クローズアップ現代「“庶民の笑い”を絶やさない〜落語家・桂米朝さんの生涯〜」 2015.04.06


お別れは、今の外の様子です。
先月亡くなった落語家の桂米朝さん。
市井の人々の喜怒哀楽を巧みに演じ分けました。
お早うお帰りやす。
通人さん、通人さん。
ええ格好やこと言うよ。
器用なもんじゃったな。
米朝さんが力を尽くしたのは戦後廃れていた上方落語の復活。
演じた落語の数は誰よりも多いとされおよそ180に及びました。
落語で描かれる権威や肩書に関係なく誰もが明るく笑える世界。
米朝さんはこよなく愛していました。
庶民の笑いを絶やさない。
米朝さんが生涯を通して追い求めた思いに迫ります。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
先月、89歳で亡くなった人間国宝で上方落語の第一人者桂米朝さんは落語は大道具も小道具もなく衣装もメーキャップもない。
話術というはなし家の術によって聞き手の頭の中に想像で作り上げてもらうお芝居だと書いています。
語り、しぐさ、目線でどんな人物でも表現でき巧みにはなしの世界へ聞き手を誘うこの落語ですがその中で上方落語は三味線や太鼓などのお囃子が入り柔らかい関西弁でテンポよくお客さんを笑いに引き込んでいきます。
米朝さんは、上方落語が存亡の危機に陥っていた戦後すぐに入門しました。
はなし家が高齢化し数人しか残っておらず落語家になりたいという若手もめっきり少なくなり師匠から弟子へ、口から口へと口伝で伝えられていた上方落語は滅びたとさえいわれていました。
今のようにビデオもCDもない時代。
落語の台本は文字でも残されていませんでした。
米朝さんは上方落語を復活させようと古文書を調べたり寄席に通っていた人たちから熱心に聞き取りをするなど研究を続け演じられなくなっていた演目をよみがえらせるなど上方落語の復活に一生をささげたのです。
落語は笑いの芸でこれほど洗練されたものはない。
必ず見直されると思うてましたと語っていた米朝さんの落語への深い思いを新たに見つかった資料そして、生前へのインタビューから探ります。
平成14年に演じられた桂米朝さんの代表的演目「天狗裁き」。
長屋に住む夫婦の夢を巡るやり取りが周りの人を巻き込んでいく騒動です。
ちょっと、ちょっと、あんたちょっと起きなはれ。
お、あー、寝てたわ。
寝てたじゃないがな、この人。
にたーっと笑うたりして何かおもしろそうな夢やったんやないの?俺はなんぼ考えても夢なんか見た覚えないけどなぁ。
見てたで!見てへんちゅうてんねん。
それとこれとは話が別や。
目線やしぐさで何人もの役を巧みに演じ分ける米朝さんの神髄が色濃く表れる作品です。
何が兄弟分じゃい。
夢の話をするとかせんとかしょうもないことを。
しかし、かなりおもしろそうな夢らしいな。
家主さん、あんたまでがそんなこと。
初め女房が聞きたがり隣家の男が聞きたがり家主までが聞きたがったる夢の話。
奉行にならばしゃべれるであろう。
天狗
(てんぐ)はそのようなものは聞きとうはないが。
天狗まで出てきたこの騒動。
どのようなばかげた夢を見るもの。
実は、すべて夢でした。
しゃべりたいというのならば。
ちょっとあんたえらいうなされて。
一体、どんな夢見たん?
はなし手1人で時代も場所も異なる世界に客を引き込めるのが落語のだいご味だと生前、語っていました。
米朝さんは上方落語の芸を極めようと膨大な資料を集めその生涯をかけて研究を重ねていました。
自宅には、江戸時代の古文書や上方のことばや文化に関わる研究所が数多く残されています。
落語研究家の小澤紘司さんです。
米朝さんと50年の親交があり資料の整理を手伝ってきました。
米朝さんが落語の世界に引かれるようになったのは小学生のとき。
父親に連れられて寄席に通ううちにのめり込みました。
しかし、戦争が大きな影を落とします。
昭和20年2月。
米朝さんは19歳のとき徴兵されました。
それでも落語に対する思いを抱き続けていました。
自宅に残されていた当時の日記には兵士たちの前で上方落語の名作を繰り返し披露していた様子がつづられていました。
戦況が悪化する中繰り返し落語を披露することで仲間を励ましていました。
落語への熱い思いを抱き続けた米朝さん。
終戦後、高座に上がりたいと落語家を志します。
サラリーマンとして働きながら週末になると地元に落語家を呼んで研究会を開いたりしていました。
しかし、このころ漫才人気が到来。
