知らない記録と思い出せない記憶

体温よりも気温のほうが高くなる日々。
気力より体力のほうが先に奪われるこの頃・・・
お嬢様、お坊ちゃま、いかがお過ごしでしょうか?
体調を崩すことのないように夜な夜な祈っております。
奈良崎で御座います。


夏バテなどされておられないか心配でございます。
私はそれはもう元気にしておりますが、
少しだけ不思議なことが起きましたので報告をさせて頂きたく
筆を取らせていただきました。

以前に少しだけ記憶が飛び飛びになり、
若年性のアルツハイマーではなかろうか・・・
などと誰にも言えず悩んでおりました。

いえ、今は全く問題ございません。
あくまでも「以前」の話です。

無くしたと思っていた眼鏡を探そうと部屋を捜索しておりました。
何気なくベッドの下を覗き込むと、
探していたメガネと無くしたと思っていた日記帳が・・・

無くしてしまったので今は買いなおしていますが、
気になって読み返してみると・・・
書いた覚えのない日付で日記が書かれておりました。

・・・要約して説明するには私のボキャブラリーが足りませぬので、
全文を乗せてみようと思います。


某月某日
(一日目)曇り

南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領は刑務所に収監時代において、
レンガや岩をハンマーで砕いて砂にする仕事をさせられていたと聞いた。
意味の無い仕事をさせることで精神を壊すのが目的らしい・・・
同じように一日かけて囚人に穴を掘らせ、次の日は一日かけて穴を埋めさせる。
そんな話を以前どこかで聞いたことがある。
この話を瀬戸さんに話したら「穴掘りをまたやろう!」と言われた。
一人でどこまで掘れるか限界まで試すのだそうだ。
面白そうな話である。
明日が楽しみだ。


(二日目)晴れのち曇り

朝から瀬戸さんは張り切っている。
早朝に私を起こしに来てくれ、その上スコップまで用意してくれた。
穴を掘る場所は時任執事が用意してくれたらしい。
早速二人で別々に穴を掘り始めた。
スコップが土を掘る音が何とも気持ちいい。
お昼には自分の肩くらいまでの穴が出来た。
瀬戸さんの穴は私のより少し深く掘れていたので少し悔しい。
お昼を食べながら二人でお互いの掘った穴を見比べる。
午後からは給仕の予定なので、早めに部屋に戻る。
予想外に楽しかった。
明日は瀬戸さんと時間があわないので一人だが楽しめそうだ。


(三日目)晴れ

今日は一人で穴を掘った。
一人だと無言になりがちなので、歌を歌いながら穴を掘る。
二時間だけ掘って午後の給仕に向かう。
深く掘りすぎてしまったため、穴から出るのが大変だった。
瀬戸さんにはハシゴを持って行くようにお屋敷で伝え、お給仕をした。
お嬢様、お坊ちゃま方は今日も健康そうで何よりだ。
穴掘りとお給仕でさすがに疲れた。
もう寝よう。


(四日目)書かれていない

今日は二人で午後からの作業。
さすがにこの深さだと瀬戸さんの声もスコップの音も聞こえない。
少し息苦しいが、歌いながら穴を掘る。
ハシゴも使えない深さになり、ロープを使って穴から出ると三木君がいた。
時任執事に言われて様子を見に来たらしい。
サンドイッチと茂実さんの冷たい紅茶を持ってきてくれた。
冷たいダイアナローズは疲れのせいだろうか、普段よりも美味しかった。
暗くなる前に部屋に戻る。


(五日目)書かれていない

一人の作業のはずが、三谷さんがついて来た。
どうやら後を付けられたらしい。
後ろめたくも困りもしないが、少し悔しい。
穴を掘ってると上から色々話しかけてくれた。
穴掘りを早々に切り上げ二人で話をした。
穴を掘る理由を聞かれ、正直に話す。
少し呆れていたが応援をしてくれた。
まだまだ頑張れると思った。


(六日目)曇り

瀬戸さんの穴をのぞく。
私よりも更に深い。
作業の効率が悪いのだろうか・・・
悔しかった。
もっと掘ろう。


(七日目)雨のち曇り

二人で来ているのに作業が完全に孤独な作業になってきた。
崩落の危険が出てきたので穴の幅を広げる作業に入る。
掘り下げる作業は出来ていない。
心なしか瀬戸さんは少し飽きはじめているようだ。
瀬戸さんに勝つチャンスかもしれない。


(八日目)書かれていない

瀬戸さんより早く行って穴を掘る。
負けたくない・・・と思っていたが、瀬戸さんは来なかった。
用事でもできたのだろうか?


