生字幕放送でお伝えします伊藤⇒スタジオパークから…観客⇒こんにちは!伊藤⇒ありがとうございます。
清水ミチコさんです。
清水⇒よろしくお願いします。
伊藤さんです。
よろしくお願いします。
きょうはきのうに比べ、ちょっと気温が下がって東京は雨で花散らしの雨になっておりますけれど。
桜がね。
きょうスタジオパークは熱気で。
開花しますね。
花開いていますが後ろの方は違う方向を見ている方が多いですね。
なぜかというと、きょうのゲスト橋幸夫さんなんですが番組冒頭から歌っていただきます。
橋幸夫さんで「いつでも夢を」♪〜♪〜
拍手
伊藤⇒ありがとうございます。
こんにちはよろしくお願いします。
改めまして本日のゲスト歌手の橋幸夫さんです。
よろしくお願いします。
なんと橋さんことしデビュー55周年。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
半世紀以上ということです。
そうですね。
長いこと歌ってきましたけれどそういう感じですね。
55年ですからね。
戦後70年ですからその大半という感じですね。
謙遜すると思ったら。
考えたら古いんですよね。
すばらしい。
橋さんのデビュー誕生秘話もきょうは聞けるかもしれません。
そうですかよろしくお願いします。
それにもう1曲歌っていただきますので、皆さんお楽しみになさってください。
質問、メッセージもどしどしお寄せください。
スタジオのお席のほうへお願いします。
ことしデビュー55周年を迎える橋幸夫さんでございます。
よろしくお願いします。
NHKでご出演の番組ご紹介します。
「新・BS日本のうた」1998年からスタートした「BS日本のうた」豪華出演歌手をお迎えしてお届けしてたんですがことし17年目に入りましてリニューアル。
4月12日にスタートするんですが橋さんはその第1回に、ご出演いただくということですね。
ありがとうございます。
まず第1回、どんなふうにリニューアルされたのか含めてご覧いただきます。
「新・BS日本のうた」です。
4月12日に放送する「新・BS日本のうた」。
♪「潮来の伊太郎」♪「ちょっと見なれば」♪「おやじみたいなヨー」実力派の歌手が続々登場。
人々に愛される曲の数々を歌い上げます。
そしてリニューアルした見どころの1つは、進行役を歌手の皆さんが務めること。
新しくなった第1回目を進行させていただきます。
さらに、曲紹介はあの伊東四朗さんの名調子!欧陽菲菲さん。
棒を1本足すとこれが韮
(にら)になっちゃう。
いやなんとも。
なんと、伊東さんは歌番組のナレーション初挑戦なんだそうです。
まず私は悪声だし、あまり歌の…あまりと言うより、やったことがありませんので、ナレーションを。
いいんですかって一応は聞きましたよ。
伊東さんに頼みたいということを言われたのでじゃあ私の新分野としてねやってみようかなと思ってお引き受けいたしました。
応援してもらいたいですね。
いちばん怖いせりふはお前はやめろ、っていうのがねそれはぜひとも送らないでいただきたいし送ってきたらこの番組の関係者で握りつぶしてください。
さらにパワーアップした「新・BS日本のうた」。
名曲ぞろいのステージをお楽しみに!というふうに新たに変わりまして伊東さんの名調子でどうですか?ステージに出られるのは。
ご自分も初めてだとおっしゃられてましたが全然そういうふうには僕らから見えない。
伊東さんって声がいいですからね。
ものすごく聞きやすくて年代的に僕らに近いですから、よく日本の歌謡曲を知っていますからそういう意味では安心して聞かれますね。
とてもすばらしいです。
軽妙な語り口でね。
司会も歌手の方でね。
これも初めてなんですね。
歌手どうしがやるというのはコーナーはあったんですが全編を通してやるのは初めてです。
なかなか、よかったですよ。
ステージの雰囲気も。
仲間どうしでやっているという感じでね。
新しく「BS日本のうた」も変わってきているんですがこの番組でなんと言っても名物コーナーがスペシャルステージというコーナーです。
2人の歌手の方が真剣勝負をするということです。
勝負でもないんですけれどね。
楽しくね。
今回チータだったのでね初めてだったんです。
2人は、お互い長いんですが初めてです。
不思議ですね。
2人とも本当に老けないって言っちゃったお若いですね。
