御神体奉斎の規矩について


明主様御垂示 「御神体御奉斎の日取」 (昭和26年3月25日発行)

信者の質問
「御神体御奉斎日は、二、四、六、九の日は避くべきでございましょうか。謹んでお伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「そう決まったこともないが、なるべくよい日がいい。

いい日とは一、五、八の数がいい。

その意味は、一ははじめであり元であり、主の神であり、五は出ずるであり、火であり陽であり、最高の数である。

八は五、三で、伊都能売(いづのめ)であり、火、水であり、発する、開く、拡がる、富士山の形、無限の数などで、

また十一は、統一であり、経緯(たてよこ)結んで始まるという意味で、十五は結んで出ずる。

十八は、結んで開く、五六七、三六九の合計であり、また気であり、非常によい。

二十一は、二つが結んで始まる意味で、結婚日にもよい。

二十五は、五、五、二十五で、日が出ずるという意味で、非常に陽な意味である。

二十八は、二つが結んで開くのだから、いいに決まっている。

観音様がインドで、観自在菩薩と申されたとき、二十八部衆といって、二十八人の御家来があったことや、法華経は二十八品となっている。

その二十五番が観音普門品(かんのんふもんぼん)であり、観音様は日の仏様だから陽である。
 

ここで、ちょっと神秘なことを書いてみるが、だいたい仏教の教えは七である。

というのはお釈迦様は土のミロクであるから、土すなわち七である。

七の倍が十四で、その倍が二十八であるから、三すなわち水であり月であるとしたら、月と土の教えで、印度とは印が月で度が土であるという意味である。

陰土であり、昔インドは月氏国といったのだから、仏教の意味もこれで判ったであろう。」




明主様御垂示 「御神体の奉斎は十八日が一番よい」 (昭和25年3月20日発行)

信者の質問
「光明如来様御奉斎の日は八の日の、中の日が一番よろしいでしょうか。」


明主様御垂示
「十八日が一番よい。」




明主様御垂示 「御神体奉斎の際の祝詞について」 (昭和26年10月1日)

信者の質問
「新しく御神体御奉斎の場合に、祝詞、善言讃詞、御讃歌を奏げ、その他に奉斎祝詞というのは余分でしょうか」


明主様御垂示
「神道じゃないからね。

神道はどうしても祝詞を奏げなければならないが、そんな必要はないですね。

奏げて悪いことはないですから、奏げたい人は奏げるとよい。

奏げたくない・・・ということはないだろうが、必要からいうと、奏げなくても良いんです。

お祀りして朝晩拝むというところで充分ですからね。」




明主様御垂示 「御神体奉斎の形式」 (昭和25年2月3日)

信者の質問
「光明如来様御祭込みの形式をあらためて御伺い申し上げます。服装その他について。」


明主様御垂示
「形式は自然に適当な形式が出来てる。」




明主様御垂示 「単一の床の間に御奉斎する御神体は一体」

信者の質問
「一軒内に御神体二体以上御祀りしてある場合、お供物、祝詞奏上は御一体のみでよいでしょうか。全部へ為すべきでしょうか。」


明主様御垂示
「床は一つでよい。同じ床に二体御祀するのは間違っている。

両床の場合は一方へ御神体、一方へは書をかけた方が良い。

書は霊、絵は体である。」




明主様御垂示 「単一の床の間に御奉斎する御神体は一体」 (昭和24年9月28日)

信者の質問
「床の間が一つしかありません。

玉持観音様と大光明如来様を同じ床の間にお祀りしても良いでしょうか。御伺い致します。」


明主様御垂示
「二つ掛けてはいけない。どっちかでなくてはいけない。字の方がお働きがある。」




明主様御垂示 「御神体の複数奉斎の是非」 (昭和24年7月27日)

信者の質問
「同一の家に大光明如来を奉斎した外に、他の室に光明如来様を幾体も奉斎させて頂くことは許されましょうか。御教示を御願致します。」


明主様御垂示
「小さい家なら一体でよい。

大きい家は一体でも二体でも殖やして構わぬ。

座敷などの大きさによって相応せしめる。

幾体もの御奉斎は悪い事ではない。

但し小さい家ではおかしい。」




明主様御垂示 「御神体と二床」 (昭和24年12月23日)

