を歩くだけでまるで
小動物の悲鳴のような軋みを響かせる

校舎の窓は打ち付けられてはいないものの
手入れを何年もされておらず
ガラス窓も汚れて透過度は極めて低い

夕暮れを知らせる空の色とカラスの鳴き声
校庭の向こうの街灯はあまりにも遠く
心細さだけが汚れたガラスの向こうに映る
自分の顔に見透かされるようだ

有村「荒垣さんを置いてきて正解でしたね」

有村が荷物から懐中電灯を出す
米軍でも採用されているマグライトが灯る

校舎に電気は来ていない
話す間に日が落ちる

冬の寒さと夜の静けさが周囲を支配する
風のない穏やかな夜
こんな状況でなければいい夜である

ライトで足元を照らしながら捜査を再開
外では猫が鳴いている何かに怯えているようだ


奈良崎『1階見つかりません』

夕浅『了解 続いて2階を頼む』


校門の近くで待機しているトレーラーから
イヤホン越しに夕浅の指示が入る


奈良崎『了解』


有村と男性を連れて階段を登る
踊り場の鏡はライトの光を弾いていた


夕浅『校舎南側にいる神戸と伊達と合流させる』


夕浅からの指示が入った
まだ見つかっていないようだ
昇降口て神戸と伊達と合流し
最後の操作エリアへ向かう


神戸「あれ?」

伊達「どうしました?神戸さん」

神戸「ライトの電池が・・・」

伊達「嘘でしょ?」

神戸「交換しないと・・・」

奈良崎「有村のは?」

有村「整備を怠るはずないですよ」


どうにも有村はこの手の器具の扱いが上手い
ライトやその他の整備も
完璧である


夕浅『神戸と伊達は戻って再整備』

神戸『了解』

夕浅『奈良崎と有村は協力者と操作続行』

奈良崎『了解』

夕浅『二人で校長室へ向かえ』


神戸と伊達と別れ校舎奥へ向かう
相変わらず猫の鳴き声は止まない

暗い廊下を抜け校長室の前へ着く
カギがかかっているが思わず蹴飛ばしてしまう
木製のドアが割れてヒビが入るがドアは開かない

不機嫌でやってしまった事とはいえ
失敗しては少々バツが悪い
有村のため息が聞こえ苦笑いのまま振り向くと
一陣の風が吹き抜ける



ドカン!!


半壊のドアが打ち破られた
思わず息を飲むと奥から伊達の声がする


伊達「間に合った!!」

誰も声が出ない

伊達「そういうのは私の担当でしょう!」

奈良崎「・・・」

伊達「鷹よりも早く!!!」

そう言うと奥へと入っていってしまった。
全員が伊達に続く

伊達「なんだこれ?」


弾き飛ばされた扉で絵画が地面に落ちている
その奥から何かが転がって地面に落ちた
伊達が汚れた王冠のような物を拾い上げる


有村「伊達さん似合いそうですね」

伊達「そう?俺が王だ!なんつって・・・」

男「駄目だ!!」

急に協力者の男が叫ぶ

奈良崎「え?」


私が振り向いた時には男の投げたナイフが
伊達の手から王冠だけを弾き飛ばした


奈良崎「えっと・・・」


私は反応できない
あっという間に伊達と男が掴み合っている
筋力では伊達に勝てそうにない


男「ちょっとまってください!ストップ!」


男が降参し二人が止まる
笑いながら立ち上がる伊達
男も立ち上がるが顔が破けている

絶句する有村
動けない私
笑う伊達

男の顔の皮膚は崩れるが血は出ない
剥がれた皮膚の下には相原の顔があった


相原「ひどいですよ伊達さん・・・



  ~中略~



  ・・・膝を擦りむいたじゃないですか!」


15分程度相原が喋ったあと
有村が夕浅にインカムで報告をする

どうやら相原はこの王冠を探していたらしい
このままでは帰れない
やらなければならない事がある
そしてこの王冠が見つかった事で
この場が危険になったと言う


奈良崎「危険?」

有村「いいから帰りましょうよ」

相原「ですから・・・」


相原が何か言いかけた時に
外から猫の悲鳴が聞こえた


奈良崎「・・・!」

驚きの声より先に廊下の窓ガラスが割れる

声「みぃィつけたぁぁぁぁ・・・」


全員が走り出す
インカムで夕浅に報告しようにも繋がらない


奈良崎「なんだよこれ!なんなんだよ!」

相原「この地の神様らしいです」

奈良崎「神様ぁ?あれが?」


廊下の掃除用具入れに残っていたモップを取る
振り返り有村がライトを照らすと
黒いボールのようなものが飛び跳ねる


声「よこせぇぇぇぇェぇぇ!」


壁や天井を跳ねながら近づく
すごい速さだ・・・

一瞬の耳鳴りに気を取られて声の主を見失う


伊達「奈良崎さん!左!」


考える時間もなく伊達の指示のまま
モップを左に振り回す!

