日曜美術館 アートシーン ▽日曜美術館40年「みつけよう、美」第二回 2015.04.05


「アートシーン」です。
今日は「日曜美術館」放送開始40年を記念して始まったキャンペーン「みつけよう、美」についてお伝えします。
このキャンペーンは全国100以上の美術館と手を組みまして各地のさまざまな美術品の魅力をご紹介していきますが新さんは美術館に行く時に心掛けている事って何ですか?そうですねその場所にしかない作品やその土地だからこそ生まれた作品っていうのを旅をしながら楽しむよう心掛けています。
今回のキャンペーンではですねNHKの美術番組がこれまで撮りためてきた貴重な映像膨大な映像を使いまして各地の美術館の所蔵品の魅力も伝えていきます。
それではキャンペーン「みつけよう、美」どうぞご覧下さい。
キャンペーンでは全国各地の美術館で所蔵作品とその作品にまつわる懐かしい番組の映像を一緒に展示します。
その中から3つの映像をご紹介します。
まずは…彫刻家佐藤忠良が自作を語った映像です。
東京・杉並区の閑静な住宅街に彫刻家佐藤忠良さんのアトリエはあります
佐藤忠良さん82歳。
北海道から上京して油絵を勉強していた佐藤さんはロダンにひかれ22歳の時彫刻を始めました。
以来60年間一貫して人物像に取り組み日本人独特の感性を表現する日本の代表的な彫刻家として知られています

