半村良「石の血脈」
(99/11/15)
東急池上線の旗の台近くの古本屋を覗いたら、入り口の特価本コーナーにハードカバー版があった。カバー付きで状態も悪くない。値段は何と100円。思わず買ってしまった。
三鷹がこの作品を初めて読んだのは、もう25年も前、中学生の頃だ。「四半世紀」と思うと何やら空恐ろしい。発刊されたばかりのハヤカワ文庫JAシリーズの一冊として、文庫版が出たのを買って読んだのだった。当時はホント、すげえ小説だと思った。
まず、壮大な仕掛けに魅了された。人類創世時に異人種間の接触により、特殊な性病が発生した。その病気に感染したものは、他人の血液を必要とする「吸血鬼」状態を経て、ケルビムと呼ばれる石像に変化し、数千年の眠りを経て復活すると、不老不死となる。人類の歴史を陰で動かしてきたのは、そうした不死人たちと、彼らをサポートする秘密結社だった、てな大風呂敷だ。巨石文明、アトランティス、吸血鬼伝説、人狼伝説など、「この手」のアイディアが惜しみなくてんこ盛りにされている。
濃厚なエロエロシーンにも圧倒された。何たって「テーマ」が性病だから、エロエロは必然である(笑) それもSMあり、3Pあり、同性愛あり、はては姉弟の近親相姦まであって、童貞少年のチンコを白熱させるに十分すぎるほどだった。実際のところ、トラウマとなっているかもしれない。主要キャラクターとしてちょと女王様入った令嬢系美女が登場し、「香織」というのだが、この名前の字面を見ただけで、今でもエロエロな気持ちがフラッシュバックする。フーゾクで「香織」という源氏名に出会ったら、実物がどんなブスでも指名してしまいそうだ。
とまあ、そんな作品なのだが、改めて読むに、長編としての構成がダメダメだ。そこまで重要な(笑)香織様が登場するのが後半になってからだし、「伯爵」に至っては最後の2ページじゃん。短編を元にして、書き足すようにして発展した作品だからだろう。悪者サイドがどんどんのしていくだけで、正義サイドの行動がほとんど何一つ影響を与えないというのも、エンターテインメントとしては興をそぐ。
3倍くらいにボリュームを増して書き直せば、後世に残る超傑作になるかもしれない。中学生の頃は気づかなかったが、老獪な大人の目で見ると穴がいくつもあるし。
例えば、日本のエスタブリッシュメントの中枢が不死を熱望するにしても、ケルビムになって数千年というのはリスクが大きすぎる。ケルビムは完全体でなければ復活できないという設定だから、石化状態が3000年として、2999年目に指一本折られたらパアなんだろ。また、首尾良く3000年後に復活して不死になったとして、その時点で人類が滅亡してたらどうする。不死人だけでゼロからやり直すのか? 不死人は子孫は作れないという設定だから、自分たちだけで永遠に労働に従事して。それも嫌じゃん。
その不死も、首を切り落されても生きていけるほどのものなのか? 生きながらミンチにされて、ミンチのまま生き続けざるをえないとしたら、それは地獄に他なるまい。死すべき人間とは異なる「神」を名乗るなら、それにふさわしいパワーが欲しいが、そんなものがあり得るのか? 無知な人民を折伏して奴隷にするってだけじゃ、猿山のボス猿程度の恩恵しか得られない。人類文明は奴隷段階でストップするだろうから、自分もボス猿レベルから永遠に脱せられない。それが嫌なら自分自身が率先して、人類の向上に粉骨砕身しなければならないが、永遠にそれをやらされるのか? 人民はそのうち「はたして神はミンチにされても死なないのだろうか?」という疑問に到達し、証明作業を実行するぞ(笑)
ああ、それと「人類が異根」というロマンチックな仮説(「白人はネアンデルタール人の子孫で、アジア人は北京原人の子孫」てな類の)も、残念ながら外れだったようだ。ミトコンドリアの研究から分かった通り、人類はみな「アフリカのイブ」の子孫だったのだ。
この作品に描かれた「エスタブリッシュメント」のイメージは、エロエロ同様に、自分自身の中にハッキリと刻み付けられてしまったようだ。都庁とか熱海のMOAとかの巨大な建造物を見たり、豪勢なインテリアを顕示する高級ホテルやレストランに足を踏み入れた瞬間、「ピラミッドの昔から、建築は権力そのものだった」という、作品の一節が思い起こされる。で、エリートとはほど遠い自分を実感して、ちょと安心したりもするワケだ。
「石の血脈」は現在、角川春樹事務所のハルキ文庫で復刊されている。興味のあるかたはどうぞ。
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