イノベーションには
「社内政治」が不可欠である

『イノベーションは日々の仕事のなかに』の著者、パディ・ミラー氏に聞く

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大企業のなかでイノベーションを起こす方法を、「5つの行動+1」というコンパクトなポイントで示した『イノベーションは日々の仕事のなかに』。著者のパディ・ミラー氏は、イノベーションを「ひそかに進めるべきだ」と言う。その理由とは?(構成・崎谷実穂)。

 

社内政治に長けているものがイノベーションを制する

――第5章では、「ステルスストーミング(ひそかに進める)」と題して、社内政治をかいくぐることの重要性について書かれています。企業にとってイノベーションは重要なことのはずです。それなのに、隠れてやらなければいけないというのは、どういうことなのでしょうか?

パディ・ミラー(以下、ミラー):一見奇妙に思えますよね(笑)。でも、企業組織というのは複雑で、イノベーションを起こすには、物事をうまく運ぶための戦略が必要なのです。それには、その組織のなかの政治を理解しなければいけません。いまは、優秀なエンジニアであるとか、会計士の資格を持っているとか、マーケティングの知識が豊富であるとか、そういったことだけではダメなのです。組織内の政治を理解してはじめて、活躍することができる。イノベーションについても同じです。現実的に考えて、あなたが何らかのプロジェクトを始めようとした時、社内には「そんなものスタートされちゃ困る」「成功しなければいい」などと考えている人がいます。そういう抵抗勢力にぶつかったとき、ステルスストーミングの重要性がより実感できるでしょう。

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パディ・ミラー氏(Paddy Miller)
IESEビジネススクール(バルセロナ)教授。リーダーシップと企業文化のエキスパートとして25年以上にわたり、ナイキ、ルフトハンザ、バイエル、ボーイング、世界銀行などにコンサルティングを実施。MIT、ハーバード大学、中欧国際工商学院などでも講師を務める。共著書『イノベーションは日々の仕事のなかに』(英治出版)は2014年に発売。

――社内政治を理解するという力は、ビジネスマンにとってどれほど重要なスキルなのでしょうか。MBAのコースで社内政治の科目というのは聞いたことがありません(笑)。

ミラー:そうでしょうね(笑)。でも、政治はやっぱり重要なんです。これはまったく明らかなことです。組織のなかで成功するには、文化、そしてその文化における政治が理解できなければいけません。どのようにその組織が機能しているのか、誰がステークホルダーであるのか、どのボタンを押せばどういう人が動いてくれるのか。そういうことがわかっていないと、結果は出せないのです。もちろん、基礎となるのはMBAで習うような、自らの機能を発揮するためのビジネススキルです。しかし、けっきょく政治的な力がないと、プロジェクトを成就することはできないのです。

――イノベーションというのはアイデアを思いつくだけでなく、それをプロジェクトとして実行できてこそ、価値があるのだということですね。

ミラー:はい。いくらいいアイデア、正しい提案だったとしても、社内政治に疎ければそれを通すことはできません。その例を『イノベーションは日々の仕事のなかに』の第4章で紹介しています。1847年、ハンガリー移民の若き医師・センメルヴェイスは、手洗いをすることで産褥熱の発症を抑えられるということを実験によって突き止めました。彼は世界ではじめて産褥熱の病原菌を特定し、手洗いを励行して、病棟から産褥熱を駆逐したのです。けれど、彼の上司であるヨハン・クラインは手洗いの導入を許可しませんでした。

――根拠となるデータも実績もあったのに。

ミラー:それどころか、セルメルヴェイスの契約更新の時期がきたら、クラインは雇用の打ち切りを決め、揉め事を起こしそうにない別の医師を雇いました。けっきょく、手洗い(殺菌消毒剤)の重要性が医療の世界で公的に認められたのは、それから20年ほど経ってからだったのです。

――イノベーターにとって大事なのは、ずっと柔軟な発想力だと思われていましたが、それだけでは足りないということですね。政治を理解する力が重要だとおっしゃる意味がわかりました。

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