パリ白熱教室・選 第6回「これからの資本主義〜再分配システムをどうつくるか」 2015.04.06


芸術文化の都として知られる…20世紀を代表する思想が生まれ時代を切り開く人材を輩出してきました。
パリには世界各地からさまざまな分野の学問を学びに若者たちが集まってきます。
そんなパリの一角に2006年に創立された新しい学校があります。
21世紀のエコノミストを養成するため国と民間企業が資金を出し合って運営している新しいタイプの高等教育機関です。
創立僅か8年で数々の名門大学と肩を並べ経済学部の国際ランキングで7位に浮上しました。
その創立に関わり初代校長を務めたのが気鋭の経済学者トマ・ピケティ教授です。
ピケティ教授は研究仲間たちと15年以上の歳月を費やし300年にわたる世界各国の税務記録を収集してきました。
これらの膨大なデータを基にピケティ教授は所得と富の格差や資本主義の法則を明らかにしようとしたのです。
「アメリカでは所得の上位1%が国全体の総所得の3/3を占有している」。
ピケティ教授のこのリポートが「ウォール街抗議運動」の理論的な支えとなりました。
ピケティ教授の研究の集大成「21世紀の資本」はアメリカで50万部を超えるベストセラーを記録。
今世界15か国以上で翻訳され経済学の本としては異例の反響を呼んでいます。
世界各国に招かれ多忙なピケティ教授。
その合間を縫って学生たちに講義を行っています。
富が富を生み格差が格差を生む現代の資本主義。
不平等の問題にピケティ教授が切り込みます。
経済の事はよく分からないと済ませてしまうのは安易すぎます。
自分の意見を持つべきだし経済の問題を他人任せにしてはいけないのです。
日本は国際的な視点からすると極めて興味深いケースです。
所得や富の分配の問題は日本で将来もっと深刻になるでしょう。
将来のために自分の考えを深め多少の時間を費やしてもこの講義に耳を傾けてもらう価値はあると思います。
巨大な資本が生む高い収益率。
これまで資本収益率「r」と経済成長率「g」の差が不平等を生み出す元となっている事を見てきました。
最終回はその格差のスパイラルを是正するための資本規制がテーマです。
より平等な社会に向けた再分配のシステムとは。
これからの資本主義についてピケティ教授と共に考えます。
今日は最終回だ。
テーマは「資本の規制と不平等」。
ここで触れたいのは政策の問題だ。
これまでは主に資本や所得そして資産や分配などそれぞれの展開を取り上げて説明してきた。
その際それらの政策的な意味合いについてはあまり触れなかった。
今回は資本の規制や最適な課税はどうあるべきか話していきたい。
19世紀のアメリカは資産蓄積の時間が浅く数世代にわたって資産を蓄積してきたヨーロッパほど格差はなかった。
しかし今は違う。
数世代を重ねていくと同じ家族に富が蓄積され資産が分散するどころかむしろ集中するという傾向が生まれる。
しかし時間がたつにつれて資産集中が弱まる可能性もないわけではない。
確実に言えるのは現在の富の偏りを見てそれを固定的な状態であると見なしてはならないという事だ。
資産分配の長期にわたる均衡状態が何によって決まるかという問題を考えるためには長期の変動を歴史的に分析する必要がある。
もちろんそれは簡単な事ではない。
さまざまな要因を挙げる事ができるがそれが将来どのような重要性をもって作用するかを判断するのは難しい。
私にとってもそうだけどね。
私は将来の事よりも過去の分析が得意だが私たちができる事は将来の一連の可能性を提示する事でありそれに尽きる。
将来起こりうる事の一つは大規模な資産投資ほど高い収益率を生み当然の事ながらそれが強い不平等をもたらすという事だ。
これが大学基金のケースだけなら大した問題ではない。
大儲けしても一応は科学や知識のために有益に使われるわけだしね。
もっとも大学間の不平等が深刻になるという問題はある。
ハーバードに行く人たちには良い事だがアメリカ国民の下位50%がそう簡単にハーバードに行けるわけではない。
もう一つ注目したいのは国家による資産運用基金「ソヴリン・ウェルス・ファンド」だ。
ソヴリン・ウェルス・ファンドと民間の投資ファンドとの区別ははっきりしない場合が多い。
国によっては石油など天然資源の資産を保有しているのが純然たる個人の場合もあるし政府である場合もある。
時にはそれが国家の元首だったり民間の一個人だったり所有形態は実にさまざまだ。
問題はソヴリン・ウェルス・ファンドの収益性は一般的にはとても高いという事だ。
アブダビとノルウェーは最大のファンドを持っていて現在7,000億ユーロ。
