布教地について
明主様御垂示 「遠隔布教の効果的方法」 (昭和24年5月25日発行)
信者の質問
「遠方へ布教開拓に出た場合、最も効果的な方法をお教えください。」
明主様御垂示
「別にこういう方法ということはない。
根本的に言って誠である。
誠の強い人は神様の御守護が強いので、霊が強力に働くからいい結果が得られる。
決して焦ってはいけない。
焦ると人間の力が上になるから逆効果を来す。
またその地方によって、効果あるなしはその土地の霊界の明暗が大いに関係がある。
また産土の神の系統によることもある。
熱心な祖霊の活動にもよる。
自分は最善の法をつくして、後は神様にお任せすることである。
また神様のほうではすべて時期と順序がある。
この土地を開いてからでないと、あの土地は開けぬという場合がある。
それが人間の思惑と違うことが多い。
それを人間は知らぬから、うまく行かぬと焦り出す。
この注意が肝腎である。」
明主様御垂示 「布教地選択における逆効果」 (昭和23年9月18日)
信者の質問
「地名によりお道の開けやすい所を選んで伝道するのはいかがでしょう・・・」
明主様御垂示
「これは反対です。むしろ地名の悪いほうを選んだほうがよい。
悪い所汚れた所に伝道してそこを浄めて行くのが本当です。」
信者の質問
「悪い地名のほうが骨が折れると存じますが・・・」
明主様御垂示
「そうとも限らない。むしろ悪いほうをかえって邪神が閑却することもあるんです。
東京というのは言霊はいいのですが一番濁っており邪神の巣窟です。
また地名を選ぶといっても、選ぶということは神様が選んで人間にさせるのであって、人間が勝手にするのではないのです。
またある土地を開くべき時が来ればその人がそこへ行くべき必要が起る。
神様がなにか必要のことを起してその人をその土地へ行かせるようになるのです。」
明主様御垂示 「開け難い地方、清濁と邪神の妨害」 (昭和24年11月19日)
信者の質問
「土地によって曇りの多少があり、観音教の普及もやり易いところとやり難いところがあるのでしょうか。
なお、発展しにくい場所にて開業することになりますのは本人の罪穢の多少によるのでしょうか。」
明主様御垂示
「解釈が違う。土地によりいろいろある。
きれいな所、汚い所があり、汚い所は邪神の力が強く、邪魔がある。
そういう所へは強い人が選ばれて行くのであるから、反って名誉である。
楽な所へ行く人は力の弱い人である。
故に反って骨の折れる所がいい。
それとても時期であるから、どんな困難な所も、時期さえ来ればうまくゆくのであるから、焦らず待つ事である。」
明主様御垂示 「霊的に危険な地方への教会設置の是非」 (昭和24年1月28日)
信者の質問
「熱心な信徒ですが、今度教導所を新たに建てるべく準備中ですが、新年の御面会に大先生から東京方面は危いとの御言葉で御座いましたがいかがで御座いましょうか。
現在建っている家は工場と事務所、住宅のみで非常に狭く、教導所に使用しては不可能で御座います。
御教示賜りたく御願い申し上げます。なお、場所は東京都両国で御座います。」
明主様御垂示
「考えなくていい。やりやすい所をやってればいい。」
明主様御垂示 「地名や姓名と布教の関係」
信者の質問
「その地方の地名や布教者の姓名が布教発展に影響がありましょうか。」
明主様御垂示
「ないとはいえぬが、あまり気にする要はない。」
明主様御垂示 「人によって発展する地方」 (昭和24年6月8日)
信者の質問
「布教に関してある地方では出来ない人が他の土地に行くと非常に発展する教導師があります。
これは土地と人に何か因縁があるのでしょうか。お伺い致します。」
明主様御垂示
「因縁があるのである。時所位を得るのもこういう事もある。
日本には霊統が三つあって、この土地の一番多い系統の宗家のようになっている。
反対があるのは霊統が違う。
また、神様の順序があり、それを無視して執着するのはいけない。」
