洗礼という名の悪戯
東京都では今年初の夏日も記録致しました。
季節の移り変わりを肌で感じ始める季節、
お嬢様、お坊ちゃま、いかがお過ごしでございましょうか?
奈良崎で御座います。
最近お屋敷の紅茶場にも新しい紅茶が増えました。
紅茶係を仰せつかる事のある身としては身の引き締まる思いでございます。
先月の事でございます。普段のお給仕の後に紅茶のレシピと味の確認をし、
部屋へ戻ると、どっと疲れが出てきまして不覚にもそのままベッドへと・・・
泥のように眠りに落ちていますと、
「・・・さん。・・・崎さん。」
だれでしょうか。わたしをよぶのは。
三好「ダメですよ。紅茶係の格好のまま寝ちゃ。」
ああ、シワになっちゃいますね。
すぐに着替えましょう。
鎌田「奈良崎さん。面白い本を見つけましたよ。」
奈良崎「やあ、いらっしゃい。面白い本?」
鎌田「三好さんが古本屋でみつけたんですよ。」
奈良崎「うん。で、何の本なの?」
鎌田「紅茶の本です。」
奈良崎「そっか。鎌田君は紅茶係をやりたがってたもんね。」
鎌田「はい。」
三好「で、折角買ったので・・・奈良崎さんにお裾分けです。」
奈良崎「ありがとう。・・・でも、この本はマーガレットホープ農園の本だよ?」
鎌田「え?それってアレですよね。『嘆きのダージリン』の・・・」
奈良崎「そうそう。タイムリーな本だし貰っていいの?」
三好「それなら!今すぐみんなで読んじゃいましょうよ。」
鎌田「いい考えですね、『嘆き』の意味もわかるかもしれませんし。」
奈良崎「そうだね。読むよ・・・」
~マーガレットホープ農園~
インドのダージリン地方のほぼ中央にある紅茶農園。
農園の由来には逸話があります。
三好「逸話?なんか興味深いですね。」
鎌田「続きは?」
奈良崎「えっと・・・」
農場主の娘マーガレットはイギリスに帰国する際に命を落としてしまいます。
旅の途中での病気によるものでした。
父親である農場主は悲しみ暮れました・・・
いく晩も泣き明かしましたが、娘の死を受け入れられない父親は
娘の亡骸に機械を埋め込み電極をつなげなんとか生き返らせようとしました。
周囲の人間はそんな父親を受け入れられず離れていきました。
何年たったでしょう。ある雷の夜・・・農園に雷が落ちた夜・・・
なんとマーガレットは生き返ったのです。
涙を流し喜ぶ父親。
しかし、生き返ったマーガレットは心の無い怪物だったのです・・・
三好「おおおお!怖い話ですね。」
鎌田「ちょっと待ってください!」
奈良崎「ん?」
鎌田「何か違う話が混ざってませんか?」
奈良崎「フランケンシュタインみたいだね・・・」
三好「出雲さんに聞いた話と違いませんか?」
奈良崎「・・・別の本ないの?」
鎌田「じゃあ・・・これは?」
~マーガレットホープ農園~
1930年代、農場主の娘マーガレットが結婚のためイギリスに帰国を迫られました。
帰りたくない気持ちを抱えたまま帰国の道をゆくマーガレット。
しかし、悲しいことに彼女はイギリスの地を踏む前に病死をしてしまうのでした。
三好「ここまでは一緒ですね。」
悲しみに暮れる父親。娘の好きだった湖を訪れた時・・・悪夢はおこったのです。
結婚を前に他界してしまった娘。
それなのに・・・それなのに!湖の畔では幸せそうな若い男女。
やり場のない父親の悲しみと憤りが限界を超え・・・その夜。
アイスホッケーのマスクを被り、オノやナタで多数の男女に襲い掛かる父親。
体の筋肉は大きく膨れ上がり、銃で撃たれても倒れることはありません。
一般的にチェーンソーを使うイメージかありますが、実際には・・・
鎌田「ストーーーーーーップ!!!」
三好「チェーンソーじゃないんですね!知らなかった!!」
鎌田「十三日の金曜日になってます!!ジェイソンと紅茶関係ないし!!」
三好「まさか・・・また偽物?」
鎌田「次!次いきましょう。」
~マガレットホープ農園~
~中略~
病死したマーガレットの残したチョコレートから当りのチケットを手にした父親。
娘の代理としてウォンカのチョコレート工場の見学に行くことになる。
見学の途中、ウィリー・ウォンカの忠告を無視した他の当選者が次々と脱落し、
最後に残った父親に工場の経営者にならないかと持ちかけるウィリー・ウォンカだが・・・
鎌田「それ工場だから!!欲しいのは農場!!工場じゃないです!!!」
三好「惜しいですね。」
鎌田「惜しくないです。次です!次っ!」
~マガレットホープ農園~
~中略~
20世紀初頭、いまだイギリスの植民地下にあった香港では海賊が暴れまわっていた。