お芋じゃないから、ふけはしないんですけれど。
現役の長いお二人歌手生活の長いお二人が初めてなんですね。
意外ですね。
でもとても楽しかったですよ。
緊張のスペシャルステージ水前寺清子さん、橋幸夫さんのステージ一部ご覧いただきます。
スペシャルステージは戦後歌謡をテーマに懐かしの名曲をお送りします。
♪「あなたとわたしの合言葉」♪「有楽町で逢いましょう」♪「花を召しませランララン」♪「召しませ紅ばら恋の花」そして、歌と歌の合間には橋さんと水前寺さんの息の合ったトークも。
すてきですよねだってお若かったでしょ。
17歳、デビューしたばっかり。
そのときに若者が着流しを着てお歌いになるっていうのが私は、本当にうれしくって。
うち呉服屋だから売るほどあった。
なんだ!早く言っていただければ作ってもらえた。
思わず口ずさんでしまう戦後歌謡のスペシャルステージご堪能ください。
名曲いっぱい。
拍手
きょう、スタジオパーク外も橋さんが出るたびにうわあ、とか拍手とか。
リアクションがすごいんです。
本当にうれしいですね。
もっともっとたたいてください。
笑い声
全然結構ですよ、もっともっと。
みうらじゅんさんの渋谷公会堂でのステージがあってそのとき最後にシークレットで出てくださったんです。
ゆるキャラ、のときですね。
最後にこちらのゆるキャラ。
ゆるキャラじゃないですよね。
ゆるキャラ大使なんです。
みうらさんに推薦されましてみうらさん、すごいですね。
本人は涼しい顔をして若い方もびっくりしていてこれぞ大スターという感じでした。
2人が、歌と歌の真剣勝負ということでスペシャルステージをやっていただくんですがテーマが戦後歌謡ということだったんですが、どうでしたか。
「リンゴの唄」から始まって戦後70年とはいえわれわれの年代だけじゃなくて若い人もほとんど知っているんです。
ネットでも紹介されてますよね。
いい歌というのは歌い継がれていますね。
スペシャルステージで歌っていただきます。
新しくリニューアルされました「新・BS日本のうた」毎週日曜日BSプレミアムで夜7時半から4月12日です。
今度は歌手橋幸夫さんにぐぐっと迫っていただきます。
橋幸夫さんは1943年東京都に生まれました。
9人きょうだいの末っ子として生まれた橋さんは、お母様に特にかわいがられていたそうです。
1歳くらいの写真ですね。
小学校時代はわんぱく少年だった橋さん。
格闘技に興味があり空手を習っていました。
中学2年生のとき変わらず格闘技が好きでやんちゃな友達ともつきあっていた橋さんをお母さんは本当に心配していました。
この姿、分かります?石原裕次郎さんが全盛期で裕次郎さんのつもりでいるんです。
斜めに構えてね。
写真を分かってということですよね。
そこで、橋さんから遊ぶ時間を奪おうとある計画を立てます。
それは、歌謡教室に行かせることでした。
お母さんが最初に歌を習わせたということなんですか。
そうなんです。
結局悪い方向にいかないようにね。
遊ぶ時間をとってしまおうと。
母の知恵ですよね。
それで習い事、歌謡教室になったんです。
そのとき歌は?全然僕はプロになるとも思ってなかったし歌は家族中で年中歌っている時代でしたけれどあまり興味がありませんでしたね。
その歌謡教室を開いていたのが作曲家・遠藤実さんでした。
遠藤学校の最年少の生徒として2年半、休まず通い続けた橋さん。
遠藤さんはどういう先生だったんですか?ひと言で言うと本当に優しい人です。
そしてものすごく情が厚い先生で僕は公私ともに最初の恩師なんです。
演歌に通い詰めて歌も好きになったということですか。
しかたなくですね。
母と兄に強烈に言われて。
16歳になると遠藤さんが所属するレコード会社のオーディションを受けますが、不合格。
意外です。
しかし、別のレコード会社のオーディションに見事合格し歌手デビューが決まったのです。
この写真も裕ちゃんを意識していますね。
木に手をかけてるところとかね。
高校1年生のときですが歌手になろうという意識がなくてやっぱり2年半もやっているとそろそろデビューとかそうなってくるのかなと思い始めてオーディションを受けさせていただいたんですね。
最初のオーディションに落ちてしまったということなんですがここで視聴者の皆さんクイズでございます。
リモコンの準備、よろしいでしょうか。
