メディカル玉手箱

 前週に続き、ナオコさん(49歳・会社員)のお話です。
ナオコさんは、東京で家族と暮らしながら関西の実家に住む両親(父80歳、母78歳)の面倒もみるようになりました。
 ある日突然、「頻尿の薬と睡眠薬を一緒に飲んだら、目が見えなくなったのよ!」と母親から思いもよらぬ電話を受け、ナオコさんは会社を休んで実家に飛んで帰りました。
 さて、今週はどう解決していくのでしょう。

イラスト:ALTタグ拡大相互作用には、薬と薬の飲み合わせだけでなく、食べ物や飲み物との飲み合わせが悪いものもあるので、ご注意を=渡辺千鶴さん提供

 実家に帰省したナオコさんは、目が見えなくなってうなだれている母親から事の顛末を聞き出しました。

 母親には尿の回数が多くなる頻尿の症状があり、以前から薬を飲んでいたのですが、近頃は夜中に尿意を催して目覚めることが増えてきて、そのことを泌尿器科のかかりつけ医に相談しました。すると「薬を飲むタイミングを寝る前に変えてみますか」という提案を受け、それまで夕食後に飲んでいた頻尿の薬を、寝る前に睡眠薬と一緒に飲むことになりました。

 ところが翌朝、目覚めてみると目が少しかすんでいました。「おかしいなあ……」と母親は思いながらも服用を続けたところ、症状はだんだんひどくなり、目が見えなくなってしまったのです。「これは薬のせいかもしれない」。3日目になって、そう気づいた母親は頻尿の薬と睡眠薬を一緒に飲むことをやめましたが、どうすればいいのかわからなくなり、ナオコさんに助けを求めてきたというわけです。

 「お世話になっている先生に言うのは気が引ける」と渋る母親を説得して、泌尿器科のかかりつけ医に相談したところ「それは薬の相互作用()かもしれないけど、私は睡眠薬を処方していないからよくわからない。薬を調剤してもらっている保険薬局の薬剤師さんに聞いてみてください」という返事でした。

*薬の相互作用とは、2種類以上の薬を一緒に飲んだとき、薬が効きすぎて副作用が出やすくなったり、薬の作用が弱くなって効かなくなったりすることをいう。薬だけでなく食べ物や飲み物との飲み合わせによっても同様のことが起きる。

 そうなのです。このように薬を飲んで「副作用かもしれない」と思う症状が出たときは、薬を処方してくれた医師に報告するとともに、薬を調剤してくれた保険薬局の薬剤師に相談することが肝心です。

解決策①

薬を飲んで「副作用かもしれない」と思う症状が出たときは、薬を調剤してくれた保険薬局の薬剤師に相談する。

 近年、医薬分業()は一般的になってきましたが、「院外の薬局で薬をもらうのは面倒だ」「費用が余計にかかって不経済だ」と感じている人は少なくないでしょう。しかし、いろいろな医療機関にかかって複数の薬を飲んでいる場合、とくに高齢者は医薬分業のデメリットよりもメリットのほうが実は大きいのです。

*医薬分業とは、薬の処方と調剤を分離し、薬の処方を医師や歯科医師が、調剤を薬剤師がそれぞれ分担して行うことによって、患者の安全を守り、薬を適正に使用することをめざす。

 というのも、薬剤師が調剤時に薬の飲み合わせに問題がないかどうかをチェックしてくれたり、副作用や相互作用が起こったときは処方してくれた医師に連絡を取って適切に対処してくれたりするからです。また、複数の医療機関から同じ薬が出ていないかどうか重複投薬も確認してくれるので、無駄な医療費を支払わずに済むこともあります。このような医薬分業のメリットを生かすには、かかりつけ薬局を1か所に決めることが重要です。

解決策②

薬の飲み合わせによる相互作用を防ぐためには、薬剤師がすべての薬をチェックできるよう、かかりつけ薬局を1か所に決める。

 ナオコさんはすぐに薬を調剤してもらっている薬局に電話をかけて薬剤師に相談しました。薬剤師はナオコさんの母親の薬歴記録を見直し、頻尿の薬と睡眠薬の相互作用について調べてくれました。その結果、一緒に服用したことで薬が効きすぎて視力障害の副作用が出たことが判明しました。

 薬剤師から情報提供を受けた泌尿器科のかかりつけ医は、薬剤師と相談して睡眠薬と作用が異なるタイプの頻尿の薬に変更してくれたので、相互作用が起こる心配はなくなりました。また、視力障害についても原因がわかったので、しばらくすれば回復するという診断となり、ナオコさんと母親は安堵しました。

 加齢に伴い、肝臓で薬を分解したり腎臓から体外に薬を排泄したりする働きが低下するため、高齢者は薬が効きすぎて副作用が出やすくなります。さらに、いろいろな病気にかかり、たくさんの薬を飲んでいるため、相互作用が起こる危険性も高くなるのです。「家族も高齢者と薬の関係についてよく知り、普段から気をつけておかなくっちゃ」。ナオコさんは、今回の経験からつくづくそう思いました。

 高齢者と薬に関する情報は、日本薬剤師会をはじめ各都道府県の薬剤師会のホームページで提供しているほか、国立保健医療科学院では「高齢者において疾患・病態によらず一般的に使用を避けることが望ましい薬剤」などのリストを公開しています。また、日本老年医学会では、厚生労働省の研究班、国立長寿医療研究センターと共同で「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」を作成中で、この中では疾患ごとに「中止を考慮するべき薬剤もしくは使用法のリスト」や「強く推奨される薬剤もしくは使用法のリスト」が記載される予定です。これらの情報もぜひ参考にしてください。

●日本薬剤師会「高齢者のための薬の知識」

http://www.nichiyaku.or.jp/action/wp-content/uploads/2008/01/3_kusuri.pdf

●国立保健医療科学院「高齢者において疾患・病態によらず一般的に使用を避けることが望ましい薬剤」一覧

http://www.niph.go.jp/soshiki/ekigaku/BeersCriteriaJapan.pdf

●日本老年医学会「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」案 


ガイドライン案に関する記事はここをクリックしてください

 こうして東京に戻ってきたナオコさんは、仕事の穴埋めをしてくれた同僚にランチをごちそうしながら実家での出来事を報告しました。すると、同僚はこんなことを言ったのです。「私の伯母さんに薬の副作用が出たときは、かかりつけの先生も薬局の薬剤師さんも誰も対応してくれなかったのよ」。

 うーん、患者さんに問題が起こっているのに、医療者が何もしてくれないのは本当に困りますね。

 次週は、このような場合の対応策について一緒に考えてみましょう。

渡辺千鶴 (わたなべ・ちづる)

愛媛県生まれ。京都女子大学卒業。医療系出版社を経て、フリーランスに。1988年より医療・介護分野を中心に編集・執筆に携わる。共著に『日本全国病院<実力度>ランキング』『知っておきたい病気の値段のカラクリ』(共に宝島社刊)『がん―命を託せる名医』(世界文化社刊)などがある。東京大学医療政策人材養成講座1期生。現在、総合女性誌『家庭画報』の医学ページで、がんの治療をはじめ療養に伴う心や暮らしの問題に対してサポートしてくれる医療スタッフを紹介する「がん医療を支える人々」を連載中。

Facebookでコメントする

ご感想・ご意見などをお待ちしています。
ご病気やご症状、医療機関などに関する個別具体的なご相談にはお答えしかねます。あらかじめご了承ください。

ページトップへ戻る

サイトポリシーリンク個人情報著作権利用規約特定商取引会社案内サイトマップお問い合わせヘルプ