2015年04月7日 10:43
自分の名前が書き込まれていることを確認すると深く深呼吸をした。3月27日、福岡ヤフオク!ドームでの開幕戦での試合前練習中。スタメンメンバーが書き込まれたホワイトボードを田村龍弘捕手はずっと凝視していた。昨年のシーズンが終わった直後から、まずは開幕マスクを被ることを目標にしてきた。その足は震えていた。
「うれしかったですけど、めちゃくちゃ緊張しましたね。自分は緊張をするタイプではない。そもそも過去に緊張した思い出もないぐらい。それが、本当に吐き気を感じるぐらいでした。ずっと自分の中で公言してきたし、絶対にマスクを被るつもりでいた。だから、この目標がかなったからには絶対に勝たないとアカンと思いました」
プロ3年目。20歳の若者は必死だった。先発はエースの涌井秀章。年齢も実績もはるか上の投手をガムシャラにリードした。やりたいと思ったことがかなった。絶対にこのチャンスをつかんでやる。全神経を、リードするその指に込めた。
開幕2日前の3月25日に福岡市内の焼き肉店で催された決起集会。首脳陣、1軍全選手、スタッフ全員の前で、若手選手一人一人が開幕前に抱負を話す流れとなった。田村の出番が来た。「お疲れ様です!3年目の田村です。開幕戦はスタメンキャッチャーを任されました。頑張りますので、よろしくお願いします」。迷わず口にした。まだ誰からも告げられてもいないのに、あえて首脳陣にアピールするように大声で叫び、その思いを込めるように指揮官に向ってペコリと頭を下げた。その場にいた誰もが、その大胆さ、意気込みの強さに笑い、感心をした。それくらい、ずっと願っていたことだった。だからこそ有言実行の男として結果を出さないわけにはいかなかった。最後、一打同点のピンチを迎え、ホークスの内川を二ゴロに打ち取り、試合終了。自然とガッツポーズが出た。マウンド上の西野勇士と抱き合った。そこから先は、もうなにも覚えていない。
「ホテルに戻ったら、脱力感に包まれて、すぐベッドに横たわったと思います。ふと目が覚めたら朝だった。そんな感じでした」
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開幕から8試合が過ぎた。そのうち7試合でスタメンマスクを被っている。うれしい日もあれば、悔しくて眠れない日もある。一番、つらかったのは2日の日本ハム戦(QVC)。同点に追いついた直後に、1点のリードを許し、なおピンチ。打者・谷口を空振り三振に打ち取ったが、ボールを見失い、記録は振り逃げ。チェンジのはずが一転、ピンチは広がり、そこから3点を奪われ、敗れた。捕手として投手の足を引っ張った事を猛省し、ベンチでうなだれた。
「もっと余裕をもってボールを探せばよかった。気持ちが急ぎ過ぎて慌ててしまった。視野を広くもって、落ち着いて対応をしていても、きっと間に合っていたと思う。あの場面は今でも思い出す」
試合後、ロッカーで肩を落とす若手捕手に先輩たちが次から次へと声をかけてくれた。今江敏晃内野手は肩をたたいてくれた。「オマエ一人が背負い込むことはないよ。野球はみんなでやっているんだから。明日、やり返そうぜ」。その言葉に救われた。
「本当に先輩方には、声をかけてもらっているし、アドバイスをもらっています。その一つひとつが貴重だし、その気持ちに応えないといけないと思っています」
普段は口数が少ないが、サブロー外野手は耳元でボソッとささやいてくれた。「結果を怖れるな。初球からどんどん振っていけばいいんや」。ウエートトレーニングの方法などたくさんのアドバイスをもらっている福浦和也内野手はハッパをかけてくれる。「このチャンスを逃がすなよ」。そのすべてが、田村にとってかけがえない言葉だ。勝って、先輩たちと一緒に勝利のハイタッチをしたいと気持ちを強くする。
「甘い世界ではない。もっと自分に厳しくやっていく。ファン、チーム、いろいろな人の思いが自分のリードをする指には、込められていると思いますから。一つのプレーを大事にしたい。とにかく勝ちたいです」
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5日、残念ながらこの日は、ため息が漏れた。それでもいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。反省をして、次の試合に向けて立ち上がる。20歳の若者にとってグラウンドの司令塔でもある捕手は過酷なポジションである。それでもやりがいを感じ、一生懸命、厳しさと向き合っている。これからも歩む道は険しい。しかし、前を向いて走り切ると決めている。つらさやプレッシャーを乗り越えた先に広がる景色はきっと素晴らしいものに違いないと信じている。
(千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)