アメリカの大学基金を全部合わせたおよそ2倍の大きさだ。
問題はその収益率の大きな違いだ。
アブダビの収益率はとても高いがノルウェーやサウジアラビアは低い。
リスクの高い投資をせず公的債権への投資が大きいためだ。
アメリカ国債を大量に保有するという選択肢が収益率を低くしている。
アメリカ国債を買うのは経済的な選択なのかそれとも政治的な選択つまり軍事的保護に対する見返りのようなものなのか複雑な問題だ。
特にサウジアラビアの場合はアメリカとの関係は多面的かつ複雑だ。
経済面だけで判断するのはナイーブに思われる。
かといって軍事的支援に対する見返りだけでもないと思う。
ハーバードなどの大学基金の運用とノルウェーやサウジによるソヴリン・ウェルス・ファンドとの投資戦略の違いはノルウェーやサウジが世論を気にしなければならない点にある。
彼らは国の資産で何をやったかを国民に説明する義務がある。
国民からすれば国のファンドが投機的なヘッジファンドやリスクの高い商品デリバティブプライベートエクイティーなどに手を染めるのは好ましい事ではないだろう。
結局のところソヴリン・ウェルス・ファンドの投資戦略はアメリカの大学基金ほど野心的ではないという事だ。
しかしアブダビはアグレッシブだ。
その違いはアブダビの人口があまり多くない事による。
けれどもサウジアラビアのように人口が2,000万3,000万となると話は違ってくる。
つまり経済的な思惑だけではなく政治的な戦略も絡んでくる。
いずれにせよ透明性がほとんどないためデータが限られているのが実情だ。
ノルウェーはかなりデータがあるがそれを別にすればほとんどのソヴリン・ウェルス・ファンドについては詳しいデータがない。
主要産油諸国および中国をはじめとする非産油諸国を合わせると現在ソヴリン・ウェルス・ファンドの総額は5兆5,000億ドルにも上る。
その規模は全世界の億万長者の資産の総計に匹敵する。
もちろん資産の規模が大きいほど収益性も高いという傾向はソヴリン・ウェルス・ファンドにも当てはまる。
国の規模で見ればその効果も絶大だ。
例えばノルウェーのファンドの国外資産つまり国外で公式に保有する資産の規模はノルウェーの年間GDPの2倍で急速に成長している。
彼らは明確な目標を設定しているわけではない。
しかしもし国外資産がGDPの3倍から5倍にもなれば4〜5%で運用すると国外からの資産所得は4〜5年でGDPの40%から50%に達する。
それは国の輸出総額や製造業部門の生産規模を上回るものになるだろう。
生産で生み出す所得よりも国外からの資産所得が大きくなるわけでこれはかつてなかった状況だ。
これはノルウェーやその他の国々の経済のバランスや不平等の考え方を変えるほどのものだ。
重要な事は国際的な資本市場では貯蓄戦略や資産規模による投資の違いによる収益性の格差も大きいという事だ。
そのため極端な資産格差を生み出す強い力が働いている。
そして莫大な資産が上位のグループやいくつかの国々に流れ込みそれ以外は置き去りになる。
こうした側面は重要で将来ますます大きくなるだろう。
ここでは当然これまであまり述べてこなかったもう一つの重要な論点である「オフショア資産」つまり在外資産の問題に触れないわけにはいかない。
在外資産の問題は今日ますます重要性を増している。
これはある研究者の論文からの引用だが富裕国が国外に持つ資産から負債を差し引いた純資産の推移を世界のGDPに占める割合で見たものだ。
日本はプラスとなっているがそれは日本がずっと貿易黒字国であり巨額に上る純資産を国外にため込んできたからだ。
ここにはヨーロッパ日本アメリカとあってこうした富裕国の合計が示されている。
ヨーロッパとアメリカはマイナスだ。
ヨーロッパの中でも在外資産のある国もありドイツのように大きくプラスの国もある。
今やドイツは国外資産を日本よりも速いスピードで増やしている。
ヨーロッパの中でもマイナスの幅の大きい国もあり全体としてはマイナスだ。
アメリカのマイナス幅は更に大きい。
マイナスマイナスときてプラスだから富裕国は全体として僅かにマイナスとなる。
問題は世界全体の合計だがやはりマイナスだ。
本来差し引きゼロになるべきだがそうならない。
よく知られている「国際金融統計の不整合」と呼ばれるもので勘定が合わず世界の金融負債が金融資産を上回るというものだ。
まるで資産の一部を火星人が持っていったみたいだね。
世界の貿易収支あるいは経常収支についても総計するとマイナスになるという同様の問題が見られる。
輸入だけがあって輸出がない部分があるという問題だ。