その海賊を取り締まる水上警察の隊長ドラゴンは陸上警察の隊長タイガーと共に
海賊のアジトに乗り込み得意のカンフーで・・・
鎌田「カンフーとか要りません!てか香港とか経由してないでまっすぐ帰れよ!」
三好「テンション上がる話ですね。」
鎌田「・・・三好さん!次の本を下さい!!」
~マガレットホープ農園~
~中略~
18世紀末、アメリカのニューオリンズ。
フランスの移民で農場主のルイは最愛の娘と妻を失う。
絶望の底で死んだように生きる彼にレスタトと名乗る男が現れる。
しかし、そのレスタトは恐ろしい吸血鬼であり、ルイを吸血鬼の仲間へと誘う・・・
鎌田「色々惜しい!!農場主で娘を失ってるけど!失ってるけどアメリカだよ!」
三好「騙されるところだった・・・」
~マガレットホープ農園~
~中略~
時は戦国。
野武士の集団に困り果てていた農民に雇われた七人の侍。
農民との軋轢を乗り越え、協力して打ち倒す。全後半のストーリー・・・
鎌田「戦国ってなんですか!日本じゃないでしょ!!」
~マガレットホープ農園~
~中略~
対立する香港マフィアと警察。お互いにスパイを送り込み内情を探りあう。
信用を得るために悪事に手を染めるマフィアの幹部・・・でも潜入捜査官。
信用を得るために仲間を追い回すエリート警察官・・・でもマフィア。
交差する二人の運命は・・・
鎌田「面白そうだけど!面白そうだけど!!違います。」
~マガレットホープ農園~
~中略~
離婚した妻との間にできた息子と娘。一時的に預かるも関係はギクシャクしたまま・・・
勝手に遊びに出る息子。心を開かない娘。
そんな時、空には暗雲が立ち込め、謎の巨大な機械がビームで町を焼き払い・・・
鎌田「巨大な機械って!機械って何ですか!!SFでしょ?絶対そうでしょ!!」
~マガレットホープ農園~
~中略~
今日も今日とてご隠居の所で質問ばかりの熊五郎。
熊五郎「ご隠居~。ご隠居~」
ご隠居「なんだい熊公。」
熊五郎「へい。あっし、お茶会ってのに行ってみたいんですが・・・」
鎌田「もういいです!!!!」
奈良崎「え?」
鎌田「どの本も嘘ばっかりじゃないですか!しかも最後のは完全に落語でしょう!」
三好「見事なまでに話がバラバラですね~」
鎌田「明らかに無駄に時間を過ごしてますよね?そうですね?」
三好「そう?かなり楽しいよ?」
鎌田「僕は真面目に勉強したいんですよ!」
三好「ゆとりとユーモアも大事だよ?」
鎌田「それに・・・奈良崎さん。最初から答えを知ってて遊んでましたね?」
ばれてしまってましたか。
後輩が遊びに来てくれたのがうれしくて・・・つい。
奈良崎「ごめんごめん。僕の持っているちゃんとした本を貸してあげるから。」
鎌田「ありがとうございます。」
奈良崎「じゃあ頑張ってね。でもこんなに沢山の本どうしたの?」
三好「焼却炉の脇に置いてあって『紅茶』って書いてあったのでもらってきました。」
鎌田「え・・・?」
三好「拾った本が楽しめるなんて・・・もうけモノですね。」
鎌田「三好さん・・・古本屋で見つけた・・・って話は?」
三好「イッツ ユーモア!」
鎌田「・・・」
三好「・・・」
奈良崎「・・・もう夜遅いし・・・寝よっか?」
三好&鎌田「・・・はい」
こうして何事も無いように夜は更けていくのです。
お嬢様、お坊ちゃま、ご安心下さい。
『嘆きのダージリン』が
マーガレットホープ農園の2010年の2ndフラッシュであること。
マーガレットが農場主の病死した娘であることも。
娘の「いつか農園に帰りたい」という願いを込めて
マーガレットホープ農園という名前なったことも。
お嬢様、お坊ちゃまが口になさる物の知識でございますので、
当家のフットマンにしてみれば、知っていて当然の知識でございます。
お嬢様、お坊ちゃまにも今更の知識でございましたら申し訳ございません。
少しでも紅茶を楽しんで頂けるエッセンスになれればと思います。
奈良崎で御座いました。
追記
今回使用しました本について、内容は完全なフィクションでございまして、
実際の個人、団体、事件については「最後の記述」以外は一切の関係はございません。
そして・・・本を作ったのが私である事は、
お嬢様、お坊ちゃま、私、三好の秘密でございますよ?
更に・・・
このイタズラが以前に服部と私が食事の席で考えたネタである事も
お嬢様、お坊ちゃま、私、服部の秘密でございますよ?
代々受け継がれるフットマンとして誰もが通る洗礼の一つではございますが、
この事実が公になってしまうことがあれば・・・
あれば・・・
まぁ・・・
その時は責任を持って何とか致しましょう!
三好が。