家族の信仰反対について 3


信仰に反対する家族に対する対応策 つづき


三、確固たる信念を持て


明主様御垂示 「家族が反対している場合の専従の心得」 (昭和24年12月)

信者の質問
「私は数年前御守りをいただき職業(漁師)の傍ら御救いのお手伝いをさせていただいておりましたが、

最近御救いのほうが多忙になりほとんど漁師のほうはできません。

そこでお道いっぽうだけで進みたいと思いますが、家族や親類が強く反対しております。いかがいたしたらよろしいでしょうか。」


明主様御垂示
「こりゃあ、御救いいっぽうにしたがいいですよ。

家族や親類の反対はぜんぜんかまわなくていいですよ。

それにこの人は「御救いのほうが多忙だ」って言うんだから。

私がそうでしたよ。みんな反対だったんですが、私は頑としてそんなのに耳を傾けずにやってたんです。

実際、このくらい立派な、いいことはないんですからね。

魚をとって人に食わせるよりか、このほうがいいですよ。

漁師をやる人は他にたくさんあるんですしね、これで人を救ったほうがどんなにいいか判りませんよ。・・・

職業を選ぶ場合だってそうですよ。

どっちが世のためになり、多くの人が幸福になるかを考えて、こっちのほうがいいと決まったら、だれが反対しようとどんどんやってくんですよ。

私だってそれで押し通したんです。

よく、当局が調べるとか、弾圧されるとか、医師会が妨害するとかいろいろ聞きますがね、私はそんなのなんとも思いませんよ。

なぜって、私のやってることのほうがあっちでやってることよりずっといいんですからね、それを止めようとするのは悪いんです。

正しい神様がおられる以上悪が勝つなんてことは絶対にないんですからね。

それからまた、こっちが確固たる信念を持ってると反対者はなくなるもんですよ。

反対者があるとか、いろいろ妨害されるのはこっちにまだ隙があることも多いんです。

いくらかでも迷いとか弱い所なんかがあると、そこを狙って・・・やはり霊ですからね、邪神が邪魔するんです。

こっちが十が十決心して隙がなければ、邪神はどうにもできないんです。

そうなると反対する者も諦めますよ。

そしてそのうちに「あああれはなるほどいいんだな」っていうことが判ってきて、お辞儀をしてきたり、賛成したりするようになるんですから、

この人も家族や親類の反対なんかにはビクともしないでやっていいですよ。」




明主様御垂示 「正を履んで恐れず」 (昭和24年1月27日)

信者の質問
「私は一昨年教習を受けた者ですが、父や弟等が私の信仰と反対です。阿弥陀様だけでよいと云います。

ですから昨年私は反対者を後に島根県の方へ観音様の御手伝いをしに参っております。

父等は私を怨んでいるでしょう。その反対者の想念が御手伝いの邪魔になるでしょうか。お伺い致します。」


明主様御垂示
「少しは邪魔になるが、こんな事は差支えない。

本当の事をしている以上、これを打壊す力はないから(あまり影響はない。懸念の要はない)怨みの想念が来ても何でもない。

その中に必ず判って、頭を下げるようになる。

(私などいろんな邪魔があったが、打勝って発展した)

「正を履んで恐れず」である。」




四、反対者には御神書を読ませよ


明主様御垂示 「信仰反対者には御神書を読ませるべき」 (昭和26年2月25日発行)