信者の質問
「床の間が二つ御座います家で大光明如来と光明如来の御姿とそれぞれお祭りさせて頂いて宜しいでしょうか。」


明主様御垂示
「この要はない。いい方の床の間へお掛けする。」




明主様御垂示 「御神体の複数奉斎は不可」 (昭和24年11・12月)

信者の質問
「床の間が二つございます家で、大光明如来様と光明如来様の御姿とそれぞれお祀りさせていただいてよろしいでしょうか。」


明主様御垂示
「これはそんな必要ありませんよ。いいほうの床の間へどちらでもいいからお祀りすればいいんです。

両方お祀りするってのはやはり嘘ですよ。」




明主様御垂示 「御神体の複数奉斎は不可」 (昭和25年5月7日)

信者の質問
「一家に大光明如来様と光明如来様を部屋別に御祭りしてもさしつかえ御座いませんでしょうか。御指導御願い申します。

お屏風観音様を御祭りしている御仏壇に御参りする時に光明如来様と同様に拍手うって御参りしてもかまいませんでしょうか。お伺い致します。」


明主様御垂示
「差閊えはないが必要はない。否嘘である。一つでよい。沢山あれば人に貸してもよい。

拍手でよい。仏壇へは二つである。」




明主様御垂示 「御神体の複数奉斎は不可」 (昭和26年4月1日)

信者の質問
「光明如来様、大光明如来様をいただいておりますが、部屋が一つしかないのでお掛けすることができませんのでございますがー」


明主様御垂示
「御神体は一軒の中に二ヵ所はいけない。一ヵ所でなければならない。」




明主様御垂示 「お姿と御書体の御軸を両方奉斎する場合」 (昭和23年12月18日)

信者の質問
「お姿と御書体の御軸を両方かけさせていただく場合、いかがいたしたらよろしいでしょうか。」

明主様御垂示
「一つ床の間へ両方かけるのはいけません。

本当は字は霊だから御書体のほうが上です。

だから御神体としては書です。

お姿は次の部屋がいいですね。」


信者の質問
「私宅では二階へお姿、階下へ御書体をお祀りしておりますが?」

明主様御垂示
「それは反対だ、菩薩より如来のほうが上なんだから。・・・

かける場所がないときはしまっておけばいいです。」




明主様御垂示 「御神体のお祀りの順序」 (昭和23年7月12日)

「本当をいうと御字は霊であるから二階に、御絵は体であるから下に祭るのだが、今未だ時期が早い点がある。

風化作用なども霊が抜ける。」




明主様御垂示 「御神体のお祀りの順序」 (昭和23年12月18日)

信者の質問
「観音様の御姿の御軸と御書体の御軸と両方御祀りさせて頂く場合、御祀りの仕方はどのように致したら宜しゅう御座いましょうか。右、御教示御願い申し上げます。」


明主様御垂示
「本当からいえば字が上、画が下である。

御神体として祭るのは字を祭る。

画はその次の部屋へ祭るを原則とする。」




明主様御垂示 「御神体のお祀りの順序」 (昭和26年9月25日発行)

信者の質問
「大光明如来様を御奉斎いたしておりますが、その他光明如来様、御姿もいただいております。

光明如来様、御姿は同一家屋の別部屋に御奉斎させていただいてよろしいものでございましょうか、

またその部屋の順序はいかがでございましょうか、謹んでお伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「光明如来様は御神体だから、一番上座にお祀りし、御姿は次にされていいのである。

右のようにすれば同一家屋内でも差し支えないのである。」




明主様御垂示 「御神体のお祀りの順序」 (昭和24年10月5日)

信者の質問
「一 私宅では大光明如来様の御尊像と同じく御書体とを奉斎しておりますが、床の間は一つしかありません。

この場合にはいずれをお掛けしてお祭りすべきものでしょうか。

しかしてお納めした一方を他にお掛けする適当な座敷が無い時は同一の座敷の違棚にお掛けしてもよろしいでしょうか。

または箱にお納めして床の間に置くべきでしょうか。

二 私の家では朝礼に際し、大先生を神の前立としてまず大先生の御写真に向って御礼を申し述べてから大光明如来様を礼拝しておりますが、順序はそれでよろしいでしょうか。」


