新入生は会場の外で、さっそく先輩の学生から、クラブやサークルの勧誘を受けていました。
(黒柳)今日は三代でおいでいただきました。
お父様の坂田藤十郎さん。
よろしく。
そしてこのたび鴈治郎さんを襲名なさいました中村鴈治郎さん息子さんでいらっしゃいます。
そして孫が中村壱太郎さん。
もう大変…あっという間に大きくおなりになって何が何だかわからないという…。
でもとにかくこのお父様息子さんお孫さんということで。
本当に大変な今大歌舞伎をやってらっしゃるところで…。
よろしくお願い申し上げます。
もちろん奥様は扇千景さんでいらっしゃいます。
もう一回申し上げることもないんですけれども坂田藤十郎様。
そして中村鴈治郎さん。
そして中村壱太郎さんです。
よろしくお願いします。
お三人は親子でいらっしゃいます。
親子っていうか孫までという。
それで家族が本当に多い…。
お写真があるんですけど。
皆さんがなんかお集まりになった時の…。
これです。
これをちょっと恐れ入りますけれども鴈治郎さんご説明いただいて…。
後列というんですか。
一番右側が母でございます。
扇千景でございます。
隣が扇雀の女房の花子ですね。
そして藤十郎父でございまして。
隣が扇雀でございます。
次が私ですね。
鴈治郎でございます。
隣が私の女房の英津子でございます。
吾妻徳穂になりましたもう。
襲名したんです。
徳穂さんにおなりになったんですか?徳穂になったんです。
そこもまた大変ですね。
あれあれええ。
そうでいらっしゃいますか。
下にまいりましてこれが壱太郎でございますけど。
これが…いわゆるうちの女房が徳穂になったものですから徳陽という名前を継ぎまして…。
吾妻流の…やらせていただいております。
去年家元になりまして。
大変ですねあなたお若いのにね。
とんでもない。
名ばかりで。
この女の子が林ももこといいまして扇雀の長女でございます。
虎之介でございましてこれは扇雀の長男でございます。
これ私…一家でございます。
いいですね。
バッと集まるとこのぐらい皆さんがねお集まりになってね。
なかなかねこうやって全員そろう写真ってねなかなか撮れないもんですからこれ本当にいい記念になりまして。
ようございました。
どうもおめでとうございました。
12月31日が偶然とはいいながら坂田藤十郎様のお誕生日。
さようでございます。
12月31日というのも随分押し迫った時で…。
ちょうどその12月31日っていいますとね大抵お芝居の稽古もないんですよね。
ですからその日は家族みんな集まれるっていうんでまあ唯一…みんなばらばらで仕事してますんでね唯一みんな家族集まれるというんで12月31日だけは集まって父の誕生日を祝おうと。
それはでも本当に…。
全員そろって食事ができるんです。
何よりと思います。
さて今日は奇麗なお衣装をお持ちいただいたんですけど。
ちょうど後ろにありますこれは非常にこれは大変なお衣装なんです。
ちょっとご説明いただいていいですか?「吉田屋」っていう…『廓文章』「吉田屋」の伊左衛門という役の時に着る衣装なんですけども。
紙衣といいまして。
いわゆる紙の衣と書くんですけどもね。
紙で作ったことを模してるいわゆる衣装なんですね。
ですからその伊左衛門というのが自分が放とうを尽くして身を持ち崩して勘当されてるんですね。
着るものがないんで紙を着てるという…。
ですからそれも紙でも色気のある状…文ですよね。
文を…。
これお手紙なんですか?…に仕立てたということなんですけれども。
この文句というのは常に変わったりするんですけどとにかく紙の衣装だということを模してる…。
決してこれ本物の紙ではございませんけどもね。
ただ本当の紙でやるとがばがばがばがばして…。
一度父がそれをやりましてね。
本当に紙衣でやってみようって…やったんですけどまあごわごわでどうにもならなくて大変だった…。
じゃあやっぱりちょっと模した感じでお手紙のような字で…。
