自然農法について 御講話 3
明主様御講話 「堆肥は畑に、藁は水田」 (昭和27年4月17日)
「それから話は違うけれども、今度ですね・・・新潟県の佐渡で自然農法の座談会があって、その記事を昨夜読んだのですが、
佐渡で三十人くらいで座談会をやったんですが、一人も減収しないで、最初から少しずつ増収になってますね。
一番良いのは八俵一斗とかです。
たいてい一、二年。三年くらいが多かったですね。それで、勿論品質も非常に良くってだいぶ評判になったそうですがね。
ただおもしろいことは、私の言う通りにやったんです。
よく方々で自然農法をやっても、今までの習慣や、いろんな事情によって、私の言う通りにやる人は少ないですよね。
どうも・・・あまり違うので、信じられないんですね。
ところが佐渡だけは、私の言う通りやった。
というのはなにかと言うと、堆肥に重きをおかなかった。
ですから、水田に藁を細かく切ってそれを混ぜただけなんですね。
で、中にはいくらか堆肥を水田にやった人もあるけれども、成績が悪いんです。
で、水田に堆肥をやらないほど成績が良いんです。
堆肥を水田にやれと、私は書いてありませんよ。
堆肥は畑に、藁は水田にと書いてありますからね。
佐渡は今年から、無論堆肥もやらなければ、藁もやらない。土だけでやることが、一番成蹟が良いように思われる。
ということがありましたが、これが本当なんです。本当はなにもいらないんです。
もう一つは、浄霊をしなくても増収になる。これも私の言う通りです。
で、私は・・・土そのものがたいへんな肥料なんだから、たとえてみれば、藁をやると、藁が肥料になるんでなくて、ただ根を温めるだけだ、ということが書いてありますね。
だから、ごく寒い所ですね・・・東北地方のね・・・そういう所は、温めるのに藁をやる必要がありますがね。その他の所はやる必要はないです。
それから、浄霊は肥毒を消す方法ですから、やれば良いんですが、浄霊しなくても、肥料さえなくなれば良いんです。
今まで浄霊をあまりしなくても、増収になった。
今年からは、浄霊すれば、なお一層増収になるだろうから、今年からは浄霊するということがありましたがね。
そんなわけで、浄霊も肥毒がまったくなくなれば、する必要はないんです。
薬毒と同じですからね。薬の気がまったくなくなれば、浄霊の必要もなしというわけですから、その根本をよく腹の中に入れておくんですね。
それから畑に堆肥をやるにも、土を固めないとか、あるいは乾かないためにやる。
肥料じゃないというのですから、これも適宜そういったような意味でやれば良いんです。
私はひところ注意したんですが、このごろはそうでもないですが、堆肥に肥料があると思って、むやみに堆肥を使ったですね。
自然農法は、どこまでも土ですね。土そのものを生かすんですからね。
で、だいぶ各地で解りかけてきたようで、未信者の方でも関心を持って、中には試作を始めた人もあるようですがね。
まあ、農林大臣の広川さんですね。あの人なんか、非常に堆肥をやれというようなことを言ってますがね。
化学肥料はあまりやらない方が良いということを・・・だいぶ自然農法の信者になりかかってます。
今年などはだいぶ信者の方でも解ってきた人が多くなってきたので、非常な成績だろうと思います。」
明主様御講話 「自然農法作物はすべて美味しい」 (昭和27年4月25日)
「自然農法について、今度佐渡の方から座談会の記事が来たのです。
これは、今までのこういったお蔭話中でも一番良いんですよ。
それは、私の言う通りにやっているんです。だから成績がなかなか良いんです。
で、今度新聞に出しますが、非常に参考になると思うので、今読ませます。
(御論文「自然農法の勝利」)
で、今ある通り切り藁ですが、これはやっぱり十一月にやった方が良いと言いますが、これはそういうわけなんです。
ちょうど十一月ごろやると、植え付けの時分には腐って柔らかくなるのです。
それで、藁は暖かい所は必要ないんですよ。ごく寒い所ですね・・・東北のような所ですね、以前書いてある通り、土を温めるだけの効能ですから、暖かい所はいらないわけですね。
これにもある通り、なにもやらないで土だけが良いとありますが、これはちょうど私の説に合っているんですよ。
浄霊も肥毒を取るんですから、だから四、五年以上先になると、浄霊の必要がなくなるんですよ。
肥毒がなくなるからね。そういうわけだから、その気持ちでやれば良いんですね。
これにもある通り、浄霊しなくても・・・信者でなくても、米をたくさん穫ることはできるということですね。