明主様御垂示
「一、御書体の方を掛ける。

二、大先生を後にする。」




明主様御垂示 「御神体のお祀りの順序」 (昭和24年4月23日発行)

信者の質問
「御神体のお祀りについて

床の間が数カ所にある場合、大光明如来、光明如来、雲上観音などの御軸はどのような順序でお祀りいたしたらよろしいでしょうか。」


明主様御垂示
「大光明如来、これが一番高い所ですね。

次が、光明如来、それからお姿ですね。すべて文字が上ですよ。

ただし御神体の場合を言ってるんですがね。

文字は霊、絵は体ですから。」




明主様御垂示 「御神体の下付基準」 (昭和24年6月13日)

信者の質問
「一般信者の方でも、大光明如来様をお祀りさせていただいてよろしいでしょうか。」

明主様御垂示
「大光明如来様は一般の人でもいいですよ。

しかし、御神体はね、家によって祀るべきで、大きな立派な家には、大光明如来様をお祀りし、田舎なんかの小ちゃな家には、光明如来様をお祀りすればいいんです。」


信者の質問
「一般の方でもよろしいのでしょうか。」

明主様御垂示
「ええ、いいですよ。御守りの「大光明」のほうは資格者だけですがね。」


信者の質問
「「大光明」の御守りは教導師補の方でもよろしいでしょうか。」

明主様御垂示
「師補でもいいですよ。ただ、一般の人はいけませんがね・・・」




明主様御垂示 「御神体の下付基準」 (昭和28年12月1日)

信者の質問
「以前に入信した人で、最近信仰が落ちている家庭を調べると、

最初から大光明如来様を奉斎し、それも間半(まなか)の床とか、立派でない床というのが非常に多いようです。

これが、順序として光明如来様を奉斎して現在にいたる家庭は、信仰も落ちず、順調に進んでおります。

そういうことがございましたが、これは順序が間違っているわけでございましょうか」

明主様御垂示
「そうです。それはよいことです。

そこなのですが、つまりいつも言うとおり順序があるのだから、最初の信仰が熟しないときとか、

いわばその人の霊的位ができなければ大光明如来様を祀ることはできないのです。

それからその家の床の間も相応しなければならないので、家があんまり粗末なときに大光明如来様は、かえって御無礼になるから、そういうのは光明如来様でなければならないのです。

それから信仰に入りたては光明如来様が本当で、入りたてから大光明如来様というのは嘘なのです。

ただ良くさえあればよいというのは嘘なのです。


私がいつも言うとおり、名前を変えてやる場合にも、名前が良過ぎて悪い場合が非常に多いのです。

私が最初言霊ということが分かったときに、なんでも良い名前をつければよいと思って、良い名前をつけましたが、それが悪いのです。

それでおかしいなと思っていたが、神様から教えられた。

それは良過ぎるからです。

ですからその人に始終接してみて、その人の値打ちはこのくらいということが分かって、それに合うくらいの名前をつければ大丈夫です。

ところがこの人なら良い名前をつけるという人はほとんどないのです。

みんな一番ヘッポコな名前をつけたほうがちょうど良いのです。

ですから私はそれからはあんまり良い名前はつけないのです。

間半の床というのは何ですか。」


信者の質問
「三尺とか四尺の小さい床のことでございます。そういう床はそのままで大光明如来様を御奉斎してよろしいのでございましょうか」

明主様御垂示
「あんまり結構ではないのです。

本当は光明如来様にしなければいけないが、しかしそこの事情があるから、よくお詫びして事情が許す限りは・・・

そうかと言ってそれを取り替えるということはまずいから、お詫びをするのです。

お詫びをするということは、つまり順序をはき違えたというその間違いをお許し願いたいと言って、そのままにしておくよりしようがないです。

そうしてこれからそういう間違いがないように注意するということでよいです。」




明主様御垂示 「大光明如来から光明如来への変更」 (昭和29年2月1日)

