大本教について 3
明主様御講話 「大本は世界の型」 (昭和28年10月15日)
「伊都能売ということをよく言いますが、伊都能売というのは数でゆくと「五」「三」です。
「イヅ」「ミズ」です。「イヅ」ということは五つ、「ミ」ということは三つということですから、「ヒ」「ミズ」ということです。
「ヒ」「ミズ」ということは「カミ」です。
「ヒ」は「カ」「ミズ」は「ミ」ですから、伊都能売が本当の神なのです。
そこでこれについておもしろいことがあります。
私が大本教にいたときに分かったのですが、「大本は世界の型であるから」というのがお筆先にあるのです。
だから神様の経綸の最初の型になるわけです。
というのは、教祖の出口なおという人は、経つまり火になるわけです。
経ですから実に几帳面で厳格なのです。
決して膝をくずしません。
だいたいが女ですからそうですが、キチンと坐って少しも体がくずれないのです。
それで実に極端なくらい厳格なのです。
食べ物でも、動物の油などは食べません。
ですから教祖の時代には信者がやはりそういうようで、
なにしろ洋服は絶対にいけないし、それから皮のカバンも持たないのです。
これにはわけがありますが、以前大本教では一年に一度、丹後の沖に男島女島という二つの島があって、
艮の金神様が女島男島で行をされたというのでお参りをするのですが、
そのときに一度非常な暴風に遭ってさんざん船がもまれてみんな心配したことがあります。
そのとき、これにはなにかあるというので、要するにだれかが穢れた物を持っているに違いないというので調べたところが、
一人皮のカバンを持っていた人があったので、
これが原因だというのでその皮のカバンを海の中に投げ込んだのです。
そうすると暴風がピタッと止まったのです。
ですからまんざら迷信ではないのです。
それは教祖の身魂の因縁というか、経一方の一つの性格的のいろいろなことが現われるのです。
それからまた出口王仁三郎という方は緯ですからそれがまた極端なのです。
年中寝てますが、著述をするときには寝ながらしゃべるのです。
起きていると出ないというのです。
ですからいろんな建物の各部屋部屋には、みんな蒲団を敷いて枕をおいてあって、そこに行くとゴロッと寝るのです。
それで大本事件で官憲が調べたときに、各部屋に蒲団を敷いて枕があるので、
これはここで女を犯すのだというので調べられたのです。
それで「ワシは緯の身魂だから」と言っているくらいですからしようがありません。
その経と緯、火と水が実によく現われてます。
そこで教祖さんの経一方のために、大正十年にああいった大本事件というものを起こしたのですが、一時は非常な打撃を受けました。
それから聖師様になってからは、緯のためにとうとう昭和十年に大本事件を起こしてしまったのです。
これは致命的なものです。
なにしろ七年牢屋に入っていて、終戦になったのでやっと出されたくらいなものです。
結局、経で失敗し、緯で失敗したのです。
これを世界に合わせてみるとよく分かります。
つまり東洋文明が経で、西洋文明が経ですが、経の東洋文明、要するに精神文明のために、緯の物質を否定したのです。
それがインドですが、ああいう具合に物質的には貧困になってしまってます。
これはつまらない話ですが、映画などで見ても、インド人は痩せてまるで骸骨みたいです。
それはなにかというと、食べ物を少なく食べるのが習慣になって、痩せるのがふつうになってしまっているのです。
そこにもっていって、近ごろはよほど変わったが以前は菜食と牛乳だけだったのです。
日本の封建制度というものはそれに大いに影響されているのです。
ところが西洋の方はぜんぜん別で、逆に侵略し横に拡がったために争いが絶えないというわけで、
結局今は横同士が争っているわけですから、これも失敗です。
ですから東洋は経の文明によって失敗し、西洋は緯の文明によって失敗したわけです。
そこで伊都能売というのは十の真ん中で、経にあらず、緯にあらず、
また経であり緯である、という融通無碍、それが伊都能売です。
そこで大本教で、教祖の経と聖師の緯から生まれたのが私なのです。