世界の国際収支が総計ゼロにならないと世界金融危機の正確な分析はできない。
これはいわゆる「国際金融統計の不整合」の最たるものだ。
そのカラクリを解き明かす一つの説明は「タックス・ヘイヴン」を利用した収支報告されていない金融資産の存在だ。
もちろんそれを実証する事はできないがさまざまなデータソースを組み合わせてその数字をはじき出そうと試みている。
その数値は世界のGDPの約10%に匹敵する。
10%どころじゃないとする見方もあるけどね。
例えばNGOの推計では隠れ金融資産がGDPに占める割合は10%15%20%では済まないほど大きいとしているが私にはこのグラフの数字の方がより現実的に思える。
これでも先進国全体のマイナスを補って余りあるわけだからこれを先ほどのどこへ行ったか分からない資産による統計上の不整合の部分に置き換えればヨーロッパは全体としてプラスになるというのがある研究者の結論だ。
アメリカはさすがにプラスとまではいかないかもしれないがマイナスの幅が現在の公式統計よりは大幅に小さくなるだろう。
ある経済学者は隠れ資産を所有者別と国別に分類している。
とても興味深い研究だ。
これは世界の資産分配の動きを見るためのとても重要なパズルの組み立てのようなものだ。
在外資産も視野に入れる必要がある。
そうしないと重要な部分を見過ごしてしまうからだ。
隠れ資産の推計値も世界の所得データベースに加えるつもりだ。
上位層の所得や資産を把握しておくのは重要だがこれまでのデータベースの中には在外資産やその資産が生み出す所得は含まれていなかったからだ。
この事は不平等の拡大を幾分過小評価していた事を意味する。
私たちはあくまで公式の納税記録などを用いて何事も誇大視しない事に徹してきた。
しかし全体の結論がどう修正されるのか最終的には在外資産の推計を含めてデータを改善したい。
この点が将来へ向けた重要な改善点だ。
もちろん常に不確実ではあるが少なくともその方向でいけば改善が望めるはずだ。
何か質問あるかな?誰かある?どうぞ。
国連大学の研究によると今資産格差が激しいのは新興国でその理由は大きな相続資産を受け継いだ人が相続や消費によって資産を分散させるだけの時間がまだたっていないからだといいます。
えっと…先生はこれが現在新興国で起きている事だと思いますか?先進国でも産業革命の時代に同じような事が見られたのでしょうか?そのとおりだと思う。
新興国はまだ安定した状態にあるとは言い難い。
富裕国といえども資産分配が安定した状態に達するまでには長い時間がかかる。
事実決して安定した状態にはなっていない。
なぜなら基本的な経済の変数に常に新たなショックや変化が加わるからだ。
新興国においては現在の中国はいわずもがなだが資産分配については安定した状態からははるかにかけ離れている。
だがまあ長期的な安定状態が訪れたとしてもそこでの資産不平等が現在よりも改善されているか悪化しているかは別の問題だ。
それでは次に資本の規制とその政策の問題に話を進めよう。
いよいよ21世紀の資本規制の問題を考えていく事になる。
ここでは税制に的を絞って話そうと思う。
もちろん政策問題については他にも議論すべき事がたくさんあり税制だけが重要だと言うつもりはない。
アメリカで不平等が広がっているがこれは上位10%のシェアが急上昇しているためだ。
これはあくまで再分配前の所得で見たものだ。
再分配前の所得とはつまり課税前の労働市場で得られる所得だ。
税や移転所得つまり社会保障などによる再分配を含めると事情は変わる。
場合によっては税と移転所得が不平等を拡大させる事もある。
上位所得グループに対する実効税率を引き下げたりすると不平等は強まるし逆に下位所得層への移転所得を増やすと不平等が緩和される。
理想としては我々も将来的に「課税前」「課税後および移転所得」を含んだ再分配所得の時系列データを公表したいと思っている。
だがそれがたやすい事ではない理由を話そう。
現実の世界では税収は巨額な規模に上っている。
いくつか資料を見てみるとまず頭に入れておいてほしいのは先進国の税収の規模がGDPに占める割合は20世紀を通じて10%から現在の40%ないし50%まで上昇してきた事だ。
財政規模の上昇の最も大きな部分を占めているのは年金や失業手当だ。
しかし他にも教育費や医療費など多くの現物給付による移転所得がある。
これらは現金による移転所得ではない。
では現物による移転所得とは何か?それは教育や医療を無料もしくは僅かな料金で受けられる事を意味する。
どの所得層がその恩恵にあずかるかは難しいところだ。
