報道ステーション 2015.04.08


当番組は同時入力の為、誤字脱字が発生する場合があります。
≫明日は炎天下ではないでしょうか。
ペリリュー島に明日、天皇・皇后両陛下は出向かれるわけです。
こんばんは。
今日の「報道ステーション」コメンテーターをご紹介します。
先週に引き続いて、おなじみの北海道大学大学院准教授の中島岳志さんです。
どうぞよろしくお願いします。
まずは、こちらの写真です。
パラオに着かれたとき、小学生に歓迎を両陛下は受けました。
ここから、この番組ではできる限りの時間をとりまして時間をさかのぼりたいと思います。
このたび、パラオに強行軍、押して赴かれる両陛下の思いの原点はといえば70年前戦争末期の夏奥日光に疎開されていた学習院初等科6年生の陛下の表情です。
このときの思いが≫パラオへの慰霊の旅に向かわれる天皇陛下。
出発前、安倍総理も同席する中こう語られた。
≫戦後60年のサイパンに続く慰霊のための外国訪問。
皇太子さまと秋篠宮さまに見送られ出発された。
日本からおよそ3000km。
美しい島々が浮かぶパラオ共和国。
慰霊の場となるペリリュー島は日米合わせておよそ1万2000人が戦死した。
80歳を超えたお二人。
5時間以上の道のりを経て到着された。
天皇陛下がこれまで訪問を強く望まれてきたパラオ。
豊かな自然に囲まれた島々には70年経った今も、戦争の記憶がそのまま残されている。
もともとパラオと日本のつながりは深い。
第1次大戦後ドイツ支配下にあったパラオは国際連盟から委託され日本が統治することに。
町には日本の商店が立ち並びパラオ一帯では5万人を超える日本人が移り住んでいた。
そのパラオにアメリカ軍が上陸を始めたのは戦争末期の1944年9月のことだった。
兵力は日本側1万人に対しアメリカ軍は、4万人。
圧倒的な戦力で迫るアメリカ軍に日本は、徹底抗戦した。
≫傾いたまま地中に埋まった戦車。
深々としたジャングルに残された数多くの痕跡が70年前の壮絶な戦いを物語る。
水や食料の補給もなく持久戦では餓死者も。
日本側の死者、およそ1万人。
アメリカ軍もおよそ1700人の死者を出した。
遠い南の島で散った命を思う慰霊の旅。
明日には激戦の地ペリリュー島で日米双方の慰霊碑を訪れ祈りを捧げられる天皇陛下。
実は、天皇陛下にとって今回の慰霊の旅は20年来の悲願だった。
それは、戦後50年を機に広島や長崎などを訪問されてしばらくしてのことだった。
当時の侍従長、渡邉氏に天皇陛下が語られた言葉。
≫そして、パラオの大統領が来日した際にもそのお気持ちを伝えられてきた。
≫しかし、宮内庁が現地を調査した結果通信など、インフラ事情の悪さから立ち消えに。
すると…。
≫こうして実現したのが10年前のサイパン訪問だった。
それでも天皇陛下の慰霊への思いが途切れることはなかった。
戦後70年を機にパラオ訪問が再び浮上。
インフラの課題を克服するため宿泊には海上保安庁の巡視船が使われる。
旅行用の客船ではなく決して快適ではない環境を受け入れてまで天皇陛下はパラオを訪問された。
≫戦争の記憶を伝え続けることの大事さというものを教えていただいているような気が強くしてまいります。
先ほど、ご覧いただきました昭和20年、夏の疎開先での当時の陛下のお写真ですが年が明けまして、昭和21年。
新年の書き初めは平和国家建設。
これでした。
ここに、すでに強い意思思いというものが宿っているように感じます。
≫天皇陛下がお生まれになったのは1933年。
満州事変をきっかけに旧日本軍は中国本土に戦線を拡大。
更にアメリカなどを相手に太平洋戦争に突入。
次第に戦況が悪化する中戦争末期の1年3か月。
当時、皇太子だった天皇陛下は東京を離れ疎開先を転々とされていた。
最初は静岡県沼津の御用邸。
2か月後に栃木県日光の御用邸。
終戦の直前には更に山奥の奥日光へ。
当時、学習院初等科6年生11歳だった。