はい。
それで色気があってということで。
紙衣という…。
これは今上演中でいらっしゃるんですよね。
それで夕霧が出てくると。
はい。
夕霧のお衣装あちらにありますがちょっとあとでまたお目にかけますけど。
ちょっとVTRをご覧いただいて…。
「そこの夕霧殿とやら夕飯殿とやら」「節季師走にこなさんのような暇人ではござらぬ」「七百貫目という借銭負うて夜昼稼ぐ伊左衛門」「こんな時に寝ねば寝られぬ」「邪魔なされな惚嫁殿」
(囃子)この左側が藤十郎さん?はいそうですね。
ああお召しになりましたね。
これですね。
藤のお着物。
「
(拍子木の音)」あらあら。
あらあらあらあら…。
1月2月と大阪で襲名させていただきまして…。
上方から始まるそうですけどこの場合は。
これをやらせていただいて…。
今でもこの歌舞伎座…1月もやらせていただいたやつが今月はね…現在も歌舞伎座でやらせていただいてるわけなんでございます。
襲名だということもあり…。
でもあれですね。
親子でまあ歌舞伎だからですが。
親子で恋人をやるっていうのはねどんなもんでございますかね?もう歌舞伎の場合はそういう場合が非常に多ございましてね。
私も父と一緒に…。
お父様と随分なさいましたよね。
あの悲劇的なの。
『曽根崎心中』。
『曽根崎心中』を。
ええそうなんですよね。
だからそういうふうにそれは先輩後輩という感じにまたこうなれるしならないといけないし親子っていう気持ちはもう全然…。
毛頭?そうですね。
息子さんからするとどうですか?仰るとおりです本当に。
舞台の上でねもう父だと思ったらやってられませんからねやっぱり。
惚れた可愛い女だと思ってやってます。
また父もそういうふうにやってくれてますしね。
それがすごくうれしいですし…。
でも顔がよく似てらっしゃるって皆さん仰いません?よく言われますねええ。
お顔が。
顔は似てますんですがどうも性格は母親譲りらしいです。
おー!いわゆる典型的な仕切り屋というやつですね。
仕切り屋?お母様仕切り屋。
そうそうお母様。
こうやって親子というのは本当確かに今父も言いましたように歌舞伎でもよくあるんですけど。
孫と祖父で相手役…いわゆる抱いて出るような子役で出るというのはよく三代でもありますけども。
相手役ができるってこんなね…やっぱり壱太郎にとってもこんな幸せなことないと思うんですよ。
祖父がね…いわゆる父が元気でいてくれるからですけどもね。
本当そう思いますね。
この伊左衛門とね夕霧今の役もね私とね壱太郎でやったんですよ。
そうなんですって。
であそこに…これからお見せしますお着物なんですけどあれをお召しになって夕霧をおやりになったってね。
はい。
僕も夕霧をやらせていただきましたね。
女形ですもんね。
そうですね。
もう一つのお衣装のほうを見せていただくのに一応ちょっとVTRがございますのでちょっとご覧いただきます。
(唄方)「開くや扇屋夕霧」「名を万代の春の花」今見ていただいた夕霧の衣装というのがねなかなか重いんですよね。
あそこに今日持ってきていただいたんですが重いんですね。
今月も父に出てもらってますけども。
この衣装ですよね…。
この頭がまた重いんですね。
ですから1月に襲名披露で初めて私実は初役だったんですけどね伊左衛門っていう役が。
「吉田屋」でどうしても相手役は父に頼みたいと夕霧を。
だけどいかんせん今言ったように衣装も重いし頭も重いんですよね。
まあ父に年齢のことを言うと怒られますけどもまあある程度やっぱり歳いってますんでね。
あれ本当に着てもらって出てもらえるかなっていうことを頼んだんですけど。
もう快く出るって言ってくれたんでこんなうれしいことなかったんですけどね。
でもあれでしょ?今の最後のところのあの衣装をお召しになって引きずってるところに綿がいっぱい入っていてそれであの大きな頭で…。