これを一般に知らせると非常に良いんですよ。それでないと信者にならないと、どうも穫れないということになると、普及するのに非常に暇がかかりますからね。
信者になる、ならないは二の次にして、日本の国の食糧問題を一刻も早く解決しなければならない。
それには信者にならなくても、浄霊しなくても増収するということを、未信者にもよく言って呑み込ませるんです。それで良いんですからね。
だから浄霊しなくては穫れない。と言って、信者を作るような意志がちょっとでもあってはいけないです。
病気の方は信者になった方が良いですが、自然農法の方は、肥毒さえなくなれば豊作になる。
その点をよく心得てやってもらわなければならない。
この間の日比谷の時も言いましたが、こういう点が自然農法の効能ですね。
で、それは非常においしいんですよ。野菜でもね。これは、米に限らない。一切の作物ですね。
ところが今まで肥料を使っているために不味いんですね。
不味いからして、どうしても肉や魚を食いたがるんです。
私でもそうですからね。やはり、近ごろ自然農法で穫れたものをだいぶ食べるようになりましたがね。
だいぶおいしいから肉より野菜を食べたいんですが、以前ときたら、野菜は不味いんです。
だから、ついごちそうといったら、動物性のものを食べるようになるんです。
だからして西洋は昔からそうですが、日本でも近ごろ非常に肉食が多くなってきた。動物性が多くなってきた。
そうすると、精神的にどうしても気が荒っぽくなる。怒りたくなる。
そこで白人くらい戦争好きなものはない。野蛮人が戦争好きと言うが、野蛮人より白人の方が戦争好きです。
野蛮人は部落と部落の戦争はやります。
ところが白人は、戦争によって自分の野心を遂げようとするのが、歴史にたくさんありますよ。
それから社会的の争いですね。裁判とかあるいは警察の取り締まりとか、そういうことが非常に必要になるのは、肉食の原因が非常にあるんです。
私は七、八年前に・・・私の本にも書いてありますが、川治温泉というのがありますが、川治温泉と日光の間くらいの所に、湯西川という温泉がありますが、そこに行った時に、戸数が九十戸で、人間の数が・・・六百人という村人がおりますが、そこでは絶対菜食です。
川に鮎があっても食べないんです。先祖から食べたことがないから食べたくないと言うんです。
鶏もないんですからね。鶏を食べようと思ってもないんです。
とうとう隣村まで行って買ってきましたがね。鶏がいないから、無論卵もないんです。
そこでは問題が起ると、宿屋の親父が一人で裁いている。それですんでいるんですからね。
病人なんかないんです。肺病なんか無論ない。
というのは、そこの村は絶対に東京なんかの都会人とは結婚しない。
絶対に村中の人間と結婚しているんですね。
たまに・・・日光が一番近いから、日光の人とはたまには結婚するらしいですがね。あとは絶対に村中でやる。
なぜかというと、東京なんかとすると肺病になりやすいので、そんな危険なことはやらない方が良いというので、村中ですんでいるんですね。
そういうわけですから実際理想的ですね。天国みたいな村です。
私はその時に・・・だからみんな心が穏やかで、そこのいろんなことを宿屋の娘に聞きましたが、娘も二十くらいで女学校ですがね。
女学校は日光の女学校に行くが、非常に頭が良くて、話し方もめったにないくらいにはっきりして気持ちが良いんですね。
そういう点を聞いてみると、菜食というものの影響・・・これが非常にある。
だから、つまり自然農法も、そういった米にしろ野菜にしろ非常においしくなりますから、どうしても多く食べるようになる。
そうすると、そのために人間に、精神的効果が非常にあると思う。
だから、自然農法の効果は、今までそれを言わなかったが、近ごろそういう点に非常に影響があると思ってお話するんですがね。
だからそういうふうになると、西洋でも野菜をもっと多く食べるようになりますね。
外人ですね。もっとも外人でも菜食家というのはありますがね。
死んだバーナード・ショウなんかは有名な菜食家ですね。ですから、やっぱりミロクの世の、一つの条件になるわけですね。」
明主様御講話 「地霊について」 (昭和27年4月26日)
「自然栽培について、今度佐渡の方から報告が来たんです。座談会です。
これは、私の言った通りにやって また、その通りの結果を得られているんですから、これを大いに参考にした方が良いと思うんです。
その中で一番 肝腎なことは、私の説には浄霊しなくても増収する。
増産になるということを書いてある。
あれを忘れている・・・というよりか、あまり軽く見ている人が多いんですよ。
そのためになんでもかんでも、浄霊しなくてはいけないように思ってやっているんですが、そうではないんですよ。
