消防学校ではその採用区分によって違うのだが、7ヶ月間から1年間の教育期間を経て、それぞれの所属へと配置される。僕は大学卒の1類採用となり、7ヶ月間の消防学校生活を始めることとなった。同期生は約90名いた。何人もの同期生が憧れのオレンジ、特別救助隊になるのを目標にしていた。いつかあの、憧れの特別救助隊になることを夢見て、日々の学校生活を過ごしていた。また、救急隊に憧れをもつ者、機関員に夢を馳せる者、毎日のように自分達の将来の夢を語りながら全寮制の下、共に汗をかき、一緒に風呂に入り、そして同じ釜の飯を食らう。同期生との「絆」は何よりも心強く、今後永久に存在するだろうと思われるほど心強いものとなっていった。
7ヶ月間の学校生活を修了し消防学校卒業式数日前、それぞれの拝命先が言い渡される。全員ひとつの教室に集められて順番に拝命を受けるのだ。
「気をっ付けー!」
「礼っ!」
「着席」
「え~っ、今から~待ちに待った、諸君の拝命、所属先を発表する」
卒業前に「身上票」を書かせられる。これに希望する拝命先の特色や将来どんな種の消防吏員になりたいかを記入する。拝命地を具体的に渋谷消防署とか赤坂消防署というように書くことは認められない。例えば僕はこう書いた。
『将来は特別救助隊員を志望します。災害の場数を多く経験したいので、災害の多い所属の拝命を希望します』
これらの身上票と消防学校での成績等を吟味して、本庁人事部がそれぞれの拝命先を決定する。発表されるときは誰もが緊張した面持ちになる。
拝命先の良し悪しなど、基本的にはないはずだが、その所属の名前が自分の「評価」のように判断される気がしてならない。特に、特別救助隊を希望しても拝命先に救助隊がなかったら、本庁から「お前は救助には向いていない」と言われたのも同然で、救助の試験も情報が乏しいため苦労することとなるし、救助の資格をとっても特別救助隊にはなれない。数年待った末、運良く庁異動となってもその異動先所属では、救助隊として登録待ちの順番が続いている。最後尾に並んで救助隊として登録されるかどうかはまた難しくなる。年齢をどうしても重ねてしまうからだ。特に大学卒はストレートで消防学校に入学しても、卒業時は23歳、所属での1年間の実務経験後初めて救助の資格試験を受けることができる。運良く一発で合格して24歳。所属ではしご隊からはじめることが多いがその経験は約3年。ここですでに27歳となっている。
当時救助隊員は30歳で引退勧告がはじまる。隊長は40歳までできる。事実救助のない所属から救助のある所属へ異動後、正式に救助隊員として登録されることは何年かに1度あるかないかだった。
「初めに名前を呼びます。呼ばれたら返事をしないで、サッと立つこと!いいね~!」
「その後所属を発表いたします。発表されたら、大きな声で、『よし!』といって着席すること!いいね~!」
「次々に名前、所属を発表しますので~滞りないよう、速やかに、行きたいと思います。途中私語をすることのないよ~に」
「それでは、発表いたします」
発表が始まった。東京消防庁は東京都のほぼ全域を管轄に持っている。「ほぼ」というのは、稲城市と東久留米市だけは東京消防庁の管轄には入らないで独自の消防本部を持っているからだ。ただし、それぞれの消防本部の試験を受かった者は東京消防庁の消防学校に入学して訓練を受ける。救急研修や救助研修も同じだった。同期生にも稲城市職員がいたが、彼には本庁からの拝命というものはなかった。
次々発表される。僕の目標は救助だったので、一緒に汗を流した仲間たちで救助志望の者がどこに配属されるのか聞き入っていた。なかには聞いたこともないような所属名を言い渡されて、キョトンとしている同期生もいた。僕らの多くは地方出身者で、23区、市の後の細かな地名のつく消防署がどこにあるのかわからなかったのだ。例えばこうだ。
「○○消防士!」
緊張した面持ちでサッと立ち上がる。
本人はとても興奮状態で拝命を受ける。東京都の地図を頭に浮かべて、
「石神井(しゃくじい)消防署!」
「よっし~・・・?」
(しゃ、しゃ、しゃくじいってどこょ?)
