四つ目の分類
新年度と本格的な春!
お嬢様、お坊ちゃま方も気持ちも新たに
お過ごしでございましょうか?
奈良崎で御座います。
芸術は秋だけではございません、年中いいものでございます。
今回はそんなお話。
とても長いお話になります。ご注意くださいませ。
都内某所。
とある市街地。
使用人数人と美術庫へやってきた私達・・・
カラスの鳴く夕方の市街地は帰り道を急ぐ人も少なく
我々の話し声以外はカラスの鳴き声だけが響いている。
荒垣「美術館にしては・・・建物小さいですね。」
奈良崎「大旦那様とそのご友人の合同の美術庫だって聞いてるけど・・・」
三國「宝石とか小さいものだけなんじゃないですか?」
伊達「そんなことよりトレーニングしたいよ。」
羽生「狭いとこの人数でも大変ですよ。」
保坂「これで・・・全員?」
芹沢「あと二人ですね。」
市街地の中の美術庫とはいえ一軒家程度の大きさの建物である。
皆違和感を感じながら遅れてくる二人を待つ・・・
茅ヶ崎「お~揃ってるじゃないか。」
長門「すいません。遅れました。」
手荷物を持っている長門。
何も持っていない茅ヶ崎。
長門「買い物してて。本当にすいません。」
茅ヶ崎「え?十分くらいしか遅れてなくない?」
奈良崎「茅ヶ崎さんには集合時間を三十分早く教えてますから。」
茅ヶ崎「なるほど!」
三國「え?どういう事ですか?」
長門「いつもの事ですよ。いつもの。」
三國「えっと・・・?」
奈良崎&茅ヶ崎「細かいことはいいの。」
ちょうど日が沈む時間に美術庫に入る我々
入り口には大きな絵があった。
お屋敷ののサロンの端から端までくらいだろうか。
『切り取られた永遠と烙印の証明』
やたら細かく書かれている絵である。
細々とした家具から美術品等がまるで写真のように書かれている。
しかし、右端はとてもキレイで明るい内容であるのに対し
左へ進むにつれ暗く悲しい内容に変わり
左端は辛さや、恐怖さえ感じる。
保坂「激しい情熱を感じますね。」
茅ヶ崎「最初がこれとは・・・中が楽しみだ。」
進むと地下への階段があった。降りる我々・・・
入り口に入るとガチャンと音を立てて大きな扉が閉まった。
伊達「入ってすぐ地下に広がってるんですね。」
芹沢「上の建物は入り口だけでしたか。」
建物は地下に広がり日光の入らない造りになっていた。
美術品の品質保持という事なんだろうか。
荒垣「受付の人と警備員の人・・・無表情でしたね。」
三國「昔の羽生みたいだったね(笑)」
荒垣「三國もそんな感じだったよ?」
和やかなムードで入っていく。
美術庫には誰もいない。
一般公開していない美術庫である。
管理している人間の善意で美術館のようになっているが、
本質はコレクションの管理庫である。
公開の予定が無いコレクション・・・興味が無いと言えば嘘になる。
大旦那様とそのご友人の共同であるならばなおさらだ。
コレクションにはそれぞれ名前の書いてある札があった。
管理者は相当な思い入れがあるのだろうか。
芹沢「この彫刻・・・伊達さんに似てますよね。」
伊達「いい筋肉だ・・・タイトルは・・・『闘争』」
三國「この女性の絵・・・表情がいいですね。」
奈良崎「悲しみとも喜びとも言えない表情だね。」
三國「タイトルは・・・『告白』」
絵画や彫刻だけではない、人形、家具、その他様々な物がある。
順路に沿って進むと休憩所らしきものがあった。
立ち止まる我々。
羽生「ちょっと疲れましたね。」
椅子に座る伊達。
伊達「いい椅子ですね。腰にしっくりくる。」
茅ヶ崎「ちょっと奈良ちゃん。こんなのあるよ。」
奈良崎「なんですか?注意書きですね。」
※注意
コレクションに触るべからず。
万が一壊してしまった時にはヰノちにカかわわるのでちュうい。
奈良崎「物騒な書き方ですね。」
荒垣「ヰノち?命に・・・って?」
芹沢「それくらい大事にしろ・・・って事じゃないですか?」
荒垣「・・・でも命って・・・」
「アーハーハーハーハー」
突然の笑い声に振り向く我々。
座っていた椅子が壊れてしりもちをつく伊達。
それを指差して大声で笑う羽生。
長門「壊すなって・・・これがコレクションだったら大変だぞ?」
伊達「軟弱な椅子だ。」
奈良崎「直せそう?」
椅子を囲んで話す我々の横で三國が青ざめている。
芹沢「・・・三國さん?」
三國「・・・これって・・・『看守の椅子』って書いてある・・・」
青ざめる我々。
茅ヶ崎「これってまずくない?コレクションだよ。」
伊達「でもこれって外れるようになってますし・・・」
羽生「戻せているので大丈夫なんじゃないですか?」
伊達「仕様でしょ?」
場を和まそうと話す伊達。
しかし空気は重たい。
その時・・・バチン!