「課税後」および「移転所得後」の分配を明らかにする事が望ましいのだがそのためにはこの現物移転の問題を考慮しなければならないのでそこが難しい。
例えばアメリカはこの数十年間最も不平等が強まった国だが人口の下位50%が受け取った移転所得の最大の項目は低所得者のための医療扶助でこれがずっと増えてきている。
アメリカには国民皆保険制度がないが貧困者や高齢者に対しては公的な医療制度がある。
この移転所得の額が過去30年間急増している。
もしもこうした現物給付を下位50%の再分配前の所得に加えればこの層の所得の伸びは課税前所得だけを見た場合よりもかなり大きくなるはずだ。
問題はこうした医療給付の増大をどのように解釈すべきかが明確ではないというところにある。
なぜなら医療給付の多くは健康維持費つまり医療コストがアメリカで増大したためだ。
この増大は果たして医療サービスを受ける人のためになっているのかそれとも医療サービスを与える人たちつまり医師や製薬会社のためになっているのかこれは複雑な問題だ。
アメリカではこの爆発的に増加する医療費の解釈をめぐって激しい論争が起こっている。
社会保障制度を研究しようと思うならこうした問題に踏み込まなければならない。
こうした移転所得を再分配前の所得に加えて「課税後」および「移転所得後」の不平等の尺度を作るのではなく移転所得全体を別々に検討する方がよいと考える事がある。
再分配前の所得を土台に教育や医療へのアクセスはどうか加えていくというようにね。
教育への支出から誰が利益を得ているのか?それは複雑な問題だ。
フランスの高等教育の学費は無償もしくは無償に近いわけだがエリートのための特別な学校であるグランゼコールに行く人たちは普通の大学に行く人たちとは違う。
つまり最もリッチな人たちほど貧しい人たちに比べて公的支出の恩恵にあずかりやすいという事だ。
移転後の所得分配を考える際にはこの点を見る必要がある。
警察の支出について考えてみるとそれによって恩恵を受けるのは誰か?貧しい人か?お金持ちか?中にはそれがもっぱら貧しい人のための支出だと主張する人がいるが治安が乱れた時に失うものが多いのは貧困層よりも富裕層だろう。
現物給付を機械的に所得に加える事は必ずしも意味があるとは言えない。
より意義があるのは現代的な租税国家および社会的国家の拡大を教育医療などの支出や不平等の構造から検証する事だ。
これが1番目のポイントだ。
第2のポイントはこうした租税国家および社会的国家の規模の増大だ。
私はあえて「大躍進」と呼びたいがこうした事は今後はもう起きないだろう。
21世紀には税収はほぼ安定するか税金の引き下げ競争によって減少すると思われる。
若干増える国もあるかもしれないが今の水準から更に上昇して70%80%とはならないだろう。
未来のためのチャレンジは複雑だ。
少なくとも既に政府が大きくなってしまった先進国ではその規模を更に大きくするのではなく無駄な支出を省いたり制度を簡素化したりする事が必要だ。
世界恐慌のあとは政府の役割を広げればあらゆる問題を解決できると考えられた。
その意味では今日の方が当時より難しい。
2008年の金融危機を経た今人々は市場の役割に対してと同じぐらい政府の役割に対しても疑念を抱いている。
今もそうだ。
政府の財政規模は既にGDPに占める割合で40〜50%という水準なのでそうした疑問が消える事はないだろう。
政府が正しく機能しているかどうかをチェックする事は当然だ。
実際うまく機能していないのだからね。
かといって小さい政府は繁栄のための条件では決してない。
ヨーロッパではブルガリアやルーマニアなど貧しい国の税収は最低の水準でGDPの20%だ。
もし豊かな国になるため僅かな税収で十分だというならブルガリアやルーマニアはスウェーデンやデンマークより豊かになっていたはずだよね。
問題はその税収で何をするかという事だ。
デンマークやスウェーデンのように税金をうまく使えばいいわけだ。
フランス人が税金の使い方がうまいかどうかは分からないけどね。
それこそ我々自身の問題でもある。
一般的には政府の規模は20世紀を通じて大きく変わってきた。
将来を見据えた時に政府の規模が大きくなったいきさつを踏まえておく事が重要だ。
およその数字を頭に入れておいてほしい。
これが富裕国の税収額だ。
ここで挙げたのはスウェーデンフランスイギリスそしてアメリカだ。
第一次世界大戦前はこれら諸国の国民所得に対する税収の割合は10%未満だった。
それが大きく変わって現在アメリカは30%イギリス40%フランス50%スウェーデン53%という水準だ。
これは2010年のデータだ。
