第15話 伝説の都、アトランテス (5)
ようやく帰ってきた大地の上で、恭一郎はしっかりと地に足を着ける喜びを噛みしめていた。
「なんと。じゃあ、キミ達はあのアトランテスに行ってたっていうのかい?」
「まあ! すごいですわー」
じーんと両足で地面を踏みしめている恭一郎の横で、スナキオとイレーネが驚いた顔で事の顛末をアイジャから聞いている。リュカも、一緒になってぽかーんと口を開けていた。
「す、すごい。ほんとに有ったんだ。リュカの言ってたとおりだっ」
興奮した様子で黄金郷の話を聞くリュカは、尻尾をびたんびたんと叩きつけながら目の前を浮遊しているウィキに目を向けた。
「それで、この子がアトランテスの精霊さんなんだね?」
《ウィキデスヨー。リュカさんデスネ。よろしくデスー》
もう何度目になるかわからない挨拶を交わしながら、リュカは興味深げにウィキの身体を見つめた。
「ふむ。テレパス、といったか。まさか言葉を伝えれる精霊がいるとはね」
「ねー。びっくり。わたしも海の精霊さんとは仲良しだけど、何を言ってるかは大体でしかわからないもの」
ウィキの甲高い声を頭の中に感じながら、スナキオとイレーネも珍しいアトランテスの精霊術に感嘆する。実際大した技術だと、アイジャがウィキの頭を撫でた。
「大戦時にこんな術がアキタリアにあったら、負けてたかもしれないさね。音信を担当してた風魔法使いは、軒並み左遷だったろうね」
アイジャの言葉に、スナキオが確かにと頷く。大規模な戦闘行為において、迅速かつ正確な情報の伝達は何ものにも代え難い代物だ。事実オスーディアの勝利の理由は、風魔法使いの伝令力にあったと考える歴史学者も少なくない。
ウィキのテレパスは、そのオスーディアが誇る風魔法の伝達システムを遙かに凌ぐ精度と簡便さを兼ね揃えていた。
「実際のところ、どこらへんまで話せるんだい?」
《うーん。アトランテスの中でしか使ったことがないから何とも。妖精さえ居れば、どこまでも繋がると思うのデスガ》
ウィキも、細かいことは分からないらしくうーんと腕を組んだ。無理もない、今日初めて外の世界に出てきたのだ。ただ、遠距離のテレパスは相手もテレパスの精霊術を使うことが出来ないと無理だという。
「まあまあ。興味深いのはわかりますけど、ウィキちゃんはせっかくのお外なんですから。今日は記念に、みんなで何処か食べに行きましょうよ」
喧々諤々してきた話を、メオがやんわりと終了させる。あの後ゆっくりと海を見渡して、嬉しさのあまり卒倒してしまったウィキなのだ。家に閉じこめておくよりは、色々と見させて上げたいというのがメオの意見だった。
「俺も賛成ですね。ウィキ…さん、も外の食べ物とか気になるだろうし」
《やーんもう! ウィキでいいデスヨー! マスターは、ウィキのマスターなんデスカラー!》
話に加わった恭一郎を、ウィキは照れたような顔でつんつんとつつく。テンションが合わずに調子が狂う恭一郎だが、ウィキ自身待ちに待った契約者に胸が躍っているらしい。
「ゴシュジン。ヒョウカノゴシュジン」
そんなウィキに警戒するように、ヒョウカが恭一郎の腕をがしっと掴んだ。神様といえど種族が近いもの同士、対抗意識を燃やしているのかもしれない。かつてないほどに、ヒョウカのサファイアの瞳が輝きを増す。
《大丈夫デスヨー。マスターは、ヒョウカさまのご主人。で、ウィキのマスター。ほら、問題ないデスー》
「……? ……? モンダイ。ナイ? ……モンダイナイ!」
あっさりと懐柔されてしまったヒョウカの将来に一抹の不安を感じながら、恭一郎はまあ仲良いことは良きことかなと乾いた笑いを飛ばすのだった。
ーー ーー ーー
恭一郎達だけに聞こえるように調整されたウィキのテレパスが、ニルスの町に響きわたった。
《すすす、すっごいデスヨオオオオオオ!! 人がいっぱいデスウウウウウウ!!》
興奮しすぎてふらつくウィキの身体を、恭一郎がおっとっとと支える。ウィキは、初めて見る町をこれでもかというくらいの輝いたルビーの瞳で見つめていた。
《ま、マスター! すごいデス! いち、にぃ……三〇人はいますデス!》
夜の喧噪が始まったニルスの飯通りは、ウィキが言うとおり何十人単位の人々が、空かしたお腹で行き交っていた。
「にゃふふふー。ニルスで驚いていては、まだまだですよウィキちゃん。しっぽ亭のあるエルダニアは、もっともっと大きいんですから」
《ほ、ほんとデスカ!? これ以上の人が……。何人くらいいるんデス?》
「……え!?」
少し都会風を吹かせたメオが、ウィキの質問にびくりと身をひるませた。数秒考え、助けてくださいと恭一郎の顔をちらりと見てくる。
「はは。……そうですね。数万人はいるんじゃないですかね。いや、俺も詳しい人口は知りませんけど」
《数万!? そ、そんなに居たら食べるものなくなっちゃいますデスヨ!?》
恭一郎の口から出てきた数字に、ウィキがぎょっとしたように瞳を大きくする。その様子を、イレーネとスナキオがくすくすと眺めていた。
「大丈夫ですわウィキちゃん。大地と海の恵みは、それを大切に扱う限りなくなることはありませんから」
《ほえー。すごいデスヨー。アトランテスは、モノンが足りなくて困ってますデス》
