なぜ中国共産党は「サイバー部隊」の存在を認めたのか?

中国政府がサイバー戦争に特化した部隊を保持していることを、事実上認める文書が発見された。それは多くのサイバーセキュリティ関係者たちにとって予想外の出来事だった。今回は、その公式文書の中で何が確認されたのか、また、悪名高い「中国サイバー部隊」とはどのようなものなのかを解説したうえで、これまで中国と米国が繰り返してきたサイバー空間の局地戦について、駆け足で紹介していきたい。

今回のニュースは、数年(あるいは十数年)に一度のペースで中国人民解放軍が発行している『The Science of Military Strategy』の最新版の中に、中国のサイバー部隊に関する記述が認められたことに端を発している。この話題は、今年3月中頃から欧米メディアで一斉に取り上げられたため、その発刊がごく最近のことであったかのような誤解を招く記事も一部には見受けられる。

だが、問題のThe Science of Military Strategyの最新版は2013年12月に発行されたもので、それが最近ようやく海外でも分析できるようになったのだと『The Diplomat』は説明している。つまり、中国人民軍がサイバー部隊に関する話題を記したのは1年以上前だったということになる。時間がかかりすぎなのでは......、と感じる方もいるかもしれない。しかし、同誌が前回発行されたのが2001年で、それを英語でも読めるようになったのが2007年だったことと比較すれば、今回は国外への公開が早かったと言えなくもない。

残念ながら2015年3月30日現在、この最新版の原文をまるまる英語に翻訳した文書を読むことはできないようだ。しかしThe Diplomatの報道によると、そこには「防衛だけではなく、攻撃も行うサイバー戦争の部隊を中国が所有していること」、さらには「文民政治、軍事の両方の軍隊があること」などが明記されているという。

ここで明確に述べておきたいのは、その内容自体に驚かされた関係者は恐らくいないだろうということだ。中国人民解放軍のサイバー攻撃部隊、特に悪名高き61398部隊(「人民解放軍総参謀部第三部第二局」とも呼ばれる)の存在と、そのハッキング能力の恐ろしさは、もう何年も前から「周知の事実」として世界中に知れ渡っている。しかし、中国はサイバー攻撃の責任を米国政府から追及されるたび、「それは捏造だ」と頑なに否定し、世界をサイバー攻撃の脅威に晒しているのは米国のほうだと反撃するパターンが定着していた。この応報は、聞かされる方が飽き飽きするほど何年にも渡って繰り返されてきたものだ。

とりわけ具体的な中国のサイバー攻撃の活動部隊として、61398部隊の存在が注目されるようになったきっかけは、2013年2月に米セキュリティ企業Mandiantが発表したレポート(PDF)だった。それは61398部隊がどのような存在なのか、彼らの活動がどのように米国企業へ危害を加えてきたのかを詳細まで研究した内容になっており、中でも「上海のDatong Roadに面した、何の変哲もない高層ビル街に彼らの本拠地がある」という報告に関しては、当時の『The New York Times』が写真と地図を交えた記事で大々的に取り上げたほどだった。

この詳細な報告のおかげで、米国による中国の断罪が一気に加速するのではないかと、当時は多くの関係者が予想していたかもしれない。しかし、この話題はいったん冷却期間を迎えることになる。2013年といえば、エドワードスノーデンによる米国家安全保障局(NSA)の大規模な諜報活動の内部告発が、世紀の暴露として国際的に大旋風を巻き起こした年となったからだ。

スノーデンがNSAに関する無数の文書を公開したことで、米国は世界中から寄せられる抗議に晒される立場となった。つまり、本来であれば「米国に対する中国の産業スパイ活動」を叩くのに絶好のタイミングだったが、「米国による国際的なサイバーエスピオナージュ」が槍玉に挙げられたため、中国の活動を声高に非難することができなくなってしまった。

実は、この2013年には、米国大統領と中国首相の会談も開かれている。この会談では61398部隊が大きな議題となることが期待されていたのだが、結局、米国は中国が国家レベルで支援しているサイバー攻撃について一歩も踏み込まなかった。

2014年1月には、米国大統領がNSAの諜報活動に関して釈明するスピーチを行った。そして同年5月、ようやく米国は中国61398部隊の士官5人の指名手配に踏み切る。この逮捕について当時の『The Register』は、「これまで一年の沈黙を守らざるをえなかった米国が、ここからついに中国批判を再開する決断をしたようだ」と表現した

士官5人に対する起訴の詳細は本サイトの「米司法省「中国軍ハッカー訴追」の犯行内容を起訴状から読み解く」をご覧いただきたいが、この時、エリックホルダー司法長官は、「米国企業を標的にサイバー攻撃を行い、そこに侵入した『国家支援型の既知の活動者たち』を告訴する」とコメントした。

