■痛みのため眠れなかったり、夜中に目が覚めたりする
■いつも疲れていて、天候の悪い日は特にしんどい
こうした症状があるなら、それはもしかすると若年性線維筋痛症(JFM)かもしれません。
若年性線維筋痛症(JFM)はどんな病気でしょうか。どのような治療法があるのでしょうか。最近議論されている子宮頸がんワクチン問題の症状とはどんな違いがあるのでしょうか。
若年性線維筋痛症(JFM)の専門家、東京女子医科大学 膠原病リウマチ痛風センター 宮前 多佳子先生による「小児の線維筋痛症」というPDFが2015年2/28付で公開されていたので、その内容、および、このブログでこれまで取り上げた情報を元に、概要をまとめたいと思います。
(掲載元:臨床リウマチVol. 26 (2014) No. 4 臨床リウマチ p. 266-274 │J-STAGE)
若年性線維筋痛症とは何か
若年性線維筋痛症は英語で、Juvenile Fibromyalgiaと呼ばれ、成人型線維筋痛症(FM)と区別する意味でJFMと表記されます。一般的な画像検査や血液検査で異常がない「原因不明の全身の疼痛性疾患」で、10歳前後の子どもに見られ、男女比は1:4~8と女の子に多いそうです。
線維筋痛症は、欧米では100年以上も前から知られていて、1951年には、子どもの様々な四肢痛の報告がありました。1981年、Yunusらにより、はじめて線維筋痛症という名前が用いられます。1990年代に入って、米国で線維筋痛症という概念が知られるようになりはじめ、日本では2002年に線維筋痛症友の会が設立され,2003年に厚生労働省研究班が発足しました。
子どもの線維筋痛症(JFM)は最近増加しており、従来は小学校高学年以降の発症例が多かったのに対し、より低年齢の小学校低学年の発症も散見されるようになっています。
厚生労働省研究班の調査では人口の1.7%に相当する200万人が線維筋痛症を患っており、そのうち、2.5-5%に相当する5~10万人が若年性線維筋痛症(JFM)だと考えられています。
若年性線維筋痛症は、日本では、横浜市立大教授の横田俊平先生(現在は熱海病院院長)のグループを中心に研究されてきました。今は東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センターの宮前 多佳子先生が中心となっており、若年性線維筋痛症きずなの会の顧問も務めておられます。
若年性線維筋痛症の症状
若年性線維筋痛症はどんな症状を呈するのでしょうか。1985年にYunusとMasiらが提唱した小児の線維筋痛症の診断基準をもとにした、以下のような診断の手引があります。このうち【参考所見】の臨床症状の項に、具体的な症状が書かれています。
1.広範囲に及ぶ疼痛が3カ月以上持続する.
2.全身18カ所の圧痛点のうち11カ所以上の圧痛点の存在
3.検査所見:白血球数,赤沈,CRP・血清アミロイドAなどの急性相反応蛋白は正常域にある.抗核抗体,リウマトイド因子,抗SS-A/Ro抗体の存在の有無は問わない.
4.基礎疾患の否定:若年性特発性関節炎,若年性皮膚筋炎,シェーグレン症候群,全身性エリテマトーデス,混合性結合組織病などの小児リウマチ性疾患
【参考所見】
Ⅰ.臨床症状
1.低体温(平熱として36℃未満)
2.慢性疲労感
3.睡眠障害(入眠困難または中途覚醒)
4.慢性頭痛・腰痛
5.過敏性腸症候群
6.登校障害
7.自律神経障害(発汗異常,低血圧,車酔い)
8.Allodynia
9.天候・環境因子などによる諸症状の変動
10.慢性的な不安や緊張
Ⅱ.特徴的性格傾向
・いわゆる“良い子”
・完全主義
・固執傾向
・非妥協的
・コミュニュケーション障害
・他人への過剰な気遣い
原発性若年性線維筋痛症の診断は上記の4つの必須項目を基本とする.加えて特徴的な臨床所見や性格傾向が認められる場合は本症の診断を強く疑う.
