罪について 2


明主様御垂示 「戦犯者の殺人の罪は大変」 (昭和24年12月27日)

信者の質問
「戦犯者が人道上の犯罪に付いては遺憾の意を表していますが、

戦争そのものは止むなく起きた事をあく迄信じているようですが、

この事を思って処刑された霊はいかなる生活をするでしょうか。(再生後はどうなるでしょうか)」


明主様御垂示
「戦犯者は小乗の善で、己の国家や階級のみを考えて他民族を破壊しようが殺そうが(どうなってもいい)構わぬ、日本さえ良ければよいという小乗である。

この人達は悪を善と間違えて考えた。この人達も霊界で判る。本当の事を教誨師などが説き聞かす。それでその非を悟り改心する。

こういう人は小乗の善であるから、最初は残らず無罪を主張した。

あの当時は立派な事をしたと考えたに違いない。絶対善と思った。

(忠君愛国)日本の道徳などすべて小乗の説き方だった。これが封建的である。

外国は早くから国際的であるから大乗的になった。

外国は緯であり、水であるから、どうしても博愛的になる。

東洋は経で火であるから、祖先を祀り、子孫に美田を作る。

夫婦愛などは重きを置かず、夫婦愛などは非常に淡白で、ひどいのは、私の子供の頃、夫婦で一緒に歩くさえ珍らしかった。

(夫婦歩きは恥とした)、(経緯の違いである。)

外国は夫婦愛が基調となり、隣人愛である。

しかし祖先を祀らぬ。どっちも偏った。

日本は小乗に偏って戦争となった。

故に霊界へ行けばそれを説かれるから判る。再生後は皆相当偉い人であるから、悟りもよい。悟ってもこの世にいた時の罪は大きい。

何千何百万人殺し、何百万人の不幸を作った。

今日の悲劇の脚本は殆ど戦争が原因となっている。

東洋の大部分の人の生命を奪っている。

その殺人の罪、怨みの想念は大変なもので、改心すれば減るが、減っても地獄で何十年何百年苦しまねば許されぬと思う。」




明主様御垂示 「国家、民族の罪」

「霊界も現界も同じである。故に民族的差異がある。

戦争をした場合、思想的に争った場合、その民族は堕ちる。

その罪によって地獄へ落ちる。

そういう変化はある。これは個人に同じである。」




明主様御講話 「堕胎は子殺しの罪」 (昭和28年5月26日)

(御論文「信仰の合理性について」を拝読後)

「個人的間違いは秘しておくと書いてありますが、これがまたたいへんなことなのです。

二番目の子供を産んで、七カ月くらいたった時にまた妊娠したのですが、

そのくらいで妊娠すると前の子供が育たないということを人から聞いて、それを信じて堕胎したのです。

今は妊娠中絶という体裁のよい言葉がついてますが、実は堕胎をしたのです。

ですから母親に言ったのです。

堕胎というのは殺人だ。

わが子を殺すという子殺しの罪になるから、それも子供の病気に関係しているのだと言ってやりました。

今朝か昨夜聞いたところによると、肺炎の子供は死んだそうです。

ですからそれも大いに原因しているわけです。

というのは、神様の方では、せっかく与えた子供を殺すということは、

それではお前には子はいらないのだろうから、そういうのに与えた子供は、やはり召し上げるという理屈
になるわけです。

理屈に合わないことをすれば理屈に合わない結果になってしまいます。

少なくとも信仰にはいっていながら堕胎などをするということは、とんでもない罪を犯したのです。

それも、あとのやり方が理屈にあっていて、

そうして非常に悔悟して、自分はとんでもない間違ったことをしたと言ってお詫びをすれば、あるいは助かったかもしれないが、

そういうことも支部長はあんまり言わなかったらしいので、私がそう言ったらびっくりしてました。」




明主様御垂示 「堕胎の罪は普通殺人の何分の一」 (昭和24年3月8日)