と・・・音がして照明が落ちた。
非常用電源が入り薄い緑色の照明だけになる。
伊達「おっと・・・タイミング良すぎだろ。」
保坂「空調も止まった。」
奈良崎「・・・ねえ・・・」
奈良崎「ねえ・・・嫌な予感がするんだけど・・・」
茅ヶ崎「確かに。空気がねっとりしてきた。」
荒垣「もうすぐ出口だろうし、出ましょうか。」
奈良崎「そうだね。」
伊達「帰って大旦那様に謝らないとね。」
三國「伊達さん命取られますよ(ニヤリ)」
こんな話をしているが、大旦那様が命を取るなんてことは考えられない。
ならば何故・・・そのような注意書きがあるのだろう?
ここは美術館ではなく美術庫である。
一般人が入る事などない。
誰に向けての注意だったのだろう。
管理しているのは一人だ。
配置も運び込みも清掃も代々選ばれた一人であると聞いている。
ならば誰に向けて?
そもそも一人で管理しているのならば書く必要もない。
警備の人間も受付の人間も入らないだろう。
カギを開けてくれたのも管理の人間だ。
閉めたのだって・・・
ガチャン?
確かにそう聞こえた。カギを閉める音だ。
奈良崎「戻ろう!確かめないと!」
私は走って入り口に戻る。
だがカギが掛かっていていて開かない。
奈良崎「開けてください!開けてください!」
ドアを叩く私。このままでは出られない。
嫌な知識が私の頭を巡る。
金庫や管理庫の中には品質保持のため中を真空にする設備もある・・・と。
合同コレクションとはいえ施設は大旦那様の施設である。
焦ってドアを叩くが反応はない。
しかし、空気が少なくなる気配もない。
だが帰れなければ・・・次の日の給仕ができないのも事実である。
伊達「どうせ怒られるんですから・・・ドアを壊して出ましょう。」
保坂「また壊すの?」
伊達「責任持って直しますよ。」
長門「神谷が・・・でしょ?」
伊達「そうとも言うけど。私に壊せるなら重機でも壊せるでしょ?」
保坂「屁理屈じゃない?」
伊達「気のせい!」
豪快にドアを壊す伊達。すぐ前にもう一つドアがある。
茅ヶ崎「あれ?ドア二つだっけ?」
伊達「開ければ一つも二つも同じですよ。」
茅ヶ崎「壊すの間違いじゃない?」
更に豪快にドアを壊す伊達。
しかしその先には出口はなく・・・今来た管理庫が広がる。
芹沢「え?」
長門「・・・出られ・・・ない?」
全員が首をかしげ空気が凍りつく。
照明がどんどん暗くなり・・・赤い照明が部屋を照らす。
保坂「非常口の明かりまで赤いなんて・・・」
芹沢「おかしいですよ!こんなの!」
羽生「おちつけ!」
伊達「羽生もおちつけ!!」
伊達の声で皆が静まる。
その時・・・
ガタン!
振り返ると絵画が地面に落ちた。
反射的に絵画をもどそうと近づくと・・・絵画が動いている。
奈良崎「え?」
絵画から女性の上半身が生え、手だけで這い近づいてくる。
奈良崎「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私の声に驚いたのか、動く絵画に驚いたのか恐怖は連鎖する。
皆が走り出した。
しかし広くはない部屋である。
逃げられる場所など限られている。
皆が部屋の奥・・・次の部屋に向けて走り出す。
直感で入り口からは出られないことに気づいているのだ。
茅ヶ崎「とりあえず!とりあえず!逃げよう。」
絵画だけではない。
彫刻が、家具が、襲ってくる。
全員が恐怖で顔を引きつらせながらも次の部屋に逃げだせた。
あれだけ襲ってきた絵画も、彫刻も襲ってこない。
振り返ると、部屋の境目でこちらを睨みながら蠢いている。
どうやら部屋からは出られないようだ。
三國「奈良崎さん!あの絵画って『告白』ってタイトルでしたよね?」
奈良崎「そうだよ?でも怖すぎだって『告白』じゃなくなってるし。」
三國「あのプレート見えますか?」
蠢く女性の上半身の絵画ごしに見えるのは・・・『貪欲』
奈良崎「どん・・・よく?」
三國と二人で首をかしげていると。
保坂「彫刻のタイトルが『闘争』から『凶乱』って・・・」
羽生「変わってましたね・・・」
怒りに触れたのでしょうか?