2014年フランスはもう少し高くなっているかもしれないがまだスウェーデンほどではないだろう。
いずれにせよ30年くらいの長い目で見ると年ごとの変動はあるにせよどの国もその割合が安定している点が興味深い。
フランスは今では特に税率が高くGDPに占める割合で見た公的支出が高い国になっている。
しかし少し長いスパンで見るとどの国も国民所得に対する税率こそ違っても一定で推移している事が分かる。
こうした大幅な増加はおしなべて2つの世界大戦の間の時期に始まり50年代から70年代までに顕著に増えて1980年代以降安定するという経緯をたどっている。
貧しい国々や新興国の中には税収がGDPに占める割合が20%以下更には10%以下という国さえある。
アフリカのいくつかの国やインドでは10%から15%だ。
最も貧しい国や新興国においてはこれ以上に税収が小さい国もある。
富裕国では税収は30%から50%余りで20%や10%という国はない。
ここで所得税の累進性について少し話そう。
私が理想的な税体系だと考えるのは累進的な所得税相続税資産税の3つがそろっている事だ。
もちろんこの3つの税は極めて重要だが一筋縄にはいかない。
所得税を中心にして相続税や資産税は小さい方がよいと考える人もいるだろう。
それぞれどの程度の比重を持つべきか判断するのはとても難しい事だ。
最上位層に対する累進性は重要だが歴史的に見てその意義の大半は最上位層の労働所得を抑え彼らの利益追求をいわばコントロールするというところにあったと思う。
しかし税収について言えば私は極めて高い税率が全体の税収を増やすための正しい方法と考えているわけではない。
大多数の人々にとって所得税の実効税率はそれほど累進的ではない。
それは完全に一定の率というわけではないが社会保障税を含めるとみんなたくさんの税金を払っている事になる。
実際大多数にとって現在の課税制度は定率の税制に極めて近いものだ。
ところで上位層の税率は極めて高いがそれは歴史的に大きく変化してきたものだ。
最高税率を引き上げたのは歴史的に見て全体の税収を増やすためではなく最上位の所得の急激な上昇を抑えるためのものであったと私は考えている。
もっと具体的に見るとアメリカイギリスドイツフランスの所得に関する最高税率の推移がこれだ。
このグラフから学ぶ事はたくさんある。
第1に知っておくべき事は税制の歴史はカオス状態だったという事だ。
変動が激しい。
政治的な争いはいつの世も絶えないし今後もそれは変わらないだろう。
どうなるかは誰も予想がつかない。
それがまず大きなポイントの一つだ。
2つ目のポイントは1914年つまり100年前まで所得税は基本的に存在しなかったという事だ。
19世紀の最大の財源は間接税だった。
所得税は20世紀の偉大な産物の一つだと言える。
100年前はどの国も所得税は言ってみればゼロだった。
アメリカで所得税が導入されたのは1913年でフランスは1914年だ。
第一次世界大戦から第二次世界大戦に至るに及んで最高税率は突如とてつもなく高い水準へと引き上げられた。
特にアメリカとイギリスの両国はそうだった。
これがイギリスとアメリカでこれがドイツフランスだ。
今ではこれらの国でも税率は40%から50%程度だ。
アメリカとイギリスの最高税率はかなり長期にわたってフランスやドイツよりも高かった。
アメリカの所得税の最高税率は90%台にまで上昇した時期があった。
もっともこれは年間所得100万ドル以上の高額所得者に対してのみ適用されたものだ。
1930年から1980年の各時期の税率を平均するとある時は90%ある時は70%になる。
アメリカの所得税の最高税率は1930年代からの50年間を平均すると82%になる。
この高い税率がアメリカ資本主義を損なったわけではない。
こうした高い税率は年収100万ドル以上の高額所得者に対してのみ課せられたからだ。
そうなると1,000万ドルといった報酬を受け取る事も100万ドル受け取るのと大した違いはないからね。
高い所得に高い税率を課しても重役たちの生産性にさして悪影響があるとも思えない。
レーガン政権以降最高税率が引き下げられたが逆に生産性を上げる効果があったかどうかはっきりしない。
1980年代以降生産性の増加率は50年代から70年代と比べて高くなったどころかむしろ低下している。
私は研究仲間と共同で書いた論文で企業の比較分析を行った。
個別企業のデータを集めて北アメリカヨーロッパ日本の上場企業全体と経営者に100万ドルではなく1,000万ドルを支払っている企業とを比較した。
