福島をずっと見ているTVスペシャル「5度目の春に思うこと…」 2015.04.05


3月。
東京では初の「福島をずっと見ているTV」の公開収録が行われました。
(合原)今日はほんとよろしくお願いします。
ちなみに聞いてみたいんですけど首都圏というか福島以外の方ってどのくらいいらっしゃるかって。
手を挙げてみて頂けますか?福島以外。
もうほとんどですね。
福島の人もいるって事?そしたら。
福島から来た人?いらっしゃるいらっしゃる。
お知り合いですよみんな。
ねえ。
今日の公開収録は「福島をずっと見ているTV」がこれまで出会ってきた福島の食にまつわるゲストをお招きします。
それでは早速ゲストの方に登場して頂きます。
藤田浩志さんそして小松理虔さんです。
よろしくお願いします。
どうぞこちらに。
(拍手)まさに藤田さんが農業の方で小松さんが漁業に携わる方という事なんですけども。
今取り組んでる事として藤田さん「郡山ブランド野菜」?これはどういう…?よくお野菜というと伝統野菜とかそういった形でブランディングというか地域を活性化していくというのはあると思うんですけど自分たちで伝統を作り上げようクリエートしようというところで郡山ブランド野菜という事でこちらに今映して頂いてるような野菜を1年に1品目ずつ新しい特産品として作っていこうという事でやっています。
御前人参すごいおいしい。
すごく甘かったんです。
さっき頂いたんですけど。
すごく甘くて味が濃いんですよね。
ジュースでもいけたしそのままでもおいしいですね。
お砂糖入ってるかなと思うぐらい。
いや入ってないです入ってないです。
ドーピングはしてませんから大丈夫です。
でもねほんと名前も面白いですしいろいろ工夫してるんですよね。
こちら名前は全部自分たちで決めてるんじゃなくてできるだけ皆さんに親しみを持って頂くというところで公募で決めさせて頂く。
こちらの佐助ナスというのがありましてこれ生でも食べられる。
それぐらい…。
しょうがじょうゆで食べるととってもおいしいけどこれは生で食べても「さすけねえ」と。
「大丈夫だよ」って。
八重さんがよく使ってましたね。
(藤田)大河ドラマで使って有名になりました。
そちらの方から名前を取らさせて頂きました。
一方の小松さんは新しいかまぼこを作っている?そうですね福島のかまぼこというと震災前ですけれどもメインはこういう…。
ポケットから。
皆さんもスーパーとかで見つけた事があるかと思いますけれども透明のフィルムが掛かっていて大量に作れるというようなかまぼこがメインだったんですがこういう商品というのはどうしても特徴を出しにくい商品なので。
やはり風評被害が起きた時に何が大事かという事を改めて考えると生産者の顔が見えるような商品を作っていくという事が大事なんだろうなという事を会社の中でそういう意見を出し合いまして。
今こちらに出てますけれども…さんまの形してる。
「さんまのぽーぽー焼」という郷土料理があるんですね。
当時震災直後ですけれどもかまぼこに生産者の名前に福島県という住所が入ってるだけでどうしても気にされてしまうという現状があったんですけれど「いわき小名浜漁師料理」と堂々といわきのものなんだという事をうたったんですね。
その結果福島に関わりのある方とか応援したいという方から支持をして頂きまして。
やはりこういう個性のある商品を作っていかないといけないという事でものづくりをしてるという事ですね。
今回は震災後の厳しい状況の中福島の新しい魅力を発見し全国に発信し続けてきた2人に今の思いをじっくりと伺います。
更に福島出身のミュージシャン2組によるふるさとへの思いを込めたライブもお届けします。
5年目を迎える「福島をずっと見ているTV」。
45分拡大版でたっぷりと公開収録の模様をお送りします。
震災から4年になるわけですけど今のこの福島の食に対する周りからの視線であったりとか現状というのを生産者としてどういうふうに今受け止めていらっしゃるか藤田さんからお願いできますか?やはり風評被害という形で呼ばれていますけれども実際にそれは数字としても出ているところがあって。
やっぱりお米の価格全量全袋検査って全て30キロ1袋のものを1,000万袋以上検査していたりあるいは牛肉についても全頭検査というところで全ての個体について検査してるにもかかわらず震災前に同価格帯だった他県産のものと比べても安く取り引きされているというところがあってその辺は苦しいなと。