明主様御垂示 「布教所の度々の移転も結構」 (昭和26年10月5日)
信者の質問
「教導所で家が転々として変わるというのは、浄まりが足らないのでございましょうか」
明主様御垂示
「結構じゃないですか。
大いに変わったほうが良い。
変えなくっちゃいけない、と言うなら、それで良い。
だいたい、本部だってずいぶん変わりますよ。これからも変わる。」
信者の質問
「一部の人は、あんまり曇りがあるから落ち着けないのだ、というのでございますが」
明主様御垂示
「そうですよ。曇りを取るために変わるんです。だいたい、曇りがない人なんて、いないです。」
信者の質問
「信仰するその人にでございましょうか」
明主様御垂示
「信仰する人も、信仰しない人も、先生も、その家も、みんな曇りがある。」
信者の質問
「やっぱり良くないと、世間で評判されるのでございますが」
明主様御垂示
「かまいません。神様がそうされるんですからね。
新聞も、最初「光」それから「救世」それから「栄光」と、こんなに題名が変わるのなんか他にありませんよ。
神様がされるんだから、しょうがない。それは、こういうわけです。
今までの宗教とぜんぜん違うということは、今までのは夜の世界だから長くやっていたが、今度は千年くらいかかっていたのを、私は十年くらいでやろうと思っている。
神様がやられるんですが・・・と言ったほうが良い。」
信者の質問
「変わらずに続けてやったほうが良いでしょうか」
明主様御垂示
「神様にお任せすると良い。
というのは、変わったほうが良くいく「心配しなくて良い」と言う好条件の場合は変わっても良い。
神様にお任せするというのは、そういう意味なんです。
私なんかも、よくそういうことがある。
なにかにつかえて、こちらに来たほうが良いという場合があると、これは神様が・・・と、こっちに行っちゃう。
そういう場合に、馬鹿にゆっくりしているようで、馬鹿に早い。」
明主様御垂示 「他宗教による霊的妨害の激しい地域は御神体を沢山奉斎すべき」 (昭和26年8月5日)
信者の質問
「鳥取県I郡T村は日本海に面した二、三百軒の漁師部落で三、四十人の信者がおりますが、
メシヤ教に入信すると、その翌日よりの漁業の収穫が悪く、
その部落での最大収量のものを百%とすると、七、八十%穫れていた者が入信した場合、四、五十%しか穫れなくなります。
二人乗りの舟で七、八十%穫れていた人で、三、四十%程度しか穫れず、すでに一年半くらいになりますが相変わらずです。
メシヤ教のことを悪く言う人は百二十%くらい穫れております。
三、四軒の家の発動機が壊れましたが、それもすべて信者の家でございます。
また、大きな漁船を持っているところも、収穫がございません。
なお、病気では大いにお蔭をいただいております。
三軒の家では御神前にお供物をするために漁に行きましたところ、そのときは鯖の時期でありましたのに鯛が一尾穫れました。
先生がお出になると時期外れなのに蟹が穫れたりします。
その部落は、今まで天理教の信者であり、本教に入信いたしました者も天理教より替わってきた者でございます。
大阪より転居してきた家では四月ニ十日より大光明如来様を、他の一軒では光明如来様をお祀りさせていただいております。
光明如来様をお祀りしたほうの家は、いまより一ヵ月くらい前から、どうにかよそなみの収量があり、その前の一年半くらいは穫れませんでした」
明主様御垂示
「宗教に関係がある。
もっと光明如来様をお祀りさせなければ。
天理教の神様の邪魔がある。
そのうちにだんだん邪魔ができなくなり、だんだん穫れるようになる。穫れないのは一時的現象です。」
信者の質問
「山口県にも同様のことがあり、光明如来様をお祀りしてからだんだん良くなりました」
明主様御垂示
「やはり霊界の邪魔なんです。一時先方が勝つが、だんだん神様の力が強くなると、こちらが勝つ。
ミロクの世までこの戦いは続くんです。」
明主様御垂示 「霊憑りの多い地域は御書をお祀りすべき」 (昭和23年6月28日)
