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教科書検定 領土に関する記述は2倍以上に増加
4月6日 16時07分

教科書検定 領土に関する記述は2倍以上に増加
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来年4月から中学校で使われる教科書の検定が行われ、今回初めて新たな検定基準が適用されたのに伴って、「政府の統一的な見解に基づいた記述がされていない」などとして6か所が修正されたほか、「社会」のすべての教科書に沖縄県の尖閣諸島や島根県の竹島の記述が盛り込まれ、領土に関する記述の量はこれまでの2倍以上に増えました。
今回の検定は主に来年4月から使われる中学校のすべての教科の教科書104点が対象となりました。このうち、「社会」の教科書2点がいったん不合格になりましたが、内容を修正して再申請した結果、6日開かれた文部科学省の審議会で最終的にすべての教科書が合格しました。
今回は、去年、告示された新たな検定基準が初めて適用され、▽日本の戦後処理やいわゆる従軍慰安婦問題、東京裁判の記述について、「政府の統一的な見解に基づいた記述がされていない」という意見が合わせて4件、▽関東大震災の混乱のなかで殺害された朝鮮人の人数について、「通説的な見解がないことが明示されておらず、生徒が誤解するおそれがある」という意見が2件つき、合わせて5点の教科書の6か所の記述が修正されました。
また、領土に関する教育を充実させる必要があるとして、教科書作成などの指針となる「学習指導要領の解説書」も改訂され、沖縄県の尖閣諸島と島根県の竹島を「我が国固有の領土」と明記することなどが求められるようになったのに伴い、「社会」の教科書20点すべてに尖閣諸島や竹島の記述が盛り込まれて、領土に関する記述の量はこれまでの2倍以上に増えました。
このほか、中学校の教科書としては平成に入って初めて「南京事件」に触れていない教科書が1点あったほか、14年ぶりに「慰安婦」の記述をした教科書が1点ありました。さらに、東日本大震災に関する記述がすべての教科に盛り込まれ、5年後に東京で開かれるオリンピック・パラリンピックのことや、「LINE」、「ヘイトスピーチ」といったことばも初めて登場しています。
新しい教科書は来月下旬以降、各地で公開され、ことし8月末までに市区町村の教育委員会がどの教科書を使うかを決める「採択」が行われます。

今回の検定の意味とは

検定制度は戦時中、国定教科書で内容が画一化し、中立性が損なわれた反省などから戦後の昭和23年度に始まりました。現在も執筆者や編集者の創意工夫が生かされるようにするとともに、客観的で公正な内容にすることが目的で行われています。
文部科学省によりますと、検定は教科書会社の記述を生かすという姿勢で抑制的に行われているとしています。意見をつける際には修正を求めるにとどめ、具体的にどう書くべきだという指摘はしてこなかったといいます。
今回の検定では、新たな基準によって「政府の統一的な見解」に基づいた記述や、「通説がない」ということを書くことが合格の条件となっていて、これまでの検定が変化したと言えます。
教科書会社からは、どの事象に対しどこまで書けば基準を満たすことになるのか明確な指針はなく判断に迷ったという声も聞かれました。今回の検定をへた教科書を使いどのような授業をするのか、教育現場での対応も注目されます。

修正の6か所とは

新たな検定基準が適用されたのに伴って示された意見は次の6件です。

日本の戦後処理について書いた1点の教科書の「戦争時に日本の軍や企業による行為で被害を受けた人々からは、現在でも補償を求める動きが続いています」という記述に対し、「政府の統一的な見解に基づいた記述がされていない」という意見がつき、教科書会社は「日本政府は、国家間の賠償などの問題はすでに解決済みという立場をとってきています」という記述を加えました。

また、いわゆる「東京裁判」について書いた2点の教科書の記述に対し、「政府の統一的な見解に基づいた記述」を求める意見がつき、それぞれの教科書会社は「日本政府も占領終了時に、東京裁判の判決を受け入れることを表明しました」とか、「現在の日本政府は、『裁判は受諾しており、異議を述べる立場にはない』としています」という記述を加えました。

いわゆる従軍慰安婦問題を取り上げた1点の教科書で、元慰安婦の女性の証言や日本政府の対応などを記した部分にも同じ意見がつき、「現在、日本政府は『慰安婦』問題について『軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような資料は発見されていない』との見解を表明している」という記述が加えられました。

さらに、関東大震災の発生後、混乱の中で殺害された朝鮮人の人数を「数千人」と書いた2点の教科書の記述には、「通説的な見解がないことが明示されておらず、生徒が誤解するおそれのある表現だ」という意見がつきました。
これを受けて教科書会社1社は、当時の政府など複数の調査結果や「虐殺された人数は定まっていない」という記述を加えたうえで、「おびただしい数の朝鮮人が虐殺された」と修正しました。もう1社は「自警団によって殺害された朝鮮人について当時の司法省は230名余りと発表した。軍隊や警察によって殺害されたものや司法省の報告に記載のない地域の虐殺を含めるとその数は数千人になるとも言われるが、人数については通説はない」と修正しました。