逆に価格が戻っている品目もある事はあるんですけれどもじゃあそれが戻ったからといってじゃあよかったねじゃないんですよね。
底値を価格に戻すためにものすごくコストをかけているというところがあってそれもそこに戻すまでにもすごい努力があるというところは是非皆さんに知って頂きたいなと思います。
ただ最近思い始めたのは風評被害ばっかり理由にして風評被害だから風評被害だからしゃあないよねというのはそろそろ卒業したいかななんていうふうに思ってるというのが現状ですかね。
藤田浩志さんは福島県郡山市で代々米農家を営んできた8代目です。
2012年震災の翌年。
番組スタッフは藤田さんの農園を取材していました。
ちょうど震災から2度目の田植えの真っ最中でした。
農家にとって先祖代々受け継いできた田畑の土は多様な成分を含んだいわば財産です。
そのため土を入れ替えるのではなく肥料の配合などを調整する事で土の中の放射性物質が作物に吸収されないよう工夫を重ねていました。
まあ今どん底。
このころ藤田さんたちは国や自治体に先駆けてこんな試みも始めていました。
収穫した作物に貼るQRコード付きのシールです。
リンク先のサイトでは独自に測った放射線量を公開。
更に栄養成分や味の分析結果までを公表する事で少しずつ信頼を取り戻していこうとしていました。
その後2012年秋には福島県産の米の全量全袋検査がスタート。
徐々に福島の農作物の安全性を確保する体制が整えられていきました。
そして震災から4度目の収穫となった去年。
初めて国の基準値を超えた米がゼロになりました。
再び藤田さんの農園を訪ねてみました。
冬の時期は主に野菜を作っています。
最近藤田さんが特に力を入れているのは地元の人たちに自分たちの野菜の良さを知ってもらう事です。
この日収穫したニンジンを持って藤田さんが向かったのは近所の小学校です。
野菜ソムリエの資格も持つ藤田さん。
野菜作りを学ぶ小学生たちに話をしてほしいと声がかかりました。
はいカリフラワー。
(児童たち)白。
白?紫。
いやいや紫じゃないってオレンジだという人いる?
(児童たち)え〜?赤。
青。
黄色。
黒です。
(児童たち)え〜!?完全に子供たちの心をつかんだようです。
ここで藤田さんが取り出したのが先ほど収穫したばかりのニンジン。
早速試食タイムスタート。
いただきま〜す!甘い!おいしい!ちょっと待って!ちょっと待ってよ!ニンジンが嫌いな子も勇気を出してチャレンジ。
やっぱ大変な努力とねそしてその成果数値も含めてこうやって重ねてきてる中でねほんとに頭が下がる思いですけど。
2012年の春もうどん底だともうやめるって言ってたんだけどそれでも諦めなかったのはどういう気持ちの変化というか…。
初年度に関しては福島県の農家は人殺しであるとかあるいは著名な方がね福島県の農作物は農作物じゃなくて放射性廃棄物だから作らないで下さいというような意見があったりして。
それは大層傷つきましたしだいぶやさぐれたりしてすごく怒りも感じてたわけですけれども。
やっぱり怒ってる人の近くにあんま人って寄っていきたくないじゃないですか。
私は嫌なんですけど。
だったらば大変そうな中でもいろんな批判を受ける中でも何か面白そうな事をやってる人間になりたいなと思って。
やっぱり作ってみないと分からないし何もしないままチャレンジしないまま自分のふるさとで農業できなくなるというのは何かすごい悔しいというところがあったんですよね。
それでまずはやってみようというところで。
初年度はやっぱりすごくどういったものどういった形であれば安全なものが作れるのかという試行錯誤ず〜っと勉強会なんかも毎月3〜4回ずつぐらい専門家の方とかをお呼びしてやったりしたわけなんですけども。
初年度もすごく詳細にお米の方検査してもらってそれでも出てこないと。
いろんな方々の協力の結果分かってきたのは豊かな土を…土作りをしているとどうも放射性物質よりもちゃんとした野菜やお米が欲している栄養素を吸ってくれるという事が分かってきて。
じゃあ今までどおりいい土作りをしていけばそしてちゃんと出荷物に対して検査をしていけば地元で続けられるという事が分かってきてからさっきねどん底だって言いましたけどここから先は検査は当然営農の一部に変わったんですよね。