私がその両方をとった伊都能売です。
私のやり方というのは、ちょうど伊都能売的です。
バッジもそういう意味を表徴してあるのです。
経と緯のどっちにも偏らない文明、それが本当のもの、真理です。
それからもう一つは力の根源になるのです。
それで「力」という文字は、最初経を書いて、横を書いて、それからこうゆくのです。
ですから経緯を結ぶと力が出るのです。
それで結んで活動を始める形です。
浄霊で病気を治すということも、これは力です。
それでこの力というものは、歴史でも分かるとおり今まではなかったのです。
今までのは経か緯かどっちか一つです。
この結んだものというのはなかったのです。それで結ばれないから力がないのです。
ですから今までの宗教でも力は現わさなかったのです。
みんな教えです。宗教という教え、仏教という教えです。
しかし教えでは本当に人は救えません。
教えでは病気は治りません。
これは力でなければならないのです。
その力というのは今言ったとおり、経と緯を結んで初めて現われるのです。
それで大本の経緯を結んで私が生まれたわけです。
世界の文明がやはりそうなっているわけです。
そういうことを知れば、神様の経綸、メシヤ教の出現ということがよく分かります。」
明主様御講話 「大本は世界の型」 (昭和28年4月25日)
(御論文「これから世界はどうなる」)
「今読んだとおりで、つまり今までの社会というのはいろんな思想の人間に考え出させたのです。
そうしてそれを実験してみると、結局どれもこれもうまく行かないのです。
これは私は、大本教信者時代に分かったのですが、大教の教祖様の出口なお刀自は経の信仰、つまり小乗信仰です。
ですから実に厳しいのです。そこで教祖様は「イヅの御霊」とも言われたのです。
「イヅ」というのは厳しいのです。それから聖師様の出口王仁三郎は緯で、「ミズの御霊」です。
教祖様は経、聖師様は緯だということになっていたのです。
それで最初は「イヅの御霊」つまり厳しいやり方によって失敗したわけです。
ですから教祖様は始終きちんと坐って、体を少しも乱さないのです。
しかし厳しいと言っても、やはり神様ですから愛はあります。
だからその厳しさを人には強要しないで、御自分で守っていたのです。
おもしろいことがあったのですが、教祖様はどんな人にも同じような待遇をされるのです。
それである信者が「教祖様はどんな人にも同じ待遇をされているが、やはり好きな方と嫌いな方があるでしょうが、それを伺いたい」と言ったところが、
「ワシも好きな人と嫌いな人が大いにあるが、そういう別けへだてをすると、嫌いな人は非常にいやな思いをする、それがつらいから同じようにしている」と言われたのです。
御自分には厳しくても、人には厳しくしないという、そこにやはり神様としての愛があります。
だからそれに似たことは、私もよく言われます。
私は忙しく自分の仕事をしてますが、それで家内やほかの者が遊んだりしてますが、
よく世の中の亭主は、自分が働いている時に女房子供が遊んだりしていると、それがシャクに障って叱ったりしますが、
私はそういうことはぜんぜん、わざとやらないどころか、そういう気はないのです。
私はむしろ、自分がいくら骨を折っても、ほかの者が気持ち良く愉快に遊ぶばかりでなく、いろんなそういう生活をしていると、非常に気持ちが良いのです。
ですから自分がいくら忙しくても苦しくても、別になんとも思いません。
これは私は別に修行のためにそうするのではないので、そういう生活のためなのですから、私の道楽のようなものです。
人が喜んで満足しているのを見るのが愉快でたまらないので、そういうようにやっているのです。
そういうようで、教祖様にはそういう点が非常にあったのです。
ところが聖師様という人はぜんぜん反対で、大体生活も始終寝ているのです。
信者がお目にかかりに行っても、寝ている方が多いのです。
それでワシは「ミズの御霊」で水なのだから、きちんと坐っていると苦しいと言って、歌を作るにも文章を作るにも、横に寝ていて筆記させるのです。
これはおもしろいものです。
ところがそういう緯のやり方ですから非常に拡がったのですが、そのために災いされて失敗されたのです。