そしてそうした企業の実績や雇用創出生産性にはっきりした違いがあるかどうかを見た。
しかしそのような違いは見られないという事が分かった。
いつの日か生産性の向上を示すようなデータが出てくるかもしれないけど少なくとも今の時点ではある程度の水準を超える高い重役報酬がそれほど効果的であるとは言えないようだね。
いずれにせよこうした経験的事実の解釈がどうあれ私たちは歴史的事実をちゃんと踏まえる事が重要だと思う。
なぜなら人々は税率の劇的な変化があった事を知らされてもにわかに信じようとしないからだ。
こんなに税率が高かった時代があったはずはないと思い込んでいる。
不平等や累進税制公的債務や資産が重要な争点になったのは昨日今日の事ではない。
さまざまな国の長い税制の歴史からは学ぶべき事がたくさんある。
時には驚くべき事もある。
ドイツを例にとると1度だけだが所得に対して90%の最高税率がかけられた時期がある。
相続税が引き上げられたのもそのころだ。
それはいつだったかと言うと1946年から48年までの時期でアメリカ人たちがドイツの税制を作った。
当時ドイツは連合軍の占領下にあって事実上アメリカに支配されていた。
これは日本も同じだ。
ドイツと日本が1950年代に財政主権を回復してから税率は下げられ50%という当時合理的と思われた税率に改められた。
ドイツはさすがに90%というとんでもない税率はアメリカ流の途方もない理想でありとても受け入れられないと考えた。
当時は何でもアメリカ風という時代だったがアメリカはドイツと日本を懲らしめるためにそのような税制を敷いたのではない。
それはアメリカ自身が自国で採用していた制度だった。
懲罰的な意味では決してなくあくまで近代化のための政策の一環だった。
民主的な制度と財政制度を結び付け所得と富の極端な集中によって民主主義が金権政治に陥るのを防ぐためだった。
これは当時の実際の通念であり私が言いだした事ではない。
我々の歴史的遺産の一つだ。
風変わりでまったくばかげていると思われるかもしれないがこれは20世紀の紛れもない事実だ。
理解しておくべき大切な事だ。
こうした税制をめぐる政策や制度の大きな変化は第一次世界大戦とその後の世界恐慌がもたらした大きなショックに対する反作用として生まれたものだ。
特にアメリカ人が世界恐慌から受けたトラウマにはすさまじいものがあった。
それは無理もない事で1920年代の所得格差の拡大によって大企業の一部の人々に富が集中しそれが同時に世界恐慌をもたらした。
その結果第二次世界大戦にまで至ってしまったとアメリカ人は考えたのだ。
人々はこうした金融システムや経済システムが破局世界恐慌を引き起こした事に大いに狼狽した。
忘れないでほしいのは世界恐慌という強いショックの反作用として高い税率を制定したアメリカの精神だ。
富裕層による資本主義の私物化が行き過ぎた不平等をもたらし政治経済の不安定を生み出すという認識だ。
つまり政策自体がショックの一部だった。
所得税に関してはこのとおりだが次の相続税のグラフについても同じ事が当てはまる。
これは相続税の最高税率の推移だがそもそも最高税率とは何だろうか。
累進税制の場合所得や相続のレベルに応じて税率が異なってくる。
最高税率とは最も高い所得や相続資産の区分に対して課せられる税率だ。
現在のアメリカイギリスドイツフランスの相続税の最高税率は40%ぐらいだ。
いやフランスは今や45%だ。
つまり最も高額の個人の相続資産に対する税率が40%ないし45%という事だ。
例えば自分の子供に資産を残す時などそれだけの税率がかかる場合もあるという事だ。
20世紀にアメリカとイギリスは70%から80%という高水準に達した事もある。
フランスやドイツはそれよりも低く当時も30%から40%だった。
なぜアメリカとイギリスは累進性を強めたのだろうか。
それはフランスとドイツでは既に戦争による資産の破壊によって再分配が事実上行われていたからだろう。
ある意味最高税率を高める必要がそれほどなかったわけだ。
税制だけが富の再分配の唯一の方法ではないという事だ。
資産の破壊や極めて高いインフレーションは公的債務を削減する方法でもありうる。
フランスやドイツでは資産の再分配が戦争による大規模な資産破壊によって実現した。
これが英米ほど累進課税を強めなかった理由だ。
アメリカやイギリスでは累進課税は極めて高く相続資産に対しては70〜80%になる。
資産税や相続税についてはまだまだ説明しておくべき事がたくさんある。
なぜなら国によって誰に贈与するかで資産税や相続税の適用の在り方が大きく異なってくるからだ。