それは私の考えといくらか食い違っているんですね。
浄霊しなくても増産になる。
浄霊をしなくては増産にならないとしたら、それを見た隣の百姓やなんかは、信仰に入らなければ増産にならないということになって、自然栽培やなんかを実行しないようになるんですよ。
やっぱり、一つの宗教宣伝だ。巧妙な宗教宣伝だと解釈されるんですね。
それではおもしろくない。そうすると、食糧増産するのが遅れるわけですね。
信仰に入らなくても、肥料さえなくすれば良いというのだと、ドンドン実行しますから、普及するのが早いわけですね。
私は信仰を宣伝するために利用する意志はないんですからね。
日本が早く食糧増産になるようにという点を祈念としているんですから、その点を考え違いしないようにしてもらわなければならない。
病気を治す方は、信仰によって大いに効果がある。健康になる。
これは結構ですが、自然栽培の方は、ぜんぜんそういうことを一緒にしないで、信仰でなく栽培法だけの改良で充分増産になるんですから、それで良いわけなので、早く日本中・・・そういう自然栽培の人を多くして、増産になるようにするということが肝腎なんです。
それから、先にこういう人があった。これは新聞にも出てますが、堆肥が良いと思って水田にまで堆肥をうんと入れて、失敗ではないけれども、前年より減った・・・減収したという例がありましたがね。
ああいう具合にどうも堆肥に囚われすぎるんですね。
囚われるということは、土の威力を無視することになるのです。
ですから今度はなにも・・・堆肥もいらないんです。
それから浄霊の必要もないんですよ。
ただ、浄霊するというわけは、肥毒を減らす効果があるんです。
それですから、肥料のある間は浄霊は結構ですが、五、六年も経てば肥毒はなくなりますから、そうすれば浄霊しなくても良いんです。
そういうふうに考えていれば間違いないです。今読ませます。
(御論文「自然農法の勝利」)
この中で、ちょっとおかしな所がある。
畑ですね。畑作の方はまだそうしないという意味のことがありましたが、これはなにか間違っているんじゃないかと思うんですよ。
畑の方が、自然栽培は水田よりもよけい効果があるんですよ。
というのは、水田の方は大雨が降ったりすると、荒れますから肥毒が流れるんです。
ところが畑の方は肥毒が流れないから害をするんです。
そこで畑の方が水田よりもいっそう効果がある。
これはやった人は知っているでしょうが、イモとか豆とかは一、二年で倍になるんですね。
もう一つは、米の本質・・・種類ですね。
これは、まだ知らないだろうが、神様は最初米を作られたのは一つなんですよ。
それがだんだん年代が経つに従って、いろいろ分かれてきた。
それはどういうわけかというと、土地の・・・土がみな違うんです。
それと気候ですね。それから水の多い少ないとかですね。
土の変化ということも、精しく言うといろいろあるんですが、一番気のつかないことは地霊ですね。
地球の中心の火ですね。火から始終霊気が立っているので、それが地層を通って地殻を通して発散している。
その時に地殻の変化がいろいろある。厚い所と薄い所がある。それからまた亀裂がある。
そのために亀裂の所からは地霊が強く発散するわけですね。
そうすると、土に変化を起す。
鉱物というのは亀裂の所から霊気が強く発散しますから、硬化作用が強いので、鉱物が発生する。
これはぜんぜん学問にもないので、思いもつかないんですが、本当はそうです。
そこで地層の厚い薄いが非常に関係がある。
地球上でも、日本は地層が割合薄い。というのは、日本は新しくできたですからね。これは「信仰雑話」にも書いてあります。
地層が薄いから地霊が強く出るので、日本の土というのは非常に肥えている。世界中で一番肥えている。
そこで、日本で自然栽培をやれば良く穫れる。
それを知らないために、いろんなことで地力を殺しちゃうから、収穫がなくなる。
それで今日のように輸入しなければならない。
一カ年に千万石もー人間の食うだけ足りないというのは、そういうわけです。
それからもう一つは、その土地に生える木の多い少ないはたいへん関係がある。
日本は木が多いですからね。雨が降って、木の汁が流れていって土に変化を起させる。それから山がたくさんある。山の蔭になったり、いろいろして土に変化を及ぼす。
そんなようないろんな関係があって、そこで稲の品種が違ってくるんです。
品種が違ってきて、それで良いんですがね。
それを、北海道にできたものを本土に持って行って植えるとか、九州にできたものを関東に持って行って植えるというのが間違っている。