信者の質問
「生活上、やむを得ず堕胎することは罪になりましょうか。」


明主様御垂示
「勿論悪いですよ。

子供ができればその子の生活に必要なだけのもの・・・まあ扶持とでも言うべきものは神様から授かるんです。

だから当然生活できるはずです。

子供がたくさんで生活できないという人はなにかその人のやり方が悪いのです。

むしろ子供ができれば収入も増えるものです。

堕胎は殺人ですから罪です。勿論一人前の人を殺すのより罪は軽いですが。・・・

今、日本人が多すぎるからと言って産児制限がうるさいですが、これなんか意味がないんですよ。

無肥料栽培でやれば八千万くらいの人間はなんでもないんです。

堕胎と産児制限とは勿論違いますが、産児制限のほうは罪はごく小さいけれど、いったん宿ったのを堕胎するのは立派な殺人です。

胎児が人間の何分の一とすれば、量的にはふつうの殺人の何分の一の罪と思ったらいいでしょうね。」




明主様御教え 「癌病・霊的病気」より (昭和27年御執筆)

子宮癌は堕胎の罪

「次に割合多いものに子宮癌があるが、

この原因は、前生期または今生(こんじょう)期における堕胎の罪であって、

つまり闇から闇に流された水児の怨霊が子宮へ憑依するのである。

稀には膣癌というのがあるが、これは不道徳な男女関係による罪である。」




明主様御教え 「霊界の構成」より (昭和18年10月23日発行)

不倫は重罪

「(一部のみ引用) 姦通の霊は、非常に残虐な刑罰に遇うのである。」

(「明日の医術 第3編」より)




明主様御教え 「癌病・霊的病気」より (昭和27年御執筆)

不倫をすると性器に癌ができる

「(一部のみ引用) 稀には膣癌というのがあるが、これは不道徳な男女関係による罪である。」




明主様御教え 「地獄界の続き」より (昭和24年8月25日発行)

「(一部のみ引用) 色欲道は読んで字のごとく色欲の餓鬼となったもので、男子にあっては多くの婦人を玩弄物視し、貞操を蹂躙する事を何とも思わず、多数の婦人を不幸に陥れた罪によって陥るのである。

このため地獄においては生前騙され、酷い目に遇った女性群が責めたてる。

その苦痛は恐ろしく、いかなる者といえども悔悟せざるを得ないのである。

そうしてこの苦痛たるや、生前罪を造っただけの女の数と、その罪の量とを償うのであるから容易ではないのである。

これによってみても世の男子たるもの、自己の享楽のため女性を不幸に陥らしむるごとき行為は大に慎しまなければならないのである。

右に述べたごとき罪は男子に多い事はもちろんであるが、

稀には女性にもあるので、自己の享楽または欲望のため貞操を売ったり、姦通をしたり、男性を悩ましたりする事を平気で行なう女性があるが、これらももちろん色欲道に堕ち苦しむのである。」




明主様御教え 「天国と地獄」より (昭和24年8月25日発行)

複数の女性と性交していると霊界で鶏になる

「(一部のみ引用) 情事を好み女でさえあれば矢鱈(やたら)に手を付けたがる奴はとなり、」 (自観叢書第3編 霊界叢談より)




明主様御教え 「夫婦の道」より (昭和23年9月5日発行)

不倫は死に値するほどの重罪

「(一部のみ引用) 今一つ重要な事があるが、それは子供の死であって、その原因たるや夫の不品行に基づくのである。

例えば妻以外の女との関係がそれで、この罪は重大であって、殆ど死に値するほどのものである。

然も世の中には妾を二人も三人も、中には十数人に及ぶ者さえあるという事を聞くが、実に恐ろしい事である。

これらの罪を霊界における祖霊は非常に怒るばかりか、子孫繁栄の妨げとなり、罪の重さによっては一家断絶の不幸に陥る事さえあるので、

祖霊は極力止めようとしてあらゆる手段をつくすが、なかなか目覚めないものである。

然も罪はますます増大する以上、早くその罪を贖わなければならない。

それは主人たるべきものが責任を負うべきであるが、

そうなると家族の生活や将来に悪影響を及ぼす事になるから、祖霊は主人の身代りとして子供を犠牲に供するのである。

このような事は世間にあまりに多いものであるから、読者諸子は注意を払われたい。

必ず思い当たる事があるはずである。」




明主様御垂示 「妾をもつと地獄に行く」 (昭和24年1月8日)