明石さんは、皇太子とともに疎開していた1人だった。
≫学習院のクラスメート66人とともに疎開していたのがこの老舗のホテル。
現在、移築されその一部が残っている。
ここが皇太子が使っていた部屋。
この疎開先でこんなことがあった。
8月2日に東京からやってきた有末中将が戦況の報告をしたときのことだ。
ご学友の1人、大橋さんはそのときのことを今でも覚えている。
≫その直後のことだ。
皇太子が手を挙げ、質問した。
≫この質問に皇太子のお付きは皆思わずギクッとしたという。
わずか11歳だが日本が追い詰められ無謀な戦いを続けていることを理解していたのかもしれない。
そんな皇太子の身にも危険が迫る。
奥日光にアメリカ軍の艦載機8機が姿を現したのだ。
8月13日。
その緊迫した様子が担任の日記に書かれていた。
≫殿下はご安泰であらせられた。
≫その2日後戦争が終わった。
≫皇太子はこの部屋で玉音放送を聞いた。
ところが、8月15日を過ぎても東京に戻ることができなかった。
不穏な噂が飛び交い異様な緊張に包まれていたからだ。
これは、御用掛だった高杉中佐が再現した皇太子を守るための防衛計画。
降伏に納得しない陸軍の反乱部隊が皇太子を奉じて会津若松に立てこもり徹底抗戦する動きがあったのだ。
当時、隣の旅館が皇太子を守る近衛兵の宿泊先となっていた。
≫更に連合国軍のマッカーサー最高司令官が厚木に到着。
戦犯容疑者の摘発が始まった。
当時、焦点となっていたのは昭和天皇の戦争責任を問うかどうかだった。
奥日光では、固唾をのんで東京の様子をうかがっていた。
≫ところが、その奥日光にもアメリカ軍の姿が。
≫アメリカ軍から皇太子を守るため当時こんな話まであったという。
≫そんな中、昭和天皇とマッカーサー最高司令官との会見が実現した。
これ以降、昭和天皇の戦争責任を問う動きは沈静化していった。
そして、終戦から3か月近く経った11月7日皇太子はようやく疎開先から東京へ。
そこで目にしたのは変わり果てた東京の姿だった。
≫東京の惨状を見た2か月後の皇太子の書き初め。
平和国家建設。
この年の11月平和憲法と呼ばれる日本国憲法が公布された。
即位後初めての記者会見では…。
≫陛下に仕えていた前の侍従長もこういうふうに語っていますね。
陛下はだんだんだんだんと戦争を知らない世代が増えてどんどん、戦争が忘れ去られていくという。
陛下にとっては、これは耐えがたい焦りにも似た思いというものがずっとおありになるんじゃないかというふうに語っていますね。
次、進めます。
≫先ほどご覧いただいたこの書き初めからおよそ6年半の時が流れます。
昭和27年のこのひとこまです。
昭和天皇と当時、皇太子だった陛下が書物と向き合っていらっしゃるワンシーンです。
どんな会話が繰り返されたのか。
≫天皇陛下が繰り返し語られてきた戦争への思い。
実は、皇太子時代に心に決められた特別な4つの日がある。
≫この特別な4つの日が慰霊の旅へとつながる。
広島と長崎を訪れ特に沖縄にはこれまで10回訪問されている。
その思いは子どもたちに引き継がれていく。
≫秋篠宮さまは10歳のときに聞いた沖縄の話をしっかり記憶されている。
≫天皇陛下から引き継がれる戦争への思い。
それは皇太子時代の天皇陛下が昭和天皇から受け継いでこられたものでもある。
≫ほぼ週1回のペースで年間50回ほど通われたという。
昭和天皇、74歳天皇陛下、42歳のころからだ。
≫天皇陛下は、昭和天皇から何を引き継いでこられたのか。
≫しかし、多くの日本人が天皇のために戦い戦禍に散った。
先の戦争では、日本人だけで310万人の尊い命が失われた。
その現実が、節目節目に平和の大切さを語り慰霊の旅を続けられることにつながっているのか。
≫中島先生こういう言葉があるんですね。
戦争は平和のうちに準備されると。
やっぱり天皇陛下のお言葉というものをじっくりと推察する時間を必要としているんじゃないでしょうか、今。