「○○消防士!」
サッと立ち上がり、
「荏原(えばら)消防署!」
「・・・?」
「返事がないよ~っ!!」
と助教の声が飛ぶ。
「ょし。・・・」
「声が小さ~いっ!!」
「よしっ!」
「みんな~元気がないよ~!もっと、大きな声を、出す! いいね~! ハイ!次!」
というように、頭のなかで所属の地図が描けない同期生もいた。
拝命の発表が続く。共に汗を流したライバルの発表だ。彼は年齢が二つ上、元陸上自衛隊レンジャー部隊の精鋭だった。
「○○消防士!」
毅然とした感じでサッと立ち上がる。
「武蔵野消防署!」
「・・ヨシ」
声を詰まらせた。武蔵野って救助あったかな?(ある、ある、ある、うん、うん、うん)と横の同期生がうなずいた。(武蔵野かぁ~微妙な線だな~23区じゃなかったなぁ~)
などと、勝手な想像を膨らませていた。
1組の発表が終わった。続いて我等が2組だ。次々と呼ばれる。親友の番だ。
「笠原消防士!」
「ハイ!」
(馬鹿ッ。緊張して返事しやがった。)
「本田消防署!」
「よっし!」
(本田か~。23区の救助だ。おめでとう。)
緊張と恥ずかしさで少し紅潮した横顔が見えた。続く。
「榊消防士!」
サッと立つ。
「上野消防署!」
「よ~~~し!」
気合が入った声が響いた。(やったな!榊。おめでとう。)笠原も榊も同期生のトップクラスだった。いよいよ僕の番だ。
「茂消防士!」
緊張する一瞬だ。さあ、
「新宿消防署!」
「ぅや~~しっ!」
思いっきり叫んだ。みんなの視線が集まった。
発表の後はこの話題でもちきりだった。救助を志望したにもかかわらず、救助のない所属に拝命された同期生は落ち込んでいた。
「俺、救助無理かも・・・」
「そんなことないよ。一緒に頑張ろうよ」
というが、慰めにならなかった。
消防学校を主席で卒業した同期生の山中は、難しそうな顔で僕のところに来た。彼は根っからの消防オタクで、驚くほど消防のことに詳しかった。彼も特別救助隊を志望していた。どこで誰にもらったのか、救助のオレンジ服も持っていた。彼は力強く言った。
「俺は消防オタクじゃあない。俺は、東京消防オタクだ!」
その彼が卒業前、僕にあることを打ち明けた。彼の拝命先は北多摩西部消防署だった。救助隊は配置されていない所属だ。
「俺、救助志望だったけど、考え変えたんだ」
「えっ、うそ~、あんなに救助、救助って言ってたじゃん」
「君とか、榊とか笠原を見ていて思ったんだ。俺じゃあ救助は無理だ」
「はあ?何言ってんの今更!身上票にも書いたんでしょ。救助って」
「・・実は書いてない」
「じゃあ、なんて・・・」
「・・・俺は、君らを動かすところで働くよ」
「動かすって・・・?」
「総合指令室だ。俺にはそのほうが合っている。別に、考え変えたからって、自分に嘘ついているわけじゃない。目が覚めたんだ」
真剣な表情の彼を見ていると僕も納得した。
「・・・だからってわけじゃないけど、絶対救助になってくれ!」
僕らは固い握手を交わした。
卒業式は涙が溢れた。たった7ヶ月間の消防学校生活だったが、同期生と共に汗を流し、一緒に風呂に入り、同じ釜の飯を食らい、そしてみんな一斉に寮で寝る。朝から晩までずっと同期生の顔を見続けていた7ヶ月間だった。最後に教官が言った。
「これでもう君ら同期生が顔をそろえることは永久にない。これで最後だ。それぞれの所属に行ったらそこで辞令が渡される。ほとんどは3部交替制になるだろう。つまり、今後同期会をしたいと思っても、必ず当日当番の者がいるから全員一緒に顔をそろえることはない。今のうちにしっかり、みんなの顔を見ておけ!」
よく晴れた日だった。僕は出迎えに来てくださった新宿消防署機関の方の車に乗せられ、消防学校を後にした。涙が止まらなかった。