赤い音と記憶の声
春の訪れもちらほらと・・・
次の季節もまもなくでございますね。
奈良崎で御座います。
私は、お屋敷からヘリコプターで3時間・・・
陸の孤島と呼ばれる場所に来ている。
某県某所
深い山間の過疎化の進むその集落に行った荒垣が消息を絶った。
詳しい説明のないまま到着。
このまま捜索を開始する。
奈良崎「本当に陸の孤島だ。」
伊達「さっさと見つけて帰りましょう。」
羽生「雪が降るかもしれませんしね。」
町は人影もなく、建物も少ない。
田畑は荒れ、手入れも行き届いていないようだ。
携帯電話の電波も届かない。
おそらくGPSも使えないかもしれない。
はやく見付けて帰らないと・・・
お給仕に支障が出てしまう。
歩いていると酷くさびれた小さな商店街に入った。
町の人間の視線を感じる。・・・が人影は見えない。
歓迎はされていないようだ。
小さな町であるが、この人数では時間が足りない。
伊達「町の反対側から入った二人はどうなんたんでしょうか?」
奈良崎「電話での連絡もできないからねぇ・・・」
羽生「・・・」
伊達「羽生君どうたの?」
羽生「いや・・・なんでもないです・・・」
商店街の行き止まりは小さな学校であった・・・
もう廃校なのだろう。窓は板を釘で打ち付けてあり廃墟のようだ。
もうすぐ昼になろうとしている。
それなのに空は厚い雲に覆われ薄暗くいまにも崩れそうな天気である。
不意に町中に音楽が流れた・・・
耳障りなノイズの混じったトロイメライ。
相当古い音源なのだろうか、機材の問題なのだろうか、
懐かしさよりも情緒を不安定にさせるような音楽だ。
そんな気持ちに浸る間もなく、廃墟と思われる学校からゾロゾロと人影が出てきた。
学校だけではない、町中の建物から次々と人が集まってくる。
その誰もが、目に生気が無く足取りも不安定である。
まるでそこに命が無いかのようだ・・・
『走って!』
不意に聞こえた言葉に最初に反応したのは伊達だった。
身の危険を感じたのだろう、気がつくと私も羽生も走っていた。
声の聞こえるほうに、町とは反対の方向に、学校の裏の森へと走った。
『登ってください!』
その声のままに無我夢中で木に登ると三國がいた。
全力で肩で息をする我々。もちろん木にしがみついたまま。
奈良崎「勢いで登ってきたけど・・・どういうこと?」
三國「シッ!まだ喋っちゃ駄目です。」
二時間あまりの時間がたったのだろうか。
相変わらずトロイメライが流れている。
三國「もういいと思います。」
木から下りて衣服の汚れを払う。
伊達「どういうことか説明してもらえますか?」
三國「・・・よくわかんないです。」
伊達「わかんないって・・・」
三國「本当にわかんないです。」
伊達「だって・・・」
寒さの苛立ちから言い合う二人とは別に考え込む羽生。
羽生「う~ん・・・」
奈良崎「どうしたの?」
羽生「なんとなくなんですけど・・・この町を知ってるような・・・」
奈良崎「え?」
羽生「来たことあるような・・・ないような・・・」
奈良崎「曖昧だね・・・」
体力の消耗から興奮が持続せず、皆落ち着きを取り戻している。
早く荒垣を見つけて帰らないと。
三國「5時になったら吾妻さんが車を調達してくれる約束です。」
奈良崎「それまでに・・・」
その時ずっと流れていたトロイメライが止まった。
正確には止まったのではなく、
壊れた玩具のように単一の音を出しながら止まったのだ。
音は鳴り響いている。
冬の寒さとは違う肌寒さの強い風が吹いた。
身を縮めると同時に雪が降る。
羽生「降ってきましたね・・・」
奈良崎「ん?・・・ハブのシャツの襟が赤くなってるよ。」
羽生「襟ですか?別に怪我とかはしてませんけど・・・」
自分の襟首を触る羽生、本当に怪我ではないようだ。
伊達「雪だ!この雪が・・・赤いんだ!」
森の木々の切れ間から降る雪は確かに赤い。
我々を恐怖が支配しはじめる・・・
緊張感と自分の心臓の鼓動で耳鳴りがする。今にも涙が出そうだ。
近くから地鳴りのような声が響き渡る。
その声は徐々に大きくなってきた。
学校の校庭からだ。
誰もが逃げ出したい気持ちを抑え恐る恐る学校へ向かいだした。
物陰から校庭を除くとおびただしい人が集まっている。
奈良崎「なんだよ・・・これ・・・」
校庭では町人が大きな円を作り天を仰ぎながら声を上げている。
何より異様なのは声を上げる人が真っ赤な涙を流している。
赤い雪と関係があるのだろうか?