≫そうですね。
まず、天皇・皇后両陛下はですね3月下旬から体調をお崩しになられていました。
その中で、かなり気温の高いところに強行日程で行かれるということで非常に慰霊に対する強い思いというものを感じますね。
このペリリュー島での戦いですがこの戦いは、日本の敗戦からもう1年を切った段階で行われた壮絶な戦いでした。
日本軍はほとんど全滅をしてしまう。
洞窟をいっぱい掘ってゲリラ的な手法で持久戦を戦ったんですがそれによってアメリカ側も多くの犠牲者を出すそういう戦いになりました。
そこで、今日の陛下日本を発たれるとき、そしてパラオに着かれてから2度、お言葉を述べられましたけどその中には陛下のお考えが非常に静かな形で込められた箇所ポイントがあると思うんですね。
まずは、祖国を守るために命を落としていった日本の兵士たちに対してその人々のことが深くしのばれますと述べていらっしゃいますがそれを述べられたうえでこのように述べられています。
私どもはこの機会にこの地域で亡くなった日米の死者を追悼する。
つまりアメリカ側の犠牲者に対しても自分は追悼したいんだというそういう思いを述べられていらっしゃいます。
更に現地のパラオの方々に対してですけど日本兵はパラオの現地の方々が戦争に巻き込まれないように安全なところに避難をさせるということを行ったわけなんですけど陛下はそのことについて言及されたうえで空襲や食糧難、そして疫病による犠牲者が生じたのは痛ましいことでしたと述べられています。
この陛下の言葉の中に静かに込められたメッセージというのが陛下の長い時間をかけて培われた1つのお考えなんだというふうに私は思いました。
≫そのとおりですね。
今のご指摘はね。
一方向ではなく全ての方々に向かって悼まれる、そして思いを察するという行動をされているわけですね。
≫そして、明日深く祈りを捧げられる。
私たちが学ぶことというのは考えること。
そんな70年であるんじゃないでしょうか。
≫天皇陛下が動かれること。
その行動と発言これを私なんかも反省しなきゃいけないのは都合よく、あまりとっちゃいけないというか深く深く、こうかなな。
ああなのかなって考える時間が本当は必要なのかなとお話を聞いていて強く思うんですけども。
≫あまりそれぞれの政治的な主張にひきつけて天皇陛下の言葉っていうのを使うことというのは、私は慎んだほうがいいのかなと思っています。
それよりも陛下が犠牲になられた方に対して祈られる姿というのを私たちが≫アメリカでまた白人警官が丸腰の黒人男性を射殺するという事件がありました。
たまたま近くにいた人が動画を撮影していたんですけど。
これは一時停止したものなんですがこの先の映像を見ていきますと白人警官が主張していた内容とは大きく食い違う事実が映し出されていました。
≫白人警察官が逃げる黒人男性の背中に向けて銃弾を8発発砲。
黒人男性はその場で死亡した。
これはアメリカ・サウスカロライナ州ノースチャールストン市で4日に撮影された映像だ。
≫殺害されたのは元沿岸警備隊員で4人の父親であるウォルター・スコットさん。
発砲した警察官マイケル・スレーガー容疑者は7日、殺人容疑で逮捕された。
警察によるとスコットさんの車がブレーキランプのつかない状態で走行していたためスレーガー容疑者らが呼び止めたという。
スレーガー容疑者はその際、スコットさんにスタンガンを奪われ命の危険を感じたため発砲したと主張している。
スタンガンはワイヤを相手に発射して電流を流すテーザーガンと呼ばれるもの。
映像を見てみると逃げるスコットさんの服からワイヤのようなものが伸びているのがわかる。
つまり、スタンガンは奪われてなくスレーガー容疑者がスコットさんに対して発射していた可能性が高いのだ。
スコットさんが倒れたあとスレーガー容疑者は急いで元の場所に戻って地面に落ちていたものを拾う。