アメリカなどでは相続資産は子供だろうと友達だろうと愛人だろうと恋人だろうと誰に贈与しても税率は同じだ。
けれどもフランスやドイツでは子供への遺産相続の場合はこのような税率だ。
子供以外に対する譲渡の場合税率は高く設定されている。
資産に対する課税についてもいろいろ説明が必要だ。
最高税率だけを見るというのは荒っぽいやり方なのでもう少し詳しい説明が必要となる。
これまでは累進所得税について話を進めてきた。
そしてまた累進相続税についても少しではあるが講義してきた。
資産所得比率が上昇している事との関連では資産と相続資産に対する課税の問題がこれからますます重要になってくる。
この点について手短に話しておきたい。
既に見てきたようにイタリアやスペインでは現在成長率が低下し特に労働所得の増加率は極めて低いので民間資産不動産金融資産などによる資産からの収益の割合が上昇している。
そうした中で労働所得に対する税を少し減らし民間資産に対しては増税をすべきだというのは常識の問題だ。
ある意味で既にその動きは多くの国で始まっている。
イタリアとスペインは固定資産税を2年前に復活させた。
資本所得比率が上昇する現状からすればこうした対応は避けられない。
最近イギリスでいわゆる「豪邸税」をめぐるとても興味深い論争があった。
この税の対象である「豪邸」とは大きな不動産資産の事だ。
当初の豪邸税は数年前に前労働党政権が導入したもので100万ポンド以上の邸宅の譲渡に対して5%の税率で課税するというものだった。
当初保守党は強く反対した。
ところが自分たちが政権を取った途端200万ポンド以上の邸宅の取り引きに7%を課すという税を作り出した。
次に選挙をやったら今度は超党派でその税率を引き上げるにちがいない。
特に不動産は海外に逃げる事もなく税金がかけやすい。
だから左翼政権であろうと保守政権であろうと不動産所有者に多少の痛みを押しつける誘惑にいとも簡単に駆られやすい。
特にロンドンに構えた邸宅などは格好の餌食というわけだね。
私は今後このような事が多くの国でその政権の性格にかかわらず起こってくると思っている。
ある意味でそれは常識の問題だ。
みんなの賃金が伸び悩んでいる時にロンドンパリマドリードローマといった一等地の高額の不動産の税率に手をつけないというのはばかげている。
確かにこうした課税には難しい事も多いし不動産だけでなく金融資産をも対象にしようと思えば当然の事ながら国境を超えた金融資産の情報の交換がこれまで以上に必要になってくる。
では累進的な資産課税はどうあればいいのか。
これについて基本的な考え方を説明しよう。
不平等の経済理論では一般に相続税は相続する時に一度だけ課税されるものだとされ一旦相続されればあとはその資産をどう運用しようと毎年その資産に課税される事はないというものだ。
相続税に加えて年々の資産税を納める事にどういう意味があるのか。
毎年かかる資産税はどこの国にもあるものだ。
資産連帯税があるフランスだけではなくどこの国にも少なくとも毎年納める固定資産税という形の資産税がある。
アメリカやイギリスなどの固定資産税は不動産に対する定率での課税だ。
金融資産にはかからないが不動産は既に総資産の半分を占めている。
包括的な資産税ではないが資産の半分は課税対象となっている事になる。
現在の資産税は金融資産を対象としていないので包括的な資産税とは言えないししかも税率が一定だ。
これは地域ごとに違いはあるが基本的に定率だ。
よって10万ユーロの小さなアパートを持っていても100万ユーロの大きな不動産を持っていても1,000万ユーロの大邸宅を持っていても比率はほぼ同じだ。
また現在の資産税は金融資産を考慮していないだけでなくマイナス資産である住宅ローンや借り入れ金を考慮していない。
もしも40万ユーロの不動産を持っているが同時に39万ユーロのローンを抱えているとする。
すると純資産は1万ユーロにすぎないのでそれほど豊かではない。
家を借りた時と同じぐらいのお金を金利として払っている。
いつか金持ちになるかもしれないが今はそうではない。
純資産に対して累進課税されれば今払っている定率の固定資産税よりも少ない額しか払わなくてすむ。
固定資産税などの資産税は既にある。
私の考えでは問題はトータルの税収を増やすよりも現状の定率の税をできるだけ累進的なものに改める事だ。
税率を下げるべき人々に対しては下げ上げるべき人たちには上げる。
そして税収を維持する。
これが課題だ。
なぜ相続時に一度だけ課税するのではなく毎年資産に対して課税すべきかを明らかにする事が問題なのか。
これにはいくつかの説明がある。
