クリエイティビティで今後注目すべきは、「脳」ではなく「身体知」

チクセントミハイ博士鼎談を受けて--入山・佐宗 振り返り対談 前編

 前回まで三回に渡ってお送りしたように、フロー理論の提唱者であるポジティブ心理学の世界的権威チクセントミハイ氏を囲んでの鼎談では、クリエイティビティとイノベーションについて多くのヒントが与えられた。興奮冷めやらぬ様子の入山章栄氏と佐宗邦威氏は、そこから何を気づき、どう考察したのか。チクセントミハイ氏の知見を日本人に示唆があるように「咀嚼」する、緊急対談を行ってもらった。今回はその前編をお送りする。
 チクセントミハイ博士との鼎談はこちらから(前編中編後編

[公開日]

[語り手] 入山 章栄、 [語り手] 佐宗 邦威、 [画] 清水 淳子、 [取材・構成] 伊藤真美、 [編] BizZine編集部

[タグ] フロー マインドフルネス ワークスタイル 事業開発 身体知

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個人に見る「身体知」としてのクリエイティビティ

入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
 いやあ、チクセントミハイ教授との対談、むちゃくちゃ面白かったですね。

佐宗(米デザインスクールの留学記ブログ「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者:
 面白かったですねえ。入山さんの一番の収穫は何でしたか。

入山:
 そうですね、チクセントミハイ教授の提示されているフロー理論は、人の創造性や幸福感と、「フロー状態」とは密接に結びついているというものだったわけですが、ではどういう時にフロー状態になるかというと、自分が幸せだと感じる心の変化よりも、身体的な変化が先に来る、というのは本当に興味深かったなあ。

佐宗:
 チクセントミハイ教授が話されていたピアニストの実験の例ですよね。「あるフレーズを即興で演奏しなければならない時」と、「同じフレーズをただ繰り返すだけの時」とでは、脳の背外側前頭前皮質[注1]の活性度が異なるとか。あと、フロー状態だとピアニスト本人が無意識のうちに、顔の下の筋肉が笑うように動いているとか、私もとても面白かったです。

入山:
 フロー状態と個人の幸福感の関係は、脳科学でも、身体生理学としても明らかということでしたね。ただそこに時間差があって、フロー状態にある時は脳がそこに集中しているので幸福感まで感じられない。先に喜ぶのは体の方で、フローが終わった後で「体が喜んでいた」ことが脳にフィードバックされて幸せを感じる。そこまでが、すでに科学的に測定されていたのは驚きでした。

佐宗:
 そうそう、すなわちそれは、人が体感的に「幸せ=フロー」を感じる前に客観的に「フロー」を測定できるかもしれない、ということですよね。チクセントミハイ博士が、ベルリン市民の表情を集計して街中に掲示する「フローメーター」を紹介していましたが、あれもコミュニティーに対するポジティブ・フィードバックの一例ですよね。客観的に「こういうときにフローが起きやすい」と可視化されれば、意図的にフローの頻度を高めることができるかもしれません。
 実は、家電メーカーのソニーには「スマイルシャッター」という、人が笑顔になるとそれに反応して自動的に撮影が行われるという技術があり、デジタルカメラに搭載されています。この技術は「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ」という考え方に発想を得たと聞いたことがあります。
 Apple Watchの発売を待つまでもなく、ウェアラブル機器の可能性が注目されていて、テクノロジーの対象としても「脳」から「体」へと、研究者や技術者の関心が移りつつあります。僕は、クリエイティブワークショップを頻繁に開催しているのですが、その中でも、手を動かしたり、体を動かすことで、一気に場の創造性が高まるのを何度も目の当たりにしてきました。クリエイティビティの獲得には、頭脳だけじゃなくて、「身体知」の視点を持つことが重要なのではと感じていたのですが、チクセントミハイ教授の発言からもこれが裏付けられたのではないでしょうか。

「身体知」で内側からクリエイティビティを高める

入山章栄入山 章栄 氏
早稲田大学ビジネススクール准教授

入山:
 それは面白いね。そういえば、元イェール大学助教授で、今は岩手で「J Prep斉藤塾」という私塾を開いて子供達に英語を教えている斉藤淳氏と以前対談したのですが、彼の著書では「外国人のお相撲さんは日本語の上達がとても速い」という主張がされています。身体を使いながら学ぶと、外国語などの修得が早くなると。彼は脳生理学者ではないですが、教育者としての経験からそう感じているようです。