そして、無線で何かを連絡。
≫スレーガー容疑者は再びスコットさんに近づくと手に持っていたものをスコットさんの足元に落とす。
奪われたと主張するスタンガンだろうか。
また、警察は警察官らが心肺蘇生などの救命措置を行ったとしているが映像からは倒れたスコットさんに手錠をかけたあと脈の確認などはしているものの救命措置を行っている様子は確認できない。
≫ずっとこういうことが続いている中で今回の決定的なこのVTRが今回に関して出てきたということは今、アメリカの世論を含めてこの一見で大変なことになるんじゃないかという危惧すら覚えますが。
次のニュースは、そのアメリカ。
日本は、アメリカと≫日本とアメリカの防衛トップが今日、会談をしました。
これは当然日米防衛のガイドライン。
それから辺野古の話も出てきました。
これから日本は国会でもあがってくる安保法制とそれからガイドラインこれが並行して進んでいくと思われるわけですが先週になりますけどこの「報道ステーション」でコメンテーターになっていただいた木村草太さん、憲法学者の方がこの辺野古の問題に関してはこれは、国会の機能をもっと強くして憲法95条、住民投票を導入すべきではないかという提言をされました。
これに関して今日の国会の中でやり取りもありました。
≫日米同盟の強化は日本に何をもたらすのか。
アメリカのカーター国防長官は今日安倍総理や菅官房長官中谷防衛大臣らと相次いで会談した。
テーマの1つは自衛隊とアメリカ軍の役割分担を決める日米防衛協力の指針いわゆるガイドラインの見直しだ。
会談では今月末の取りまとめに向け作業を進めていくことで一致。
カーター氏は、期待を見せた。
≫新たなガイドラインでは自衛隊がアメリカ軍の支援を世界規模で行えるようにする見通しだ。
安倍政権がこの夏に法整備を行う集団的自衛権の行使についても反映させる方針だ。
≫会談のもう1つのテーマは沖縄の普天間飛行場の移設問題。
名護市辺野古への移設を進める政府と新基地建設に反対する沖縄県との対立が続いている。
会談で、日米双方は辺野古移設が唯一の解決策であることを再確認したという。
≫日米合意のもと推し進められる辺野古移設に地元の反発は収まらない。
国会では、地元・名護市で住民投票を行い辺野古移設の是非を問うべきだとする指摘が出た。
≫憲法95条はある自治体のみに適用される法律を作る際は住民投票で過半数の同意を得る必要があるとしている。
辺野古移設についての法律はない。
政府は、日米安保条約で基地提供義務があるためそもそも、必要ないとしている。
しかし、松田議員は辺野古に移設するという法案を作り憲法95条に従って住民投票をすべきだと主張したのだ。
これに対し、安倍総理は…。
≫こういう国会での論議もありました。
それも全部含めまして一連の流れをどういうふうにご覧になりますか。
≫先日の日曜日に菅官房長官が沖縄に行かれてそして、翁長知事と面会されたわけですけどそのときに、翁長知事が国の側から粛々と進めるという言葉はどうも沖縄の人たちに対しては上から目線に感じるんだとそういうお言葉を述べられたわけですがこれに対して、沖縄では非常に沖縄の人たちの率直な思いを語ってくれたとして非常に共感の声というのが広がっているという現実があります。
これを受けて、菅さんも記者会見の中でこの粛々という言葉は使わないようにいたしますとそう述べられたわけですがしかしVTRにもありましたけど今日、国会の中で安倍さんがかなりあえてこの粛々という言葉を使って辺野古移設について見解を述べられた。
これは、沖縄の人たちにとっては非常に挑発的な言葉に映ると思うんですね。
何か、気持ちを逆なでする部分があるんじゃないかと私は懸念しますけれども。
≫沖縄から見るとこれは粛々の作業や動きではないんだとアピールしてるわけですよね。