信者の質問
「山口県長門三隅(萩から約一時間、古戦場)長崎県五島(墓を粗末にしている傾向あり)右二カ所は極端に霊憑りの患者が多いのですが・・・」
明主様御垂示
「ほう、そうですか。動物霊ですね。
それはそこの霊界が曇っているから動物霊が働くのです。
やはりその土地の神様の位が低く力が弱いのです。」
信者の質問
「御軸や御額をお祀りいたしたらいかがでしょう。」
明主様御垂示
「ああ勿論結構です。
以前治療所と言っていた時分、額をたくさんかけた所は発展しましたよ。
最初から一番たくさんかけたのは渋井です。
私もその発展ぶりにはびっくりしました。
御額はたたんで三宝にのせてたって駄目です。
ちゃんと展げてかけねば。」
信者の質問
「ちょっと家の事情、例えば金がなくて表装できぬという場合は・・・」
明主様御垂示
「そんなことはないですよ。
表具屋へやれば必ず金が入ってきますよ。
借金をしてもいいから表具屋へ持って行くことです。」
明主様御垂示 「布教上新土地の気風を知る法」 (昭和24年6月29日)
信者の質問
「新しい土地へ布教に行く場合、その土地の気風を早く知る方法として、いかなる方法が御座居ましょうか。」
明主様御垂示
「知る要はない。神様がついておられるから、その土地へ行けばその土地に合うような行動がとれる。
それで判る位である。
その場面により臨機応変にやるようにする。」
布教地の氏神様に対する御挨拶
明主様御垂示 「布教地の氏神様への礼拝作法」 (昭和27年8月1日)
信者の質問
「出張所の責任者が御浄霊のときに、霞のような物がまとまって人間の形になったものが目に写り
「ワシはこの土地の二千年前からの先祖だ。これは結構なことではあるが、黙ってしてはならない。
一応断ってもらいたい」と言うので早速お参りに行きましたところ、
患者がたいへんくるようになりました。
そういう場合のお参りの方法はいかがいたしましたら・・・」
明主様御垂示
「方法も何もない。
いきなり行って、最初に、今日からこの土地を拓こうと思いますから、どうか御守護御願いします、とお願いとお断りと両方するのです。
それは非常に結構なのです。
私はそれをやりたいのだが、そうするといやに神道臭くなるので言わなかったのです。
しかし時たま言うことはありました。」
信者の質問
「土地の守護神でございますか」
明主様御垂示
「土地の氏神さんです。
それは本当です。最初は丸くなってくるのです。
そうして人間の形になるときに丸いのがほごれてそうなるのです。」
信者の質問
「光でしょうか」
明主様御垂示
「光とも違うのです。それは神様の格にあります。高い神様だと光がそうとうあります。
普通は白い煙です。霞のようなのです。
産土さんくらいになると薄光がある。
神という名が付くと薄光がある。
良い神様になるとだんだん光が強くなってくる。
産土の神というとその土地だけの光しかない。
それから国魂の神様というと、そうとう広い範囲になる。
天照大神、素盞鳴尊とかそういう神様になると、日本とか朝鮮とか、それだけの大きさの光になる。
で、世界全部の光というと私に憑いているメシヤの神様です。
これは世界全部になる。
それで世界メシヤ教と言うのです。
ですから世界という名がついているのは、メシヤ教と紅卍字(こうまんじ)会です。
紅卍字会は至聖先天老祖(しせいせんてんろうそ)という世界的の名前がついている神様ですからそうとうなものです。
至聖先天老祖というのは国常立尊(くにとこたちのみこと)です。
ですから、私に憑いている神様というのは一番光が強いのです。
お光様なんてのは、これは私がつけたのではないが・・・静岡新聞がつけたのです。」
信者の質問
「あれは、お光様と言っておりますが、様の字を取っては言いません」
明主様御垂示
「ちゃんと敬語を使っている。やっぱりみんな神様がやっているのですから・・・。」