これが一つの型になっているのです。
ですからお筆先に「大本は世界の型であるぞよ」というのがありますが、確かにそうです。
それで東洋は精神的ですから、「イヅの御霊」で、それが失敗したのです。
それで西洋文明に負けたのです。
ところが西洋文明も経ですから、それによって失敗するわけです。
そこで東洋の精神文明と西洋の物質文明の両方がきっちりと結ぶことが、今言う伊都能売(いづのめ)式です。
それが人類の目的です。そこで良い世界ができるのです。
その結ぶ中心の仕事をするのがメシヤ教です。
ですから結局世界は、あらゆる思想、あらゆる主義というものが間違っているということを知って、
今書いてあったような、経にあらず緯にあらずという、これが世界をリードするわけです。
そうすると、ほかの主義思想はいけないということを人類が覚るということがこれから出てくるのです。
つまりいろいろな失敗の悩みが世界的に出てくるのです。
それでメシヤ教が、「こうやることが本当だ、これが真理だ」ということを世界中に宣伝して、
それで初めて「なるほど」と気がついて、それが一つの根本思想になって地上天国ができるわけです。
そういうわけですから、共産主義もスターリンがいた時が、まずとにかく華やかだったのです。
それからアメリカが資本主義によって世界を非常にリードしてますが、これがいずれは共産主義と同じように没落すると思います。
今の話は大体を話したわけです。」
明主様御講話 「聖師様は月の神様」 (昭和27年11月5日)
(御論文「東方の光」発表)
「今読んだ通り、安房の乾坤山日本寺というお寺ですが、この日本寺は、保田という所にあるのです。
「ホタ」という言霊は「ホト」ということが転化したものです。
「ホト」というのは、女の陰部を昔は「ホト」と言ったのです。
これは古事記にあります。
天からなにか落ちてきて、その女の「ホト」を突いて、それからどうだということがあります。
そういうような意味で、房州というのは閨房(けいぼう)というわけです。
その「ホト」から生まれたわけです。昼間の世界が生まれたわけです。
ということは、神様でいうと天照大御神様が生まれたわけです。
これはおもしろい神秘があるのです。
そうして私が六月十五日にその神事を行なって十五日の夜帰ってきて、
明くる日に下駄屋の職人で海に飛び込んで死んだという話は先にしましたから分かっているでしょうが、
それから三日目の、これも話したことがありますが、その当時そうとう有名だった森鳳声(ほうせい)という彫刻師が来て
「自分は近ごろしきりに天照大御神の御尊像を彫刻したいと思っている。
それで自分のような彫刻師がそういう尊い像を作っても差し支えないものか」ということを、私の意見を聞きに来たのです。
それで私は「それは結構だ、大いにやりなさい」というので、それから彫り出したのです。
そうして中途で見てくれというので見てやったのですが「背中の模様をどうしたら良いか分からないから見てくれ」と言うので、
私が「台を雲にして背中に丸くやれ」と言ったら「それで合う」と言ってました。
それから「丈はどのくらいか」と言うから、私は「五尺六寸七分の丈が良い」というので、五尺六寸七分にした。
それで半年くらいかかりましたができあがりました。その森鳳声というのは大本教信者なのです。
それで私が先輩だからそういうことも私の意見を聞いたのです。
それでできあがって、大本教に献納したいというので、それは結構だと献納したのです。
その時、東京の和田堀に大本教の東京の別院で紫雲郷別院という、そこに出口先生が来られた時に献納したのです。
私は行って見ましたが、白布で巻いてあって、もったいなくないようにして床の間に飾ってありました。
それから間もなく大本教の本部の亀岡に持って行きました。
私は見なかったが、無論そこの一番良い所に飾ったものに違いありません。
その時に、紫雲郷別院に等身大の瀬戸物の観音様があったのですが、
それがどういうものか一晩で首が欠けて取れたのです。
誰かがなにかを落としたか、ぶっつけたか実に不思議なのです。