信者の質問
「五年前親のいうまま結婚(養子縁組)いたしましたが、結婚生活旬日にして夫が発病、結核療養のため実家に帰り、続いて私が湿性肋膜になりました。

そんなことより両家の感情が縺(もつ)れ、離婚話も出たまま今日に及んでおります。

幸い私はお導きにより御救いをいただきましたが、無神論者の夫は未だに療養生活を続けております。

父は無信仰者でこのお道に大反対でございます。

夫の家も私のほうも分家で同じ花菱の家紋で番地まで四三〇番と同じです。

それに見合いの日の朝病弱であった私の本家の祖母が死亡し、私は顔半面に腫れものができ、見合いがすむと急に治りました。

また私の最初の喀血は本家の法要の日であったことなども、なにか、かかわりがあるようで、霊術者の話では前世の仇同士の間柄であるとのことです。

私は夫を愛情のないままに、あくまで待つべきなのでしょうか。

父は離婚を勧めますが、夫が承知しないのです。

明主様が申される時の来るまで、お道のためにもならぬままに、じっとしていて良いものでしょうか。

私のとるべき道および、実の家にまつわる因縁などを御教示くださいませ。」


明主様御垂示
「いろいろ複雑な霊的因縁があるが、そういうことは、忘れるようにして考えないほうがよい。

ただ神様にお任せするとともに、よくあなたの希望を神様に心でお願いするとともに、できるだけ支部か分所へお参りして、光明如来様にお願いするのがよいのである。

そうして反対者がある場合、御神書または新聞、雑誌などを読んでもらうようにするのが一番よいのである。

しかしこれも無理ではいけない。

よいチャンスを狙ってそうすればよい。

右のようにすれば、必ず神様があなたの希望の通りに取り計らってくれるから心配の要はない。」




明主様御垂示 「信仰反対者には教団機関誌を読ませよ」 (昭和26年4月25日発行)

信者の質問
「私は十九歳のとき、村の方の所へ嫁ぎましたが、夫はすでに梅毒を患っており、

私に染るのを恐れて一度も夫婦の交わりをいたしませず、毎日暗い日が続きましたので、

堪えられなくなって、八カ月目に夫と姑が無理に頼んで止めるのをふりきって実家へ帰り、ただいまの夫の所へ嫁ぎました。

そして昭和二十三年十月入信させていただきました。

夫はそのとき反対ではなく、また賛成でもなかったのでございますが、本家は反対でございました。

それから一年あまり毎月姉の家で例祭のありますとき、お詣りし先生のお話を聞かせていただいておりました。

去年の二月ごろから夫は、夜大きくうなされたり、悲しんだり、泣くようなことを申すようになり、

また会社で「お前の女房は観音教の先生に瞞されている」と聞いて帰り、ぶつ、けるの乱暴をいたします。

それでなくてさえ反対の本家は、もったいないことには私の御守り様を取り上げてしまい、父は焼いてやるとまでおっしゃったのでございます。

その後本家の父と兄は赤痢になって入院、父は間もなく死亡など、次々と不幸が続いております。

私の夫は固い律儀な人で、お仕事や言語には変わりございませんが、家では半気違いのようになって、自分で妄想を作り上げ、激しく責めたて、本当に人様に言えないようなこともございます。

いくら話をしましても聞き入れもしません。帰れと申しますので、子供と別れて親の家へ帰っております。

いかがいたしたら良いのでございましょうか。

私の住んでいます家は夫の叔父に当たる方の家で、二人とも死んでおられませんが、生前よく男があるとかないとか、争っておられましたそうです。

それから私が初めに嫁ぎました夫は、兄が亡くなって、兄嫁と一緒になり、男の子二人をもって幸せに暮らしています。

最近本家の兄も弟(私の主人)の日ごとに募る狂態をいろいろ心配いたし、お道の先生とも話してメシヤ教に対する認識も変えてくださったようで、

まだ御守り様は主人が嫌うので、返してもらえませんが、なんとか夫をもとのように返すにはいかがいたしたらよいでしょう。どうぞお導きくださいませ。」


明主様御垂示
「これは霊的原因が大いにあるが、ちょっとここでは言えない。

夫が帰れと言うのだから実家へ帰って、一生懸命信仰に励み、徳を積むことが最もよい。

あなたが苦しむのは、あなたに罪があるのだから、徳を積んで罪を消すことである。

消えただけは幸福になるのであるから、今後その方針で進み、後は神様にお任せすれば、必ずよくなるのである。

次に反対者にはなんとかして、「栄光」か「地上天国」を読ませるようにするのが一番よい。」




明主様御垂示 「反対家族の傍に御神書を置く」 (昭和25年1月25日)

神経衰弱の子供を治すためには家族入信が必要とされた事例

信者の質問
「YM(男性・三十歳)は中学校三年生の頃より恐怖性神経衰弱に罹り、方々の医者に診て貰いましたが一向よくならず、病性は悪化するばかりで乱暴を働くようになり、

医者をあきらめてある神に頼りましたが、動物霊ばかりがかかり、少しもよくならないのでそれを断り、次に奈良の八峯様と言う神様にお縋り致しました。

八峯様はこの子は治ることは治るが相当長びく、と言われましたが、仰せのごとく長びきました。

乱暴はしなくなりましたが、現在は口も思うようにきけず手足も不自由ですが、記憶力は普通で、殊にお経等は驚くほど良く覚えます。

母親の信仰はとても熱心で御光も受けられ、本人にも御光を受けさせ、今は人助けのために浄霊を熱心にしておられます。

父親は村長でありますが信仰には反対で、理解がありません。

本人に浄霊を致しますとしばしば御先祖様の霊がおかかりになり、お光が有難い有難いと言われるのですが、一体どうしたら御先祖様がお喜びになり、本人が一人前の体になるかをお教え下さい。」