寄席は潰れ、若手の落語家は次々と漫才師へと転向していきました。
それでも米朝さんは落語家の道に踏み出します。
四代目桂米團治に入門したのです。
米團治は上方落語きっての理論家。
ネタの豊富さで知られていました。
なんじゃて。
おはようさん。
おはようさん。
妙なあいさつじゃなおはようさんというのは…。
しかし、入門して4年後に米團治は亡くなります。
亡くなる前、米團治が米朝さんに宛てた一通の手紙が今回、発見されました。
そこには、上方落語を背負っていってほしいというせつなる願いが込められていました。
「貴君が私の志を継いで私の止まったところからさらに前進してくれるるを切望する」。
「私のために、私に至るまでの多くの先輩のために」。
米團治の死後上方落語を支えてきた重鎮たちも相次いで亡くなり上方落語は滅んだとまでいわれるようになりました。
米朝さんは、自分たちの力で上方落語を復活させる決意をしたといいます。
しかし、上方落語の復活は容易なものではありませんでした。
当時、上方落語は師匠から弟子へ、口から口へと伝えられていました。
米朝さんは引退した、はなし家だけでなく寄席を聞いた人をくまなく回りました。
過去にどんなはなしがあったのか記憶を頼りに話してもらったのです。
断片的にしか分からない演目は江戸時代の古文書を集めたり上方文化を研究する文献などを調べていきました。
こうして、復活させたネタを広めるために米朝さんは、関西だけでなく全国各地で高座に上がりました。
その姿を身近で見ていた江戸落語の桂歌丸さん。
米朝さんの強い使命感を感じ取っていました。
さらに米朝さんは復活させた落語に時流に合わせた話題を盛り込んでいきました。
米朝さんの代表作の一つ「地獄八景亡者戯」。
平成2年の高座では当時亡くなったばかりの著名人の名前がはなしの中に出てきます。
また、このごろなタレントとかなんとかいう連中がやって来て店、建てまんねや、さいの河原に。
松田優作の店はえらいはやってますわいな。
はっはー、この方は美空ひばりがなんやな土産物屋やるとかいうてな反対運動起こったりしてまんねん。
さいの河原の景観がわやになるちゅうて。
はっはー、えらい変わり様でんな。
漫才で一世をふうびした西川きよしさん。
米朝さんの落語の神髄は巧みにはなしを変化させるなど新たな工夫を重ねていったことだといいます。
米朝さんが復活や発展させた演目は、およそ180。
それらを文字や音源に残しました。
そして、米朝さんの一門はひ孫弟子まで含めると70人を超える大所帯へと飛躍を遂げたのです。
生涯5300回以上高座に上がった米朝さん。
落語を通して描こうとしたのは権威や肩書とは関係ない平凡な人たちの日常。
米朝さんは、それを「落語国」と呼んでいました。
米朝さんが終生演じ続けていたのが「はてなの茶碗」。
水が漏れてしまう本当は価値のない茶わん。
高貴な人の手を経るうちにみるみる値がつりあがるのをやゆするはなしです。
その茶わんを裏返したりすかしたり、せんど首ひねってはてな?ちゅうて置いといたんや。
ひょっとしたらこれ千両ぐらいの値打ちがあるか分からん。
当時、日本一の金満家の鴻池さんがこれを聞いて茶金さん、その茶わん、わしに千両で売ってもらいたい。
聞きななれ。
あれ実は、千両で売れました。
そういうやつか、お前は。
桂米朝さん89歳。
上方落語にささげた人生でした。
今夜のゲストは、対談をされるなど、親交がおありになりました、脚本家の大石静さんです。
一番落語が悪いときに、飛び込んで、そして、きちっとこの落語が残るように、今や記録をしっかり残して、そして世を去った、この一生をどのように今、ご覧になってらっしゃいますか?
半分ぐらいは学者さんだったんだなという感じはしますですね。
私も一緒にドラマ何本かやらせていただいたときに、大阪NHKの方たちが、皆、米朝師匠のことを私に教えてくれたんですけれども、やっぱり半分学者さんなんですよっていうふうに、みんなおっしゃっていましたね。
でも私なんかにはね、私のような者にも、ちゃんと敬意を払ってくださって、私の書いたせりふもそのままきちっとしゃべってくださって、ドラマお出になったときはね、本当に偉ぶらない、本当さりげない感じの方でしたね。
歌丸さんが、百科事典のような方で、何千、何万の参考書を失われたっていうふうなことを今、発言されていて、印象に残ったんですけれども、そんな感じはなんか、実際、おつきあいされてると、そんな感じはない?