ゴン!鈍い音がして壁に弾かれた声の主
その姿は相原の変装していた男の顔・・・

顔というより首だけの男
モップで押さえつけられているが
耳の脇から生えている足のようなもので
カサカサともがいている


首「おのれぇぇ!王ぅぇぇぇぇ・・・」


首だけ
土気色の肌
死んだ魚のような目
耳の裏から生えている足

どう見ても異常だ
王とは?
なぜ相原はここに?

考えがまとまらない
もがく首の力が強まる
逃げられては危険・・・それだけはわかる


奈良崎「ちょ・・・手伝って・・・」

伊達に声をかけるが伊達は王冠を持っている

伊達「はい」


そういうと伊達は王冠を頭に乗せ
モップを抑える


相原「伊達さん!あぁ・・・」

首「おのれぇえぇぇ・・・」


王冠を頭に乗せた伊達がモップを抑えると
首が溶けていく
有村も私も声にならない悲鳴を上げるが
手の力は緩めない


首「ぅ王がぁぁ戻ったぁぁぁあああああ!」


そう叫び声を上げると首は
塩とも砂ともつかない粒子になり崩れた・・・


誰も話さないままトレーラーに戻ると
相原が説明をはじめた



昭和、大正・・・
それよりもっと昔
夜の闇は今よりもっと深かった

この地には怪異がいた
それは人間より古いとも言われ
それは海を越えて来たとも言われ
それは疫病から生まれたとも言われた

ある男は夜の森を飛び跳ねる首を見た
ある女は旅人を遅い喰らう首の笑い声を聞いた

首は村人を喰らい仲間を増やし
首は村を絶望へと追いやった

貧しい者は夜に怯え
富める者は村を離れていった
村は次第に衰退し首を神とし祀り
生贄を捧げたが甲斐もなく
村人は平穏を願ったが
村は国からも見捨てられた

首は昼は現れない
夜になると現れ夜の闇を這い回る

絶望だけがこの村を支配した・・・

ある時この村を訪れた旅の祈祷師が
この怪異と立ち向かい
怪異の王を滅ぼした

・・・が統率の取れない首は昼も夜もなく
村人を襲い暴れまわった

村人にその責を問われた祈祷師は
王冠を作り怪異の王として怪異を連れ
岩戸の向こうに消えていった

岩戸が閉じた後の村には
大半の村人の首のない亡骸だけが残っていた


相原「・・・これがこの地に伝わる伝説です」

有村「昔話ですよね?」

夕浅「事実が口伝になるのはよくある事だ」

奈良崎「で?あの首が伝説の首?」

相原「いや・・・あれは新しい首です」

奈良崎「新しい?」

相原「普段首は体にくっついて生活してます」

神戸「うわぁ・・・」

相原「あの首の体は動けなくなってたので・・・」

奈良崎「首の人になりすましてた・・・と?」

相原「はい・・・」

奈良崎「なんで我々にも隠してたの?」

相原「自分だけで解決したくて・・・でも」

有村「でも?」

相原「伊達さんが王冠を・・・」

伊達「王冠を?」

相原「かぶってしまったので・・・」

伊達「私が次の王になる!と?」

相原「笑い事じゃないです」


相原は下を向いたまま下唇を噛み締める


相原「王として首を総べるか・・・」

伊達「統べるか?」

相原「祈祷師のように首と岩戸に消えるか」


誰も口を開かない
どちらを選んでも我々に失うものが多すぎる
現実味のない事態に整理がつかないのだ


夕浅「悪い知らせもある」


誰も口を開かない
今以上の絶望もないと理解しているからだ


夕浅「校門から出られない・・・押し戻される」

誰も口を開けない

相原「みなさんも出られなくなりましたか」


この学校で夜を迎えてはいけない
岩戸石碑の上に作られたこの学校の夜には
特別な意味があったようだ


伊達「もういいんじゃないですか?」

神戸「よくないでしょう!」

伊達「大丈夫!王様に任せなさい!」

相原「まだ王様じゃないです」

奈良崎「まだ?」

相原「首に王の名乗りをしないと」

伊達「どちらにせよ見つけて名乗らないと」

有村「・・・探す必要はないみたいですね」

奈良崎「え?」


トレーラーの周囲は首に囲まれていた
目を血走らせてフロントガラスに張り付く首
笑い声をあげこちらを睨む首
数こそ多くないものの異常な事態が起きている


夕浅「車が・・・動かないっ・・・」