昭和27年の作品「群馬の人」。
彫刻家佐藤忠良の名を一躍有名にした作品です。
ヨーロッパ風な彫刻が主流を占めていた当時の日本の彫刻界にあって「群馬の人」は日本人が初めて日本人の顔を作ったとして高い評価を得ました
この「群馬の人」には決して裕福とはいえない家庭環境の中で苦労して彫刻家を目指した佐藤さんの特別な思いが込められていました
私が札幌の中学1年の時に植物園でね休んでたら偶然青年が寄ってきて…。
仕送りしてくれてる話をしたらね「どうだ自炊しないか?」ってその群馬の人が言って…その人は群馬の人だったの。
それで23歳だったのそのころ。
それでね今だったら知らないおにいちゃんに声かけられたら逃げていいんだけどね。
その群馬の岩瀬さんっていう群馬の人と僕が一番…まあ中学1年から3年4年っていうと下手をするとぐれちゃったりするような時期でしょ?実に今振り返ってみるとねすばらしい兄貴のような父親のような人に巡り会ったわけ。
世話になったんですよ大切な時にね。
私の中にはその人がず〜っとわだかまりになってあったわけ。
私の中に長い間あった群馬の人。
題名はもう決まっちゃってたの。
あれ今振り返ってみると私の中で一つのリアリズムなんでしょうね。
世話になったその一つの塊がこの人の顔を借りて「群馬の人作ってみたい」という事があったんでしょうね。
彫刻家として着実な歩みを見せていた32歳の時に召集。
そして翌20年の終戦から3年間極寒の地シベリアの収容所に抑留されたのです
ジャガイモみたいな顔を作り続けてきたのは振り返ってみるとあのシベリアでの男ども同士で3年間も生活した中でお互いに見せ合った自分も含めてみんなさらけ出して見せ合ったもんの中から人間というのは確かに教育もあれも必要だけれどもねほんとにつきあえる人というのはいわば農家の人だったり道路工事してた人の中にもいい人がいるんだなっていうの知らず知らずのうちに私の中にあったんでしょうね。
そういう人の中にほんとにいたわりの気持ちのある人とつきあえるなっていう感じ。
無意識のうちにでもやっぱりそういう人にふっと行きずりのいい顔した人だなというのは決してね目鼻立ちがどうのこうのじゃなくてねじわじわっとにじみ出てる顔ってあるんじゃないかなと思って。
不細工な顔が割合に多かった。
(山根)ウフフ…。
続いて…画家関根正二について親友の作家が語りました。
(今)あの子供の絵があるでしょ。
赤いのが。
(太田)はい。
(河路)はい。
少年像ですね。
(今)あれなんかがつまり「関根のバーミリオン」と言ったくらいにこの赤が生きてんですよ。
たっぷり赤使ってんですね。
ええうれしかったんでしょうこれはね。
(河路)背景の紺との対比がすばらしいですね。
(今)そうでしょう?これねほんとにいい絵ですよね。
これがあんたね1920歳ですよ。
それをねまだその当時洋画なんかに対する理解がないから「これに勉強させよう」とかね「絵の具代出す」っていうような日本にも金持ちいなかったんですね。
ろくでもねえ金持ちしかいなくって。
今の子供の絵でもねあんなのモデルにして何してると思う?あめ玉くれんだよ。
1銭とか5厘っていうのでねあめ玉。
そして「おいお前…」って言って食べさして「じっとしてろ」って言って写生してるんですよ。
(太田)そうすると描くスピードも…。
(今)速かったです。
(今)野郎はいつでもねスケッチブック…どこのものでも俺のを使うし誰のでも何せ紙があればね暦の裏でも何でも…ペンを借りてねサッサッサッサッサッサッそこらにあるものを描いたりそれから人体描いたりもう絶えず休みなくあいつはデッサンやるんですね。
それがうまいんだよ。
実にもうすばらしい。
それがもう速いのね。
でシャッシャッシャッシャッシャッシャッという音が聞こえるくらいの速力で筆を置いてるのを見た事ないぐらい。
それがまあ伝記の読むとみんな焼いたそうですけどね。
何が気に入らなくて焼いたか…。
(太田)自分で焼いちゃった?自分で焼いちゃった。
残してたら大変なもんです。
もうほんとにうまいもんでした。
(太田)今生きてたらどんな絵を描いてるだろうとかそういう事は思われません?
(今)それはねどんな絵を描いてるだろうという事は考えますね。
しかし全然違うんじゃないかという気がするんだ。
あれは若い時と…この1819とは全然絵が違うね。
だからどんなもの描くか要するにピカソの例をとるといろんなふうに転身してるでしょ?絵がね。
ああいうふうに今描きゃ何をやるだろうかっていう事は見当つきませんけどもこの絵の延長だとは思えませんな。
もしそれだったら大して進歩ない事になる。
やはりあいつはもうサナギがチョウになるように全然違って変身していくだろうという予想を持たせるだけそういう希望を抱かせるだけ私は大変いい友達を持ったと過去に…思います。
私なんか関根に死なれて実にショックでしたね。
かわいそうな事したなぁってもうね。
一時はね僕なんか代わりたかったな。
(太田)彼に?うん。
僕なんかは中流のせがれですからね。
それが俺よりこいつが才能あるんだから僕の小遣いを全部回してやっても殺したくなかった。
失敗してしまったという感じがしたですね。
最後は…画家常田健のアトリエを訪ねました。
「津軽富士」と呼ばれる岩木山の麓…
浪岡は青森の代表的なリンゴ産地です
常田さんも若い頃からリンゴを育ててきました。
今は1人で耕作できる規模のおよそ1ヘクタールだけのリンゴ畑を手がけています。
土蔵の2階にある常田さんのベッド。
いつでも絵が描けるよう据え付けました。
常田さんは一日の大半をここで過ごします
少しでも長く描いていたいから大きな絵を描くという常田さん。
納得するまで幾度でも絵の具を塗り続けます。
一旦床に就いても突然起きて絵筆をとり朝まで描いている事もよくあるといいます
(山根)いつもそこでご自分の絵眺めてらっしゃるんですか?とにかく描いていたい?う〜ん…。
(山根)ああ…。
(山根)リンゴを作ったりするという事が絵にはどう関わってくんでしょう?
(山根)農業やるって事と描くって事はつながってるんですね?描く事は?描く事も生活?
(山根)なるほど。
(山根)ああ…そっか。
ある意味でこう土と共に生きてる人の生活の骨格みたいなもの…。
このキャンペーンの映像は放送でも紹介していきます。
どうぞお楽しみに。
「アートシーン」でした。
ではまた次回。
2015/04/05(日) 20:45〜21:00
NHKEテレ1大阪
日曜美術館 アートシーン ▽日曜美術館40年「みつけよう、美」第二回[字]

この4月、放送開始40年目の年を迎える日曜美術館。それを記念して「みつけよう、美」と題したキャンペーンを展開。貴重な映像記録を活用した取り組みを紹介します。

詳細情報
番組内容
日曜美術館は1976年に放送が始まり、この4月、40年目の年を迎えます。それを記念して、「みつけよう、美」と題したキャンペーンを展開。全国100を超える美術館とコラボレーションし、さまざまな名作の魅力を、番組が記録してきた貴重な映像で紹介します。今回のアートシーンでは、3つの美術館の所蔵作にまつわる懐かしい映像をお届けします。
出演者
【司会】井浦新,伊東敏恵

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
情報/ワイドショー – その他

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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