明主様御垂示
「父が信仰に入る事である。祖先も父を入れたいのである。

それには本を読ますのが一番いい。父の側へ神様の本を置いておく。

父が入信して判るとズーッとよくなる。

幹が良くならなくては良くならぬ。」





五、積徳と霊線について


明主様御講話 「霊線による親族の霊層界の連動性」 (昭和29年1月26日)

「それからまた、どうも自分は一生懸命に信仰しているが、親父は反対ばかりしている、あるいは伜(せがれ)がぜんぜん分からないということは、

自分自身の霊的位置がまだ低いからです。

それで自分自身の霊的地位が高ければ、他の者もどうしてもそこの所に引き上げられるのです。

というのは、親父でも伜でも、みんな霊線が繋がってますから、親なら親の枝ですから、親がずっと上に上がると伜もそれについてゆくわけです。

そうすると話をしてもよく分かるわけです。

ところが自分自身の地位が低いからして、いくら口を酸っぱくしようと、気をももうと、あえて効果がないわけです。


ですからそれには自分の霊的位置が向上するということが必要です。

それには、一人でも多くの人を助けて、神様の御用をすることで、それによって自分の曇りが減って、そうすると霊が軽くなるから上に行く。

上に行くから、他の枝でも縁のある人でも、自然にそれについてくるわけです。

だからすべて思うように良くなるというわけですから、結局において自分にあるのです。

それからまた、こんなにしても自分は苦しいことや災難がいろいろあるということは、それはまだ霊に重い点があるからして、

神様が軽くしてくださるために、軽くするには人を救うか、もし救い方が足りなければ自分が苦しむかで、

このどっちかで曇りが取れるのですから、その点さえ分かれば、世の中は決して難しくもなんでもないものです。」




明主様御垂示 「徳を積めば反対家族に光が行く」 (昭和24年4月23日発行)

信者の質問
「私の娘(十九歳)は一昨年七月に御浄霊を受けておりましたが、その後お祭りにも行かず御浄霊も受けず、家内の者が御浄霊を受けるのさえも止めようといたします。いかがいたすべきでしょうか。」


明主様御垂示
「ははあ、変な霊が憑いたんですね。

これはね、やはりお母さんがたくさん人助けをして徳を積むんですね。

お母さんがよくなって浄まれば、親子は霊線が繋がっているから、それによって娘さんもよくなります。

まずご自分が徳を積むことです。

これによってその魂が光りますから、その光が娘さんに及んで、邪魔してる霊はしだいに萎縮してついには離れてしまいます。

すべて一家の中で、ある者が反対している場合でもそれでいいんですよ。」




明主様御垂示 「霊線を通じて反対霊も浄まる」 (昭和24年8月17日)

反対家族に信仰を勧めるのは逆効果

信者の質問
「昭和二十一年八月、妹のカリエスのため、母親がお光をお受けしましたが、

同年十一月、母親から勧められて、私はお光をお受けする事が出来ましたが、妹は二十三年三月死亡しました。

私は御道のため御救いを戴き心から感謝していますが、父親始め家の者に反対されていますので、それに対してどうしましたらよいでしょうか。

また、死んだ妹と何かの関係がありましょうか。」


明主様御垂示
「時節を待てばよい。あまり奨めぬ方がよい。奨めると反って延びる。

霊線が通じているから、一人か二人判るとある程度浄まるから、

そうすると反対する霊も浄まるからいい方へ変わる。」




明主様御垂示 「変な霊の憑依する娘が参拝妨害」 (昭和24年3月16日)

信者の質問
「私の娘(十九歳)、一昨年七月頃より御浄霊を行いおりますが、その後御祭りにも参らず、また、浄霊もやらせず、一時は治ったと思いましたが、

近頃はまた変になり、家内の者迄御参りを差止めます。

考えますれば狐霊の働きと思います。いかにすれば早く取れましょうか。」


明主様御垂示
「変な霊が憑いている。

母が良く信仰して人助けをする。母が良くなり浄まると、霊線を通じて娘が浄まる。

すると邪魔する霊の力が弱まる、萎縮する。」




明主様御垂示 「ヒステリーの義理の娘 浄霊が大嫌い」 (昭和24年11月7日)