一つには課税に対して納税者がある種の錯覚を持っているという説明だ。
人々は相続の際に多額の相続税を支払いたくない。
田舎の実家の家を相続して30%もの相続税を払うのはまっぴらだと思うだろう。
だから1%ずつ30年間支払う方を好むというわけだ。
納税者は固定資産税をずっと支払う事になる事を理解していないのか。
フランスの地価税や他の国の固定資産税は毎年資産価値の少なくとも1%ほどだ。
結果的に支払いがかなりになる事を人々は理解していないのか。
いやむしろ資本市場が不完全なためだと考えるべきだ。
資本市場が不完全な場合返済能力があっても資金を借りる事は難しい。
人々は相続税を支払おうと思えば相続したばかりの不動産を売り払う必要さえ出てくるかもしれない。
資本市場が完全で柔軟に資金が借りられればこうした問題はないので借金してでも一度に相続税を払う方が効率的だ。
もう一つの説明は個人によってまた資産の額によって収益率がかなり違うという事だ。
あなたが資産を相続した時にその資産がどの程度の利回りになるか分からない。
例えば1973年の時点で10万ユーロだったパリのアパートを相続したとする。
それが今や500万ユーロの値打ちとなり年々20万ユーロの家賃収入を生むなんて事は誰が想像しえたであろうか。
そんな場合もあるので相続の時だけ一括で巨額の税を課しあと40年間何も課税しないというのはまったくばかげている。
より合理的な方法は相続時にどれくらい払ってその後毎年どれくらい支払うかをその時点の不動産価格とその後の収益見通しとの兼ね合いで考える事だ。
将来的には巨額の資産に対してどの程度の最高税率にするべきだろうか。
理想的にはそれは個々の所得階層の資産の伸び方にもよる。
世界の富裕層の資産の伸びを見たがこうした人たちの資産が年率6〜7%で拡大しているとすると1〜2%の税率で資産税をかけたとしても大した影響はない事は明らかだ。
1〜2%という税率はフランスの資産連帯税と同様の累進性だ。
かつては1.8%だったが1.5%に引き下げられた。
現在金利が低くなっているから資産税の税率も1.5%にすべきだったという議論がある。
しかし富裕層が持っているのは利回りの低い国債ではない。
だから本当の意味の比較にはならない。
「フォーブス」に名前が出るような人々やアメリカの大学の基金の資産運用の実績は6%から8%が当たり前という状況なので1%から2%の税率が苦になるというのは見当違いだ。
運用が6%から8%なら税率は1%から2%どころかもっと高くてもよい。
この考え方は事実としてこれまで確認してきた事とつじつまが合う。
このように私は根本的に累進的な資産課税が重要であり理想的な税制と考えている。
所得税もそうだが累進的な資産課税はさまざまに異なる資産グループがどう変化するかをデータで見ながら税率などを調整できるという利点がある。
もし資産が年率6%から7%といった速さで増加しないのであれば税率をそれほど高める必要はない。
資産の収益率が経済成長率と同じく年1〜2%程度にすぎないとすれば累進税制を強める必要はないだろう。
しかし恐らく資産の収益率は経済成長率を上回るから累進税制もやむをえないだろう。
いずれにしても正確な情報に基づいて適切な税率を決める事が大事だ。
では時間が来たようなのでこの辺で終わる事にしよう。
講義に耳を傾けてくれてありがとう。
本当にありがとう。
(拍手)2015/04/06(月) 01:10〜02:05
NHKEテレ1大阪
パリ白熱教室・選 第6回「これからの資本主義〜再分配システムをどうつくるか」[二][字]

ピケティ教授が語る「21世紀の資本」。最終回は現代の経済格差を是正するためいかに資本を規制するかがテーマ。より平等な社会にむけた再分配システムの可能性を考える。

詳細情報
番組内容
ピケティ教授がひも解く「21世紀の資本」。最終回は、資本収益率と経済成長率の差が生み出す不平等のスパイラルからいかに脱するか、そして現代の経済格差を是正するためいかに資本を規制するかがテーマだ。グローバルな富裕税を提唱するピケティ教授。富を民主的な一定の監視下に置き、金融システムや資本の国際的な移動を規制することは可能なのか。より平等な社会に向けて再分配システムを構築する可能性について考えていく。
出演者
【出演】パリ経済学校教授…トマ・ピケティ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – その他

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