橋さん、デビューされるんですがデビュー直前遠藤実先生が考えていた芸名があったそうです。
それはいったいどんな芸名だったんでしょうか。
お考えください。
青ボタン、橋幸男ゆきおの字が違うんですね。
本名ですね。
本名を考えられていたと思う方は青ボタンこの中に答えがあるんでしょうか。
御三家がありますが。
うなずいている方もいらっしゃいます。
ご存じの方もいらっしゃるんですね。
メールを紹介します。
群馬県の方です。
60代の方。
55周年、おめでとうございます。
ありがとうございます。
デビュー曲「潮来笠
(いたこがさ)」からのファンです。
橋さんの歌にはぬくもりがあり今までの長い人生の中いろいろな面で助けられました。
これからもお元気で、私たちファンに勇気、元気を届けてください。
ありがとうございます。
デビューのころからファンという方です。
それから、福島県の方です。
高校生の方ですね。
そうですか。
橋幸夫さんの歌を初めて聴いたのは「あまちゃん」の「いつでも夢を」でそれ以来、大ファンで家族で応援しています。
連続テレビ小説「あまちゃん」で橋幸夫役でご本人の役で出ていただきました。
お世話になりました。
ちょいちょいおもしろい仕事をされてますね。
時々やらせていただいてますね。
ゆるキャラとか「あまちゃん」とか。
ご本人役でした。
それでファンになられた方も多いかもしれません。
神奈川県の方です、男性の方です。
母が長年のファンです、橋さんが結婚されたので母も応援をやめて結婚しました。
もし橋さんが独身だったら今も応援していたと思います。
すごかったですものね機動隊が出たっていう。
そうですね。
最初のワンマンショーのときそうでしたね。
お客さんが入りきらなくなっちゃって。
結婚されてお母様が諦めたからこそメールを送ってくださった方が生まれたんですね。
そんな橋幸夫さん、遠藤実さんがデビュー直前に考えていた芸名は何だったのか、視聴者の皆さんの答えを見てみましょう。
いちばん多いのが真ん中。
赤の舟木一夫さん、2208票その次に多いのが橋幸男さん、本名ですね。
いちばん少ないのが西郷輝彦さんです。
お答えは?舟木一夫。
ええ!という声があります。
ご本人が、今の舟木君が気にするといけないしあんまりそういうこと言わないでいたんです。
でもお互い年齢に上がってきたしそろそろおもしろ話としていいかなと思って最近は言わせてもらっています。
遠藤先生がデビューするまで、僕の恩師でしょうでもビクターに行ったでしょう。
自分が曲も書けないしそういうのが当時は厳しかったので先生、デビューが決まりました。
じゃあ芸名を考えてやるよと言っていると聞いてそしたら舟木一夫と書いてあるんです。
4文字でなかなかかっこいい名前だなと思って恩師の吉田先生のところに持っていきました。
こうやって遠藤先生が考えてくれましたと。
そしたら舟木一夫かそれも悪くないけどなでも本名の橋幸男も結構目立つなでも男という字はサインの字がきまりが悪いしいずれ夫になるし夫にすればとなりました。
残念ながら舟木一夫という名前が消えたんです。
それで遠藤先生にお返ししたら3年後ラジオで突然、「高校三年生」がかかってきました。
ただいまの歌は舟木一夫でしたという歌が流れてきて先生に電話をしたら君の名前をあげたんだよっていうふうに。
これは事実です。
芸名って不思議ですね。
僕が舟木一夫だったら「潮来笠」がないでしょうレコード会社もビクターじゃないでしょう。
遠藤先生のコロンビアだった。
そうすると舟木一夫君が別の名前かもしれません。
橋幸夫かもしれませんね。
おもしろいね。
それくらい人生のドラマチックなのが最初にあったのが。
不思議ですね。
橋幸夫の名前でデビューされた曲名がこちらです。
このジャケット見てください。
新入社員のような股旅物なのに。
ブロマイドを作ってやるって言われて制服を作れと言われて着たことがないのに作ってあったです。
高校2年生ですから僕角刈りしてでもかっこつけようと思ってポマードとかもつけて、それを使われてしまったんです。
レコード用じゃなかったですか。
でもどうもこれ似合わないなと先生たちに言われて。
似合わないのにジャケットになったんですか。
それから着物姿になったんです。
うちが呉服屋だったせいもあるのでね。
股旅物だと着流しかなと。