徳を積むと家族も霊線によって浄まる

信者の質問
「私は本年八月十二日入信致しました。私は後妻としてこの家に来たのですが、先妻の子供が二人ありますが、

それでS(長女二十三歳)がヒステリーが強く、そのために家の中が暗くなって仕舞います。

私はなんとかよくしたいと考えておりますが、本人は信仰する気持はない・・・浄霊は大嫌いです。

Sは胃が弱く、いつも胃薬を用いており、Sの子供(二歳)が一人ありますが、叱り飛ばすので子供迄が癇が強くなって仕舞いました。

今後いかにしたらよいでしょうか。御教え下さいませ。」


明主様御垂示
「入信して徳を積む。すると家族も霊線によって浄まる。

Sも霊線によって浄めてゆく。そうすると入信したくなる。ある程度浄めなければ信仰心は起らぬ。

それにはこちらが浄まる事で、そして霊線によって浄める事が一番効果がある。

霊線を伝わって曇りがとれる。

一人判った人が出来ればいい。」




明主様御垂示 「悪霊の憑依する両親が信仰に大反対」

信者の質問
「妹夫婦は入信して御奉斎しています。

妹の夫は四年前より右手足が中風症状で、益々ひどくなって来ますが、

父親は病院に勤め、母親は本教に大反対です。いかなる訳でしょうか。」


明主様御垂示
「悪霊がいて邪魔するのである。

信仰で人を助け、気長に神様にお任せする。」




六、家族の信仰反対で苦しむのは浄化作用


明主様御講話 「家族の信仰反対も浄化作用」 (昭和27年10月7日)

「運命は自由に作られる」というのを書いたのですが、これは良く知っておくと非常に楽になるのです。これは特に信者の人にも大いに必要ですから、今読ませます。

(御論文 「運命は自由に作られる」 拝読)