感心するようにイレーネの話を聞くウィキの口から、気になる単語が飛び出した。食べ物と思われるその言葉を、恭一郎は興味深いと聞き返す。
「モノンって、あのアトランテスの木に実ってた果物かい?」
《はいデスヨー。アトランテスには、食べるものはあれくらいしかないデス。ときどきお魚も食べれますけど、本当にときどきデスネ》
恭一郎は、アトランテスの中でウィキが振る舞ってくれた黄金色の果物を思い出した。輝いて見えるほどに美しかったが、味と見た目はさっぱりとした桃みたいな感じだった。
栄養はあるのだろうが、確かにあれだけだと飽きるだろうなと恭一郎は思う。
《外の世界はたくさん食べ物があると聞きましたデス。きっと、色んな形と味のモノンがあるに違いないデス》
うきうきとした顔のウィキに、一同が「あっ、勘違いしてる」と顔を見合わせた。しかし、ここで説明するのも野暮なので皆黙っておく。
食が豊かだということは、本当にいいことだ。
ーー ーー ーー
《お、美味しいデスウオオオオオオオオオ!!》
ぼたぼたと滝のような涙を流しながら、ウィキはンドゥーの熱さと味を口の中に感じていた。
《おば、おばちゃん! 美味しいデスヨオオオオ!! こんな美味しいもの、ウィキ初めて食べたデスヨオオオオ!!》
「そうかい。そりゃあ嬉しいねえ。はは、あんたちっこいからね。たくさん食べなっ」
そう言って、食堂のおばちゃんがおまけだよとウィキの焼きンドゥーを一つサービスしてくれる。
せっかくだからと、恭一郎達はシーユを教えてくれた例の食堂にみんなで来ていた。
それぞれ、今度はアラカルト含めて様々な料理を頼んでいる。
様々な海鮮の塩焼きに、カラフルな果物。恭一郎は再びンドゥーを頼んで、その味の秘密を探っていた。
「うーん。うどん出汁みたいな味がする。どうやって作るんだろ」
「にゃはは。恭さん、今日ぐらいはお仕事忘れてもいいのに」
難しい表情でスープを啜る恭一郎に、メオが慰安旅行なんですからと声をかけた。ただ、こういうところ好きなんだから仕方がない。
「お、この酒美味いね。なんだいこれ?」
「ああ、それはガガイモ酒ですね。ボクは果実酒よりも好きだな」
ぷはーとグラスを飲んでいたアイジャが、むむっとした表情で今しがた飲んだ酒を見つめた。いつもよりも酒臭い息に、恭一郎がちらりと顔を向ける。
「アイジャさん、俺にも一口くださいよ。……ああ、なるほど。芋焼酎ですね」
「いもじょーちゅー? ふむ、いい名前だ。なんか凄いしっくりくるさね」
グラスを受け取り口を付けた恭一郎が、懐かしいと目を開いた。恭一郎はあまり好きではないが、この風味は間違いなく芋焼酎だ。酒好きのアイジャが気に入るのも当然だろう。
「果実酒に比べると、度数高そうですね」
「度数? あー、でも確かに強いね。あたしゃ、これ気に入ったよ。樽で買って帰ろう」
「樽でって……。ノブくんつかれちゃうよ」
魚の身をほじるのに夢中になっていたリュカが、呆れたようにアイジャを見つめる。ただでさえ、シーユを樽で買って帰ろうとしているのだ。そのうち重量オーバーになるかもしれない。
《そうそう、ノブさん! びっくりしましたデス。竜種って、ほんとにいるんデスネー》
もぐもぐとンドゥーを頬張っていたウィキが、リュカの方へ顔を向ける。ウィキのきらきらとした表情を見て、少し得意げにリュカは自分の彼氏を自慢した。
「そうだよ。ノブくんは、誇り高いよくりゅーなんだから。いずれはてんくーを支配して、リュカにくれるって言ってたもん」
「はは、それはまた壮大な」
そうなると、しっぽ亭の天空支店も夢ではないなと恭一郎は妄想する。すごい。誰も来そうにない。
「ゴシュジン。ホネ。トッテ」
支店かぁなどと考えている恭一郎の袖を、ヒョウカがくいくいと引っ張った。見ると、ぐちゃぐちゃになった焼き魚が皿の上に散乱している。
「あーもう。ほら、避けてあげるから。ヒョウカはこっち食べな」
「にゃっ。また恭さん、ヒョウカちゃん甘やかして。だめですよ、あんまり何でもしてあげちゃ」
恭一郎が取った魚の身を、メオがじとりとした瞳で追っていく。最近、恭一郎のヒョウカの甘やかしは親バカの域に達している。なんせ、ベッドはヒョウカが使って自分は床で寝てるのだ。正直、どっちがご主人様か分からない。
「いいんですよ。ヒョウカは、今まで大変だったんだから。ほら、あーん」
「アーン」
聞く耳を持たない恭一郎に、メオがにゃむむむと尻尾を立てる。今まではあまり気にならなかったが、どうもあの大人の姿を見てから胸の中がむずむずする。
「ははは、お前さんも分かりやすいねぇ」
「うう、アイジャさぁん。私って嫌な女ですぅ」
でも、おっぱいが。おっぱいがあと、メオはだばだばと涙を流す。何で私は常に一番小さいのかと、メオは切なそうにグラスを手に取った。
「いや、ほら。ウィキよりかは」
「にゃわあああああん!!」
そんなメオの鳴き声は、賑やかな港町にとけ込んでいく。
隣町でも、二つの月は人々の暮らしを照らしていた。
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