このここのところでそんなことあり得ないと思いますけどこれで後ろにのけ反ったりしたらどうしようっていうご心配は全然ない?そういうことは全然思いませんね。
あっそうですか。
やっぱりねすごい。
普段から何か運動してらっしゃいます?そういうことでは。
運動。
そうですね。
よく歩いておりますね。
ねえ歩いてますね?そうね必ず…。
散歩するっていうのは体に…。
やっぱり本当に素人から考えるとあんな頭重くて衣装があれだけ重くて中にもいっぱいお召しになっててあれで後ろに反ってそれでドンッていっちゃわないのはやっぱり腹筋でしょうかね?主に。
まあその役に慣れてるというか全体に衣装を着るとその役になるっていうか…。
そういう重いとか軽いとかそういうことは思いませんですね。
あっそう。
お出になったらもうその役におなりになってると。
そんな心配はないということで。
はい。
ちょっとお衣装を見ていただきますね。
今日お持ちいただきました。
こんなすごいお衣装なんです。
これ本当に奇麗なお衣装ですね。
そうですね。
全部綿があそこのところに入っていて出っ張っていて全部縫い取りになってるんですね。
そうですね。
このやっぱり縫いで重くなるんでしょうね。
ただの着付けだけじゃないもんですから。
下のほうにいくと綿が…。
ふきのところに入ってますんで。
ですからもう布団一枚かぶるよりもう一つ重いような感じだと思います。
お袖がねまたついているので。
でも奇麗なデザインですねこの大胆な。
ですから今父が背中向けて広げてましたけど…。
あれはいいですけど立ち座りが大変ですよねいわゆる。
あのまま立ってることよりもまたそのまま着て立って座ってということをしてくれるわけですので。
そうか。
こうやってらっしゃるだけじゃないですもんね色々ね。
ああそうか。
それがもう今私より父が30上なんですけどね。
じゃあ30年後にこれができるかって言われたらどうかな?って思わず思ってしまいますもんね。
でも壱太郎さんもこれおやりになったって。
はい。
やらせていただきましたね。
そうするとあなた60年後にもこれできる?いやこればっかりはわかんないです。
僕ですらやはり重いと感じますし。
掛けをね僕たち扱うって言うんですけど動かすとねその動かすだけでもなかなかしんどいものですやっぱり。
特に女形でやってますからね。
脚を広げるわけにもいかないので。
脚は広げちゃいけない?やっぱりそうですね基本的にはね。
お着物の中でもちゃんとこういうふうに内股で…。
やっぱりもうその…。
女形の格好でそう扱うっていうのは大変なところですよねやっぱり。
でも鴈治郎さんが今度襲名なさいまして鴈治郎におなりになって今どんなお気持ち?鴈治郎というまず名前の…皆さんね印象。
父も鴈治郎になったことがあるんですけど…。
そういう時期あったんですよ。
でもあんまり鴈治郎という印象…。
ほとんど私なかったんです。
ですから鴈治郎を襲名するっていうと大抵父が継いでました名前をということになるんでしょうけども。
皆さんどうも扇雀と藤十郎っていうイメージがやっぱり強いんでしょうね。
あなたのおじい様…。
そうなんですそうなんです。
だから二代目鴈治郎…私の祖父ですけども。
鴈治郎っていうとどうもその印象皆さんお強いんでしょうね。
私も生まれた時には鴈治郎は祖父が鴈治郎でございましたから。
やっぱり鴈治郎っていうと祖父のイメージなんですね。
まあ近年どうも役柄として顔は父に似てますけども役柄がどうも祖父のやってた役柄のほうが近いものがあるという…。
あっそうですか。
じゃあ割とすんなり?はい。
ですから私のイメージは祖父…二代目鴈治郎の名前を継いできてるという気持ちのほうが何となくあるかもしれません。
でもあなたは四代目…。
四代目です。
それではここでちょっとあれでございますね。
二代目の鴈治郎さん。
とっても私もドラマなんかご一緒にしてね可愛がっていただきましてね。
色んなお話で何回も出ていただきましたのでちょっとご覧いただきます。
