あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県仙台市 狩野秀昭さん」 2015.04.07


(テーマ音楽)仙台市宮城野区にある弁当の製造販売会社です。
創業は大正9年。
駅弁や仕出し料理などを手がけています。
会社の災害対策を担当する…従業員たちと共に震災発生翌日から弁当を作り販売を行いました。
あの日狩野さんは事務所で震度6強の揺れに襲われます。
揺れが収まったあとすぐに従業員の安否の確認に走ります。
事前の取り決めどおりに従業員は屋外へ避難。
工場にいた全員が無事でした。
(取材者)次に取りかかった事というか…。
はい。
それはですね…狩野さんが向かったのは地下水の浄化装置です。
会社は事前に対策を取っていました。
震災の3年前から調理に浄化した地下水を使用しておりたとえ水道がストップしても自力で水を確保できるようにしていました。
さらに会社ではあらかじめガスボンベやボンベにつないで炊く事ができる炊飯釜を備えていました。
加熱の必要がない食材やおよそ5,500食分の無洗米も備蓄してあったのです。
翌朝5時半狩野さんが会社に行くと外にはすでにスタッフ30人ほどが徒歩や自転車で駆けつけていました。
備蓄のガスボンベや食材を使って弁当作りが始まります。
ふだん牛タンを焼くのに使っている炭も役に立ちました。
停電で薄暗い中懐中電灯で照らしながらの作業でした。
こうして手作業で製造を進め震災後初めての弁当が完成しました。
午前10時販売開始。
店頭にはすでに多くの人が集まっていました。
この日は牛タン弁当やサンドイッチなどおよそ3,000食を販売しました。
その後宮城県内の被災地からも弁当の要請が入り始めます。
狩野さんたちは備蓄してある食材を生かして一日も休まず弁当を製造し続けました。
2015/04/07(火) 10:50〜10:55
NHK総合1・神戸
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「宮城県仙台市 狩野秀昭さん」[字]

東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県仙台市の弁当製造・販売会社に勤める狩野秀昭さんはほかの従業員とともに、震災翌日から弁当作りを再開、被災者に販売した。

詳細情報
番組内容
東日本大震災に遭遇した人々の証言。宮城県仙台市の弁当製造・販売会社に勤める狩野秀昭さんはほかの従業員とともに、震災翌日から弁当作りを再開、被災者に販売した。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント

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