よく、奥さんが信者になっていて、どうも親父は分からないといって煩悶しますが、

親父が分からないといって煩悶するのが浄化作用なのです。

その奥さんの浄化作用なのです。

だから奥さんが浄化されるということは、それだけ曇りがあるからです。

ですからその奥さんの曇りが除れると、その親父は反対できなくなり、やっぱり信仰したくなるのです。

やっぱり相応の理です。その点を良く知らなければならない。

「あいつはオレがあんなに親切にするのが分からない、むしろオレを苦しめたりいじめたりする、けしからん」と言うが、それはやはり自分に曇りがあるからです。

ですから人間の一切の悩み苦しみは、みんな浄化されているわけです。

「あの畜生、人を酷い目に遭わせやがる、あいつのためになんて酷い目に遭った」とかという「あいつ」というのは、浄化作用をやってくれている人です。

その点が分かると、自分を苦しめる人を恨むことができなくなるのです。

それを知るのが人間には肝腎です。

で、すべて浄化作用は苦しみによって除るということに、昔からなっている。


そこで信仰すれば良いということになるが、信仰といっても難行苦行をするのです。

無理に断食をしたり水を浴びたり、苦しむようにするのです。

よく、お百度参りをしたり、襦袢一枚で町を駆け出したりするのがありますが、あれでやはり魂が浄まるのです。

ところがそれは夜の世界の時代だったから、どうしても地獄的に身魂を浄めるのです。

ところがメシヤ教はそれとは反対に楽しみながら、苦しまないで浄めるのです。

ですから美術館なんかというのは、そういった意味です。

あれは、美術を見ていると、美術を楽しみながら自然に浄まる。

向上するのです。魂のレベルが上がります。

それからお祭りの時の余興とかもそうです。

大体余興をする芸能人なども、だいぶ信者になるのが増えてきましたが、

ああいう人たちが信仰が分かり・・・まあ、信者なら結構ですが、

そうするとその人は霊的にそれだけ高くなりますから、

そういう人の言葉や声を大衆に聞かせると、

大衆がそれによって楽しみながらいくぶん浄化作用が行なわれるのです。

神様のそういう仕組みなのです。


そこでメシヤ教は今までと反対に、苦しまないでつまり楽しみながら磨けていくのです。

これが天国的宗教です。つまり昼間の世界の宗教です。

これはたいへんな違いです。

ですから私はいつも、苦しんでやることに、ろくなことはないというわけです。

私はその方針です。

例えてみれば、私が物を造ったりしますが、そういう場合に苦心したり考えたりしないのです。

ですから人が、これだけのものを造るのは随分苦心なさったでしょうと言われますが、返事に困るのです。

しかし信者以外の人には「なかなか骨折って苦労しました」と調子を合わせておきます。

それから私は、なにか考えてちょっと考えが出ないと、止めてしまうのです。

それをどうしても考え通そうとはしないのです。

止めるのです。そうして忘れていると、ある場合にヒョッと気がつくのです。

ああこれだということになる。

ですからちょっと考えて良い考えが浮かばないと止すのです。

考えが浮かばないということは、時が来ないのです。

それで時が来ると神様の方でヒョッと知らせますから楽なものです。

ですから、苦しまないで実にスラスラと順序良くいくのです。

とにかくこの味というものは、今までの頭では信じられないのです。

ですから私は苦しむようなことはしないのです。

よく展覧会などに行って思うことは、絵が苦しんでいるのです。

だから、それが楽しみながら画けば良いのですが、

一生懸命画こうとか、なんとかの苦悩が画面に表われているのです。

ですからそれを見てそれから受けるから楽な良い気持ちはしないのです。

楽しみながら画くとそれが画面に出ますから、それを見て楽しい気持ちがするのです。

ですから展覧会などをまわってみても、良い気持ちがしないのです。

なんとなく変な気持ちがする。

それは骨折って画いてあるからです。

そういうことは今の人は知らないのですが、メシヤ教はそういうことをだんだん教えるのです。

そんなわけで運命というものは自由なのです。

自由ということは、こっちの魂の状態さえ曇りがなくなれば良いのです。

曇りに相応して苦しみは来るのです。

だから伝染病が伝染するといっても、濁った血があるから伝染するのです。

濁った血がないと黴菌は死んでしまうのです。

それと同じで、苦しみや禍もこっちに曇りがなければ来ないのです。

よくお蔭話で「高い所から落ちて助かった」ということがあるが、

そこに曇りがあればその時に死ぬとかするが、

御守によって曇りが減っているから、そこでどうしてもそれを避けてしまうということになる。


一切は相応の理によって動いているのです。

それを知れば楽にうまくいくのです。

どうも、自分はこれほど骨折っても成績が上がらない、ということは、まだそこに曇りがあるのです。

成績が良くないということは、こういう層(良い運命と悪い運命の上下の層)があるが、

自分はここ(下の層)にいるから、良い運命は上を通り越してしまう。

こっち(下の層)は成績が悪い運命です。そういうわけです。」




明主様御垂示 「家族の信仰反対によって苦しむ原因は罪穢」 (昭和25年10月15日発行)

信者の質問
「三年ほど前に入信いたしました信者で、一家入信し御神体もお祀りいたしております家でございますが、

入信当時それまでお祀りしておりましたお稲荷さんの祠(ほこら)を調べましたところ、お札がいつの間にか紛失しておりました。

近所の子供が取り出して捨てたものらしく、その後へ玩具様のものが入っていたそうでございます。

そのままにして現在祀ってないのでございますが、その後、家の中がなかなかまるく治まらず、

特に現在は入信いたしました父がひどくこのお道の反対を申し、娘さんが人の御浄霊をいたしますことさえ許しません。

他にもいろいろと曇りの多い家でございますが、この父の反対は捨てられたお稲荷さんと関係がございましょうか。

お稲荷さんの名前が分からなくなっているそうで、ございますが、改めて祭るといたしますと、どのようにしてお祀りいたしますればよろしゅうございましょうか。御教えを賜わりたくお願い申し上げます。」


明主様御垂示
「たぶん稲荷の霊だと思うが、名前も判らず、お祭りをするほどのこともないから、そのままでよろしい。

父親が反対し、家族の者が苦しむとしたら、家族の人たちも罪穢があるのだから、人助けをするのがよいが、

それも反対されるとしたら、できるだけ御神書を読むようにすることである。

それによって身魂が磨けるから、父親の反対もだんだん薄らぎ、ふたたび信仰を取り戻すことになる。焦らず時節を待つべきだ。」




明主様御垂示 「家族の反対により罪穢がとれる」 (昭和24年)