≫沖縄に基地の負担というのが非常に過度に集中しているというのは事実ですし戦前には沖縄の人たちは差別の問題で苦しみ、そして戦後は長い間、米軍に支配をされそして、今、まだ米軍の基地の問題を押し付けられている。
そんな中でですねもしかすると自分たちは平等な国民としてちゃんと扱われていないんじゃないか。
そういうような低く見られているんじゃないかという思いを持つのは私は当然のことだと思うんですね。
かつての保守政治家というのはそういう沖縄の思いに対して寄り添うような、非常に寛容で大きな姿勢があったと思うんですが私はそれがなかなか安倍さんや菅さん現内閣に見られないことで非常に残念だと思うんですね。
保守政治家としてはやはり翁長さんのほうが私にとっては保守政治家としての王道を歩んでいらっしゃるように私には見える部分がありますね。
≫橋本政権下、青木さんとか野中さんとか。
必ず今のお話の流れでいうと出てくる方がいらっしゃいますね。
そのほかにもいらっしゃいます。
沖縄に寄り添う形で話を進めていった方々。
結果的にそれがどういう結論であったかは置いておいてですねそこを踏襲していこうというのはないんですかね。
≫かなり、行政で決定したことなんだから住民投票の話が出てきても強い形で発言を今日は安倍さんもされましたけれども。
やはり、どんどんどんどんとこういう発言をされればされるほど沖縄の民意は反発を強めていきそして、いろいろとこじれていくと思うんですね。
ですから、しっかりとその辺り、保守政治家として安倍さんが自らを規定されるのであればしっかりと過去の保守政治家たちに学ばれることも私は重要じゃないかなと思います。
≫人間ですからね誤解されるかもしれませんけど粛々とと、乾いた感じで言われるよりまだですよ、じゅくじゅくとやるというさまのほうがまだ、可能性はあるかもしれないと思います。
≫東京新聞が今日、大きく報じたニュースなんですが原発がテロなどで攻撃を受けたときの被害予測なんですけれども最悪の場合、1万8000人が急性被ばくで亡くなるという試算がなされていたということなんです。
これ、1984年にまとめられた報告書なんですけども研究をしてきた外務省は公表してきませんでした。
≫朝日新聞が2011年7月に報道。
そして、今日、東京新聞が原発攻撃被害84年に極秘研究の記事。
我々の取材によると、日本にある原発が攻撃を受けた場合の被害予測を外務省がひそかに研究し報告書にまとめたのは1984年2月。
イスラエル軍がイラクの原子力施設を空爆したことを受け、外郭団体の日本国際問題研究所に研究を委託し63ページの報告書を作った。
その中では原子炉格納容器が攻撃で破壊された場合大量の放射性物質が漏れ出たことによる急性被ばくで最大1万8000人が亡くなると試算。
風向きで被害は変わるが平均で3600人死亡と試算した。
また、原発の周辺地域の土壌汚染が深刻化し住めなくなる地域は平均で30km圏内最大で87km圏内とはじき出していた。
だが、当時の関係者によるとこの報告書が原発の警備強化などの対策に活用されることはなかった。
そもそも公表されていないのだ。
当時は70年代の石油危機を受け国は原発建設を積極的に推進。
各地で反対運動が巻き起こっていた。
結局、報告書は外務省の担当課長が機微な性格及び関係方面への影響を理由に部外秘とした。
≫今日、外務省に問い合わせたが今後も公表する予定はないとしている。
≫今月1日までに、イラク軍が自称イスラム国の支配から奪還したティクリートでイラク兵の多数の遺体が埋められていたことがわかりました。
≫イラクの首都バグダッドから北、140kmに位置するティクリート。
次々に遺体が掘り起こされる。
≫去年6月、ティクリートに侵攻したイスラム国は無抵抗のイラク軍兵士を虐殺し埋めた。
その数は1700人に及ぶ。
≫これまでに47人の遺体が見つかったという。
全ての遺体を収容するにはあと数か月はかかる見込みだ。