羽生「あれ!あれを見てください!」
円の中心を指差す羽生。
しかし、目が悪い私には中心がよくわからない。
奈良崎「ごめん。よく見えない。」
伊達「私もわかんないです。遠すぎますよ。」
羽生「そうですか?」
三國「目が良いってレベルじゃないですよ。」
羽生「普通ですって。」
町人に見つからないように距離をとっているのだ、普通は見えないだろう。
羽生「そんなことより!真ん中にいるの荒垣さんじゃないですか?」
羽生によると円の中央にて呆然と立ち尽くしている者が荒垣らしい。
三國「よく見えないけど、助けて帰りましょうよ。」
羽生「でもどうやって・・・」
伊達「吾妻さんを待ちましょう。」
集合時間になり吾妻が到着する頃には空腹と寒さ、恐怖と響く音で
皆トランス状態になっているようだ。
私も、この時どのようにして吾妻の到着を待っていたのか覚えていない。
ただ、吾妻の持っていた水筒の紅茶だけが甘く美味しかったことだけ、
それだけが記憶に残っている。
吾妻の乗ってきた車は六人乗りのバンであり、
我々五人と荒垣で乗ることのできる人数ギリギリだ。
車に乗り込むと道を通って学校の校門へと向かう。
誰もが校庭に集合しているようで道では人の影は無い。
校門の前でわずかの沈黙・・・
赤い雪を避けるワイパーの音と、壊れたようなトロイメライだった音、
そして町人の唸り声だけが響いている。
吾妻「行こう。」
車をゆっくりと前進させたその時・・・
トロイメライだった音が大きくなり・・・そして割れはじめた。
車は構わず動き出し校庭へ入っていく。
音はますます不快さを増していく。聞こえる音はまるでサイレンのようだ。
車が低速で人の輪へ近づくと町人は赤い涙を流しながら近づいてくる。
奈良崎「どいてください!」
恐怖から助手席に座っていた私は、運転席のクラクションを横から押していた。
クラクションが鳴ると、町人は奇声を上げて逃げ始めた。
まるで蜘蛛の子を散らすようだ。
羽生が顔をしかめる。
クラクションを止めるとまた集まってくる。
鳴らすと逃げる。
どうやらクラクションの音が嫌いらしい。
クラクションを鳴らしながら荒垣へと近づき助け出すと、
一目散に車を走らせる。
町が見えなくなると皆換気の声を上げていた。
荒垣も衰弱しているが、命の危険などはなさそうだ・・・
皆が喜ぶ中・・・吾妻だけが神妙な顔をしている。
三國「吾妻さん。どうしたんですか?眠たいなら運転替わりますよ?」
吾妻「いや・・・大丈夫・・・でも・・・大丈夫じゃないかも。」
奈良崎「何行ってるんですか?もう大丈夫ですよ!」
吾妻「いや・・・この町に来る前に色々調べてみたんだが・・・」
奈良崎「はい・・・」
吾妻「市販されている地図にもお屋敷のデータにも、その他にも・・・」
奈良崎「他にも・・・?」
吾妻「こんな町・・・存在しないんだよ・・・」
凍りつく車内・・・
走り続ける車・・・
トンネルに入り沈黙が続く・・・
誰も声を出そうとはしない。
やがて・・・トンネルを抜けた。
トンネルを抜けたときは
羽生「そうか・・・この町は・・・あの時・・・だから・・・」