種というのは、その土地に適当したようにできている。
北海道のジャガイモなんかが良いといって、こっちに持ってきて植えるのは間違っている。
あっちは広いので肥料が行き渡らないから良いので、こっちでも肥料をやらなければ成績は良くなる。
そんなことを知らないから、かわいそうなものです。品種なんてどっちでも良い、一年でも無肥料で育った種なら良いんです。そのくらいにしておきましょう。」
明主様御講話 「堆肥をやるほど出来が悪い」 (昭和27年4月27日)
「今度佐渡から来た座談会の報告ですが、自然農法について、私の言う通りにやってたいへん成績が良いんです。
それで、特に私の言うことを良く聞いた理由は・・・これは他の人も、言うことは良く聞いてますが、やはり今までの観念が残っていて、ちょっと予期にはずれる嫌いがあったんです。
というのは、私の本に書いてあるのには、浄霊しなくても増産になる、としてあるんですが、信者の人はやたらに浄霊しなくてはいけないと思っているんですね。
あの点がちょっと食い違っている。
だから、それをあまりやると、未信者である農民が、やっぱり自然農法は信仰に入らなければ増産ができないと、こういうふうに思っちゃうんですよ。
そうするとつい億劫になって、無肥料栽培をやらないということになるので、そうすると普及率が非常に遅くなる。なかなか普及しなくなる。
また信者さんの方は、浄霊をしなくちゃ増産しないと、一つの宣伝の具にするという嫌いがあるんです。これはおもしろくない。
つまり病気の方は信仰に入らなければ、治って健康にならない。
しかし自然農法の方は、今言った通り信仰と結びつけるということがおもしろくないんですよ。
そこで誰がやっても、今までの肥料さえなければ、つまり土自体の力を発揮させれば、いくらでも増産になるということを知らせるのが本当です。
ですから、これから浄霊なんかに、人に見えないように・・・目立たないようにした方が良いんです。
浄霊しなくても立派に増産になるということを、どこまでも見せるという考えでね。
それからもう一つは、堆肥によってできると・・・堆肥尊重に偏る・・・そういう点が大いにあったですね。
ところが佐渡の方は堆肥をやらなくて・・・中には、今年から堆肥をやらないで、土ばかりにするという人もありますがね。
堆肥をやったほど、できが悪いんです。もっとも、先にお蔭話の中に堆肥をやりすぎて悪かった。前の年は堆肥をやらなくて成績が良かった。
ところが、次年に堆肥をやりすぎて悪かったというのがありますが、それを見ても堆肥をやりすぎるといけない。
堆肥をやりすぎると、やはり土を殺すんです。
私のに書いてある通り、堆肥というのは土を固めないことと、稲なんかは根を温めるためと、野菜物は乾くから水分をなるべく保存しておくために行なう・・・そういう意味で書いてありますからね。
だからたとえてみれば、稲なんか暖かい土地・・・暖かい所は藁を切ってやらなくても良いんですよ。
あれは根を温めるためだ。土を温めるためだと、私は書いてありますがね。
寒い所はやった方が良いが、暖かい所はやらなくても良いんですよ。
それからあまり乾かない所はやらなくて良いんですね。
それから、土が固まらない所ですね。固まらない所はやらなくても良い。
ですから・・・土が古くなると、あまり固まらなくなります。
それから、浄霊もそうですね。あれは書いてある通り、肥料を減らす方法ですからね。
だから五、六年経てば肥料がなくなりますから、肥料がなくなれば浄霊の必要もないんですね。
私のに良く書いてありますから、そのままに解釈し、そのまま実行すればうまく行くんです。
ところが、そういうところが今までの観念が残っているので、私の考えと食い違いが起る。そのことを今読ませます。
(御論文「自然農法の勝利」)
それからいろんな・・・品種なんて言いますね。農林第何号とかね。ああいうものはなにも必要ないんですよ。
良い品種が穫れた所というのは、肥料の少ない所なんです。
だから肥料なしでやれば、一番良い品種ができるわけですね。
おもしろいのは、ジャガイモなんかは北海道が良いと言って、北海道から取り寄せますが、北海道は土地が広いので、肥料が行き渡らないんですよ。
そういうわけでジャガイモなんかも無肥料でやれば、とても良いものができますよ。
それから連作が良いというのもそうなんです。
よく、昔から連作がいけないというのは滑稽ですよ。一番連作をするのは水田ですよ。毎年稲を作っている。
ところが畑の方は、茄子はいけないとか、なにがいけないとか言って、品種を変えていきますがね。
ところが、稲や・・・米は昔から連作してます。いけないものなら変えていかなければならない。