信者の質問
「自分の指導した人が親や兄弟の無理解から思うように御手伝いが出来ませぬ。

指導の方法が間違っているからでしょうか。」


明主様御垂示
「神様の仕事をするに汚れがあり、それを除る方法として病気とか誰かの反対・・・とかがあるのである。

だから罪穢を除ってくれる訳であるから怨めない。

人間の考えとは反対の場合が多い。

御苦労様を感謝していい。騙されて損するなども、そのために救われるのである。

騙す方へ正守護神が憑いてさせる事がある。

すべて反対の事がよくある。

物の考え方を逆に考える事もいい。

ある事を考えて解釈のつかぬ場合は、逆に考えて合う事がある。」




明主様御垂示 「配偶者の反対で信仰が進む」 (昭和23年7月8日)

信者の質問
「主人が教導師で御浄めさせていただいている場合、夫婦ともに浄化させていただくには妻はいかがいたしたらよろしいでしょうか。」


明主様御垂示
「これは人為的にはどうすることもできない。

自然にしておくより他にない。・・・

夫婦が別に反対もせず揃っていい場合と、反対していい場合とある。

反対があるのはいいことで、それによって信仰が進むのです。

というのはね、教導師になってもたいてい罪がある。

で、神様はできるだけ早くこれを除いてやろうとなさる。

罪を取るには人間が苦しむかまた善行を積めばよいのだが、人間は苦しむほど汚いものが出てくる。

ところが信仰によって汚れをとるのは楽なのです。

妻が反対なんかすれば、主人もいろいろ苦しみ、それにより汚れがとれる。

そうすると妻も判ってくるんです。

主人のほうが高まるにつれて妻もそれについてくるか、あるいはあんまり離れすぎてしまうと霊界へ行って出直すことになる。

神様にお任せしておくのが一番いいのです。」




明主様御垂示 「病気が治っても罪穢が残れば別の苦しみが襲う」 (昭和24年1月6日)

信者の質問
「私共夫妻は三年前御光を戴き今日に到りましたが、私のみは泌尿器関係の浄化激しく、連続的で御手伝いも十分出来ず、

加うるに父が反対して、やる瀬ない日々を送っております。

度々先輩諸先生に御指導を願っておりますが、その通りに実行出来ません。

どうしましたらよろしゅう御座いますか。」


明主様御垂示
「罪穢が未だある。訳があって苦しむのである。

入信してまず第一段は救われたが、未だ家の中までは入れぬのである。

まず健康になったが、罪が病気で除れないとなると、罪穢をとるため他の事で苦しむ。

であるから、反対者があって苦しむのは悪い意味に解すべきでない。

(泌尿器関係は治る。手術しない人なら必ず治る。自分で浄霊する)」




明主様御垂示 「周囲の反対もご自分に原因あり」 (昭和25年5月23日)

信者の質問
「この御道の信者で、周囲の反対のために手術を致しましたけれど、御観音様の御守護によりうまくいったと云うものがしばしばありますが、これはいかがなものでしょうか。」


明主様御垂示
「うまく行ったのは一時的で、決して永久ではない。

周囲の反対なんていっても、原因は寧ろ自分にある。

反対といってもマサカ暴力を使う訳ではない。」




七、その他について


明主様御垂示 「大乗と小乗」 (昭和24年10月27日)

親の言うことに従うべき場合と従わざるべき場合

信者の質問
「信仰雑話の大乗と小乗の項に『たまたま自分は目的を立て、それを遂行せんとする場合、親の許を離れなければならないが、親は不賛成をいう。

止むなく一旦親に叛いて家出をし、目的に向って努力し、成功してから親の許に帰れば、親もその光栄に喜ぶは勿論で、大きな親孝行をした事になる』と御座いますが、

観音様の信仰をさせて戴いて、親の反対する場合、前項のごとく大乗的にやってもいいでしょうか。

観音様は常識を欠いてはいけないと言う御教えでありますので、迷っております。

いかが致したら宜敷いでしょうか。御伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「臨機応変で、立派な親なら言う事を聞く。

分らない親の言う事を聞くと子供も良い仕事も出来ぬ。

出来るだけ理解さすようにして、親が困らぬようにして出るのもいい。

自分も親の心配を掛けぬ手段をとってやるべきである。

法律には従わねばならぬが、これにふれなくては良い事が出来ぬ場合もある。

ふれなくては救いが出来ない。

法律にふれたために人が困るならいけないが、それがために人が幸福になるから仕方ない。

戦時中、平和の話をすると法規違反になる。法規に従えば闇米は買えぬ。

これは小乗で、破って闇米を買う。これは大乗である。」




明主様御垂示 「夫の信仰反対」 (昭和25年2月7日)