明主様御垂示 「布教地の氏神様には挨拶したほうがいい」 (昭和24年7月3日)
信者の質問
「伝道のため新しい土地にまいりました場合、その土地の氏神様に御挨拶すべきでしょうか。
もしすべき場合は単に儀礼的にすればよろしいでしょうか。
あるいは御守護をお願いすべきでしょうか。」
明主様御垂示
「これはしたほうがいいですよ。
したほうがいいんですが、しかし、非常に離れているとか、天気が悪いとかいうときには、お参りしなくったっていいですよ。
それほどたいしたことじゃありませんからね。
まあ、しないよりはいいという程度ですよ。そして御守護を願ったらいいんです。」
明主様御垂示 「布教地の氏神様に協力を願うこと」 (昭和24年10月28日)
信者の質問
「本教の布教に参り、そこの氏神に協力を求めに行くと、非常に都合好く開けるように聞く事がありますが、いかがなものでしょうか。
また、その場合祝詞、善言讃詞といずれをお奏げすべきでしょうか。御伺い申し上げます。」
明主様御垂示
「産土神にお願いするのも結構だが、祝詞や善言讃詞を奏げる程ではない。奏げれば天津祝詞である。」
明主様御垂示 「布教と氏神参拝」 (昭和25年5月27日)
信者の質問
「氏神についてお伺い申し上げます。
永年住んでいた甲地から乙地へ転住した場合には甲乙どちらの土地の氏神に参拝するのがよろしいのですか。御伺い申し上げます。
因みに大氏神は甲地乙地とも同一で御座います。」
明主様御垂示
「氏神はその土地だけの管轄である。人間社会と同じで、常識的にやれ。」
明主様御垂示 「産土神社への参拝を勧める憑霊現象」 (昭和26年10月25日発行)
信者の質問
「最近支部所在地の氏神様または一之宮などに参拝いたし、天津祝詞奏上して御協力をお願いいたしますと、
支部の月並祭の節、信者または資格者に祭神、ときにはお使いの方が憑依して参拝の御礼に出られます。
また氏神様でも一之宮様でも邪魔しておられた祭神もあるらしく、いっさいをざんげして協力を誓って帰られることもございます。
狐霊などの憑依とはぜんぜん違い、龍神にて威儀正しく出られます。
なお参拝した付近の神社で残してきた所は「後から参拝に来てくれ」と出られることもあります。
右様いたしますと必ず御礼に出られますし、中にはもう一度来てほしいと言われる所もございます。
いかなるわけかと月並祭のたびに出られる兵庫県草山村本郷支部長の本守護霊の大峰山役之行者(えんのぎょうじゃ)が出られたとき聞きましたところ「神格のある神のほうが人間より先じゃ」と申されました。
中にはたびたび出られて浄霊を受け、天津祝詞を聞き「主神のお許しが出て元の神格に帰れた」と御礼に出られる祭神もございます。
明主様より過日いっさい信じてやるようお言葉をいただきましたので、一応信じていろいろ聞いてみますが、簡単にて言葉少なきため、信じて今後も続いて参拝いたしてもよろしいものでしょうか、右謹んでお伺い申し上げます。
なお今日までに出られた神社は京都にて吉田神社、今宮神社、伏見稲荷、およびほうぼうの稲荷、
丹波にて梅田神社の天兒屋根命(あめのこやねのみこと)、大森神社(ミカゲ大神)、大川神社、
因幡にて一之宮宇倍神社の建内之宿禰(たけのうちのすくね)(武内の武は違うとのことです。建と書いてタケと読むのだそうです)長田神社の誉田別之命(ほんだわけのみこと)、栗谷神社のオニハメノ命、聖神社の天兒屋根命、加露神社の(吉備軍制(きびぐんせい))吉備真備命、
伯耆(ほうき)の国にて一之宮の倭文(しとり)神社下照姫(したてるひめ)命、
出雲にて朝山八幡の応神天皇、大森神社の事代主命等々、
その他各稲荷神社、稲荷は全部邪魔しておりました。右に対しよろしく御垂示のほどお願い申し上げます。」
明主様御垂示
「私は以前から、その土地の産土神社へお参りしたほうがいいと言っているので、それを事実で分からせるために、神様がそうされたのである。
右はことごとく正しい神様であるから、今後も信じて続けるべきである。」