信者の質問
「古今東西、場所または時代により幾人もの妻妾または夫をもつことがふつうだったこともありますが、これは善悪いかにみるべきでしょうか。」

明主様御垂示
「これは悪いですね。神様のほうは一夫一婦が本当です。

中国なんかでは妻妾が多いほうがいいなどと言いましたが、だから中国は栄えないのです。

しかし近ごろは中国も一夫一婦になってきてますね。

クリスチャンがそうとういるからでしょう。」


信者の質問
「社会的に偉いと言われる人でも妾をもつ人がありますが。」

明主様御垂示
「やはり地獄へ行きますよ、偉いとかなんとかは関係ない。

むしろ偉い人のほうが罪が深いものです。・・・

社会的に有名でも罪の深い人がありますよ。

中でも、間違った教育をしたり、間違った思想を広めることは罪が重い。

文学者なんかでも間違った思想を広めるのは人間を一人二人殺すのよりももっと罪が重いのです。」




明主様御垂示 「不純な恋愛をすれば罪を作る」 (昭和24年6月3日)

信者の質問
「英雄色を好むと言い、また世間には特異な性欲旺盛者がありますが、これは霊的にはなにによるのでしょうか。」


明主様御垂示
「これは、つまり精力が強いためですよ。

精力が強いと性欲も強くなるんです。

英雄は精力が強いためにこういうことになるんですよ。

ここに非常に難しいところがあるんですがね。・・・

しかし、英雄が色を好んだために失敗した例がたくさんありますよ。

これは話して行くとたいへんで、また簡単には説明できないんですが・・・

けれども色を好むとか好まぬとか言ったところで、とにかく人間が不純な恋愛をすれば罪を作りますからね、

そしてその罪の償いをしなければならないから、やはり一種の苦しみがくるわけです。」




明主様御垂示 「死産、流産の原因」 (昭和24年9月25日発行)

信者の質問
「死産、流産はなにか霊的関係がありましょうか。

またこのような胎児は仏様としてお祭りする場合どうすればよろしいでしょうか。」


明主様御垂示
「霊的の場合と体的の場合と両方ある。

根本はその人の罪穢による。罪穢にも種類がある。

死産の場合の罪穢とは子孫を繋げぬ罪、系統の絶やされるような罪、例えば昔その家の祖先がなにかの原因で人殺しをし殺された人の家が断絶した、その怨みのごときもある。

体的原因のほうは妊娠中に薬を服んで死産することがある。

薬は毒だから妊娠前に薬を服んだ場合は体力が弱る、その結果胎児が弱くできる。

親の毒は子供に行きやすいものである。

弱くなった胎児は出産のとき窒息死する。


流産も霊的と体的あり、体的原因は化膿性腹膜である。

子宮が膨張するときつかえる、その結果流産する。

腎臓部を浄霊すれば治る。

霊的のほうは妾のある場合とか、約束した女を欺いた罪などで妻へ子供ができると、右の女や、妾などの生霊が邪魔をする。

そういういろいろの罪によって育たないのである。

それらいずれも本教の信仰に入ればほとんどなくなる。

流産の場合五カ月以上はふつうの人間として祭るべきで、お寺で戒名をもらって簡単な葬式すればよい。

五カ月で人間の形ができるからである。

しかし四カ月か三カ月でも祟るのもたまにはある。」




明主様御垂示 「改心すれば不倫の罪も軽くなる」 (昭和23年5月28日)

信者の質問
「再婚とかあるいは過去における夫または妻の不倫は許されるものでしょうか。」


明主様の御垂示
「許されます。

妻の不倫といってもこれを霊的に言えば、夫もまた同じく不倫なことが多いのです。

主人は品行方正にしてしかもなお妻が不倫という場合は自然と別れることになってしまいます。

また改心すれば既往の罪は軽くなります。

神様のなさることも法律の精神と同じで、罪人を作らぬことが本当で、

神様もそういうふうにやっておられるのです。」




明主様御垂示 「精子提供で絶家になる」 (昭和28年7月1日)

信者の質問
「最近人工妊娠ということがありますが、その霊系統のものが妊娠するのでございましょうか」

明主様御垂示
「そうです。男の霊系統です。

ですから自分の系統を人にやるようなものです。

祖先が怒りますから、そういう家は断絶します。」


信者の質問
「学生などがアルバイトでやっておりますが」

明主様御垂示
「これはドイツで成功して、日本でもまねしてやっているのですが、

そんなにたくさんはないので、一人成功したという報告があってます。

これは一時的なもので、ずっと行われるということはありません。

それはまあ理屈には合いますからできるにはできますが、霊的にはぜんぜん違っているから駄目です。

先祖が怒りますから家は断絶してしまいます。」


信者の質問
「やったほうは断絶ということはございませんのでしょうか」

明主様御垂示
「そうです。もらったほうです。

しかしやったほうも、それっきりのもので元も子もありません。

強制的にやったのではないから、頼まれたのだから頼んだほうに罪があるのです。

だからやったほうはパンパンを買うようなものでしょう。」




明主様御垂示 「避妊は許されない」 (昭和28年7月1日)