離婚するかしないかは神様が御決定

信者の質問
「私は昨年七月カリエスで教修を戴いた者です。

姉にも勧めましたところ、姉(三十五才)は大反対の主人にかくれて入信しました。

ところが私は御浄化を戴きましたが、私の主人(三十八才)も絶対反対で浄霊も出来ませんので困っています。

主人には前から他に女があり、入信以来夫婦仲は益々円満にはゆきません。

「お前が信仰するなら家を出て行け」と叱りつけます。勿論浄霊も嫌っています。

姉は二人共に主人と別れて信仰の道に入りたいと言っておりますが、どうしたらよろしいでしょうか。御伺い致します。」


明主様御垂示
「忘れるよう、出来るだけ考えぬようにし、人を多く助けるようにする。

別れるか別れぬかは、神様がよく判っておられるから、よくして下さる。」




明主様御垂示 「二号のいる夫の信仰反対 気長にやれ」 (昭和24年8月21発行)

副守護神が明主様信仰を妨害することもある

信者の質問
「たびたびの御浄化にいつも厚い御守護をいただきまして誠にありがとうございます。

感謝のあまりこのお道でお手伝いをと存じ、いよいよ始めようといたしますとすぐ邪魔が入ります。

主人には別に一人の女性がありまして御光りもいただいておりますが、この女はお道のことがどうしても判りません。

主人も教修を受けていてお道に理解は持っているのですが、少し私が外へ働きかけるといけないと制止いたします。

このたび長男とともに一心に働かせていただきたいと決心いたしました。御守護のほどお願い申し上げます。」


明主様御垂示
「これは簡単にはゆきませんがね、あせらないで気長にやってれば、うまくゆきますよ。

つまり御主人の副守護神が邪魔をするんですからね、主人公によくあるんですよ。

この道を知って、これは非常にいいことだって宣伝する。

ところが御自分はちっともこのお道に入ってきやしない・・・こんな人にはきっと二号がいるんですよ。

これはなぜかっていうと、この道に入ると二号なんかおけなくなるから、それが怖いんですよ。」




明主様御垂示 「父の浄霊反対 憑霊が原因」 (昭和24年10月8日)

信者の質問
「当年五十一歳、父は本教の事がよく判らず、しばしば反対致します。

気分がよければ、御浄霊をしてくれと申しますが、御浄霊の途中より「お前達はだまされている」と申します。

それで私は嫌になり、止めてしまいます。

それでいて他人を御浄霊致す時は黙っております。

私の罪のためでしょうか。御教示下さい。」


明主様御垂示
「父に浄霊を嫌う霊が憑いている。

そして本守護神、正守護神は浄霊を良いとしているのである。」




明主様御垂示 「入信望まぬ夫 放ったらかしておけ」 (昭和24年8月17日)

信者の質問
「主人は昭和十九年頃戦死し、その公報は三年後にありました。

その年葬式を終え、同年主人の弟と結婚致しましたが、夫婦仲がうまく行きません。

また父親は神主で、夫は農業をやっており、私は観音様を信仰しますが夫は信仰致しません。霊的関係ありませんか。」


明主様御垂示
「霊的関係がある。

放ったらかしておけばよい。

先方に希望がなければそのままにしておく。

臨機応変である。」




明主様御垂示 「二号のいる夫は入信を忌避する」 (昭和25年1月12日)

信者の質問
「奥さんのみが入信致しております家庭で御座いますが、数々の御守護を戴きながら御主人が全然わかりません。

そして奥さんに対し次のような事を申すそうで御座います。

「今年中はどんなに言っても私はわからない。来年になればわかる」とか、「東の空が白んで来た。今にうまくゆくようになる」とか、散々反対致しました後で「これが邪神である」等と申します。

これはいかなる霊の作用で御座いましょうか。御伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「多分二号があるんだろう。」




明主様御垂示 「信仰に反逆する児童 怨みの霊が原因」 (昭和25年2月17日)