小さな声でつぶやく羽生を私は何の疑問もなくバックミラー越しに見ていた。
そして・・・
羽生「アーハーハーハーハー!」
三國「羽生?」
羽生「アーハーハーハーハー」
三國「ちょ・・・羽生が・・・」
羽生「アーハーハーハーハー」
笑い出した羽生の目に赤い涙が滲みだす。
その声を聞いて荒垣が起きた。そして・・・
荒垣「アーハーハーハーハー」
羽生「アーハーハーハーハー」
荒垣「アーハーハーハーハー」
羽生「アーハーハーハーハー」
共鳴するように荒垣が同じように笑い出す・・・
荒垣の髪の毛が逆立ち、いくつかの束になったと思うと・・・
イカの足のように動き出す。
奈良崎「ゲソ・・・」
声にならない悲鳴を上げる車内。
共鳴するように笑う二人。
目の前が真っ暗になり・・・
気がつくと茶葉の倉庫にいた。
夢だったのだろうか・・・
どうやら、寝ぼけて来てしまったのかもしれない。
部屋に戻って寝るとしよう。
・・・って夢を見たんだ。
話を聞いている金澤は少し眠たそうだ。
金澤「変な夢ですね。」
奈良崎「怖かったですよ。」
金澤「まあまあ。もうすぐ彼がパンチの効いた紅茶を持ってきますし。」
奈良崎「彼・・・?ああ、彼ですね。」
金澤「夢の話はまたその後で・・・」
今日は吾妻、羽生、荒垣、三國、伊達はお給仕であり、
私と同じ休みである金澤とお茶を飲みつつ話を聞いてもらっていた。
ドアが開いて紅茶を持ってくる足音が聞こえる。
その時・・・
※「アーハーハーハーハー」
振り向けず凍りつく私。
トロイメライが聞こえる・・・
※「アーハーハーハーハー」
トロイメライがサイレンにかわり目の前が・・・
・・・って夢を見たのです。
藤原「疲れてるみたいだね。」
奈良崎「そんなはずはないんですけどね・・・」
迷惑な夢を見ることも増えてきましたが、
何度見ても慣れません。
今後もお嬢様、お坊ちゃまからも怖い夢の話を受け付けております。
いつでも奈良崎にお聞かせくださいませ。
お待ちしております。
奈良崎で御座いました。
藤原「それはそうと、シャツを赤く汚した言い訳が夢ってのは・・・」
奈良崎「え?」
藤原「洗えば落ちると思うけど。汚れたシャツが6枚ってのは・・・」
奈良崎「夢の話ですよ?汚した覚えなんて・・・」
藤原「大丈夫。寝ぼけて汚す事もあるさ。」
怒られはしませんでしたが・・・
寝ぼける人間と思われるのも悔しいものです。
軽く拗ねている私の横を羽生が通りました。
藤原「あ、羽生さんシャツが赤くなってましたよ。」
羽生「ああ、すいません。トマトケチャップこぼしちゃって。」
奈良崎「え?」
藤原「気をつけてよ?」
羽生「はい。伊達さんにも伝えておきます。」
藤原「吾妻さんと、三國さんと、ガッキーにもね。」
どういうことでしょうか?
どういうことでしょうか?
どういうことでしょうか?
どういう ことでしょうか?
どう いう こと で しょうか ?
その時・・・羽生と目が合いました。
アーハーハーハーハー
アーハーハーハーハー アーハーハーハーハー
アーハーハーハーハー アーハーハーハーハー アーハーハーハーハー