布教と霊層界について


明主様御講話 「霊層界が低いと布教も発展しない」 (昭和29年1月26日)

「今読んだとおり、運が良くなる、思うようになるということは、理屈を知ってみれば非常に簡単な話なのです。

ここを自分が知るとともに話してやればよいのです。

ところがそういう肝腎なことをやらないで、ただ人為的にうまくゆくように一生懸命やるのだからして、結局なんにもならないので、無駄をやっているわけです。

それで、百八十段という層になっているのですから、その層の居所によって運が良い悪いになるのです。

この層の良い所は良いことばかりが流れているのです。そこのところは神様は実にうまく作ってあります。

低い所は悪いことだらけなのです。

悪いことが満ちているのです。

上層になるとそれがだんだん少なくなり、今度は良いことに変わってくるということになっているのです。

そういうようで、人間はどこかにいるのですから、良い方にいるようにすれば、そこに行けば運が良くなるに決まっているのですから、なんでもないです。

よく方角が悪いとか良い家が見つからないとか、いろいろなことがありますが、それは霊界の居所が下ならどんなに良い家に住まおうと思っても、そこの世界には良い家がないのだから見つかるわけがないです。

霊界の層が上に行っていれば、今度は、探さなくても見つかるようになります。

そこに住まわなければならないことになっているのです。

それが運命です。

ですから、よく支部を作っても発展しないとか、どうも信者ができそうでできないということは、自分の魂の居所、霊の居所が低いためです。」




明主様御講話 「霊層界が低いと布教も発展しない」 (昭和27年10月7日)

「自分はこれほど骨折っても成績が上がらない、ということは、まだそこに曇りがあるのです。

成績が良くないということは、こういう層(良い運命と悪い運命の上下の層)があるが、

自分はここ(下の層)にいるから、良い運命は上を通り越してしまう。

こっち(下の層)は成績が悪い運命です。そういうわけです。」




明主様御垂示 「浄まらないと救う力が出ない」 (昭和25年4月26日)

信者の質問
「私は昭和二十二年一月入信、家族五人共入信、二十四年六月大光明如来様御奉斎、御道のために微力ながら尽くさして頂きたく思い、

知人を尋ねては開拓にと各地に布教しましたが、仲々思うように出来ず、経済的にも行き詰りましたが、

どうしても御道に進まねばと意を決し、少しの財産を整理致し、御用に開拓にと努めて参りましたが、

物心共に浄化にあい、御用に事欠き、思うようになりません。

因みに私は入信前左額部に怪我をして七ケ月程医療を受けたれども治らず、その後本教浄霊にて治りました。

また私の家は分家にて血統も種々複雑になっているのです。

霊的に何か関係があるでしょうか。御伺い申し上げます。」


明主様御垂示
「(霊的でない)罪穢があるんで、ある程度浄まらねば救う力が出ぬ。

沢山信者の出来る人と出来ぬ人がある。

霊がある程度浄まると言葉に力があり、先方の魂にふれる。

曇りが多いと言霊に力がない。

浄霊でも治る人と治らぬ人がある。

(神書を出来るだけ読む。神書を読むと身魂が磨ける。頭が良くなる)」




明主様御垂示 「資格がないと他者を信仰に導く事は出来ない」 (昭和23年)

「その人に対し候補者を向ける時も、その人に資格がないとその人を信仰に導く事は出来ない。

信仰として形態をなしたのは今年からである。

諸子とてもどんな質問にも明快な答の出来るのは無理である。それ等が段々調ってくる。

あらゆる方面に意外な所から話がある。

今いろんな話があるが、止めるようにしている。

しっかりと固めつつ行かなくてはならぬ。

パッと拡げるだけではいけない。今迄の宗教のように・・・。」