でもね、最初に私は「潮来笠」が読めなくて「しおくるがさ」と呼びました。
高校生ですからね。
そのほうが正しいんでしょうか。
読めないですよ。
今もちろん知ってますけれどこれもまたすごいエピソードでしたね。
「潮来笠」も大ヒット。
おかげさまで。
半年後に「紅白歌合戦」ですからね。
すごいですね。
とんとん拍子とはこのことかお母さんもびっくりしたんじゃないですか。
世界全体変わりました。
学校から帰ってくると呉服屋を出たお店がありましてそこの停留所の前を通るんです。
100mくらいで降りてうちに帰るんです。
毎日毎日だんだん人だかりが多くなって店に入れないんです。
そっと中から行って店の中から、皆さんこんにちはとあいさつをしました。
曲を作られたのはお話にも出てきました作曲家の吉田正さん。
このあとずっと吉田さんと二人三脚で。
デビューから100曲くらいは全部先生ですから。
数々のヒット曲、吉田さんと手がけられたんです。
ここで吉田正さんとの名曲集ということで数多い中から一部橋さんが歌っているものをお届けします。
♪〜
拍手
全然曲調が次から次へと違いますね。
リズム歌謡から股旅から青春歌謡から先生がいろいろ作ってくれました。
吉田さんはどういう曲作りなんですか?特に先生は作曲家というよりもプロデューサー意識というものをおうせいに持っておられて1つの曲を作るのに何て言うんですか理知的というんでしょうか全部情報を集めて例えば半年後、1年後必ず世の中の流れはこうなる2年後のはやりはこうだと全部読み込むんです。
先生のブレインは全部、評論家とか新聞記者とか情報通の人たちばかりそういう人たちと月に何回か飲んだり、しゃべったり、マージャンしたりしながら情報収集をしてそして、よし今度はこれでいこうと。
世の中の流れを読みながらなんですね。
「潮来笠」それから「子連れ狼」までいくんですよ。
企画というか本当にプロデュースです。
それを全部、当てていくんです。
当時のヒットメーカーと言われたし。
今で言うと、秋元康さんですね。
本当にそうですね。
数々の名曲を歌われていた吉田さんと橋さんの二人三脚ぶりですが実はこのたくさんの曲の中で橋さんが転機に感じられた曲があるということです。
それがどんな曲なのかお考えいただきましょう。
またクイズですね。
すみません、何度もクイズを出させていただいて。
最初の転機ですね。
最初の転機はなんだと思いますか。
この3つのうちから選んでください。
大ヒットばかりですね。
これはちょっと難しいかもしれない。
ファックスが届いています。
大阪の主婦の方です。
うちの主人は大の、橋さんのファンです。
おはこは「潮来笠」です。
最近、小学2年生の孫がこの歌にはまりカラオケで歌っています。
うれしいですね。
夏祭りのカラオケ大会では2人で歌うそうです。
お孫さんと熱唱の「潮来笠」だそうですよ。
すごい。
そして京都府の方からです。
60代の方。
いつまでもお若いですね。
ありがとうございます。
そして変わらないお声。
特に高音がとても美しくて何か特別な秘けつはございませんか、と届いています。
何もございません。
トレーニングなさったりとかは?最近は少しトレーニングというか意識して、そういうことはやっていますけれどもだんだん声帯というのは弱くなってきますからね。
言いますよね。
でも強いて、大きな発声をするとかそういうことはしていません。
でも最近また少し出やすくなってまいりました。
声帯は先生に聞くと年とともになくなっていくという人もいるけれども基本的に筋肉なんですってね。
筋肉さえ衰えさせないようにすれば出るんじゃないですかというふうに言われました。
スポーツジムに行ったりとかは?ジムは行っていません。
ウォーキングはしています。
声帯の筋肉と腹筋の筋肉なんですよ。
そこがいちばん大事なようです。
橋幸夫さんの最初の転機となった吉田さんの曲は何でしょうかということで皆さんの答え、いちばん多いのはきょう歌っていただいた「いつでも夢を」ですね。
続いて赤、そしていちばん少ないのが青です。
これは分かりにくいと思いますが僕の最初の転機というか「潮来笠」でデビューしたので現代物で学生服みたいなものを着たいなと思っていたんです。
それを先生に言ったことがあるんです。
