ポルノ女優第一号を創った男たち/春日太一
ポルノ――。
今でこそ規制法の正式名称にも使われるほど一般的に通用するようになったこの用語、実は、ある無名の女優を売り出すために一人の男が「苦しまぎれに」編み出したものだった。
女優の名を池玲子という。一九七一年、東映京都製作の映画『温泉みみず芸者』で主演に抜擢された、当時十六歳のヌードグラビアのモデルだ。そして、その映画のプロデューサーを務めた天尾完次が「ポルノ」という言葉を創り出したのだ。
『東映ゲリラ戦記』は、日本映画界が絶望的な斜陽期に苦しんでいた一九七〇年代を「ポルノ」という看板を旗頭に戦い抜いた、ある「ゲリラ」部隊の物語だ。著者は『温泉みみず芸者』を撮った鈴木則文監督。鈴木監督と天尾プロデューサーは『みみず~』以降の「ポルノ」路線を東映から任されており、本著はその当時の製作裏話が満載の一冊になっている。
描かれているエピソードの多くは、どれも面白おかしい。無名の女優たちを強引にいっぱしのスターに仕立て上げ、海外からもポルノ女優を呼び、トップスターの梅宮辰夫や人気作家の笹沢左保を担ぎ出し、ついには師匠筋に当たる巨匠・内田吐夢監督まで出演させようとしながら、鈴木監督と天尾プロデューサーというたった二人のゲリラ部隊が戦線を切り開いていく様は、痛快さすら感じる。
にもかかわらず、全ての章がどこか涙腺を刺激するような寂しさにあふれていた。それは、鈴木監督が「戦友」ともいえる天尾プロデューサーと過ごした激闘の日々を、ありったけの哀惜の念を込めながら紡ぎあげているからに他ならない。
印象的なシーンがある。
鈴木=天尾コンビの送り出す「ポルノ」映画は興行的に成功を収め、快進撃を続けた。その一方で、東映京都の大黒柱であった「任侠映画」は「へたって」いく。そうした中で、これまで「京撮の片隅でゲリラ」として「自由」にやってきた彼らに、「正規軍」としての結果が求められるようになってしまったのだ。それは当然、これまでにはない束縛を伴うものでもある。納得がいかない映画を撮らされることになった鈴木監督は、当初は天尾プロデューサーを責めようとしていたが、「いつになく神妙に下手に出る」彼を前に考えを変える。
「大丈夫だ。俺は職人だから受けた仕事は責任を持ってやりとげる」
これを自己顕示欲の強い人間が書くと「困難を引き受けた自分自身」を前面に出すところだろうが、鈴木監督は違った。この場面で際立ってくるのは、変わってしまった状況を嘆く天尾プロデューサーの吐きだした、次の言葉なのだ。
「みみず芸者の時、宣伝のためにポルノという、たったひとつの言葉を思いついたために……それがどんどん大きくなって、俺たちはとうとう此処まで来ちまったんだなあ」
彼らは時には押しつぶされそうになりながらも、「ゲリラ戦記」というタイトルの示す通り、強かな戦いを展開していく。そして読み進めていくうちに、そんな二人の織り成す激闘の物語が決して他人事には思えなくなってくる。彼らの心情が特別でない等身大の人間たちの吐き出したものとして生々しく突き刺さってきて、映画界の外に生きる我々でも共感できるからだ。
本著には、大スターの武勇伝も、巨匠のこだわり抜いた製作風景も、作家の小難しい話も、登場しない。描かれるのは、会社の非情な方針と大衆の移り気な欲望に翻弄されながら、それでもなお、映画製作という「仕事」に全力で勤しんでいく男たちの必死な姿だ。そこが、本著を凡百の「昔はよかった」系の「面白エピソード集」本と一線を画しているところといえる。
笑いの向こうに漂う哀切に涙する。そんなペーソスが全編を彩っていた。
(かすが・たいち 映画史研究家)
鈴木則文著『東映ゲリラ戦記』詳細
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