(九日目)雨

雨で作業が出来ない。
早く止まないかと思う。


(十日目)雨

雨で穴を掘れない。
割り切ってお給仕に専念する。
部屋で鏡を見ると少しだけ痩せたようだ。
筋肉も付いてきているように思える。
少しにんまり。


(十一日目)曇り

瀬戸さんは完全に飽きてしまったようだ。
お屋敷であっても穴掘りの話題は出ない。
もうすぐ二週間。
とりあえずそこまでは頑張ろう。


(十二日目)晴れ

一人では寂しい。
青柳さんと冬咲さんを誘ってみた。
来てくれたが、穴掘りは一人で掘る。
なんだか申し訳ない。
二人は楽しそうに話していたが、何の話かはわからない。
穴から出ると、天川さんも来ていて三人で話していた。
私は何をしているのだろう・・・
寂しくなった。
三人が優しくしてくれたのが救いだった。


(十三日目)書かれていない

今日も一人。
穴掘りが苦しい。
頭が変になりそうだ。
何故穴を掘っていたのだろうか。
どうやって部屋に戻ったのかも覚えていない。
日記を読み返し穴掘りの理由を思い出した。
天気も覚えていない。
もう明日で止めよう。
明日で最後。


(十四日目)書かれていない

穴からは色々な物が出てきた。
割れた食器や、飾り物も出てきた。
古いもののようでお屋敷でも見たことは無い。
何かの発見だろうか・・・
日記を書いたら瀬戸さんに話しに行こう。
瀬戸さんに自慢しに行こう。


(十五日目)晴れ

瀬戸さんが余所余所しい。
意図的に昨日の話を避けている。
何かあるのかと思い、後を付ける。
何故か瀬戸さんは三木君の後を付けている。
三木君の後を追う瀬戸さんの後を付けた。
三木君は時任さんと話をしていたが、内容は聞こえなかった。
唯一聞こえたのが「・・・を犠牲にするしか・・・」
何の話だろうか。
夕方に時任執事に呼び止められたが、何も言われなかった。
何だったのだろうか。
少し気になる。
てっきり穴から出てきた大きな石の箱の事を聞かれるのかと思った。
持ち出したのがバレたのかと思ってドキドキした。
箱には消えかけの模様がある・・・
どこかで見たような模様だが蝶のようにも見える。
持ち出してはいけない物だったら元に戻さないと・・・
さすがに穴掘りも飽きた。
明後日に三谷さんにショベルカーを借りて埋めてしまおう。
人が落ちたら大変だ。
人が通るような場所ではないが。


(十六日目)晴れ

三谷さんにショベルカーを借りる約束をした。
もう穴を堀りには行かない。
そう思うと気分が晴れ晴れしている。
結局穴を掘って得るものは少なかった。
体は鍛えられたが、仲間と遊ぶ機会も逃してしまったらしい。
瀬戸さんのように早く飽きればよかったと思う。
三木君が変に優しい。
あきらかに変だ。
もうすぐ瀬戸さんが遊びに来る。
箱を自慢したので見に来る約束だ。
部屋には飲んだ覚えの無いジャスミンティーの香りがする。
気のせいだろうか?

ノックの音がする。
瀬戸さんだ。
誰かとドアの前で話してる。
声の低い人のようだ。
もう行かなくては・・・




ここで日記が終わっていました・・・
筆跡や文体は確実に私のものですが、
書いた覚えがありません。
穴を掘った覚えもありません。
もちろん部屋を探しても石の箱など出てきませんでした。
日記を見せて瀬戸に聞いても知らないと言います。
時任執事に聞いても知らないと言います。
天川も・・・
青柳も・・・
冬咲も・・・
三谷も・・・
三木も・・・
私は狐にでも化かされているのでしょうか?



不思議な出来事いうよりも奇妙な出来事・・・
何度考えても頭がおかしくなったとしか思えませんが、
記憶が曖昧な時期と重なります。
はて・・・どういった事でしょうか?

今日はこれ以上書いてもお嬢様、お坊ちゃまに
呆れられてしまうだけですので、今回はこの辺で。

以上が私の身に起きた少しだけ不思議な出来事でした。

奈良崎で御座いました。


そういえば今日はジャスミンのような香りが部屋に充満しています。
芳香剤やジャスミンティーの茶葉は無いはずですが・・・

声の低い人がドアの前でノックをしているようです。
誰か来たのでしょうか?

カテゴリー: 奈良崎 — Swallowtail 21:24