信者の質問
「最初から大光明如来様をお祀りいたしておりました信者でございますが、

この度本人より光明如来様をという希望がありましたが、お許しいただけますでしょうか」

明主様御垂示
「よいです。

大光明如来様はしまっておけばよいです。

そうして、いずれ大光明如来様をお掛けする時期が来たらそうすればよいです。」


信者の質問
「他にもそういう者がおりますが」

明主様御垂示
「そうしたらあなたが注意したらよいです。」




明主様御垂示 「教導所の御神体について」 (昭和23年11月1日)

信者の質問
「従来各教導所に雲上観音様、出世観音様の御尊像を御祭り申し上げておりますが、大光明如来様の御書の御神体を御祭りさせて頂くのが正しいので御座いましょうか。御伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「どっちでもよい。

小さい観音様はいけない。

雲上観音か出世御尊像なら差支えない。新しく出来た。」




明主様御垂示 「教導所の御神体は書体の大光明如来様」 (昭和24年3月8日)

信者の質問
「教導所の御軸はお姿より御書体の大光明如来様をお祀り申し上げるべきでしょうか。」


明主様御垂示
「これは勿論です。いまは書体でなくてはいけません。

お姿のほうは別の意味で祀る・・・と言っても、適当な場所があったらかけておくだけでいいです。」




明主様御垂示 「教導所の御神体について」

信者の質問
「教導所の御軸は御姿より御書体の大光明如来様をお祀り申し上げるべきでしょうか。」


明主様御垂示
「書体でなくてはいけない。

御画は別にお祭りするのはいい。

今後御書体の光明如来様は信仰の対象とする。

大光明如来御書は教導師以上でなくてはいけない。」




明主様御垂示 「特別大光明如来は教会専用の御神体」 (昭和28年11月25日発行)

信者の質問
「私の家は孫M子(一歳)のほか全員七名入信さしていただき、特別大光明如来様、千手観音様を御奉斎さしていただき、

現在支部として御用さしていただいております。

長男K(旧名N)は昭和二十二年五月入信いたし、中教師の御資格をいただき鹿児島県鹿屋市鹿屋出張所にて御用をさしていただいておりましたが、

昭和二十七年春季大祭の御参拝より帰りまして、四月十五日より胃潰瘍の御浄化をいただき八月十一日に帰幽いたしております。

今度四男H(九歳)が三月二十日ごろより風邪の御浄化をいただき、咳がひどく、

四月の初め中教会長先生より御浄霊をいただき咳も止まりましたが、

食欲があまりなく呼吸が苦しくなってまいりましたので、四月二十日より休学いたしました。

五月五日御面会に参拝さしていただき御守護いただきまして、だいぶ楽になりましたので、十一日、十二日と通学いたしましたが、

また苦しくなりましたので休学いたしました。

六月二日より浄化が強く寝込むようになりました。

咳がひどく熱も三十八、九度くらいで全身に汗が出ておりましたが、七月七日、会長先生の御浄霊にて咳と熱は同じでしたが、汗が首から上だけ出るようになりました。

呼吸の苦しみは続きました。

現在食欲が少なく、一食茶碗で軽く一杯三食食べておりますが、たいへん衰弱いたしておりますが、

気分のよいときは床を離れて家の中で坐って遊んでおります。

御浄霊は一日三回(一回三、四十分くらい)、主に肩、延髄、頭、耳下腺付近を入念に腰部も御浄霊いたしますが、

時折(一日三回くらい)下腹部の痛みも浄霊いたします。

腎臓部には親指の先くらいの固結があります。

肩が固く耳下腺付近にも固結があり、御浄霊いたしますと咳が酷くなり、唾液の中に寒天のような痰をそうとう出します。

この子供はちょっと他の子供と違っておりまして、六月の浄化のひどいときに曾祖父(養子)の実家と祖父(養子)の実家、私(養子)の実家に御屏風観音様の御奉斎をさしていただきました。