そういうところに気がつかないんですね。
そういうわけで、稲の品種を心配する必要はないということだけ知っていれば良いですね。
それから、自然栽培の方はおいしいですからね。
今読んだ通り、搗き減りがなかったり、炊き増しするというような点の利益もありますしね。
うまいということがたいへんな意味があるんです。
というのは、うまいとどうしても野菜を多く食べますからね。
野菜を食べると健康にも良いし、第一性質が変わる。人間の性質がね。
今の人間は気が荒くて、じきに喧嘩したり殺したりしますが、あれは食物が非常に関係がある。
ところが今のものは、肥料が多いので不味いですから肉とか魚を多く食べる。それでなければ食物とは思わないですからね。
私なんかも、動物性のものがうまいですからね。野菜は不味いですね。
ところが無肥料になると、野菜がうまいからね。
白人種が闘争を好むのは、食物の関係が非常にある。だから白人文明と言っていばってますが、一番争いが多いですね。争いは東洋人の方が少ない。
だから世界を始終騒がしているのは白人ですよ。これは、白人はよく考えてもらいたいですね。
アジアの人間は、実に柔順で善人が多いですね。
そんなわけで白人種も、ミロクの世になるについては、野菜を多く食べさせる必要がある。
それには野菜がおいしくならなければならないので、無肥料になれば野菜がおいしくなるから、人類に益するところが甚大です。
これはちょっと気がつかないですが、そういう点も大いに知らせなければならないですね。」
明主様御講話 「硫安が売れなくなった」 (昭和27年7月6日)
「今度、農業特輯号・・・といったところで、以前のような編輯の仕方ではないのです。半特輯号といったところのものを出すようにしました。
これは、その後に来た報告を土台にして作ったのです。最近来た中に・・・佐渡の島で県の農会で、質の一等賞もらっていろんな褒美をもらっているのです。
量も一等なのです。これもすばらしい成績です。それを一番先に出しました。
それから昨日来た報告では、蚕も今度一等賞もらったとかいう礼状が来ましたが、それも桑を無肥料でやるとそういうふうになるのです。
これは輸出品ですから、無肥料で養蚕すれば今までの品質よりずっと良くなりますから、この国家の利益はたいへんなものです。
それから近ごろは硫安が非常に売れなくなった。ですから滞貨が非常にあるのです。製造もだいぶ減らす話です。
なんでも、売高が去年より四割くらい減ったということですから、よほど減ってます。
原因はどこにあるかというと、農林大臣の広川さん・・・あの人が去年あたりから硫安はあんまり使うなと言っているのです。
去年の特輯号もあの人に送りましたし、今年の特輯号も送りました。それを見てだいぶ感じたとみえます。
だからこれだけでも特輯号はたいへんな効果があったということになります。これはたいへん良いことですから、ますます馬力をかけてやらなければならないと思うのです。
今年あたりは肥毒がよほど減ってますから、この秋の成績はよほど良いだろうと思います。
そうしたらまた特輯号を出してドンドンやります。
一万何千か、方々に配ったのですが、中には変わった所があって十四、五枚返してきたのがあります。
なにも、返さなくても・・・鼻紙にしても取っておいても良いじゃないですか・・・。つまり返すという気持ちがおかしいのです。癪(しゃく)に障るのでしょう。
肥料の取り引きでもやっている所かもしれないが、そうすれば商売にも関係しますから・・・あれは一つの反感でしょう。
そんな具合で、なんだかんだとだんだん解ってくるに違いないと思うから、大いに張り合いがあるわけです。
こういうものをちょっと書いてみたのです。
(御論文「薬屋さんには御気の毒」)」
明主様御講話 「有肥栽培に虫害が増えた」 (昭和27年9月1日)
信者の発言
「話は違いますが、下関のある村の有士がただで田地を貸し与え、無肥料栽培でやってみろと言いまして・・・」
明主様御垂示
「面白いですが、やっぱり二、三年辛抱してやってくれれば良いですが、最初の年なんかは肥毒のために非常に劣るから、それでよく中止なんかするが・・・。」
信者の発言
「自然農法は各地とも良好のようでございます」
明主様御垂示
「そうでしょう。肥毒が抜けるに従って年々良くなります。」
信者の発言
「今までのような不安はないようでございます」
明主様御垂示
「そうでしょう。そうして有肥のほうは逆に虫害なんかが非常に多くなって来ました。今年は新しい虫ができたようです。
螟虫(ずいむし)と言うのですが、ああいったものが非常に多くなって来ました。