名前まで変わるなんて恐ろしすぎますが。
触っていない美術品まで襲ってくるなんて・・・
保坂「奥まで行ってみましょう。どうせ入り口は使えませんよ。」
ゾロゾロと奥の部屋を目指す我々。
安全だと知ると皆が生き生きしだすものである。
カーン。
・・・嫌な予感がする。
ガラガラと音を立て・・・バケツが転がる。
済まなそうな伊達の顔。
バケツには『美徳』・・・のプレートが『ハエトリソウ』に変わる。
バケツの内側に歯が生え噛み付こうと近づいてくる。
茅ヶ崎「ばっかもーん!!」
走り出す我々。
『友情』という男の子二人の銅像が『わるふざけ』に変わり
一人がもう一人を振り回し襲ってくる。
『秘密』という西洋箪笥が『隔離』に代わり
観音開きをバクバクと開閉させ食べようと近づく。
荒垣「うわぁぁぁ」
荒垣が『隔離』に飲み込まれる。
名前が『隔離』から『ひとりじめ』に変わった。
伊達「荒垣さん。すぐ出しますからね。」
伊達が『ひとりじめ』を蹴り飛ばす。
扉が開くが中身は空だ。
再び動き出す『ひとりじめ』
『わるふざけ』が迫る。
銅像が振り回されては生身の人間では怪我では済まない。
部屋の奥には出口が二つ。
一つは右側。『食道』と立て札がある下り階段。
もう一つは左側・・・
だが『孤独』と書かれた大きなブリキ人形の群れの奥にある。
右側はいかにも怪しい。
左は怖くて近づけない。
迷っていると・・・
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
誰かの声が聞こえる。
振り返ると伊達と芹沢しかいない。
食べられた?
たべられた?
芹沢が恐怖に駆られたのだろうか『食道』へ向けて走り出す。
伊達「面白い!パルクールの技術を見せてやるさ!」
伊達は華麗とは程遠い強引な体さばきでブリキの群れの奥へ消えていく。
ゴクン!
大きな音を出して『食道』への道が閉じた。
扉が閉まったのではない。壁が狭まり文字通り「閉じた」のだ。
芹沢は・・・飲み込まれてしまった。
道はブリキの奥しかない。
覚悟を決めた瞬間。
ゴン!
何かに殴られたようだ。
目の前が白くなる。
転がるように進もうとすると足を捕まれた。
振り向くと『ひとりじめ』の中から手が伸びて私を掴む。
抵抗する間もなく飲み込まれた。
飲み込まれた奥は真っ暗であり。
ピンクのクレヨンで書かれたような道がある。
両脇には首のないマネキンがズラリと並び奥を指差している。
頭を殴られたからであろうか・・・
朦朧とした意識で奥へ進むと・・・
首だけのマネキンが並び
こちらを見ている。
マネキンの口が動きだし
「おまえはちがう」
「おまえはちがう!」
「おまえはちがう!!」
「おまえもちがう!!!」
大合唱で否定されると頭痛がする。眩暈がする。吐き気がする。
思わずうずくまると・・・
入り口の絵画の前のベンチに座っていた。
横には荒垣、保坂、三國、茅ヶ崎、長門、羽生がいる。
私を含め皆、膝にマネキンの首を抱いていた。
みんな寝ぼけたようにボーっとしている。
「あーあ、みんなダメだったね。」
受付の老人が話しかけてきた。
老人「次の管理人の候補だって聞いてたのに・・・みんな失格だよ。」
羽生「失格って?」
老人「知力も体力も運さえも足りないって事さ。私も含めてね。」
羽生「えっと・・・」
老人「生き残る運は・・・あったみだいだがね。」
事態が飲み込めない我々の前に・・・
奥の階段を伊達が上がってきた。
伊達「あれ?三十回は階段を下りたのに・・・一階上がったら地上?」
伊達は不思議な顔をしている。
伊達「壊した数が百を超えちゃいましたよ。怒られるなぁ・・・」
老人が驚いた顔で駆け寄り伊達と何か話している。
伊達はしきりに「嫌です!」「お断りします!」と言ってる。
ふと・・・思い出す。
芹沢がいない。
奈良崎「芹沢は?」
三國「本当だ・・・いませんね・・・」
羽生「ココから変な声がしますよ?」
羽生が指差した掃除用具入れから声がする
「チーズとメンマ・・・チーズとメンマがないと・・・」
羽生が扉を開くとうずくまる芹沢がいた。
芹沢が飛び出し長門の鞄を開け、中身のチーズとメンマを貪る。
長門「何してんだよ!せっかく買ったのに!」
芹沢には長門の声は届いていないようだ。
口の周りをパルメザンチーズで汚し、食べ終わると動かなくなる芹沢。
芹沢に命に別状は無いようだ。
皆は帰ろうと立ち上がる。
伊達が背負って帰ろうとすると・・・
保坂「この絵・・・なんかおかしい。」
確かに違和感がある。
羽生「この絵・・・人が増えてません?」
絵の左側に・・・
バツの悪そうな長門。
指を刺し笑う羽生。
転んでいる荒垣。
座り込む保坂。
目を閉じて祈る三國。
何かを叫ぶ茅ヶ崎。
ドアを叩く私・・・
どあをたたくわたし?
