各地から
2015年4月 4日
だれでもなる可能性のある認知症で、お年寄りを地域全体で包みこもうとする試みが、大村市で始まる。なぜ大村で? 探ってみると、日本全体の縮図といえる構図も浮かび上がった。
26日、大村市の市民会館で「認知症支援リーダー」の修了式があった。市が独自に定めた資格の初めての講習に100人がパス、修了証を手にした。30日にはセブンイレブンの北九州地区マネジャーが同市役所を訪れ、松本崇市長と「高齢者見守りネットワーク」の連携協定を締結する予定。いずれも、市の認知症対策の中核となる政策だ。
支援リーダーとは、認知症の人とその家族を支える、地域のリーダー役。大村市医師会による医学講習を受け、認知症の発症原因や、早期発見などのテクニックも学ぶ。
同市にはこれまでも「認知症サポーター」の制度はあった。現在2千人いるサポーターは、1時間程度の簡単な認知症の講習を受け、お年寄りへの声かけなどを積極的に進める。いわば草の根運動の基層。医学的な知見を持つ支援リーダーは、サポーターと医師の間に位置する中間層で、同市の長寿介護課は「3年で100人養成の目標だったが、関心は極めて高く、初年度で目標数に達した」という。
一方、セブンイレブンとの協定は、2015年度から市が始める「徘徊(はいかい)SOSおおむらネットワーク(仮称)」のさきがけだ。認知症の高齢者が家を出たまま帰れなくなる徘徊は、命の危険があり、家族にとってもっとも大きな負担となる。徘徊事案を防ぎ、起きたときには早期発見につなげるためのネットワークをめざす。
本人や家族の同意のもと、徘徊リスクのある高齢者の個人情報を事前登録する。氏名、年齢、住所のほか身長、体重、頭髪、体形など身体的特徴を顔写真とともに記録。市が一元的に管理し、徘徊が起きたときには、警察、消防などのほか、地域全体で協力して探そうという仕組みだ。第1弾として、セブンイレブンと協定を結んだ。徘徊が発生した場合、市からセブンイレブンに協力要請、セブンイレブン本部が大村市内13店舗に一斉にメールを配信する。情報に合致するお年寄りを見かけた場合、店員が積極的に声がけしたり、通報したりする。
同課の熊俊則課長は「今後、他のコンビニや生協、市タクシー協会にも広げていきたい」と話す。
長崎県長寿社会課によると、「こうしたネットワークは、大村市が県内自治体で初めて」という。
厚生労働省研究班によると、「65歳以上の高齢者の15%が認知症」と推計される。軽度認知障害(同13%)まで含めると、大村市内では5200人が該当する。熊課長は「徘徊は年に2、3件発生している。10年前には、海に転落してなくなる事故もあった」と言う。
07年、愛知県で当時91歳の男性がJR駅から線路に入り、列車にはねられ死亡する事故があった。男性は要介護で、JR側は「事故を防止する義務があった」として、遺族に損害約720万円の支払いを求めて提訴。名古屋地裁は遺族の賠償責任を認め、メディアでも大きな反響を呼んだ。
裁判の過程で明らかになったのは、徘徊の恐れがあるお年寄りを、家族が24時間“監視”することの非現実性だ。とはいえ、行政や民間の施設でこうしたお年寄りをケアするのも限界に達している。大村市でも特別養護老人ホーム(3カ所225人)、グループホーム(18カ所243人)、介護老人保健施設(2カ所200人)いずれも満員で、待機希望者もいる。施設の新設も望めない。
「だれにとってもひとごとでない。介護施設というハードではなく、街づくり・地域のつながり作りというソフトの強化で対応するしかない」(熊課長)。ネットワーク作りは、いわば「背水の陣」でもある。
もっとも、こうした「地域のつながり」で高齢者を見守るのは、日本型農村共同体が得意としてきたものではなかったか。
「地方消滅」の危機が叫ばれるなか、大村市は人口増を続けるまれな自治体。若い子育て世代が流入しているのがその理由だ。同市が日常生活圏域にわけて人口を調査したところ、人口数はほぼ同じなのに、高齢者の比率に10%も開きのある圏域があった。新しくできたコミュニティーと、古くからあるコミュニティーの違いで、「人口が流入している若いコミュニティーでは、高齢者が孤立する傾向にある」という。
「地域のつながりが希薄な新しいコミュニティーでこそ、学校教育で小学生から認知症サポーターになってもらったり、若年層も含めた理解が肝要」(熊課長)という。
財政難で施設の増設は見込めず、高齢者が孤立しがちというのは、日本全体の縮図。大村市の新たな試みは、共同体再建の試金石にもなるはずだ。
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