これ随分前。
38年前に出ていて貴重な映像でございます。
38年前。
うわー…。
「鴈治郎さんが?」「はい。
そうするとねこちらではどうか知らないけれどもその頃…」「まあ本当言えば…」「それでその…」「その拾った…?」「ああそうすると関西ではその父親と母親の厄年の時に生まれた子はすごくなるか駄目かっていうことも?」「駄目かですね」「じゃあよかったですね。
厄払いがうまくできて」「そして鴈治郎さんはそうするとお父様が初代でいらっしゃいます?」「そうです」「じゃあ今のこのこちらの鴈治郎さんは二代目でいらっしゃいますね」「だけどお父様は歌舞伎俳優にどうしてもさせたくないと思ってらした?」すごい。
ハハハ…。
なんかね。
すごいですよね。
でも今の私より若い頃ですね。
そうですそうです。
そういうこと…。
だから今皆さんお若いのでねちょっとねあれですけども。
大人っぽい感じでいらっしゃいますよね。
でもそんな俳優になるおつもりじゃなくてあれだけの俳優におなりになったんですからね。
鴈治郎っていうお名前をあれだけね大きくなさった方ですからね。
そうですね。
さてコマーシャル挟みまして藤十郎さんのご夫妻でこちらにおいでいただいた時。
お母様も…あなたのお母様。
奥様とご一緒に。
とてもね奥様面白い。
あっそうですか。
面白い…。
ちょっとコマーシャル挟みましてその面白いVTRちょっと見ていただきます。
今皆様が驚いてくださって。
おじい様の…あなたからするとおじい様の。
二代目の鴈治郎さんと私が共演ドラマいたしましたなんていうことで長い付き合いですねって。
ひ孫ですよだって。
ひ孫ですよ。
ひ孫ですよね。
さてそれではえーと…奥様ですね。
扇千景さんあなたのお母様。
お二人でおいでくだすった時の素晴らしい映像ちょっとご覧くださいませ。
「扇さん。
今度生まれてもあなたと結婚したいってご主人仰ってらしたんですけどあなたはどうなんですか?」「私は嫌」「えっ?」「嫌」「なんで?」「だって何にもできないでしょ」「もう何にもできないんです。
それで方向おんちで」「歌舞伎のことしかできないっていうこと?」「もう歌舞伎以外のことは何にもできない。
それで道歩く時私が前歩いてると威張ってるみたいでしょ?」「あなたいつも前歩いていらっしゃるんですってね」「私いつも前なの。
私が威張ってるみたいに見えるんじゃなくて方向おんちなんですよ」「どっち行っちゃうかわかんないから私の後ろついてくると私が威張ってるみたいだし」「家のことは一切できないしもう何にもできないから」「私今度は少し何かできる人と一緒になって少しは楽をしたいなと」本当にこの番組出していただくけど自分の歴史みたいなものが出てきてうれしいです。
あっ面白いですか?ありがとうございます。
そうですね。
でも奥様お元気で。
それで本当に方向おんちでいらっしゃるんですか?方向おんち?ええそうですね。
「そうですね」って言ってらっしゃる…。
父と母を見てましてもああ本当にいい夫婦なんだなと思いますよ。
母がちゃんと父のことをずっと今…。
とにかく女優やってまして議員さんやってまして初めて…生まれて初めての専業主婦なんですね今。
そう専業主婦。
専業主婦。
専業主婦なんで…。
でもとにかく父のことを今まで何にもできなかったからって言って議員辞めてからずっと父を見ることが自分の務めとしてずっとやってますんで。
そうですってね。
それでずっとそばに…。
でもあれですってね。
みんなでお食事とかいうと必ずお母さんは外行って食べるのが好きですってね。
大体みんなワーっと行ってワーっと行って…。
とにかくワーワーワーワー言ってるのが好きですんでね。
いいですよねでもね。
そこでまた仕切り屋ですからね。
その仕切り屋はあなたがお継ぎになったってさっきちょっと仰ったけど。
そうなんです。
だからすぐ母親とぶち当たるんです。