≫宗派対立も含めてこの憎しみが鎖のようにつながっているおぞましさが今映し出されているわけですね。
小川さん、次のニュースいきましょうか。
≫こちらをご覧ください。
今日、長野県飯田市で撮影された映像なんですけれども桜に季節外れの雪が降っているんですね。
今日は、全国的にぐっと冷え込みまして都心でも雪とビックリするほどの寒さとなりました。
≫今日は各地で真冬並みの寒さになり都心でも4月としては5年ぶりに雪が降った。
千葉県銚子市では統計を取り始めて最も遅い雪を観測。
雨と雪が交ざるみぞれだったが気象庁では雪とカウントされるため実に90年ぶりの記録更新となった。
最低気温が0.6度まで下がった宇都宮市。
積雪は2cm。
4月にこれだけ積もったのは17年ぶりのことだ。
午後から大粒の雪になったのは埼玉県東松山市の住宅街。
地面には、うっすらと雪が積もった。
福島県の桜の名所開成山公園では季節外れの雪で満開に近づきつつある桜に雪が積もっていた。
≫こちらは長野県飯田市にある1本のシダレザクラ。
里に咲くソメイヨシノではなく山や野原に咲くエドヒガンザクラだ。
≫標高931mの神戸市六甲山。
積雪は2cmほどで、頂上付近がうっすらと雪化粧になった。
この寒さの原因は北極由来の冷たい空気だ。
5500m上空の風の流れを見ると北極からの寒気がシベリアを経由して日本列島に流れていることがわかる。
これは、本来真冬に起きる現象で4月に起きるのはまれなことだ。
≫皆さん、通勤・通学でえらい大変だった寒くてというのもあると思うんですけど。
≫体調も崩しやすいですしね。
≫でもね、毎日新聞の夕刊に小さく出ていましたよ。
あっと思ったんですがこの寒の戻りを自然の営みだと悠長に捉えることができず我々はすぐ異常気象だと決め付けてしまう。
確かに、そうだよなとそう思ったから…。
≫いつもの感覚とか例年の感覚が染み付いてしまっているんですね。
≫どうなんでしょうか。
気象情報、林さん。
≫お伝えしていますように今日は、春ということを忘れるくらいの寒さとなりました。
今日は外に出ていますが吐く息も白くなっているんですね。
今冬のコートにマフラーを巻いてお伝えしていますがもしかしたら着込みすぎなんじゃないかと思う方もいるかもしれません。
ただ今日はこのぐらい着ないとしのげないほどの寒さとなっています。
この真冬のような寒さは明日も続きそうです。
というのも、明日朝の気温を色別に表したものです。
5度未満を示す青色が、全国的に広がっているんですね。
特に鳥取では1度。
そして、東京は明日も3度。
青森では、マイナス3度とこの時期としては記録的な寒さになるところもありそうです。
ということで、明日は冬の対策が必要になります。
霜が降りたり関東では路面凍結。
更には、霧が出て見通しも悪くなりそうです。
十分、お気をつけください。
明日の朝は冷え込みますので寒さ対策を忘れずにお出かけください。
≫スポーツ、まいりましょう。
ここからは青山さんお願いします。
≫お伝えします。
まずプロ野球からですがこちら日本ハムは今6連勝中です。
ソフトバンクは23イニング無得点。
中日は7連勝中。
一方、広島は7連敗中なんですね。
さあ、今日はどうなったんでしょうか。
≫広島は同点で迎えた5回。
得点圏にランナーを置き3番、松山。
巨人先発、マイコラスのワイルドピッチで勝ち越しに成功する。
直後の6回。
先発、野村がピンチを招き打席には代打、長野。
ここは内野ゴロに打ち取り得点は許さない。
1点リードのまま迎えた9回。
押さえのヒースがツーアウト1塁2塁のピンチ。
センターへ抜けそうな当たりをセカンド菊池が食い止めこれでツーアウト満塁。
打席には、高橋由伸。
広島は長かったトンネルを抜け4月初勝利。
連敗も7で止めた。
≫7連勝で谷繁監督の笑みがこぼれる中日。
7回、ツーアウト2塁で4番、ルナ。
ライトへ運び、中日は4試合連続の先制点を挙げる。
