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【茨城新聞】 中学教科書検定 領土一辺倒では困る

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文部科学省は、来春から使われる中学校教科書の検定結果を公表した。中国や台湾が領有権を主張する尖閣諸島(沖縄県)と韓国が実効支配する竹島(島根県)について社会科の地理、歴史、公民の3分野の教科書が、日本の領土としてそろって記述し、位置や歴史的背景、日本政府の立場を詳しく説明しているのが大きな特徴だ。
尖閣・竹島の記述は今春から小学校5年、6年の社会科教科書に登場しており、領土教育を重視する安倍政権の意向が義務教育の内容に色濃く投影される結果となった。
ある社は竹島、尖閣諸島、北方領土について3分野ごとに2ページの特集を組み、写真や地図を使って地理、歴史、近年の状況を詳しく解説した。破格の扱いである。他社もほぼ同様だ。領土の記述が前面に押し出された背景には、昨年1月に文科省が講じた二つの措置がある。
第一は学習指導要領解説書の改定で、尖閣・竹島を「固有の領土」と明記した。第二に検定基準を改定し(1)政府見解の明記(2)近現代史では通説的な見解がない数字などの事項を記述する場合には見解がないと明示する-などの新基準を加えた。教科書検定では、原稿の内容が学習指導要領や検定基準に沿っているかどうかが合否を分ける。教科書会社は政府の方針に忠実に従った形だ。
一方、南京大虐殺、慰安婦など近隣諸国に対する加害の歴史についての記述に目を向けると、その内容はやせ細っているといわざるを得ない。
南京大虐殺の犠牲者数は1990年代には「約20万人ともいわれる」などと書かれていたが、やがて人数は消えた。今回は「殺害」との現行版の表現を「死傷者を出し」と変更したり、「『日本軍の蛮行』と非難され」との表現を削除したりするケースがあった。
慰安婦の記述は、97年には中学歴史教科書のすべてにあった。慰安婦への旧日本軍の関与と強制性を認めた河野洋平官房長官談話(93年)から4年後のことだ。その後、記述は次々に消えていく。教科書をつくる側に、論議を呼ぶ事柄を避け、政府の意向を忖度(そんたく)する雰囲気はなかったか。
今回、意欲的な動きも見えた。新たに参入した「学び舎」の歴史教科書は、河野談話の要点と韓国人の元慰安婦、金学順さんの名前を載せた。戦後補償訴訟で和解し、中国人強制連行・強制労働の事実を後世に伝える取り組みをしている西松建設の例も紹介した。
文科省によると、河野談話が教科書に取り上げられるのは初めてだ。編集者は「歴史教育の役割にも言及した河野談話を正面から取り上げたかった」と話す。
次代を担う子どもたちが領土の現状や歴史を学ぶことは確かに必要だろう。同時に、隣国の人々と付き合うためには相手の主張を理解し、重く苦い「負の歴史」と向かい合う必要があることも厳然たる事実だ。領土教育一辺倒では、偏狭なナショナリズムの土壌が広がりかねない。
歴史や社会を見る目は国民性や個人によってさまざまで、歴史観の共有はとても難しい。だからこそ、多様な考えや文化を理解しようとする姿勢が大切だ。教科書とは、政権の立場を教え込む道具ではない。子どもたちが近隣諸国との関係を自ら考える手がかりの一つであってほしい。

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