そうなの?家の中に仕切り屋は1人でいいんでね2人いるとねややこしいことになるんで…。
そういうことなんですか。
それをご覧になって坊ちゃんはどうなんですか?もう本当に家族…先ほど9人の写真もありましたけど中華料理なんか行くと大変です。
もうみんな頼み合っちゃって。
みんなでこう…真ん中のテーブル回したりして。
大体この2人で仕切ってるんでね食べるものなんか一切決めさせてくれないですからね。
そういう家族です。
何が食べたいだなんて仰れない?まずないですね。
メニューが回ってこないですからねこっちに。
お母様たちがお決めになって?はい。
そうですか。
でもまあワーワー楽しいのがね何よりですよね元気で。
だから本当に父もね母も元気でいてくれてこんなうれしいことないです。
本当そうですよね。
だからああやって共演もねおできになるわけだし。
しかもご自分よりも若い歳の恋人をお父様がやってくださるだなんてね。
こんな幸せなことないですね。
普通はちょっとね。
ないですね。
ですから父も言ってましたけどいわゆる鴈治郎という名前が私が襲名するにあたって父が元気で一緒に出られるということをね…。
だからこんなことないって父も言ってくれてましたけどもね。
私のほうが本当幸せだと思ってます。
本当ですよね。
それで本当三代がこうやってお元気で同時に舞台にお出になれるっていうのがね。
もう少しこれであれですよねお父様生きててくださればね。
そうですね…。
ハハハ…。
いやでも今度もしかしたらひ孫と一緒にっていうことあり得ますからねもしかしたら。
もしかしたらひ孫と一緒に出るっていうこともね可能性はゼロじゃないですよね。
私そうだと思いますよ。
なにも壱太郎をせかしてるわけじゃないんですけどね。
壱太郎さんお子さん…?でも本当ねそれこそ扇の祖母にですねこの頃同世代がよく結婚していくんで「なんでまだ結婚しないの?」って言われますでも。
だいぶせかされてはいます。
そうでしょ。
でもあなたがそれで素早くお子さんを…。
素早く…。
3歳か4歳になって初舞台っていうことになれば悠々おじい様…おじい様になりますかね?ひいおじいさんですね。
ひいおじい様はお元気なんですから…。
はい。
なるたけ早めに。
何とか早めに…。
しかしまあ本当にやっぱり…なんていいますか壱太郎がねこれからどういうようになってくれるかっていうのはやっぱり一挙一動見てて楽しみだし。
もちろん子供のこともそうですけど。
全体のことをやっぱり思う中に孫というのはやっぱりまた違った意味でねどういうことになるかなって楽しみだしこの…なんていいますかさっきご覧になった夕霧伊左衛門3人で色々役を代わってやってるわけですからね。
そうですそうです。
珍しいことかもしれませんね。
本当にそうですよね考えたら。
ありがたいと思います。
頑張らないといけません。
でも壱太郎さんも運よく歌舞伎がお好きで。
そうですね。
好きで今もやってます。
黒衣をやったこともあるんですって?あなた。
黒衣ですか?そうですね。
小さい頃は黒衣を着て祖父のお芝居見ながら遊んだりして…。
あら可愛い。
こんな可愛くて。
楽屋でこうやって黒衣着て走ってるの好きでしたね。
遊んでるのが。
あら可愛い。
舞台にはお出にならなかったの?これで。
舞台には出てないと思います。
でももう本当舞台裏ずっと走り回って。
あれで出てきたら可愛いです。
なんかねちょっとね…。
こっちが驚きます。
驚きます?驚きます?これお稽古の時?これはねただ楽屋で遊んでるだけですね。
ちょうど祖父がですね『忠臣蔵』…『仮名手本忠臣蔵』の主要の役を7役早変わりでやってる時に僕も出してもらったんです。
たくさん小道具があるんです楽屋にね。
その楽屋にある小道具で遊んでた…。
頭にもちゃんと羽二重やって。
そうですね。
これは自分で役でも出てたんでね自分の役の間で…。
もうそれでも芝居し足りなくて遊んでたという。
すごいですね。