信者の質問
「私が浄霊しています家(昨年十一月、一家七人全部入信、本年二月光明如来様奉斎)の一人息子が肺患にて最初一ケ月の経過良く、目方も一貫目増えましたが、

本人は御浄霊を好まず、最近は全然受け付けません。

親が本教に熱心になればなる程反逆します。

何か霊的原因によるように見受けられます。いかがなものでしょうか。御教示願い上げます。」


明主様御垂示
「怨みの霊か、邪魔しようとする霊である。メグリに対する災いである。」




明主様御垂示 「入信後に信仰反対者となる」 (昭和24年5月9日)

祖霊の憑依

信者の質問
「大先生様の御霊徳によりまして、家族一同教修を戴き、四月二十一日より自宅で開業させて戴きました。

すると今迄熱心に人に勧めていました父(五十三歳、葬儀商)は、三日目より心境が変り、突然反対するようになり、

家族の者の信仰を止めさせようと致しますので、色々な手段を取りましたが、一向に解りません。

すると五月二日、霊的である事が分りました。

それは信者、MH(男性)さんがお出でになりまして、頭痛がすると言われますので御浄霊致しますと、I家の先祖が現れました。

父の事について尋ねますと、先祖の一人が憑依していると言うので御座居ます。

この事実を父は更に否定し反対致します。

この際、一時他の場所に出て開業させて戴く事は差支えないで御座居ましょうか。御垂示御願い致します。

なお、父は最近、光明如来様の前では眠れないと言い、毎晩、板の間に薄縁(うすべり)を敷き休んでおります。

毎日御浄霊を受けているので御座居ますが、一日も早く改心し、御観音様の御恵みにお報い奉る事が出来ますよう御守護御願い申し上げます。」


明主様御垂示
「憑依霊が苦しいのである。

お守をかけただけで苦しいのがある。

祝詞、御讃歌、信仰雑話を聞かすのがいい。」




明主様御垂示 「入信後に信仰反対者となる」 (昭和24年9月28日)

信者の質問
「本年五十二歳の男、二月十八日に入信、三月に大先生に御面会させて頂き熱心に御手伝いに従事している方の妻ですが、

一年前入信し熱心に御仕事をさせて頂いたのに、主人が御面会より帰るや反対するようになり、主人の浄霊は受けますが、外の家族の者の浄霊も致しません。

妻の反対するのは、妻の実家の方に何か霊的原因があるように思われますが、いかがなもので御座いましょうか。

また、光明如来様を御迎え致したいと申しておりますが、妻の反対を押し切ってお迎えして宜敷いでしょうか。あわせて御伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「大先生の神様をみて驚いて改心した。」




明主様御垂示 「周囲の反対と祖霊の活動」 (昭和24年)

「これは本人が悪いんではない。

本教の事を親戚が知らないためにやった事であるから、大して罪にならぬ。

その中、祖霊が働いて復活するようにしてくれる。」






反対者の改心について


明主様御垂示 「反対者は解ると割合良い」 (昭和26年11月5日)

信者の質問
「地上天国第二十九号の「教えの光」に、応神天皇のことが出ておりましたが、どういうことでございましょうか」

明主様御垂示
「解答はそれで良いじゃないですか。」


信者の質問
「前に応神天皇が明主様の御前世と・・・」

明主様御垂示
「関係があります。」


信者の質問
「邪魔するのがおかしいと言うのでございますが」

明主様御垂示
「そんなことがありますよ。

私だって、生まれてから、今のようではなかった。無神論のカチカチだった。

金が儲かったら、共産主義を助けようと思って、共産主義のシンパ(同情者)あれをやろうと思った。

だから、神様なんか信仰しているのは癪にさわってね。

ああ馬鹿な奴がと思っていたけれど、私は悪いことはしなかった。

良いことはしたかった。良いことをするのが本当だと思っただけで、神ということは・・・神なんかあるものかと思っていた。


だから、反対者というのは、解ると割合良いんですよ。

強い反対者は強く解ってくる。

どっちでも良いというのは、一番困るんです。

反対なら反対するのは、一つの信念を持っているんだからね。

相手が間違っているから反対すると言う。

その意志の強さですね。

それが、くるっと変れば良いんですからね。

反対も賛成もしない、どっちつかずの奴が一番困るんです。

そういうのに限って、信仰しろと言うと、信仰は結構ですね結構ですねと言う。」


信者の質問
「なんでも素直にというのが・・・」

明主様御垂示
「それもあります。

要するに、世渡りの修業が積んだ人がそうです。

それから、そんなに立派な信仰があり得べきものではない。

どうせ、気の弱い者がつかまるものだと思っているからね。」