有村「我々も首の仲間入りですか・・・」


有村の声に反応したのか
勢いよくドアを開け
伊達が飛び出した


「ぅ新しぃ王だぁ」
「我らを統べるかぁ」
「王でないなら食ってしまぇ」


首たちが口々に叫びながら伊達に近づく
恐怖で動けない我々にも首は近づく
フロントガラスにヒビが入り
首が笑い声を上げる


伊達「俺が新しい王だ!」

伊達が叫んだ

伊達「我を祀ろう首どもよ我に従え」


首たちが黙る
伊達に・・・新しい王に魅入られている

カサカサと足を鳴らし首が呼びかけに応える
異様な光景を目に誰も声が出ない

伊達「相原さん!岩戸ってどこにあるんですか?」

伊達が叫ぶ
相原は答えない
答えれば伊達が岩戸に消えてしまう
自分が相原の立場でも答えないだろう


伊達「相原さん!はやく!」


伊達が叫んだ時には首の数が
数倍・・・数十倍に膨れ上がり
我々を囲んでいた

カサカサと音を立て奇声をあげている
伊達が王になっても我々を助ける気はないようだ

囲まれていく我々
首の数が多くなり伊達も我々に近づけない

伊達「相原さん!大丈夫だから!信じて!」

伊達の目は本気だ
本気で大丈夫な気にさせられる
誰もがそう思った

相原「校舎の階段・・・踊り場の鏡の裏・・・」

相原がそう言うと伊達は首に語りかけ
ゾロゾロと後者へ向かっていった


伊達「先に帰ってて下さい!」


伊達はそう言うが出られない事も知っている
この場で待つことも出来ない
伊達を止めることも出来ない
黙って見送るしかないのだ

せめて・・・せめて転末だけでも
そう思い首の群れに続いて校舎へ向かう

校舎へ入ると鏡の割る音がした
踊り場へ向かうと割れた鏡の奥には通路があった

長い通路を超えて地下へ下り広間へ出ると
大きな空洞には首が伊達を取り囲んでいた

100や200では済まない
老いも若くも男も女も首に足が生えた姿で
首だけで集まっていた


首「生贄が来た」


首が口々に叫ぶ
首の大合唱に足がすくむ

しかし
伊達が手をあげると大きな岩が動く
これが岩戸なのだろう

岩が開くと奥には更に多くの首が見える
岩の周りには首のない骨が散乱している

目眩も頭痛も絶望に支配され
驚く程冷静になっていた

伊達の大丈夫も疑ってしまうほどの絶望があった

首が岩戸の奥へ伊達に連れられ入っていく

全ての首が岩戸へ消えた後
岩戸が音を立て閉じていく

伊達は出てこない
閉じかけの岩戸の奥から歓声が聞こえる
岩戸が閉じていく
伊達は出てこない


そう誰もが感じ声を上げる瞬間
閉じる岩戸の隙間から何かが飛び出し
岩戸が大きな音を立て閉じる


伊達「元気者なめんなぁ!!」

床を転がる伊達が起き上がり
右手を天に突き上げる

伊達は無事に帰ってきた
岩戸の奥で首を置き去りにUターン
そのまま走り抜け飛び出した・・・らしい


有村「とりあえず無事でよかった」

神戸「あれ?王冠は?」

伊達「ああ・・・奥で触ってたら壊れた」

有村「壊した・・・んですね・・・」

伊達「わざとじゃないですよ」


笑う気力もないがトレーラーに戻る
夕浅が待ったいた

夕浅が執事に連絡して廃校を買取り
岩戸を更に封印してくれる事を言ってくれた
今年も大旦那様の力は絶大である


有村「あ 封印は楽かもしれませんよ?」


トレーラーは校門を出て市街地を走っている
理由はわからないが
帰れる喜びに任せて今は考えない


有村「通路は発破かけといたんで通れませんよ」


ホントに有村はこの手の事に手を抜かない

念には念を入れ執事にも任せよう




トレーラーは走る

心地よい車の揺れから睡魔に飲み込まれ

目が覚めると朝日が昇っていた

やはり朝の光は心地の良いものだ


夕浅行きつけのラーメン屋が見えてきた

絶望も安堵も今は空腹に勝てないらしい

麻婆茄子に塩ラーメンそれから・・・

なんにしようか










・・・と

これが奈良崎の初夢でございました。

体温の上がらない時の夢なんてこんなモノです。

奈良崎で御座いました。

今年も平常運転!

カテゴリー: 奈良崎 — Swallowtail 10:00