いったん不合格の2点とは

今回の検定では、2点の「歴史」の教科書がいったん不合格となり、再申請を経て合格しました。

このうち、元教員などでつくる「学び舎」の教科書は今回初めて申請されましたが、「学習指導要領の目標や内容に照らして基本的な構成に重大な欠陥がある」としていったん不合格となりました。
例えば、帝国主義の時代の項目で「19世紀にニジェール川河口にあったオポボ王国の話」を記載するなど、事典にもほとんど取り上げられていない事例が多く、「生徒が歴史の大きな流れを理解するには不十分」とされました。
また、「問い直される戦後」という項目では、当初、見開きで、いわゆる従軍慰安婦問題などを取り上げていましたが、中国の女性の体験として記載している内容が「中学生の健全な情操の育成に必要な配慮を欠いている」とされたほか、元慰安婦の女性の証言に「政府の統一的な見解に基づいた記述がされていない」という意見がつくなど、この2ページだけで6件の意見がつきました。
「学び舎」では、教科書全体の構成を見直したうえで、慰安婦問題などを取り上げていたページから元慰安婦の具体的な証言や写真などを削除し、ほとんどの部分を中国残留孤児や日中国交正常化と戦後補償の記述に差し替えました。
ただ、従軍慰安婦の問題を巡り、謝罪と反省を示した「河野官房長官談話」などは掲載し、「現在、日本政府は『慰安婦』問題について『軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような資料は発見されていない』との見解を表明している」という政府見解を加えて、最終的に合格しました。
「学び舎」の代表執筆者で「子どもと学ぶ歴史教科書の会」の安井俊夫代表は「暗記中心ではなく、子どもたちが楽しく考えながら学べる教科書をつくろうとこれまでにない事例も盛り込んだ。慰安婦については戦後を問い直すというテーマに適していると思ったが、不合格になっては意味がないので、議論の末、記述を差し替えた。今回を、子ども目線、現場目線の教科書つくりの第一歩としたい」と話しています。

いったん不合格となったもう1点は「自由社」の教科書で、検定意見が上限を超える358か所に上り、「断定的な記述や資料の扱いが適切でないところがあり、生徒が誤解するおそれのある表現が多数見られる」と指摘されました。
例えば、いわゆる東京裁判を取り上げたページのうち「勝者の裁き」と題した段落で、「判決は日本人から、自分たちが学んできた歴史への誇りと信頼を失わせました」などと書いていましたが、「政府の統一的な見解に基づいた記述がされていない」という意見がつきました。さらに、「マッカーサーはトルーマン大統領に『東京裁判は誤りであった』と語りました」などと記述した段落には「生徒が誤解するおそれのある表現だ」という意見がつきました。
「自由社」では意見が付いた点を修正し、東京裁判のページには「現在の日本政府は『裁判は受諾しており、異議を述べる立場にはない』としています」という記述を加えたほか、マッカーサーの証言については、「国家の指導者を平和に対する罪で裁いても戦争を防止することはできないのだと、東京裁判について疑問を述べました」という記述に変えて、最終的に合格しました。
「自由社」の教科書の代表執筆者で「新しい歴史教科書をつくる会」の杉原誠四郎会長は「自虐的な見方を克服し、子どもたちが日本を誇れるような教科書にしたかった。バランスを求められて表現が後退した部分もあるが、自分たちが書きたかったことは書き込めた」と話しています。

倍増した領土関係の記述

今回の検定で倍増した領土に関する記述。教科書会社各社は、尖閣諸島や竹島の写真や地図を掲載し詳しく説明しています。

ある「公民」の教科書では「日本の領土を巡る問題の現状」と題し、見開き2ページを使って竹島、尖閣諸島、北方領土について記述しています。
日本の領海と排他的経済水域を示す地図を掲載するとともに、竹島を巡る歴史的経緯や韓国が不法に占拠していること、それに対して日本は抗議するとともに、問題を国際司法裁判所に委ね、平和的に解決するという提案を行ったものの、韓国が拒否し続けていることなどが記されています。
尖閣諸島については「沖縄県石垣市に属する日本の固有の領土」としたうえで、中国が尖閣諸島を領土として扱う法律を制定したり、日本の領海に侵入したりしていることや、日本は中国の行為に抗議し警備を強化していることを写真とともに紹介しています。

また、ある「歴史」の教科書では、竹島は江戸時代初期から日本が領有権を確立していると記述し、米子の町人たちがあしか猟などをしていたことや、自治体が発行したあしか猟の許可証や猟の様子を撮影した写真を掲載しています。尖閣諸島については、1895年の閣議決定で日本の領土になったと書き、魚釣島では戦前まで日本人が住んでおり、かつお節工場があったとして、かつお節を干す当時の写真を掲載しています。

さらに、ある「地理」の教科書では竹島と尖閣諸島を「日本固有の領土」だとして、韓国が不法に占拠していることや近年、中国船が日本の領海などにたびたび侵入する事案が生じていることなどを紹介したうえで、「領土を巡る対立については、武力衝突や戦争の原因となることもあります。各国が冷静に問題に向き合い、対立を乗り越えて平和的な解決を目指すことが重要です」と記述しています。