信者の質問
「人口調節の場合には強い罪になりましょうか」

明主様御垂示
「そう強い罪ではないが、ある程度は罪になります。」


信者の質問
「事情があり、やむを得ない場合には許されるものでございましょうか」

明主様御垂示
「やむを得ない事情というものはありません。

やむを得ないということはすでに罪を構成しているのです。

人口調節という、妊娠中絶とかは殺人です。

ただ殺人が小さいだけで、殺人には違いないから罪は罪です。」


信者の質問
「芸術家が自分の芸を生かすために妊娠を避ける場合がありますが、これは許されるものでございましょうか」

明主様御垂示
「許されません。」


信者の質問
「調節の場合でございますが」

明主様御垂示
「軽い罪です。第一祖先が非常に怒ります。

罪も罪ですが、祖先は系統が絶えるということを非常に怒ります。

その系統を絶やすという罪と、祖先の怒りでロクなことはありません。

しかしそれは小さな罪です。

中絶のほうが大きな罪です。

やっぱり物質の大きさによります。」




明主様御垂示 「異性を想うだけなら罪にならない」 (昭和23年8月28日)

信者の質問
「一人で同時に二人の異性を想うことは許されることでしょうか。行為には表わさないで・・・」

明主様御垂示
「想うことはしかたがない。

むしろこれは多く思うほどよい、愛が多い証拠だから。

私だって百人やそこらいますよ。

想うだけなら想ってもいいですよ。

行為に現わさねば罪にはならない。

私だって美人を見ればちょっと変な気にもなりますよ。」


信者の質問
「念の働きは罪にならないでしょうか。」

明主様御垂示
「念とは祈念することであり美人を想うという想うこととは違うのです。

念と想いは違います。

念とは人間が神様に向かって念願し祈念することであり、人間が人間に対して念願や祈念することなんかない。

よく念を入れて考えたほうがよい・・・」




明主様御垂示 「色事を思い浮かべるのは仕方ない」 (昭和26年12月8日)

信者の質問
「キリスト教の、女を見て色情を催したのは、姦淫と同じだ、ということがございますが、その時代はそうだったのでございましょうか」


明主様の御垂示
「つまり、キリスト教の中にも大乗と小乗がある。

今の解釈は小乗善なんです。

小乗善を説かなければならなかったわけなんですね。

小乗的人間は、やっぱり小乗善を説いてないと、大乗でばかりだと危ないんです。

しかし、思うのはしようがない。

それでなければ神様に苦情言って良い。

ああ、あいつは良い女だ。

ああ・・・という心というのは、神様が作ったので、

そんなら神様がそういう想念を作らなければ良い。」




明主様御講話 「人間の色情心は神様が作った」 (昭和10年10月11日)

「人は神の子という。人間は罪の子じゃないという。

罪の子というのは嘘で、神の子、仏の子だという。

罪の子と思うが故に罪を犯すようになる。

実は神の子であって罪の子ではない、と思えば神の子になる。

これもおかしい。なんとなれば、現実に罪を行なわぬものはない。

おそらく生長の家の信者のだれでも罪を行なわぬものはないと思う。

いくら神の子仏の子であると言っても、そういう人は万人に一人か二人しかないでしょう。

本当言えば神の子であり、罪の子であると言うべきで、みんな半分しか言っていない。

どこまでも罪の子であり、神の子であります。

人間は向上すれば神の子だし、堕落すれば罪の子になる。

一日の中でも神の子にもなり、罪の子にもなっている。

これはしかたがないので、ただある範囲を越えなければそれでいい。


美しい女を見て無感覚でいる人はない。

アア好い女だ、妾にでもしたらとだれしも思う。これは私も思う。

これはキリスト教ではそう思っただけでも罪になるという。実に野暮な話であります。

そういう心を起さす心を造ったのは、やはり神様であります。

金持ちの子などを見ると、うまくやってやがら、ぶっつぶしてやりたいと貧乏人ほどそう思うのはしかたがない。

ただそれを行いに表わさなければいい。罪の子の部分より神の子のほうが勝てばよい。あるものはしかたがない。

賀川豊彦が言ったことに、善悪は電信の符号のようなもので、良心が切れるとまた悪が続き、また切れては続く、ちょっと切れては繋がる。

これはたいへんよくできている。

これによれば、繋がったときが神の子で切れたときが罪の子になる。ただその切れたときが短ければいい。」




明主様御垂示 「同性愛は間違い」 (昭和24年6月3日)