人によっては随分気にしていたようです。
私もこれはなにかよほどのことがあるに違いない、ただごとではないと思ったのです。
というのはこういうわけです。
そのころ出口先生は、自分は観音の化身だと言って、始終観音様の絵を画いていたりした。
そうすると、その首が取れたということは、出口先生になにか禍があるに違いないというような意味になりますから、これは変だなと思っていたのです。
それがちょうど、日本寺に行ったのが六年六月ですから、六年の十二月あたりに献納したのです。
それから十年の十二月に大本教事件が起ったのです。
その首が取れたということは、その一つのお知らせになったわけです。
それからもう一つの神秘は、私以外には知らないのですが、出口先生は月の神様です。
素盞嗚尊です。
それで月の神様になります。
天照大御神を献納したということは、日が出たことだから、月が光を失うということになる。
そうして、大本教のお筆先に「大本は世界の型であるから、此の中を見て居りたら世界は何うなるという事は分るぞよ」というのがある。
そうしてみると天照大御神の「日」が現われて、月が光を失うということになるのです。
そういうことは私以外には分からないのですが、今の論文を書く時に想い出したのです。
各宗教で病気が治らなくなったということは、
昭和六年六月十五日に今の御神事があってから治らなくなったのです。
私は先に天理教の人にその話をしたところが、
ちょうど六年あたりから天理教でも病気が治らなくなったということを言ってました。
それでしかたがないというので各宗教で病院を作るようになった。
大体、天理教でも病気治しであれだけになったのですから、
天理王(てんりおう)が病気が治らないということは、最初とはまるで違ってきたのです。
それからひとのみちでも金光教でも、みんな病気治しであれだけになったのです。
しかしそういう宗教がみんな病院を作ったのです。
天理教も立派な病院を作るし、ひとのみちでも作るし、この間は立正佼成会も立派な病院を作りました。
そういうようで、そうとう目立つ宗教としてはメシヤ教だけが病院を作らないのです。
それは昼になったために、他は全部月の宗教ですから、そこで治らなくなったというわけです。
はっきりしているのです。
それに引き換えてこっちはだんだん治り方が良くなるということは、日がだんだん昇って行くから、太陽の光が強くなるからなのです。」
明主様御垂示 「出口王仁三郎師は月の神様が人間に生まれた」 (昭和24年8月30日発行)
信者の質問
「ある信者が大光明如来様をお祭りさせていただきましたところ、
その部屋に貼り交ぜ屏風がございまして、出口王仁三郎師の万年青の短冊がありましたが、
一夜にして葉の色があせて枯葉色になってしまいました。
いかが解釈しましたらよろしゅうございましょうか。」
明主様御垂示
「出口王仁三郎師は月の神様が人間に生まれたのである。
光明如来様は日の光であるからその光にあって枯れてしまったので、決して不思議ではない、あり得べきことである。
勿論霊のほうが枯れて体に映ったのである。」
明主様御講話 「出口王仁三郎師の今の働きは大六天の魔王」 (昭和10年2月11日)
「北○は盤古神王(ぱんこしんのう)系にして、南○は大自在天系なり。
南○より出たる出口王仁三郎は大自在天にして、いまの働きは大六天の魔王なり。
それで大悪魔にはあれども、岡田仁斎先生を産みたるは、大悪魔の悪業を償いて余りある大功あれば、
今後において改心すれば、また救われて元の霊魂に復帰することを得るなり。
素盞嗚尊の霊魂なり。
月は水なれば阿弥陀も水なり、阿弥陀仏を今において拝む者は、体中冷ゆるは当然なり。
日は火なり、観音様は日の神様なれば、冷ゆる人が観音会に入会して、観音様を拝めば冷も去り暖かくなるなり。
月は阿弥陀仏にして大自在天なり。
さればこそ六にして中界の魔王となるなり。
大六天の魔王とはやはり六なればなり。出口王仁三郎なり。
また、猿田彦命が中界の魔王となるという大本教のお筆先あり。
これもこの意味なり。猿田彦命は手力男命となる。
昭和神聖会はこの働きなれば大六天の魔王の活動となるなり。すなわち、出口王仁三郎の主催なればなり。