(Yokota S, Kikuchi M, Miyamae T:Juvenile fibromyalgia:Guidance formanagement. Pediatr Int,55:403-409,2013に基づく)
以上の診断の手引きを参考に、それぞれの特徴をまとめてみましょう。
(1)痛み
JFMの症状には、まず全身痛,関節痛,筋肉痛,頭痛といった“痛み”があります。JFMの子どもは、よく関節痛を訴えますが、実際には関節そのものではなく、関節の近くの腱付着部位の痛みを指していることが多いそうです。
そのため、線維筋痛症に特異的な圧痛点の診察が重要になります。全身に18箇所に存在する圧痛点を約4Kgの圧力で押したときに、痛みを感じるかどうかを診ます。押す力は、子どもでは3Kgで十分とも言われています。
2010年に米国リウマチ学会から出された線維筋痛症の予備診断基準では、圧痛点の存在にかかわらず診断することになっていますが、JFMの場合は、年齢的に自分の痛みを正しく伝えるのが苦手なため客観的な圧痛点の検査は大切だと書かれています。
(2)多彩なその他の症状
若年性線維筋痛症33例を対象とした調査によると、
■慢性疲労感 97%
■関節痛 85%
■筋肉痛 70%
■アロディニア(かすかな刺激で強い痛み) 76%
■睡眠障害(寝覚めのすっきりしない,浅い睡眠) 73%
■低体温(36℃未満) 36%
■比較的軽症の記銘力低下 37%
といった症状がみられたそうです。
(3)痛みの変化
痛みは常に同じなのではなく、良くなったり悪くなったりします
■台風や雨天時などに強くなる
■自分の興味あることに熱中していると軽くなる
このような症状があれば、若年性線維筋痛症を強く疑うことになります。しかし、鑑別を要する子どもの痛みの病気は数多くあるので、専門家による診断が不可欠です。
若年性線維筋痛症の原因
若年性線維筋痛症(JFM)の原因は、大きく分けて3つの要因が考えられるそうです。
(1)遺伝的素因
まず考えられるのは遺伝的素因です。
■セロトニントランスポーター遺伝子…うつ病や慢性疲労症候群に関係
■ドーパミンD2およびD4受容体遺伝子…さまざまな精神疾患に関係
■HLA-DR4型遺伝子…免疫の働きや関節リウマチに関係
■カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)…痛みの感じやすさに関係
このような遺伝子の多型に加えて、
■自閉症スペクトラム障害(自閉スペクトラム症)
も素因として認められるという記述があります。
(2)生物学的要素
次に考えられるのは生物学的要素です。
■疼痛伝達経路の異常…痛み刺激に対する領域である一・二次体性感覚野,前帯状回,前頭前野の強い活性化、中枢過敏(Central sensitization)
■神経内分泌の異常…痛みを抑えるセロトニンの減少、痛みを感じさせる脳脊髄液中の物質サブスタンスPの増加、グルタミンなどの問題
■視床下部―副腎―内分泌系の異常…ストレス反応の経路の異常
このうちグルタミンの問題は線維筋痛症にメマンチンが効くといったニュースが最近ありましたし、視床下部―副腎―内分泌系は慢性疲労症候群とも関連しているとされています。
(3)環境因子
最後に発症に関わる環境因子には以下のような点がかかわっています。
■外傷
■外科的処置
■ウイルス感染
■初潮
■家族関係(母子関係、父母の離婚、死別)
■学校環境のトラブル
このうち、家族関係について、若年性線維筋痛症では、10才までの性格形成期に,母親に甘えたいときに甘えられる状況がなく、“甘え下手”で自己認識、自己表現が乏しく、周囲とのコミュニケーションが上手に確立できない子どもが多いそうです。
こうした問題は、このブログでも取り上げてきた、広い意味での「愛着障害」と関係するかもしれません。愛着障害はさまざまな病気の下地になり、自分の感情をうまく表現できず、心身症として表現してしまう失感情症(アレキシサイミア)が見られます。