それから硫安が非常に滞貸(たいか)して困ってます。売れないのです。」
信者の質問
「南洋方面には出ないのでしょうか」
明主様御垂示
「東洋の各方面でも余って来たのです。」
信者の発言
「三カ月くらい前の新聞では台湾に非常に出しているような・・・」
明主様御垂示
「それはまだそうとう出てますが、広川さんは硫安に反対のほうです。それから今尿素というのをこしらえてます。」
信者の発言
「やっぱり人糞は悪いとは思っていないので・・・」
明主様御垂示
「何しろ何百年何千年そういった迷信にかかっているのですから、一挙に覆(くつがえ)すということはたいへんなものです。
むしろそういうのが増えているということは素晴らしいものです。」
明主様御講話 「火素の増加と虫害」 (昭和27年9月6日)
「この間ラジオで聞いたのですが、スウェーデンのハルマンという学者が調べたところによると、地球は五十年間に温度が十度増えたというのです。
これはたいへんな話です。この五十年間というものは、今までにない温度の増え方です。
もし昔にそういうことがあると、五百年で百度増えることになるからたいへんな話です。
五十年間に十度増えたということは、いつも言う通り火素が増えて昼の世界になったということの物質的現われです。
無論火素は霊的のものですが、しかし物質的にもそうとう影響はあるのです。
よくお蔭話にあるが、私がこう(御浄霊)やると非常に温かいというのです。
中には汗をかく人もある。
つまり霊ばかりのものであるはずだが、いくぶんか影響があるわけです。
だから五十年間にそのくらい増えたとすると、なにかに影響がなければならない。
そうみてくると大いに影響があるのです。
それはなにかというと、近来農作物の害虫が非常に増えた。
年々増えてくるのです。で、螟虫(めいちゅう)なんか今年は多いようですが、螟虫なんかは以前はなかったのです。
聞いたことがないのです。それで害虫の種類が増えてます。
ヤレなんだかんだと非常に増えている。
螟虫にもいろいろ種類があります。
それは肥料の種類が増えたからです。病気の種類が増えるのは、薬の種類が増えたからというのと同じ意味で、害虫も肥料が増えたために増えたということになるのです。
では火素が増えるとなぜ害虫が増えるかというのは、あえて熱のためばかりではないのです。
他に立派な理由があるのです。それを今から話します。
大体虫が湧く・・・黴菌も虫ですが、その湧く理由は浄化作用です。
浄化作用とはどういうわけかというと、汚いものができると、その汚いものをなくする・・・要するにきれいにする作用が起るのです。
神様はそういうように物質を造ってあるのです。要するに自然発生です。
で、虫はなにかというと、例えてみれば作物に・・・肥料といえば毒ですから・・・毒が作物に吸い込まれると、それを掃除しなければならないから、掃除するために虫が湧いて、その虫が毒を食うのです。
ですから毒だけ食えば良いが、やっぱり植物のいろいろな質・・・言わば植物の肉をついでに食べてしまう。
だから枯れたり弱ったりするわけです。
で、あらゆるものは、不必要なもの・・・要するに害になるようなものがそこに増えると、それを消す作用が起るのです。
つまり汚すから浄めるという作用が自然発生するのです。
そういうふうにできている。
そこで肥料という悪いものを作用が吸うから、吸うとそれを浄める活動、作用・・・そのために虫が湧くのです。
そうすると毒によっていろいろな種類があるから、その毒をちゃんとうまく食って消してしまう虫があるのです。
だからその虫が湧くということは、霊界の浄化力が強くなると、浄める作用が起る。
浄める作用が起るということは、浄める仕事をする虫が早く湧くという理屈になります。
以前は霊界の火素が少なかった。
そこで、夜の世界には、つまり浄める浄化力が弱いからして、それほどの虫を湧かせなくてもすむのです。
そこで肥料とか薬とか、そういうものが一時的に働いたわけです。
ですからこれからますます害虫が湧きますから、そこで虫害というものはますます増えてきます。
それからもう一つは、近来非常に水害が起るのです。昔はこれほどなかったです。昔ではない、われわれが若いころです。
今は毎年決まったように起りますが、これも田畑なんかを肥料で穢すから、それで水で洗うとか水で流すとか、そういう作用が起るわけです。
だからして、とにかく浄化力が強くなるに従って、いろいろそういった今までにないようなことが起るわけです。
で、この理屈は農作物ばかりでなく、病気に対する黴菌でもそうです。