釈迦は悪少し、すなわち教祖様の意味となる。
天若彦は七の霊魂なり。教祖様の夫なればなり。」
明主様御垂示 「稚姫君命は出口なお」 (昭和26年12月25日発行)
信者の質問
「釈尊の生まれ変わりはインドのネール首相とうけたまわりましたが、
御魂の稚姫君命(わかひめぎみのみこと)は現在日本におられると思われますが、いかがでございましょうか、お伺い申し上げます。」
明主様御垂示
「稚姫君命は大本教祖、出口なお刀自であって、刀自昇天とともに、霊界へ往かれ、現在非常なお働きをされているのである。」
信者の質問
「信仰雑話によりますと、釈迦の御魂は稚姫君命とのことでございますが、
伊都能売神がインドに渡られ、若き釈尊、善財童子(ぜんざいどうじ)に御教え垂れ給われたとのことですが、
このときすでに善財童子は稚姫君命の御魂をお持ちになられておられましたのでしょうか、右お伺い申し上げます。」
明主様御垂示
「稚姫君命は、伊都能売神様の妹に当たる神様であって、割合年若きころ他界され、霊でインドへ渡られ、善財童子として再生され給うたのである。」
信者の質問
「天照天皇は伊都能売神の弟神と御開示いただきましたが、伊都能売神の御兄弟は長女が天照皇后、次男が神素盞嗚尊、次女が稚姫君命、三女が初稚姫の五柱ともうけたまわりました。
以上によりますと天照天皇は伊邪那岐尊、伊邪那美尊のお子様ではなく他の神様のお子様で、俗に申せば御養子というように解釈させていただきましてよろしゅうございましょうか、右謹んでお伺い申し上げます。」
明主様御垂示
「それは違う、やはり伊邪那岐、伊邪那美の神様からお生まれになった神様である。」
明主様御垂示 「聖師様は素盞鳴尊、二代様は龍宮の乙姫」 (昭和26年7月1日)
信者の質問
「その龍神と貝と関係がございましょうか」
明主様御垂示
「昔は貝が貨幣だったからね。
先に、大本教の時分。出口王仁三郎・・・聖師様と言っていたが・・・
ある晩、遅くなって帰ろうとすると、聖師様が泊って行きなさいと言う。
二代様の床なんです。敷きっぱなしになっていて、寝ろと言うから、私はかまわず寝たんですが、
他の人が、一信者のくせに二代様の床に入って寝た。
寝ろと言われても、お断りするのが本当だ「けしからん」と言っていたが、私は腹の中で知っているからね。
二代様と言うのは、龍宮の乙姫さんです。
聖師様は素盞嗚尊です。
素盞嗚尊の奥さんが、龍宮の乙姫さんです。
明くる朝聖師様に挨拶にいった。「海羸」(ばい)という貝があります。
生で食うと非常にうまいんです。
「岡田さん、これは食うとうまいから、食いなさい」と言うので、「海羸」と言うのは、これはたいへんな御神業だなと思ったことがある。
だから、すべて貨幣に関係したことは、貝の字がついている。
賣り、買い、と貝の字がついているのは、そういうわけです。
大本教は、たいへんな御神業の基礎的の意味がある。
去年、留置場のとき、教祖様に会った。
「大本教を助けてやってくれ」と言っていた。
将来、助けてやらなければならない時が来るんです。」
明主様御垂示 「出雲は素盞鳴尊の本源」 (昭和23年9月18日)
信者の質問
「出雲という土地は開けにくいと伺っておりますが・・・」
明主様御垂示
「出雲は素盞嗚尊の本元で月の神様だから昼を嫌うのです。
人間も出雲族で素盞嗚尊の系統、朝鮮系の人が多いのです。」
信者の質問
「今度一高生がだいぶ開きました。」
明主様御垂示
「ええもう去年辺りから時機が来てますからね。
大本教は出雲を開いたのです。出口王仁三郎は素盞嗚尊の顕現ですからね。」
明主様御垂示 「出口王仁三郎の言霊はユダヤに結びつく」 (昭和23年10月28日)
信者の質問
「「ガ行」、「ザ行」等の濁音、「パ行」などの半濁音の働きについてお伺い申し上げます。」
明主様御垂示
「ガ、ザなどの濁音は濁りでいい働きではない。
「人のため」というふうに「タメ」と言えばいいが、しかし「ダメ」では悪いでしょう。
けれども濁りも必要ですからね。
「イスズガワ」なんかの「スズ」もスが上でズが下だからいいのです。