また二十七年三月の御浄化をいただきましたときは、特別大光明如来様の御奉斎をすすめて、私が承知いたしますと治まりました。

また私に使う言葉も「お前がああしようこうしよう」と御用のことは子供と思えぬ徹底したことを言います。

家内一同お任せし、ひたすらおすがりしております。

子供の浄化は霊的関係がございましょうか、また御浄霊の箇所はいまの所でよろしゅうございましょうか、御垂示賜りたく右謹んでお伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「あなたは間違っていることをしていた。

それは支部に特別大光明如来様をお祀りするのは間違っている。

特別大光明如来様は中教会以上でなければ理屈に合わないからである。

従ってさっそくお詫びをして、大光明如来様と替えればいい。

そうして特別大光明如来様のお軸は、時期の来るまでお粗末のないよう大事にしまっておけばいいのである。

今一つは浄霊にできるだけ力の入らないようにすることと、急所をはずれないようにすることである。」




明主様御垂示 「御書と御姿の御神体」 (昭和24年9月22日)

信者の質問
「以前に光明如来様の御尊像の御神体をお祭りいたしておりましたところ、

今年の春夢にて中島先生がお出でになられ「光明如来様の御文字の御神体に取替えた方がよい」と仰せられて夢が醒めました。

私はお告げであろうと思い、光明如来様の御文字の御神体と取替えて御祭りさせて戴いております。

このたび床の間を大きく直しましたので、大光明如来様の御神体をお祭りすべきか、もとの御尊像をお祭り致してもよろしきか迷っております。

どういたした方がよろしゅう御座いますか。御教えを御願い申し上げます。」


明主様御垂示
「大光明如来様をお祭りすべきである。

御尊像は和らかすぎる。文字の方が強い。

時期が進んだので、今は文字でなくてはいけない。

画は体、文字は霊である。

御神体は文字が本当である。」




明主様御垂示 「御書と御姿の御神体」 (昭和23年10月13日)

信者の質問
「教導所に御書体のお軸(大光明如来、光明如来)をお掛けした場合と、お姿のお軸(出世如来、雲上観音)をお掛けした場合と、お働きが異うでしょうか。」


明主様御垂示
「字の方が働きが強い。教導所は御書体でなくてはいけない。今、その時期になっている。

中心は字でなくてはいけない。拝む場合は字だけ。

字は霊、絵は体であるし、墨絵は霊、彩色は体である。」




明主様御垂示 「集合住宅には千手観音様を奉斎する」 (昭和26年8月8日)

信者の質問
「最近アパートとか社宅で信者ができますが、なにか御神体をいただけないものでございましょうか」


明主様御垂示
「それはね、ちょうど千手観音様がありますから、あれならどこでも良いからね。」




明主様御垂示 「洋館には千手観音様を奉斎する」 (昭和27年2月)

信者の質問
「外人の入信者で、床の間がございません。御神体をお祀りすることができませんが・・・」

明主様御垂示
「そんなことはないですよ。一番良いところに祀るのはね。壁に枠をつけてね。千手観音さんがあるでしょう。」


信者の質問
「光明如来様は・・・」

明主様御垂示
「相応すれば良いですよ。」


信者の質問
「親や兄弟の写真がございますが・・・」

明主様御垂示
「同じではいけないですよ。だから、壁に枠をつければ良い。」




明主様御垂示 「反対家族がいる場合には千手観音様を奉斎する」 (昭和26年8月5日)

信者の質問
「主人は入信しておらず、妻と子供が入信している家で、御神体をいただきたいと主人に相談し、いただきましたが、

御奉斎のときに反対しそのままになっております。

現在は床の間には普通の絵がかかっております」


明主様御垂示
「御神体御奉斎予定以外の部屋で、壁のある一番良い部屋に千手観音様の御軸をお掛けしなさい。

そしてその近くに御神体を巻いて置きなさい。時期を待つことです。」




明主様御垂示 「居住者以外の者が御神体を奉斎するのは間違い」 (昭和29年4月1日)