今年は赤痢とか日本脳炎とか・・・日本脳炎なんか死亡率は去年の十二倍というのですが、そういうふうに起るということは、今言った理屈で、薬毒に対する薬毒を食う虫が湧きやすいというためです。
だから結核なんかもそういう理屈なのです。
浄化作用が強いために結核菌が非常に良く湧くのです。
で、医学の方では湧かないようにしながら、湧く原料を仕入れているわけです。
ところが今のは虫ですが、人間が同じ理屈です。
人間はなにかというと、人間の害虫というのは悪人です。
これが害虫です。
ところが人間が間違ったことをするからしてその人の霊が穢れる。
そうすると人間の霊の穢れを取るために害虫が発生する。
ところが人間の害虫というのは、やっぱり人間なのです。
人間でそういうのが湧くわけです。
そこで悪人が苦しめる・・・社会を悪くしたりいろいろ苦しめるということは、浄化を受けているわけです。
だから悪人が湧くということは、必要があって悪人が湧くのだから、
やはり人間が悪い罪を重ねるからで、罪の掃除を悪人がするのです。
だから悪人に苦しめられるということは、こっちに苦しめられるだけの罪穢があるのです。
それを掃除してくれるのですから、悪人も必要・・・と言っては少し変ですが、まあ合理的なものです。
だから社会悪だとか、ずるい奴や悪い奴がたくさんいるということは、そういう悪人が必要な世の中を作っているわけです。
また、悪人が浄化作用して、それがまた悪を作るから、それをまた掃除する悪人ができるのです。
ちょうど薬で病気を作り、薬で病気を抑え、それがまた病気の因になるというわけです。
農作物に虫が湧くから防毒薬、殺虫剤をかける。
そうすると一時虫が死ぬ代わりにその毒が染み込んで、それからまた虫が湧く。
そういうような理屈になっているのです。
ただそれに人間が気がつかなかっただけのものです。
それが分かってみると、結局そういう理屈なのです。
そこで悪は悪によって制するということですが、今まではそういう方法よりしかたがなかったのです。
ですから、本当に善人と言いますか・・・悪の嫌いな人は、やはり悪人に対する仕事ということは、なかなかできなくなります。
悪い奴は叩いたり死刑にしなければならない。
それが、こっちによほど慈悲のある人にはできないのです。
そういう役目にならない。
そういう役目になる人は、そうとうそういう素質があるのです。
話は違うが、私がいつか警察に入れられた時にそう思いました。
しかしやっぱりそういう人も必要です。
オワイ屋やゴミ屋やいろんな掃除屋が必要なようなもので、やっぱり必要なのです。なにしろ今までの社会は間違っていたので、そういったいろんな間違いを「毒をもって毒を制する」という、そういう方法もしかたがなかったのです。」
明主様御講話 「火素の増加と虫害」 (昭和27年9月7日)
「ついこの間のラジオで、スウェーデンのハルマンという学者の研究で、五十年以前の気候と較べると、地球は平均十度高くなっていると言うのです。これは研究だから間違いないわけです。
そうするとこれはたいへんな問題だと思います。
昔に・・・五十年に十度高くなるとすると、五百年で百度高くなります。
そうすると生きていられないことになる。
そうしてみると以前はそういうことはなくて、
最近の五十年で急に温度が増えたのです。
すなわち私が言う、昼間の世界になってが火素が増えたということが、こういった・・・科学的に立証されたわけです。
で、霊の方の火素が増えたから、体の方は増えそうもないと思うけれども、そうではないのです。
やっぱり体にもいくぶん影響するのです。
私が浄霊すると、熱いと言う人がお蔭話なんかにたくさんあります。
中には汗をかく人もありますが、やはり霊ばかりでなく体も加わるわけです。
ですから火素が増えるということは、これは動かすべからざる証拠があるわけです。
それからもう一つおもしろいのは、今年は日本中の温度が、この夏は非常に違うのです。
一番暑いのは東京です。私は毎日ラジオで温度を聞きますが、今日あたりも東京が暑いのです。
今日でも二十二度です。かえって熊本あたりの方が低いのです。広島が二十度かです。
それから強羅が高いのです。今日あたりでも二十二度くらいです。
日本でも東京と強羅です。あとはずっと低いのです。
強羅の高いのは私が来ているせいです。
やっぱり火素が増えるわけです。
そんなようでよほどおもしろいです。
それからこれもよく新聞やなにかに出てますし、農村の人は良く知ってますが、害虫が非常に増えてきたのです。
害虫は年々増えてます。今年は螟虫(めいちゅう)が増えてますが、螟虫なんていうのは聞いたことがないです。
螟虫というのは近ごろらしいです。どういう字を書くか?