ユダヤはジューでありズだからズには唯物的な働きがあります。
大本時代、出口王仁三郎の言霊を考えると、出口のデはズ、グチは・・・(不明)・・・オニは鬼、三郎は女で月の意味になり、
言霊のことが判るようになったとき、これはユダヤだなと思われた。
大本を脱ける原因の一つもこれでした。・・・
濁りを打つのはやはり濁りですね。」
明主様御垂示 「大本教のお筆先は煩雑過ぎ、謎の様な事が多過ぎる」 (昭和10年 観音講座 第一講座)
「大本教は、お筆先であるが、余り同じ様な事を繰返して煩雑過ぎ、謎の様な事が多過ぎる。
中にて大本の霊界物語は、何もしないで読んでも一ヶ月もかかる。
其の中に肝心な事はポッチリで是れも判らん。
一度や二度や三度位読んでは判らんのである。
是故(これゆえ)大衆を救うというものはない。
はっきりしないから一般民衆を救う事が救えぬのである。
是は夜の世界で出来たから判然としないのである。」
明主様御講話 「宗教が社会事業をやるのは間違い」 (昭和10年1月11日)
「今夜の夕刊に大本教のことが出ていたということですが、
国体変革の証拠あり、建物全部を破壊して根絶する方針とか出ていたんですが、
これらも実に当然のことをしなかったためで、
なんと言っても宗教は人の心をよくするもので、それ以外には宗教としての使命はない。
しかるになんぞや、政治運動だの、国防運動だの、社会運動をするから、ぜんぜん宗教の埒(らち)外に出ているから、当然大鉄槌を喰うに決まっている。
当然のこととは、宗教は宗教としての使命がある。
商人は商人として、軍人は軍人としての各々するべきこと、すべからざることと判然とおのずから決まっている。
これ以外のことをやれば滅びるに決まっている。
今日の宗教は、社会事業をやっていますが、これが間違っている。
そういう社会事業の背景となることはいいが、それを直接するということはぜんぜん間違っている。
大きなことは、小さいことで一人一人個人個人よいことをすればよい。
良い個人がたくさん寄れば政治なども完全になる。
あえて政治などに嘴(くちばし)を入れなくていい。
政治は政治家がやる。
宗教は霊肉を完全にする。
それだけやればいい。
ところが人間を完全にするだけの力のある宗教はない。
精神が健全なれば、肉体は健全になるに決まっている。
行いが当然な行いをし、間違ったことをしなければ健全になるに決まっている。」
明主様御講話 「宗教は宗教以外のことをやるべきではない」 (昭和11年1月1日)
「よく、どうして大本教や天理教があんなことになったか聞かれるが、それは簡単なんで、
大本ならば、宗教でいながら国防運動や政治運動をしたからで、
ちょうど商人が株に手を出して失敗したのと同じわけで、宗教は宗教としての本来の使命がある。
その使命のことを一生懸命やればよい。
しかし、その使命を一生懸命やる力がないために、やむを得ず使命以外のことをする。
ちょうど既成宗教が社会事業するように、要するに、大本など力がないからで、大きなことをやろうと政治などに手を出したんで、ピシャッとやられた。
宗教は宗教以外のことをやるべきではない。またやられ得べきでない。
それは神様が許さぬ。
宗教をやる力がなかったら、やめたほうがいい。
そういう具合でやってると、いつかは駄目になる。
天理教はたくさんな金を取って、脱税などしたが、両方とも宗教の使命を知って立派にやれば世の人も認める。
間違ったことをしたからやられた。
それも夜の宗教ですから、以前は力があったけれど、
「東方の光」が出たために、太陽の光が出て月や星の力がなくなった。
それが判らず、なんとか挽回しようという足掻きのために、他のことに手を出し間違ったことをして、為すべからざることをしたんで、当然なことであります。
それに気がつかなかったのは、本当の精神がなく、そこに不純な精神があったからで、本当に人を救うという観音心によってやれば、なんら間違いはない。
今年から大いに宣伝し、また今年から大いに治療士も病気が治る力においてもいっそう強くなり、よく治る。
これは日がだんだん出て昇るほど光が強くなると同じことであります。」