それで先生のリサイタルのときにこれだろと言ってくれたのは「江梨子」だったんです。
「江梨子」?いちばん少なかった曲ですね。
あまりご存じないと思いますがものすごく僕はうれしかったです。
僕、歌いたかったです、と。
何で雪村いづみさんと一緒かというと先生の8人の弟子にみんな1曲ずつ渡しているんです。
その中の1曲だったんです。
すごい才能。
映画にもなりましたし自分の希望の学生服を着て歌った歌だし「江梨子」というのは江梨子という女性が死んでしまう悲しい歌ですけれども「潮来笠」からがらっと変わったなという曲です。
2年後ですよね。
最初、股旅だったので2年間は何もやらずに。
吉田さんの考えだったんですか?若いといえども、股旅で意表をついたので三度笠を歌うとか磯節源太とか、そんなものを歌っていてそろそろいいなというのがこちらですね。
歌っていいよという形ですね。
そのときは19歳でした。
重いテーマの歌ですよね。
ちょっと暗い歌ですよね。
悲しい歌で。
吉田正さんはどんな存在でしたか。
2人目の恩師という言い方をいつもさせていただいて遠藤先生が生みの親なら吉田先生は完全に育ての親です。
「潮来笠」から全部と言っていいほどプロデュースもしていただいたし公私ともに恩師であり、時には失礼ながらおやじみたいな気持ちで全部相談できた先生です。
吉田正さんの曲について迫ってまいりました。
続いては橋さんがふだん熱中しているものです。
実はきょう持ってきていただきました。
橋さんがご自分でお書きになったものです。
書ですか。
大したものではないんですけれども、基本的な草書、楷書、行書というのをやっていたんですけれども途中で飽きてしまって先生になるわけではないしなともっと遊びで文字を書きたいと思っていたらたまたまNHKだったと思うんですけれども番組で、このような文字を書く先生を紹介していてこれはおもしろいと自分で、じきじきに電話をかけて入門したんです。
そこに行ってずっと習っていてインテリアとして飾れるような文字なんです。
インテリア書というものらしいですね。
装丁も含めて普通のものとは違うデザイン的な。
味のあるものですね。
文字をかけるというのが最近はやっているようですね。
赤いぽつんとついているのもいいですね。
全体のバランスで花火があがっている感じで右側の画面から見て右側の空いているスペースに書きました。
たつ年に書いたものもあります。
ことしのえとも書きましたけれども毎年1枚ずつえとの文字を書いていく。
粋な人だ。
遊びですよ。
楽しみなんです。
意外とできないことですよ。
これが実際どのように書かれているのか。
きょうはスタジオでインテリア書を書いていただきます。
すみませんね。
きょうの気持ちを書いていただこうと思います。
そんな大層なことではないんですけれども。
コツはありますか?コツはないんですけれどもね。
筆はいろんなものを使いますけれども、きょうは比較的普通のものです。
なんで、これをやっているかというと我流でサインをしているじゃないですか。
それがいけないと思ってちゃんと習おうと思って、それが書だったんです。
奥深くて書きにくいんですけれども僕が書いている文字でいちばん多いのをきょうは書きます。
「夢」ありがとうございます。
カメラのほうに見せてください。
サインを書きますね。
きれい、ありがとうございます。
拍手
どんなイメージで?夢もいろいろな書き方があっていろんな夢を書くんですけれどもこれは全くいつもライブステージのときに歌うさっき歌った「いつでも夢を」いつも歌うんですけれども夢はいちばん人生の中で大事ではないですか。
小さくても大きくてもいろんな夢の文字が書けるということでいつもこれを書いています。
崩し方も我流ですか。
インテリア書を習ったうえでいろんな崩し方はありますけれどもここに規定はないんです。
どんな書き方でもいいんです。
ありがとうございました。
失礼いたしました。
すばらしい「夢」でございました。
皆様お待たせいたしました。
いよいよ歌を。
もう歌ですか。
先生すみません、本当に。
歌っていただく歌は立った形ですみません。
大御所なのに立ったり座ったりしてくださって、すみません。
55周年の記念曲として発売したばかりなんですけれども世の中今、どんどん変わっているじゃないですか。