8回、ランナー2塁のピンチでマウンドには2番手、又吉。
ヤクルトの代打、森岡に同点のタイムリーを許す。
1対1のまま迎えた延長10回裏。
ツーアウト満塁の場面で4番手の浅尾が対するは6番、田中浩康。
中日の連勝は7でストップ。
一方、ヤクルトは今シーズン初のサヨナラ勝ちだ。
≫DeNAは2点リードの5回3番、梶谷。
梶谷はセンターの動きを見て一気に2塁へ。
阪神ルーキー、江越の隙を突くと更に3塁1塁としてバルディリスの犠牲フライでリードを広げる。
続く6回には、1番石川がスクイズ。
1点ずつ重ねたDeNAが3連勝。
一方の阪神は4連敗となった。
≫6連勝中の日本ハムは1点を追う4回、満塁で6番、レアード。
新外国人、レアードの2点タイムリーで逆転する。
この一打で火がついた日本ハム打線6連勝中の勢いそのままに打って、打ってこの回、西武から一挙6点を奪う猛攻。
先発、吉川はランナーを出しながらも粘りを見せる。
6回1失点で2勝目を挙げ栗山監督もにんまり。
日本ハムファンも大満足の7連勝だ。
≫23イニング無得点のソフトバンク。
0対0のまま迎えた9回。
1塁3塁で代打、吉村。
あと1本が出ず、無得点。
試合は延長戦に突入する。
延長10回2番手、飯田がサヨナラのピンチを招き、岡島。
レフトへの犠牲フライでサヨナラ負けのソフトバンク。
これで33イニング無得点となった。
≫ロッテは1点を追う5回。
ツーアウト満塁で4番、今江。
2点タイムリーで逆転に成功する。
プロ入り3度目の先発となった木村優太。
2回以降は毎回ランナーを出すも粘りのピッチングで5回4安打1失点。
プロ7年目かつてのドラフト1位が念願の初勝利だ。
≫続いて、競泳です。
北島康介選手世界選手権の代表をかけたレースに挑みました。
≫男子100m平泳ぎ決勝。
2年ぶりの代表入りを狙う北島康介、32歳。
このレースで2位までに入り派遣標準タイムの1分0秒04を突破することが代表入りの条件。
去年この種目を制した小関。
そして、ロンドンオリンピック日本代表の立石と競って50mを3位で折り返す。
後半、白いキャップの北島が小関、立石を追い上げる。
≫北島は3位。
世界水泳の代表入りはならなかった。
≫日銀は、2年程度で2%の物価上昇目標を掲げているわけですが今日の政策決定会合で物価の現状は前回の0%台前半という表現を0%程度へと下方修正という。
2015/04/08(水) 21:54〜23:10
ABCテレビ1
報道ステーション[デ][字]

天皇皇后両陛下がパラオをご訪問。疎開先で迎えた終戦…平和を願う原点と、天皇家で継承される“特別な4つの日”▽日米防衛相会談▽速報!プロ野球

詳細情報
◇番組内容
緊迫感や速報性を重視したニュースと元気で明るいスポーツ、硬軟取り混ぜた時代を映し出す特集に季節感あふれる天気予報と情報満載です。
◇出演者
【メインキャスター】
古舘伊知郎
【サブキャスター】
小川彩佳
【コメンテーター】
立野純二(朝日新聞論説副主幹)、ショーン・マクアードル川上(経営コンサルタント)、中島岳志(北海道大学公共政策大学院准教授)、木村草太(首都大学東京准教授)
【スポーツ】
松岡修造、澤登正朗、中山雅史、稲葉篤紀
【特別リポーター】
長野智子
【スポーツアナウンサー】
青山愛
【天気予報】
林美沙希
◇おしらせ
☆番組HP

http://www.tv-asahi.co.jp/hst/

放送内容が変更になる場合があります。あらかじめご了承ください。

ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ニュース/報道 – 経済・市況

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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