信者の質問
「同性愛とはいかなる霊の働きでしょうか。また、その行為は神への冒涜ではありましょうか。」


明主様御垂示
「同性愛ってのは片方が男の霊で、片方が女の霊なんですよ。

だから同性愛ってのは必ず二人が男と女の性格を持つ者ですよ。

これも一種の因縁で、前世で男と女と愛し合ったけれども成功しなかった、そのときの男が女に生まれ変わって来るんです。

すると前の世の想念が染み着いてるから相愛するんですよ。

これは無論間違ってるんですが、因縁ですからどうすることもできませんよ。

同性心中なんてやりますがね、勿論いけませんよ。
 
すべて陰陽なんですからね。

同性愛は陰々になってしまうから間違いに決まってますよ。

もしも日本中が同性愛ばかりになったら、日本の種族は絶えてしまいますよ。(笑声)

異性同士が相愛するから人間の種族が殖えるんです。

バーナード・ショウは「恋愛は種族保存のためだ」って言ってますが、さすがにうまいことを言いますね。

「恋愛は神聖なり」なんて文学者でもったいぶってるのがありますが、子孫を残さぬようなものだったら、恋愛もたいして価値はありませんよ。(笑声)」




明主様御垂示 「水商売の女性は罪を作るので曇りが多い」 (昭和29年3月1日)

信者の質問
「地上天国五十六号の記事の隠坊の話で“浄霊を受けた人は苦しまずに素直に焼ける、水商売でさんざん男をだました女なんかが一番苦しむ・・・”ということがありましたが、どういうわけでございましょうか」

明主様御垂示
「それはその理屈です。つまり、よく焼けない、いろいろ手数がかかるということは曇りがあるからです。」


信者の質問
「霊が完全に抜けてないという・・・霊が残っているという・・・」

明主様御垂示
「霊が残っているということは少しの間です。

それは、早く出るのと、遅く出るのとありますが、それは問題にはならないです。

遅く出ると言っても、ちょっと遅くなるぐらいなもので、いつまでもいやしないです。

残るのは執着のためですが、焼く間際までくっついているのがあります。

どうしても死にたくない、生きていたいという決死の覚悟でついてますが、しかしそれでも焼いてしまえば出てしまいます。

しかし執着によっては、死骸のすぐ側にいることはあります。

そういうのは死骸の処分や何かの仕方によって、非常に怒ることがあります。

一番執着をするのは、骨を葬らないで、放っておくと、非常に気にするものです。

ですから、よくお寺などに預けておきますが、それはいけないので、早く処分しなければいけないのです。

幾分でもそういう形が残っていると、それにくっついていることができるのです。

だから焼いてしまうのはそれはないです。」


信者の質問
「焼けるのが遅い、あるいは、はっきりしないというのは、不純なことをやったからというわけで」

明主様御垂示
「そうです。曇りが多いからです。曇りを焼くのに手間がかかるからです。

花柳界などの者は曇りが多いですが、曇りが多いということは、罪を余計犯したからです。

罪を犯すというか、罪を作っているからです。」




明主様御垂示 「肺病故の離婚も罪となるか」 (昭和24年8月18日)

信者の質問
「一、一昨年四月結婚致しました。

良人は結婚後一ケ月半で肺結核となり入院致しました。

良人入院後は種々の事情によって、離婚致しまして今日に至っております。

私は本年六月三十日入信させて頂きました。

今後は人々を救わせて頂き、万分の一なりとも御用させて頂く積りで誓っております。

離婚致しました神への罪は完全に払拭され得るもので御座居ましょうか。

二、またいかにすればよろしゅう御座いますか。御教示下さいませ。」


明主様御垂示
「本当は離婚すべきではないが、無理もない点がある。

肺病は伝染すると思わせた医学に罪がある。」