まさか「迷」という字を書くのではないでしょうが・・・。
あれは肥料の新しいのができるために、いつも言う通り肥料で虫が湧くのです。
今年なんかは尿素という、小便・・・尿素肥料が非常に増産しているのです。
で、今硫安が減らす方針です。
これは農林大臣なんか言ってますが、硫安を減らして尿素を増やすということを言われてますが、
尿素というのは、あるいは・・・螟虫というのは尿素から発生するのかもしれません。
そうすると一生懸命にいろんな肥料で害虫の種類を増やしているわけです。
そうすると薬と同じことです。
今のヒドラジドなんていうのは、今度は黴菌が抵抗性黴菌になった・・・抵抗性黴菌というと強い黴菌です。
だから今までの黴菌とは異った黴菌になるわけです。
これも一つ種類を増やしたわけです。
だから薬の種類が増えるだけは、いろんな虫の種類ができるわけです。
では薬や肥料でどうして虫が湧くかというと、これは立派に原因があるのです。
肥料でも薬でも、言わば汚物ですから、汚い物です。
だから汚い物にはどうしても浄化作用が起る。
要するに自然の掃除が起る。自然の掃除が起る場合に、掃除をする人間・・・ではない、虫が自然に湧くのです。
物質の原則・・・法則というものは、汚い物がそこに溜まると、それをきれいにすべく作用が起るのです。
やはり霊界に曇りがあると低気圧が起るようなものです。
そういうように作られてある。
だから汚い物があると、その汚い物を食ってなくするのです。
消すという作用としてその虫が湧くのです。
そこでなぜ汚い所に虫が湧くか、という根本的の意味が分かるのです。
便所に蛆が湧くようなものです。
いったい蛆はなんで湧くかというと、糞は汚い物だからです。
汚いというのは、人間が特に間違った・・・今言う、薬やなにかを飲むとか、あるいは間違った行いで霊を穢すとかで、よけい汚い物が出るのです。
そこでよけい蛆が湧くという理屈になるのです。
ですからちょうど、薬にしろ肥料にしろ、あれは蛆や虫の原料になるわけです。
そうすると霊界に火素が多くなり、浄化力が強くなるからして、掃除をする虫が早く湧くわけです。
湧きやすくなる。そこで近来になって害虫が湧くという理屈になるのです。
で、その害虫を殺そうとして、防虫剤だとか消毒薬だとか、そういったような薬を撒くと、
それがまた土を汚しますから、それを作物が吸うと作物自体が・・・消毒薬の薬が古くなり殺虫剤が古くなると、ちょうど膿みたいなもので汚物になる。
そうするとそれを食って消す害虫が湧くという順序になりますから、そこで虫が湧きやすくなるということになる。
よくそういうことが分かっていると、いかに今の人間が愚かかということが分かります。骨折って悪くしている。
今の話は虫だけなのですが、これは人間にも当てはまるのです。
というのは、人間が悪いことをしますが、悪い行いをすると、その人間が穢れますから、霊的に不潔な人間になるわけです。
どうしてもその人間を掃除しなければならない。
そうするとやっぱり黴菌が必要なのです。
黴菌なり害虫なりが必要になります。
しかし人間は農作物と異って、害虫という奴が人間なのです。
それが悪人です。
悪人がその人を苦しめるわけです。
苦しめて不潔になった人間の不潔分だけを掃除するのです。
だから無論病気が主ですが、病気以外のいろんな災難とか悪い奴が騙して、損をかけるとかいうことはたくさんありますが、
そういうことも、やはりその人の持っている金が不潔な金、間違った金、ずるいことをして溜めた金、という、そういう不潔な金はどうしても掃除しなければならない。
その代わりに黴菌人間が騙して捲き上げる。
ということは、一つの浄化作用です。
そうしてみると、あいつに酷い目に遭ったとか、悪い奴に騙されたとか、泥棒に盗られたとか、いろんなことで損したり苦しめられたりすることは、その人自体に不潔物があるからです。
ところがおもしろいのは、害虫人間がまた浄化されることになるのです。
そうするとそれを浄化するのは、やっぱり害虫人間です。
ちょうど薬で病気の苦しみを抑えて、その薬毒がまた苦しみを作るという、そういった経路と良く似ているのです。
そこで悪い奴がますます増える、ますます人間はずるくなる。
そうすると、その不潔物を食う害虫人間がまた増える、
ということになって、つまり今の人間は、そういうような経路が良く出てます。
それは、どこの監獄や刑務所に行っても年中満員です。
それで警官をいくら増やしても足りないのです。
それで世の中が変てこになっているのです。」