そういう意味で言うと作家の浅田次郎先生も言っていたように最近の日本人は近しい歴史を知らないそういう意味で近代史を少し勉強しなくてはいけないという話をされていました。
僕もこの歌を歌ったのはそんな理屈ではなかったけれどもなるほどなと思って明治を作った人たちたくさんいますよね。
今「花燃ゆ」やっていますよね。
吉田松陰さんの松下村塾の中にいろんな塾生が来た。
その中の1人の若者ですよ。
分かります?はい。
私は聴いていますから。
高杉晋作、この1人の人物を歌ったんです。
彼は今ちょうど「花燃ゆ」でも出ておりますが非常に短い人生ですね。
27歳で死んでいます。
でもそういう大きな犠牲と当時の人たちの志。
命を懸けて日本国を変えていく。
そういう時代性が今のすごい日本を造ったんだというのを後世のわれわれとしてはちゃんと学ばなければいけないと思ってこの新曲に思いを込めて歌わせていただいております。
口上までありがとうございます。
感激です。
少しお時間をいただきまして総合テレビこのあとの番組ご紹介させていただきます。
夜10時は「NEXTスペシャル」戦火のウクライナから避難されている方は61万人を超えていると言われていますが隣国ロシアへ避難したウクライナの家族の日々を追いました。
夜10時55分は「めざせ!2020年のオリンピアン」2020年オリンピックに出場するであろう若者を応援する番組です。
では歌っていただきます。
デビュー55周年を記念した歌です。
「長州にて候
(そうろう)」♪〜
拍手
ありがとうございました。
ありがとうございました。
力強いですね。
そういう感じの曲でした。
ありがとうございます。
おしまいに視聴者の皆さんから届いた質問、メッセージをご紹介させていただきます。
メッセージです。
ファックスでいただきました。
デビューされたころからの大大ファンアルバイトをしていたお店で橋さんのブロマイドを売っていましたが、いつも前に出してみんなの目に留まるようにしていました。
そのかいあってブロマイドナンバー1の売り上げになりとてもうれしかったです。
ありがとうございます。
昭和40年ごろの大切な思い出ですと届いています。
橋さんの宣伝に一役買っていた方ですね。
続いてです。
10年ほど前に精神的にも病んでいたときテレビの音も聞くことができなくなりました。
そのとき、カセットが目に入り橋幸夫さんの歌が耳に入り毎日聴いていました。
本当に助けられました。
これからもずっとファンでいます。
ありがとうございます。
歌の力ですね。
それから千葉県の60代女性の方からです。
新曲の「長州にて候」は高杉晋作の人生大河ドラマ「花燃ゆ」で重ねて楽しませていただきます。
これからも長く歌い続けてください。
ありがとうございます。
橋さんの歌を楽しみながら「花燃ゆ」も楽しんでいらっしゃる。
うれしいですね。
一度で二度おいしいという感じでしょうか。
ちゃっかり。
続いて大分県の男性の方です。
55周年、おめでとうございます。
次は2020年の60周年ですね。
そのときオリンピックですからね。
東京オリンピックが開催されます。
「東京オリンピック音頭」を聴かせてください楽しみに待っています。
ありがとうございます。
江戸川区の方。
私が8歳、兄が12歳のときから、55年間の大ファンです。
一度でいいから橋さんとデュエットしたいです。
そうですか。
これが私の夢ですと書いていただきました。
いつまでも私どもを楽しませてくださいといただきました。
きょうは歌も書も披露していただきました橋幸夫さんでした。
2015/04/07(火) 13:05〜13:52
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは 橋幸夫[字][双]
ゲスト:橋幸夫 司会:伊藤雄彦アナ、清水ミチコ
詳細情報
番組内容
双方向データ放送番組。テレビのリモコンを使って、ゲストに関するクイズやアンケートに挑戦!気になるゲストの生トークにあなたも参加しませんか?テレビをネットにつなぐとさらに楽しめます。
出演者
【出演】橋幸夫,【司会】清水ミチコ,伊藤雄彦
ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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