ご自分の役がし足りなくて間に何か稽古をしてらっしゃる…。
はい。
好きでしたね。
その時はどんな感じでした?おじい様とおやりになった時。
本当に祖父といえどもやはり大先輩なわけですね歌舞伎の。
今こう並んでて僕も…もちろん祖父で父なんですけれど。
先輩で大先輩であるっていう。
その中でやっぱり大先輩と一つの舞台に出れるということそれがまずうれしかったですよね。
なるほどね。
あっ可愛い。
これは?金太郎ですね。
金太郎ですよね。
右側の方が?祖父です。
すごい。
あっ藤十郎さんが。
藤十郎さんこの時は…孫とご一緒の時というのは?初舞台だねこれはね。
そうですって。
どんなお気持ちでした?この時お気持ちは。
それはやっぱりね初舞台というと心配はするけれども舞台出てしまうとね面白いですね。
役者っていうのはもう1対1になって相手としてしまうんですよね。
孫や何だ…。
孫であろうが誰であろうと。
だからそういうことが役者の業というか…。
だけどもそれが終わってみると楽しい一つの長い…1ページになってなんか役者をしててよかったなみたいなね生きがいは感じますですね。
そうですね。
みんな元気でね。
それでしかも歌舞伎が好きでいてくれてよかったなって。
今4月…今度大歌舞伎をおやりになるんですけど。
歌舞伎座のほうで今やらせていただいてます。
これがまたすごい顔触れで。
そうですね。
菊五郎さん仁左衛門さん吉右衛門さん。
それから幸四郎さん秀太郎さん染五郎さん。
皆さん出ていただいて。
それで鴈治郎さん。
皆さん全部お出になって大変な顔触れ。
本当にもう出てない役者探すの大変なぐらい…。
そうですよね皆さんお出になって。
大変に本当ありがたいことです。
本当にありがたいと思ってます。
そうですよね。
ただこれで終わりじゃないので。
まだ今年一年ずっとやっていくものですから。
6月博多座行って7月9月と全国巡業で。
12月の顔見世で最後なんですけどずっと父も一緒に来てもらうもんですから。
あっそう。
じゃあその鴈治郎を襲名なさったということでこの歌舞伎が一年間ずっと回るということで。
はい。
そうですか。
でもあれですよ。
藤十郎さんは扇雀だったんだけど藤十郎さんになるまでの間にも…。
どこまでも頑張らないといけない…。
みんなに頑張ってもらわないとと思って…。
そうですよね。
奥様お元気で。
早速…あの方のお子さんですね。
ハハハ…。
どうぞお楽しみに。
2015/04/07(火) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 坂田藤十郎・中村鴈治郎・中村壱太郎[字]
〜人間国宝が親子三代で初出演!!扇千景の“仕切り屋”を暴露〜坂田藤十郎さん、中村鴈治郎さん、中村壱太郎さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
人間国宝で歌舞伎俳優の坂田藤十郎さんが、長男で歌舞伎俳優の中村鴈治郎さん、孫で歌舞伎俳優の中村壱太郎(かずたろう)さんと共に登場!
◇番組内容
『徹子の部屋』には1983年に亡くなった二世中村鴈治郎さんも出演している。その貴重な映像が流れると、今年1月に四代目を襲名した鴈治郎さんと壱太郎さんも驚く。
今回、鴈治郎襲名にふさわしくお祝いムード一色のスタジオには、お家芸の舞台「吉田屋」の豪華な衣裳が並んだ。立役(男役)が着る「紙衣(かみこ)」と、女形が着る「打掛」にはそれぞれに意味があり大変貴重な着物。吉田屋の舞台映像と共に襲名祝いに花を添えた。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/
ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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