従来は認められていた表現にも意見

今回の検定では新しい基準に関わらない部分でも正確性やバランスを重視し、これまでの検定では認められていた表現に検定意見がつくケースが多く見られました。
「歴史」の教科書6点を例に見ますと、検定意見291件のうち22%に当たる64件がこれまで認められていた記述に意見が付いたケースでした。

例えば、アイヌの近現代について書いた1点の教科書に「政府は北海道旧土人保護法を制定し、狩猟採集中心のアイヌの人々の土地を取り上げて、農業を営むようにすすめました」という記述があり、これまでは認められていましたが、この法律の趣旨を生徒が誤解するおそれがあると意見がつきました。
合格した教科書では「アイヌの人々に土地を与えて、農業中心の生活に変えようとしました」と、「取り上げて」が「与えて」に変わり逆の表現になっています。文部科学省は「法律の趣旨は土地を取り上げることではなかったため」と説明しています。

また、ある教科書では、沖縄戦の犠牲者に関する「軍属」の説明で、「戦闘に動員された中学生・女学生も含む」と記述してきましたが、女学生が戦闘に動員されたようにみえると意見がつき、「看護にあたった女学生も含む」と修正されました。
「歴史」のほかにも、「理科」の1点の教科書には「核燃料から生じるエネルギー」という記述があり、これまでは認められていましたが、今回は何も無いところから生じるような表現だと意見が付いて「核燃料から得られるエネルギー」と変わりました。これについて、文部科学省は「原子力や放射線について関心が高まっているのでより正確にした」としています。

文部科学省は「検定基準見直しの趣旨を踏まえ、より正確でバランスのよい教科書にするため、従来は認めてきた表現にも踏み込んで意見をつけた」と話していて、検定が厳格化する方向となっています。

下村文科相「光と影をバランスよく」

下村文部科学大臣は「歴史というのは光と影があり、影の部分のみならず、光の部分を含めバランスよく教えることが必要だ。そうした問題意識の下に検定基準を改正したが、すべての政府見解を載せるようにというわけではなく、独善的な歴史観や記述を増やすつもりも全くない。今回は教科書会社の努力もあって全体的にバランスがとれた方向にまとまりつつあると思う」と話しています。
また、領土に関わる記述が増えたことについては、「自分の国の領土について子どもたちに正しく教えるのは当然のことだ。竹島や尖閣諸島が日本の領土であるという基礎的な知識が教科書に記述されたことは大きな前進だ」と述べました。

官房長官「正確な記述は重要」

菅官房長官は午後の記者会見で、「社会」のすべての教科書に、沖縄県の尖閣諸島や島根県の竹島の記述が盛り込まれたことについて、「わが国の領土について子どもたちに正しく理解されるよう、教科書に正確に記述されるのは重要なことだ」と述べました。
また、菅官房長官は、記者団が「アジアの近隣諸国の反発が予想されるが影響をどうみているか」と質問したのに対し、「学習指導要領に基づいたなかで、専門的審査に委ねるということだ」と述べました。

池井慶應大名誉教授「ある程度目的達成」

日本外交史が専門で慶應義塾大学名誉教授の池井優さんは「今まであまり触れられていなかった領土問題がすべての社会の教科書に入ったことや、事実が確定していないような数字について枠をはめるようになった点はよかったのではないかと評価している。最低限、中学生に知ってほしい内容を盛り込むという、教科書検定の趣旨に照らせば、ある程度目的が達成されたと思う」と話しています。
なかでも領土に関わる記述について、「日本の立場を教科書に書くのは当然で、中国や韓国が領土だと主張していることも記述されており、バランスがとれている。教科書に書かれていることを題材にして、生徒たちが考えたり調べたりするきっかけになるのではないか」と述べました。そのうえで、「今回の検定は子どもや教員にとってよい方向に向かっていると思うが、ナショナリズムを刺激するものにならないよう気をつけなければいけない。感情的なやり取りにならないよう、中国や韓国の歴史学者と討論してその成果を今後の教科書に生かしていく方法もあるのではないか」と話していました。

藤田共栄大教授「バランスを欠いているのでは」

教育学が専門で共栄大学教授の藤田英典さんは「政府見解を盛り込むことに異論はないが、その扱い方全体を見ると政府の意向に近い形で強調するような結果で、バランスを欠いているのではないか。逆の立場の見方が圧縮されたり、多面的な出来事や問題の本質が分からなくなるような傾向が、一部出ていると思う」と話しています。
また、領土に関する記述については、「中国や韓国の見方のどこが問題なのか、その不当性を国際法や歴史的な経緯などから説明できるだけの知識を持つためには、相手の主張もきちんと理解しておく必要があるが、中国や韓国の主張の内容がほとんど記述されていないと感じる。国際社会で、日本の側から見た主張だけを繰り返せば議論は堂々巡りになってしまう」と話しています。
そして、「18歳に選挙権を与えようとしている時代に、国民として自分なりの判断力を養うためには、複合的な事実は複合的なものとして教科書に記述し、子どもたちが多面的にとらえる力、考える力を育てることが重要だ」と話していました。

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