佐宗:
 一時期話題になった日立製作所・中央研究所の矢野和夫さんの『データの見えざる手』という本では、「体をたくさん動かす人は主観的に感じる幸せ度が高く、生産性が31%アップし、クリエイティビティは300%アップする」と書かれていました。身体性と幸福感、脳の生産性はリンクしているというんです。だから、知的生産性を上げたいなら、これ以上頭を使うのではなく運動した方がいいということなのかもしれません。
 実際、デザインの方法論の一つとして「手を動かす」「体を動かす」ことで身体知から発想する、という考え方は、最も重要なものの一つです。僕はレゴシリアスプレイという、子供のおもちゃのレゴを活用したワークショップの公認ファシリテーターでもあるのですが、その大原則は「手で考える」という考え方。考えてから作るのではなく、手を動かして作りながら考えることで、今まで想像もしていなかった発想が生まれたりします。また、ユーザー体験をデザインするときにも、即興でその場でユーザー体験の例を演じてもらったりします。

入山:
 でも他方で、スティーブ・ジョブズを始め「クリエイティブ」とされる人には禅や瞑想のような「動かないこと」を好む人も多いよね。禅のように「意図的に動かない」ことと、ジョギングのように「意図的に動く」ことは、何が同じで、何が違うのか、、、とても興味深いですね。

佐宗:
 確かにすごく興味深いですね。アメリカで留学していた時、同期のデザイナーが意外と寝る前に瞑想をしてから寝ると言っている人が多かったのが印象的でした。個人的には、体が疲れているときは瞑想、心が疲れているときはジョギングをするとバランスが取れる気がしています。もし、一人一人が「運動」あるいは「瞑想」をうまく、自分の内部環境をコントロールしてフロー状態に入りやすくなったりや創造性が高められるのなら、すごいことですよね。

生産性が31%アップし、クリエイティビティは300%アップする図1:「身体知の活用」で生産性が31%アップし、クリエイティビティは300%アップする
©Junko Shimizu

適度な挑戦を提供し、外側から「フロー」を喚起する

佐宗邦威佐宗 邦威 氏
米デザインスクールの留学記ブログ
Design school留学記~デザインとビジネスの交差点

佐宗:
 鼎談では、今話したような、身体・精神のコントロールという「内側」からのアプローチとともに、フローになりやすい環境を「外側」から提供するという方法も紹介されていましたね。

タイトル図2:「チャレンジ×スキル」によるレベルに応じた心理状態
チクセントミハイ氏の講演スライドを参照し作図

入山:
 チクセントミハイ教授の有名な「チャレンジ×スキルのレベルに応じた人の心理状態」のチャートですね。人は、スキルとチャレンジのバランスがとれたときにフローが起きやすい。でも、ずっとそこにとどまっていることはできないので、例えばだんだんとスキルが上がり慣れてくると、今度は最終的には飽きてしまう。かと言って、高いチャレンジを与えようとして課題が難しすぎると、逆に「心配」「不安」を生じさせる。その図で言えば、人は右へ、上へ、と階段状に上っていくことで、成長しながらフローをうまくえられることがある、という話でした。

佐宗:
 これに対して「どんな成長パスが望ましいのか」という問いには、「人それぞれ」という答えでしたね(笑)。フローや不安、退屈などのポジションをぐるぐるスイングしながら、だんだんとスキルを上げ、同時に、チャレンジレベルをじりじり上げていく。

スイングしながらスキルとチャレンジのレベルを上げる図3:スイングしながらスキルとチャレンジのレベルを上げる
チクセントミハイ氏の講演スライドを参照し作図

入山:
 そのためには自分が今その図のどこにいるのか、そしてフローポジションに行くためにどのくらいのレベルの課題を与えられるべきか、客観的に把握すべきだともおっしゃっていましたね。実際、スウェーデンの会社で人事評価にフローを取り入れた例を紹介して、マネジャーが部下のフロー状況をヒアリングして、それに見合った課題を提供することで組織の生産性が驚くほどあがったと。

佐宗:
 そう、その面接で「仕事が楽しいか」「退屈していないか」「フロー状態でいるか」と聞くのが、とてもユニークだと思いました。これはとても面白くて、「質問をすることでその人に合った適切なチャレンジとスキルのバランスを考えてもらい、自分でゴールを設定することで内発的な動機を促す」というところがポイントなのかと思いました。日本企業も個人面接はするけど、なかなか仕事の難易度を考えて、自らバーを上げたり下げたりするような面談がされているケースは少ないように思います。