奈良崎「なんで・・・なんで我々が?」
老人「取り込まれちまったからな・・・失格の烙印だよ。」
伊達「私がいませんね・・・」
老人「合格だからさ!な?わかるだろ?お前さんしか・・・」
伊達「お断りします!お給仕するのが仕事ですから!!」
シュンとする老人を尻目に美術庫を後にした。
外はもう明るくなりカラスではなくスズメが鳴いている。
今日もいい天気だ。
茅ヶ崎「伊達ちゃんさ・・・何の話だったの?さっきのアレ」
伊達「スカウトですよ。断りましたけど。」
茅ヶ崎「すごいじゃんスカウト!断ったの?」
伊達「誰も私を縛りつけられませんから(ニヤリ)」
最寄の駅まで歩き、始発に乗ってお屋敷へ戻りお給仕を・・・
と、思うと我々は執事の部屋へ呼ばれました。
椎名「お帰り。何があったかは説明はしない。」
羽生「いや・・・説明を・・・」
椎名「公開できないコレクションだ。」
奈良崎「知ってます。」
椎名「大旦那様のご友人が誰かも私も知らない。」
保坂「そんな曖昧な・・・」
椎名「それを説明する必要があると・・・そう言うのかね?」
誰もが口をつぐんでしまう。
執事はこうなる事を知っていたのだろうか・・・
命の危険があったのに・・・
いや・・・なかったのだが・・・
結果的に「無かった」だけなのだろうか?
誰も何も言えず沈黙が支配する。
椎名「試して済まないが・・・いい経験になっただろう?」
茅ヶ崎「え?」
椎名「世の中には常識では測れない事がある・・・という事さ。」
保坂「て事は、何かあったけど執事も説明出来ないって・・・」
椎名「正解!何かわかると思ったんだけどね。」
奈良崎「はぁ・・・」
椎名「また何年かしたら選抜して誰かに行ってもらうさ。」
長門「それはちょっと・・・」
椎名「大丈夫!君らはもう入れないから!伊達君以外はね。」
羽生「よかった・・・」
椎名「だから、この事は後輩には内緒でお願いしますよ?」
荒垣「いやいや・・・話しても誰も・・・」
伊達「信じませんよ(ニヤリ)」
椎名「伊達君!正解!それじゃあ解散ね。」
奈良崎「命の危険はなかったね・・・」
伊達「壊したのは私だけでしたから。」
椎名「だろうね。はい!!改めて解散!」
一同「はーい。」
椎名「芹沢君には全部夢だって事で!お嬢様にも知らないで通すこと!」
一同「はーい。」
椎名「奈良崎君は居残りね。」
奈良崎「はぁ・・・」
取り残される私。
部屋には執事と私だけ。
椎名「君は・・・ダメと言っても今回のことを日誌に書くのだろう?」
奈良崎「書きます。それだけの経験をしましたから。」
椎名「だろうね・・・書いても全部は載せられないよ?」
奈良崎「かもしれません。」
椎名「前に君が言っていた四つのカテゴリーの話のままさ。」
奈良崎「それでも・・・書きます。」
椎名「わかった。好きにしなさい。・・・日誌はだいぶ短くされるよ?」
奈良崎「わかりました。失礼します。」
椎名「書けたら・・・私に持っておいで。」
夜の中の事柄は大きく四つに分けられます。
知らねばならないこと
知っても構わないこと
知らなくても構わないこと
そして・・・
知ってはいけないこと
世の中は不条理でいっぱいです。
でもお伝えしたいことが沢山ございます。
知りたいという欲求を大事にする人間でありたい思う・・・
奈良崎で御座いました。
とても長い日誌になりました。
印刷してみましたら用紙40枚を軽く超えるボリューム・・・
添削されて短くされた時にどうなるかは・・・
お嬢様、お坊ちゃま方のお目に触れる時にはどうなっているか・・・
いや・・・ここまでお読みいただけた事を大変うれしく思います。
長文乱文失礼を致しました。
月に一度のお肉の日!
雪村執事が待っておりますので今日はこの辺で・・