信者の発言
「二十六年十一月大光明如来様を御奉斎し、二十七年四月頃御文字に雨漏りのシミができ、当時お伺いし焼却せよとのお言葉をいただき、焼却いたしました。

二十七年七月光明如来様を御奉斎のお許しをいただきましたが、

その家は山陰(やまかげ)で非常に湿っけまして、

昨年六月頃より御神体の御文字でない白い所に薄くシミが出てまいり、本年になって濃くなってまいりました」

明主様御垂示
「その人は教師ですか。」


信者の発言
「一信者でございます」

明主様御垂示
「信仰に入ったのはいつですか。」


信者の発言
「二十五年頃と思います」

明主様御垂示
「四月に焼却して三ヶ月の間お祀りしてなかったわけですが、

そうすると信仰のほうはボヤボヤしているのでしょう。そのためですね。」


信者の発言
「本人は支部のほうでお使いいただいております。

兄の家で、兄夫婦がおります。

弟が拝受いたしまして・・・」

明主様御垂示
「本人はどこかの支部に泊りきりになっていて、奉斎してある所には、住んでいる人は兄さんですか。」


信者の発言
「さようでございます」

明主様御垂示
「それではぜんぜん意味がないではないですか。」


信者の発言
「兄さん夫婦も入信しております」

明主様御垂示
「兄さん夫婦も御神体をお受けしているのですか。」


信者の発言
「いいえ」

明主様御垂示
「兄さん夫婦がお受けして拝むのが本当でしょう。

それを、弟が奉斎して、他に行ってしまっているのでは、空ッポです。

つまり「神は順序なり」で、順序が正しくなければいけないのです。

肝腎な兄貴がお受けしないで、弟がというのは変です。そういうものなのです。」


信者の発言
「それは早速お巻きしまして」

明主様御垂示
「それは文字にはないのでしょう。

だからそれは経師屋で落としてもらって表装をやり替えて、今度弟がお祀りするようになったら、そのときにこっちにお浄めに持って来なさい。浄めてあげます。

それから奉斎するのです。」


信者の発言
「兄さんの御神体奉斎」

明主様御垂示
「それはそっちの勝手です。

拝みたければ奉斎するし、嫌ならよせばよいです。」




参考 明主様御垂示 「売店へのお祀りの要否」 (昭和23年10月28日)

信者の質問
「私の家では、小観音様をお祭りしてありますが、別に設けた売店にも何かお祭りしたいのですが、その売店には何をお祭りさせて頂いたら宜しいのですか。」


明主様御垂示
「屏風観音様は祖先を救う意味であるから、それだけではいけない。

仏壇の中だけは極楽になる故、家中が天国になる訳には行かぬが、祖霊は喜ぶから、良い事はある。

そうすれば、売店の方は枝であるから、どっちでもいい訳である。

曼陀羅は大自在天とか大広目天などかくが、これらは悪魔の働きをした。

毘舎門天などまだいいが、実にひどいものだから、処分した方がよい。」




参考 明主様御垂示 「他教徒に御神体の奉斎を許された事例」 (昭和25年4月13日)

信者の質問
「観音講の連中がお道のことを聞き、光明如来様を新しい御堂に御奉斎申し上げたいと希望いたしておりますがよろしいでしょうか。」

明主様御垂示
「ええ、お祀りしてもいいですよ。」


信者の質問
「そこは平常は人が住んでおりませんが。」

明主様御垂示
「ええ、住んでなくてもかまいませんよ。ただ粗末にさえしなけりゃいいです。お祀りすれば御利益がありますよ。」




参考 明主様御垂示 「富士山への御神体の奉斎」 (昭和24年7月発行)

信者の質問
「富士山の一番上の石室(イシムロ)の持主がその石室に光明如来様をお祭りしたいと願っておりますが宜しいでしょうか御伺い申上げます。」


明主様御垂示
「富士山に観音様をお祭りするのだから縁が深くて良いことだ。

しかし、都合よい寸法をアタッテお願いすれば特別に書いてやろう。

早くお祭りしなさい。」






自宅兼布教所における御神体奉斎の規矩


明主様御垂示 「布教所と自宅の使用区分が明確な場合」 (昭和26年4月1日)