入山:
 日本でも、優秀なビジネスマンがクリエイティビティを発揮できていないのであれば、この辺りがカギかもしれないよね。
 例えば日本企業では、スキルがある人にも適度なチャレンジが提供されず、彼らを「くつろぎ」「退屈」あたりのポジションに留まらせているのかもしれない。チャレンジレベルを上げて「フロー」に入ればいいですけれど、逆にそれは「不安」を伴う。だとすると実際にはパフォーマンスも十分出しているし、「くつろぎ」「退屈」あたりにとどまらせておけという組織環境や人事制度になっているのかも。

佐宗:
 キャリアがうまくいっているときにあえて大きなリスクをとるインセンティブがないのですよね。大きな失敗をすることで出世街道から外れるという怖さは、無意識に持っている人は多いように思います。都市伝説かもしれないとも思いますが、実際、それでチャレンジの場を社外に求めてしまっているケースは多々あるように思います。

各活動のポジションを認識し、自身のベストバランスを考える

24時間のポジションバランス図4:24時間のポジションバランス
チクセントミハイ氏の講演スライドを参照し作図

入山:
 組織の問題もあるけど、個人の問題もあるかもしれないですね。
 この図4(チクセントミハイ博士の講演資料)では、仕事だけでなく家庭問題や読書、趣味などの生活におけるあらゆる場面の心理ポジションを表すものとして紹介されていました。人は24時間すべて「フロー」でいられない。すなわち、「くつろぎ」「退屈」などの時間もあるからこそ、一部が「不安」「心配」のポジションであっても耐えられる。つまり、日本人のビジネスマンがリスクを取れないのは、別の部分で「不安」「心配」を抱えていて現状がいっぱいいっぱいだから、という仮説も立てられますね。

佐宗:
 なるほどー。そういえば、棋士の羽生さんにお話をお伺いした時に、「あえて家では何もせずにぼーっとする時間を持つ」とおっしゃっていました。その理由は集中するべき時に集中できるようにとのことでした。仕事に没頭してフロー状態になるためには、どこかで「ぼんやりする時間」が必要なのかもしれませんね。

入山:
 面白いね。これって、先ほどの運動や瞑想のような身体感覚のコントロールともつながっていそうですよね。緊張と弛緩のバランスというか、知的作業のクオリティを上げるために、身体的な活動時間も確保するとか。心身ともに外に対して活動的でいるために、静かに内省する時間を持つとか。

佐宗:
 この辺りは、いわゆる「マインドフルネス」の考え方と大きく関連していますね。この連載でも、そのうちマインドフルネスに詳しい方に来てもらって、チクセントミハイ教授のフロー理論や今日話したようなことを、ぶつけられたら面白いでしょうね。

リスクへの挑戦・身体と脳、感情の変化・クリエイティビティの向上図5:リスクへの挑戦・身体と脳、感情の変化・クリエイティビティの向上
©Junko Shimizu

入山:
 それは面白いね!では、ぜひそのうちお呼びするということで、、、(笑)

* * *

——次回は個人のクリエイティビティについて振り返り、組織の場合との共通点や差異を比較しながら、考察を進めていきます。

注釈
・[1] 背外側前頭前皮質:
 前頭前皮質は、脳にある前頭葉の前側の領域で、一次運動野と前運動野の前に存在する。「前頭前野皮質」もいくつかの分類方法があり、背外側前頭前野、眼窩前頭皮質、前帯状回の3つに分けることがあります。その中で、「背外側前頭前野皮質」は、作業記憶(ワーキングメモリ)、判断力、計画性、問題解決能力、学習能力、行動・発話、自発性、保続・固執傾向、関心、興味などに関係していると言われいる。
参照:Wikipedia

▼ 本対談は、以下の方のご協力で記事化されています▼

  • 入山 章栄 氏:早稲田大学ビジネススクール准教授。専門は経営戦略論および国際経営論
  • 佐宗 邦威 氏:米デザインスクールの留学記ブログ「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者
  • 清水 淳子 氏:Yahoo! JAPAN UXデザイナー、「Tokyo Graphic Recorder」。グラフィックを担当
  • 伊藤 真美 氏:フリーランスのエディター&ライター。対談内容のテキスト化を担当

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