特徴的な性格傾向としては、完全主義、まじめ、几帳面、過剰適応などが見られ、IQテストでは全検査IQは正常であるものの、個々の検査値にばらつきがあります。とくに知覚推理(PRI)が低く、周囲とのコミュニケーションや対処能力の乏しさが裏付けられているそうです。
この点は、小児慢性疲労症候群でも、「自己抑制的良い子の生活」が素因に見られるとされています。
若年性線維筋痛症の治療法
若年性線維筋痛症の治療法は成人型線維筋痛症とは異なるそうです。
成人の線維筋痛症は、筋付着部炎型、筋緊張亢進型、うつ型の3つの分けられ、それぞれの薬物治療が推奨されていますが、若年性線維筋痛症ではタイプ分けはなされておらず、おそらく筋緊張亢進型がメインと考えられています。
成人の線維筋痛症は、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や、プレガバリン(リリカ)、ガバペンチン(ガバペン)といった抗てんかん薬が効果的ですが、JFMでは治験実績がなく、副作用に勝る薬効果は得られにくいとされています。
しかしすべての薬物療法が無効というわけではなく、ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液(ノイロトロピン )点滴静注や解熱鎮痛薬のアセトアミノフェンを中心とした薬物療法、および運動療法を行っているという記述もありました。
最近のニュースによると、JFMの子どもは、血漿酸化ストレスマーカーが高く、高コレステロール血症の状態にあり、コエンザイムQ10が効果的である場合もあるそうです。
コエンザイムQ10(特に還元型)は慢性疲労症候群にも効果があるとされています。
そのほか、心理・精神的なアプローチなど、患児と目線を合わせた十分な問診を通して、母と子の関わり方や母親の性格気質にも気を配ることが大切だそうです。 極端な例では、“線維筋痛症”という診断がつき、痛みが認められたことに安堵して、回復した例もあるそうです。
また背景に自閉症スペクトラムの素因が見られるためか、発達障害を専門とする小児科医や臨床心理士の協力も必要だと書かれています。
HANS症候群との違い
近年、子宮頸がんワクチン、つまりヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種後に見られる、線維筋痛症に似た症状が取りざたされています。HPVワクチンは、日本ではサーバリックスとガーダシルが用いられています。
この線維筋痛症に似た症状は、難病治療研究振興財団によって「HPVワクチン関連神経免疫異常(HANS)症候群」と名づけられました。
HANS症候群と若年性線維筋痛症(JFM)はどちらも子どもに見られる痛みという点では共通していますが、各々の特徴は異なり、別の疾患であると考えられています。具体的には以下のような違いが見られます。
■ほとんどが子ども
JFMはFM全体の2.5-5%ですが、HANS症候群では小児が84%です
■素因がない
HANS症候群では、線維筋痛症にみられる特徴的性格傾向や自閉症スペクトラムなどの素因がありません。
■高次脳機能障害
HANS症候群では、高次脳機能障害(集中力の低下,記憶障害)と思われる症状がより強く出現します。JFMでは軽い記銘力低下が37%に見られるだけです。
若年性線維筋痛症のこれから
若年性線維筋痛症(JFM)の予後については、現時点では情報が見つかりませんでした。もし見つかれば追記します。
JFMは,その病態が捉えにくく、患者や家族とのコミュニケーションを重視した診療に時間を要することなどの理由から、あまり研究されていない分野であるようです。
どういった専門性のある小児科医が関わるべきかも定まっておらず、鑑別診断やフォローアップのためには、小児リウマチ専門医や発達、心理、ペイン、リハビリテーションなどの複数の専門家によるチーム医療が理想的と考えられています。
現時点では、東京女子医科大学 膠原病リウマチ痛風センターや、少なくとも大人の線維筋痛症を扱っている機関など、知識と経験を有している医師の病院にかかるのが望ましいといえるでしょう。