「敬老の日と知らない人」

夏の暑苦しさも少しばかり薄れゆく日々、
お嬢様、お坊っちゃま、如何お過ごしでしょうか?
奈良崎で御座います。

先日、私の愛用の眼鏡が壊れてしまいコンタクトレンズを使い始めた頃のお話でございます。
お屋敷でのお給仕の後に私がジャスミンテーィを飲みつつティーポット磨いておりますと
嘉島執事が紅茶を飲みにやって来ました。
最近の経済の話から、紅茶の飲み方の話をしておりますと
何やら違和感が…
私が小首を傾げていると


嘉島「聞いてますか?ナラハシさん」
奈良崎「あっ、はい!聞いてます!…えっ?ナラハシ?」
嘉島「疲れてますねぇ~ナラハシさん明日はお休みでしょ?今日は早く寝て…」
奈良崎「ちょちょ!嘉島執事!奈良崎です!ナラハシじゃなくて奈良崎です」


嘉島執事は私の顔をまじまじと見ると


嘉島「そうでした!そうでした!奈良崎さんね!いやいや・・・ゴメンナサイ」
奈良崎「いい加減名前を覚えてくださいよ」
嘉島「覚えてはいるんだけどねぇ・・・間違えちゃうんだよね」
奈良崎「間違えないで下さい!」
ここ3ヶ月は嘉島執事とはこんな話ばかりです。
そんな話題を含めつつ楽しく夜は更けていき
さて寝ようかとお屋敷の地下にあります自室(仮)に戻りました。
ドアを開けようとノブに手をかけると
ドアの上の私の表札の隣に新しい表札があり、
そこに書かれていた文字は「奈良橋」と・・・


新しく来る同僚が「奈良橋」とは・・・
嘉島執事のアレが現実になるとは!
なんという偶然!


こぼれそうな笑いをこらえつつ
時任執事に確かめに向かいました。


茶葉の保管庫で茶葉の在庫を確認している時任執事を見つけますと


奈良崎「時任執事!新しい使用人の方がお屋敷に来るんですね!」
時任「新しい人?神戸君の事かな?彼だったら君ももう会っているはず・・・」
奈良崎「いや!神戸君ではなくて・・・奈良橋さんって方が・・・」
時任「ナラハシ?いや・・・聞いたことは無いが・・・」
奈良崎「????私の部屋の表札の『奈良崎』の横に『奈良橋』と確かに・・・」
時任「確かめてみましょうか」


二人で私の自室(仮)の前まで来ると・・・
奈良崎「表札が無い!」
時任「当たり前です!新しい人が来れば私が知らない筈がないでしょう」
奈良崎「でも・・・」
時任「疲れているんですよ・・・確か明日は休みでしょう?早く寝て・・・」


その先の時任執事の言葉は良く覚えておりません。
ただ・・・低い声だな・・・とだけ。


頭を冷やそうと裏庭で夜空を眺めておりました。
通りがかった吾妻が・・・「おお!奈良橋くん・・・じゃなかった!奈良崎だ」
吾妻を探していた春日が「あれ?奈良橋君・・・じゃなかった奈良崎君」
屋根の上から九条が「奈良橋さ~ん・・・あっ、奈良崎さんでした」


落ち着こうと紅茶場へ行くと・・・
湯島が「紅茶を飲まないかい?奈良橋くん」
ノーザンクロスのチェックに来た北見が「あれ?奈良橋さん・・・なんだ奈良ちゃんか・・・」
なんだとはなんでしょう?


そんな事よりも!
みんなおかしいです!!
私は「奈良橋」ではなく「奈良崎」です!!!
「ナラハシ」ではなく「ナラサキ」です!!!!


涙目で自室(仮)に戻ると・・・
再び「奈良橋」の表札が。










怖くなって全力で走り出していました。


どれくらい走ったでしょうか、夜も明け太陽が昇り明るくなってきました。
体力の限界を感じ、お給仕に差し支えないようにと帰りました。


表札は見ておりません。
見たくもありません。


何故私が「奈良橋」と呼ばれるのでしょうか?
新しい使用人の名前なのではなかったのでしょうか?
私は「奈良崎」なのに・・・
と考えながら眠りました。


仮眠を済ませ、お給仕のために部屋から出ると
表札はありませんでした・・・


また「奈良橋」と呼ばれるのではないか?・・・とビクビクしながら
紅茶場の前を通ると嘉島執事が笑っています。


嘉島「昨日は驚いた?」
奈良崎「えっと・・・と、言いますと?」
嘉島「ちょっとフットマン達にお願いして悪戯をね♪」
奈良崎「!!!! と・・・いうことは・・・」
嘉島「そういう事です」


完全に嘉島執事にやられました!


奈良崎「酷いですよ!何でそんなことするんですか!!」
嘉島「いや・・・だって昨日は敬老の日だったでしょ?」


と・・・ウインクをしながら。
全く意味は解りませんが全部悪戯ならソレでいいです。
奈良崎「表札まで用意するなんてやりすぎです」
嘉島「表札?そんな悪戯にお金を使うなんてもったいない事しませんって」
奈良崎「だって・・・」
嘉島「奈良崎さんが、私が名前を間違えるたびに突っ込むから・・・」
奈良崎「逆手にとって悪戯をしたと?」
嘉島「ナラハシって呼んでもらう・・・それだけですよ」
奈良崎「本当に?」
嘉島「・・・本当に」
奈良崎「・・・」
嘉島「怒りました?」
奈良崎「いえ・・・怒りはしませんが・・・」
嘉島「ならよかった」


はて・・・?
どういう事でしょうか?


夜に表札を確認すると
貼り付けた跡も、打ち付けた跡もありませんでした。


不思議なこともあるものです。
幻覚だったのでしょうか?


そんな敬老の日に起きた日常でした。


奈良崎で御座いました。








言わずに済ませようと思いましたが、
部屋に届いていた荷物は誰のものでしょうか?
フットマンシャツは?
スラックスは?
燕尾・・・だけはありませんでした。


私と同じサイズのフットマンシャツ・・・
私と同じサイズのスラックス・・・
私と同じ度の入った眼鏡・・・


全く同じものを私は持っています・・・


何故?
誰の物でしょうか?
確認しても答えは出ませんでした。
本当に同居人は来るのでしょうか?
神戸にも確認しましたが、彼とルームシェアをする予定もありません。
なにより・・・
元々が住居スペールではないので二人で住めるほど部屋は広くありません。


時任執事を通して大旦那様に確認を取っていただきましたが、
「奈良橋」なる人物がお屋敷と関わっている事実はありませんでした。


結局「奈良橋」とは誰だったのでしょうか?








そして






鍵のかかった私の日記帳にはさまれていた


「奈良橋」より「奈良崎」へ


と書かれた手紙は一体・・・




怖くて読むことができません。

カテゴリー: 奈良崎 — Swallowtail 21:00