信者の質問
「御神体は二ヵ所はいけないということでございましたが、信者さんが来てお詣りする所と、私がおります奥のほうとございますがー」


明主様御垂示
「ああ、そういう場合には二つで良いのです。

片方は教会で公ですから、良いんです。」




明主様御垂示 「御神体の公私混同は駄目」 (昭和28年8月1日)

信者の質問
「教会と住居が同じでございますが、住居の離れにおかけしてあった御神体を、同じ屋敷内という意味で教会のほうにおかけしましたが、それでよろしいものでございましょうか」

明主様御垂示
「光明如来様を教会とは別々にするのですか。それならよいです。」


信者の説明
「一つでございます」

明主様御垂示
「それは別々でなければいけません。

そうでなければ公私混同です。

やっぱり教会というのは宗教活動のためにある公(おおやけ)なもので、

個人のほうにあるのは、個人の家庭を御守護していただくというので、それは別です。」




明主様御垂示 「御神体奉斎の個数も臨機応変に考えろ」 (昭和28年8月1日)

信者の質問
「一軒の家で離れがない場合には御神体は一体でよろしいでしょうか」


明主様御垂示
「それも臨機応変です。広い家なら別々でよいが、狭い家は一つでよいです。

教会と住居を区分して決められるくらいの広さがあれば別々にしたほうがよいです。

それからまた急ぐ場合とか、いろいろな場合に、あるときまでは、床の間が狭いとか、御神前が狭いとかいう場合には兼帯でしてもよいです。

それから、その部屋の具合が、もう分離して別々にしても充分によいという場合には今言ったとおりにするのです。」




明主様御垂示 「母屋に兄が住み、離れに弟が住む場合」 (昭和26年7月1日)

信者の質問
「一軒の家で御神体は、二体様お祀りしてはいけないとの御教えをいただいておりますが、

農家で、母屋に兄が住み、離れに弟が住んでおりますが、両方に御神体をお祀りいたしております。

弟さんのほうは座談会に行かせていただいたりしております」

明主様御垂示
「兄さんのほうは、そこの家を守り、弟さんのほうは宗教的宣伝をすると言うのですから、別々でかまわない。

かえって別々が本当です。

片方は農家の家を護って・・・やはり祖先はいるが、倒れたりするのは嫌がりますから、家を御守護して、弟さんのほうは宣伝を主にするので、別々だから良いんです。」


信者の説明
「母屋は良い部屋がなく、離れに立派なのができておりますが」

明主様御垂示
「それで良い。霊界ではそこが中心になっている。」






建物以外への御神体奉斎の禁止


明主様御垂示 「船室に御神体は不要」 (昭和24年5月23日)

信者の質問
「漁船の船室に御神体をお祀りしてもよろしいでしょうか。」


明主様御垂示
「お祀りする必要ありませんよ。

船室の上を歩いたりしてかえって御無礼になるからしないほうがいいんで、

みんな御守りをいただけばそれでいいのですよ。」




明主様御垂示 「船に御神体」 (昭和25年2月21日)

信者の質問
「約四十トンの貨物船を持ち、主人が船長、長男もその船に乗組んで一家入信の家で御座いますが、

宅には御神体、御屏風観音様もお祀りして御座いますが、

船には金比羅様、白幡の観音様をお祀りして御座いますが、

この度船にも御神体に替る御屏風観音様をお祀り致したいとの御希望で御座いますが、

この場合いかがなもので御座いましょうか。お伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「お粗末になるから船の人がお守を掛ける事。」




明主様御垂示 「船の船長室に御神体、御書体は駄目」 (昭和24年6月13日)

信者の質問
「一会員、新造船の進水式に際し住居に御神体をお祀り申し上げると同時に、その船の船長室にもなにか御書をおかけしたいと申しておりますがよろしいでしょうか。」

明主様御垂示
「船にはいけませんよ、船の甲板の上は必ず人が歩きますからね。」


信者の質問
「御額はいかがでしょうか。」

明主様御垂示
「額もいけません。・・・船長が御守りをいただけばいいんですよ。

そして、光明如来様をその家にお祀りすればいい。

それで進水式のときに、「今日進水式をいたしますから、なにとぞ御守護をお願い申し上げます」と祈念したらいいんです。」