そんなことはたぶんね、本物はそんなことをひけらかさないんじゃないかっていう感じに、本当にそういうことはおっしゃらなかったですね。
ただ、庶民の姿を演じる方なんですけど、とても格調高く、品がよく、近づきがたいような雰囲気も出してらっしゃいましたね。
そこが、またとても米朝師匠の不思議なところで、本当に庶民の顔に、でっちがぺろっと舌を出したりするところとか、本当に見事に子どもだなって、一発で分かるように演じられるんですけど、ふだんは、やはり近づき難いような品がおありになったし、それでいて、とても色っぽく、そして学者のようで、なんかいろんなものが、お一人の体の中に、交じり合って存在してるっていう印象でした。
私がご一緒していたころは。
どちらかというと、親交おありになったのは、晩年の米朝さんですよね。
今ね、VTRで拝見すると、やっぱりお若くて、いろんな研究にもまい進なさって、そのことをみずからも語り、やっぱりいけいけな時代の米朝師匠だなっていうふうに思うんですけど、私がご一緒に仕事させていただいたころというのは、70半ばになられていて、やっぱり自分の衰えみたいなことも、とても感じられていて、大きな所で長いはなしはもうできないってことを、私も伺ったことがありますし、そういう悲しみも、ちょっとあったっていうんですか、まだまだやれるっていう気持ちと、もう衰えたなっていうご自分の、そういうせめぎ合いがあったと思われるんですね。
また、でもそれもまた、それが一つの色気となって、すごくすてきな、すてきな方だなというふうに感じられましたね、当時。
会話を重ねたり、対談をされたりする中で、特にその印象に残った、あるいは記憶に残る師匠のことばというのはありますか?
対談のときだと思うんですけど、芸人はお客に育てられるものであるけれども、またお客も育てなあかんのですと。
それで、目先の評価や、小手先の笑いのために、流儀を変えたらあきません。
それでははなしの格が落ちるということを、おっしゃっていて、もう、私、ものすごくどきっとしたんですね。
それはもう、私たちは目先の評価とか、そういう視聴率とか、ちょっとなんか言われると、どきっとしますし、小手先の技術で、自分の軸を曲げて生きてきたと思うので、本当にこのときは、ことばを失うぐらい、どきっとしましたね。
本物だな、この師匠はっていう。
そこを曲げずに生きるというのは、ことばで言うのは簡単ですけれど、本当に私たちって、毎日の評価にさらされながら生きるじゃないですか。
その中で、そこを曲げずに生きるということが、いかに難しいかっていうこと分かりますし、身をもって分かるので、私もそれはもう、どきっとしました。
特に、米朝師匠が戦後、落語に入ってからは、漫才っていうね、新たな芸が、非常に人気を博すようになって、その落語と漫才、競い合うような、そして落語がどんどん、どっちかというと、漫才にこう、負けてしまうようなときでもあって、その中で、流儀を貫かなければならないって、あえておっしゃったっていう。
貫かなければならないっていうよりは、貫きたかったということだと思うんですけど、やっぱり漫才がはやって、漫才に転身すれば、お金も稼げるっていうことだと思うんですけど、華やかだし、だけどそこはやっぱり、貫ける人っていうのは、いそうでなかなかいませんから、本物の証拠だなっていうふうに思いますね。
漫才も割合、早めに笑いがくるじゃないですか。
だけど落語っていうのは、最初のはなしが始まってから、最初の笑いまでに時間がかかる、1人でいろんな人物をやるし。
だからそういう意味でも、なんかだんだんテレビも、テレビの中でも、落語の放送がなくなっていったというのも分かる気がしますね。
指先でぺっぺってチャンネルを変えられるようになると、やっぱりすぐおかしくないと、ぱって変えちゃうじゃないですか。
私が子どものころ、がちゃがちゃってやって、チャンネルを変えなきゃいけないときっていうのは、落語の放送、ものすごくあったんですよね。
私、子どものころよく覚えてるんですけど。
でも今は、落語の放送、少なくなったし、それってやっぱり、一瞬でおかしいってことが分からないと、だめだと思うんですね。
そういうすぐ3秒で分かるものは、3秒でそういうものに殺されていくってことも米朝師匠、おっしゃっていて、今、この簡単な笑いになってきたことも、ずいぶん前に米朝師匠は予言なさっていて、そのようになってきたなというふうに思いますね。
そういう意味でも、お客を育てないといけないという思いがあったのかもしれないですね。
それにしても、笑いの芸の中で、最も洗練された芸が、落語ではないかっていうふうにおっしゃってた。
追求された、洗練されたこの芸っていうのは。
ー笑いというのは、実は知的なもので、なんか笑いによって、ある風刺をする、権力を批判するというのが一番、洗練された方法じゃないですか。
ストレートに批判するよりね。
そういう意味でも、はんけんりょくなんかもさらりとやってのけるという意味において、洗練されているということじゃないかと思いますけれども。
そして多くの後進を育てた。
2015/04/06(月) 19:30〜19:56
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「“庶民の笑い”を絶やさない〜落語家・桂米朝さんの生涯〜」[字]

3月、89歳で亡くなった人間国宝の落語家・桂米朝さん。衰退した上方落語を、地道な聞き取りにより復活させた。膨大な自筆資料などから米朝さんが残そうとしたものに迫る

詳細情報
番組内容
【ゲスト】脚本家…大石静,【キャスター】国谷裕子
出演者
【ゲスト】脚本家…大石静,【キャスター】国谷裕子

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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