攻撃の被害者として名を挙げられた米国企業は、東芝傘下の原子力関連企業「ウェスチングハウス」、太陽光発電「ソーラーワールド」の米子会社、米国最大の製鉄企業「USスチール」、特殊金属製造大手の「アレゲニーテクノロジーズ」、アルミニウム製品の世界的メーカー「アルコア」の計5社で、さらに全米鉄鋼労働組合(USW)も標的とされていたという。この発表の中で同省は、「彼らのハッキング活動は2006年から開始され、現在に至るまで8年間も続けられてきた」と主張した

では、この訴えに対して、中国はどのような反応を示したのか? 2014年5月、つまり米国が5人の士官を指名手配した同年同月、中国はInternet Media Research Centerによる報告書を公開した。それは米国のサイバースパイ活動を断罪するという、いつも通りの内容だった。

しかし、その報告書は、これまで以上に辛辣な表現で米国を非難している。まず冒頭のページから「米国は他国(米国の同盟国を含む)を無節操に監視するため、その政治的、経済的、軍事的、技術的な主導権を利用している」とあり、「米国のスパイ活動は『反テロリズム』の正当な理論的解釈をはるかに越えている」「それは道徳的な正義を完全に無視し、利欲を追求する同国の醜い顔を晒してきた」と続き、さらに「彼らは世界中から拒絶され、非難されるに値する存在だ」と追い打ちをかけている。

導入部からして、あまりに感情的すぎるのでは、と思わせるようなその報告書の本筋には、以下のような事項が並んだ。「米国は毎日、世界中の約50億台の携帯電話から通話記録を収集している」「米国はYahoo、Googleの海外のデータセンター間の主要な通信ネットワークにアクセスし、何億もの顧客データを盗んでいる」「米国は中国の指導者たちと大手通信企業Huaweiを標的とし、中国に対する大規模なサイバー攻撃を展開している」などなど。

つまりそれは、主にスノーデンの告発を「まとめておさらい」し、その深刻さを改めて世界に訴えるような報告書だった。実際、スノーデンが暴露した無数の文書の内容を大まかに知りたい方にとっては、さまざまな文献やWikipediaよりも、このレポートのほうがよほどわかりやすく読めるかもしれない(ただし言うまでもなく、そこに中立性は少しも望めない)。

以上が、昨年5月に繰り広げられた米中のサイバー合戦のあらすじだ。自前のサイバー諜報部隊のことは棚に上げ、ただ自国がどれほどの被害を受けたのかを訴え、相手の断罪に励むという相変わらずの姿勢は、両国に共通している。しかし少なくとも米国は、NSAの存在や、スノーデンに暴かれた活動内容が事実であったことを部分的に認めてきた(認めざるを得なかった、と記すほうが正しいのかもしれないが)。それに対して中国は、61398部隊の存在や活動内容が世界中に知れ渡っているにも関わらず、「そのような部隊はない」という完全否定の態度を頑なに守ってきた。この点が、両国の大きな違いだった。

ここで話を元に戻そう。中国は今年3月、自国のサイバー部隊に関する記述が掲載された『The Science of Military Strategy』の最新版の封印を解いた。この最新号は、中国人民解放軍における最高レベルの研究機関の上位メンバーたちが執筆したもので、それは中国のサイバー部隊や、サイバー戦争の戦略などについて記しているという。このニュースが話題となったのは、文書の内容が衝撃的だったせいではない。多くの関係者たちは、「中国が、いまさらそれを認めるとは思わなかった」と驚き、また「これまでずっと見え透いた芝居を続けてきたのに、なぜいまさらそれを公開したのか?」という疑問を深めているのだ。

現在のところ、この文書が公開された理由について語られる記述は、すべてが憶測でしかない。それを踏まえたうえで、ここでは『The Diplomat』が2015年3月24日に発表した記事を紹介する

この記事には、いくつかの推察が記されている。例えば「一部の専門家たちは、それが中国の『軍隊』と『民間当局』の権力闘争の兆候かもしれないということを指摘している」といった内容だ。

だが、それよりも同誌が気にしているのは、「全国民が包括的に、一丸となって戦っているかのようなアプローチを中国が行っている点」であるようだ。それは、「中国では一部の軍人のみならず、国民全員(つまり一般人、愛国的なハッカーや学生など)が動員されるということを米国に警告している可能性がある」と同誌は語っている。つまり「大規模な諜報プログラムですでに世界中の情報を集め、情報戦で優位に立っている米国」に対し、「数に頼った力任せの攻撃や、大胆で粘着質な奇襲戦法を得意とする中国」が牽制球を投げたという解釈は成り立つかもしれない。

この推察が当たっているのか、見当違いなのかは現時点では判断できないが、中国がこれまで何年にも渡って続けてきた芝居を投げ出す決断をしたことは、紛れもなく大きな転換点だ。その行動に対し、米国は今後どのような態度を示していくのだろうか?

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