種まきから苗作りから植えてから管理して出荷するという一歩前に検査するというのが入っただけなので。
じゃあ今までどおりもちろん検査はしっかりやるけども何か面白い事をやってやろうと。
こういうどん底だからこそできる事ってあると思ったのでそれで今続けてるってところですかね。
だから藤田さん作ったものすごいおいしいんだけど…「だけど」じゃないですねおいしいんで。
ただこの藤田さんの姿や発信する事自体が日本中そして福島の人たちを相当元気づけたなって僕やっぱ思いますね改めてこの4年間。
やっぱりどういう状態が復興したかというところをずっと考えていくとやっぱり地元の人たちが生き生きと福島はすごい生きてて楽しいよというふうな姿を皆さんにお見せする事なのかなと思って。
私子供3人いるんですけどもその子供たちとか地域の方々が見てくれて何か面白そうじゃんと思ってくれて。
全国の方が何か福島あんだけ大変だったのに何か面白そうじゃんって思ってくれる事が一番いいのかなとは思ってやってますけどね。
一方の小松さん。
震災前は違うお仕事されてて震災後に小名浜のかまぼこの会社に入ったという事で何でまたかまぼこに入ったんですか?たまたま友人がかまぼこメーカーに勤めていたという事もあるんですけれども僕はたまたま大学を卒業してずっとメディアの会社で仕事をしてきた経験があったのでようやく何か自分の今までやってきた事を地元のために生かせるんじゃないかなという事もあってかまぼこメーカーに入って広報という事で情報発信してきたという事なんですよね。
小松理虔さんが勤めるのは福島県の沿岸部いわき市小名浜にある中堅のかまぼこメーカーです。
かつて板かまぼこの生産量日本一を誇っていたいわき市。
震災前から海外産の原料を使っていたにもかかわらず風評被害に悩まされたといいます。
今も福島の漁業を取り巻く環境はまだまだ厳しい状況が続いています。
小松さんの地元小名浜では漁業の再開に向けておととし10月から試験操業が行われています。
今年2月。
小名浜港を訪ねました。
この日は週に数回の水揚げの日。
集まった人たちの表情は心なしかわくわくしているように見えました。
まず水揚げされたのは地元小名浜の名産メヒカリです。
試験操業を始めて1年半。
現在水揚げできる魚は放射性物質がほとんど検出されない58種類のみ。
取れた魚は港で測定。
国の基準値の半分というより厳しい自主基準で検査し出荷しています。
漁獲量は震災前の1割にも満たないのですが消費者の反応を見ながら本格操業に向け準備を進めてきました。
しかし取材に訪れた日の前日漁業関係者を落胆させるニュースが流れました。
東京電力福島第一原発から汚染された雨水が海に漏れ続けていたというのです。
こうした状況の中地元の海の事を自分たちの目でちゃんと確かめたいと小松さんは「うみラボ」というサークルを立ち上げました。
地元の海で釣れる魚は一体どれくらいの放射線量があるのか。
素朴な疑問から釣り好きの友人八木さんたちと一緒に活動を始めました。
この日狙うのは岸壁近くに生息する魚アイナメです。
しかし強風のためかなかなか釣れません。
するとここで助っ人が登場!水族館アクアマリンふくしまの獣医富原先生です。
海の専門家として小松さんたちに協力してくれています。
富原先生が釣り糸を垂れると早速あたりが!釣れたのは毛ガニの一種トゲクリガニ。
うみラボでは自分たちで釣った魚の放射線量を富原先生の水族館で測ってもらい釣りの様子などと一緒にホームページで公開してきました。
ちなみに今回取れたトゲクリガニ。
検査の結果放射性セシウムは検出されませんでした。
釣りを終え小松さんたちが腹ごしらえに向かったのは港近くの食堂です。
老舗の干物屋さんが経営しているだけあって数多くの魚料理が並びます。
小松さんが選んだのは小名浜の家庭料理…ただデータを並べるだけでなく釣りの楽しさや地元の人たちの思いも一緒に伝えていくのがうみラボのモットーです。
今実際に福島の海で何が起きてるのかなという事をやっぱ知りたいなと思ったんですね。
実際先ほどのVTRには小名浜港で釣りをしてるところを紹介されましたけど昨年は5〜6回福島第一原発の1.5キロの沖まで行ってそこでヒラメを釣って計測するという活動もしてきたんですが。
実際にこういうふうに釣れるんだとか魚を知ったりする事ってやっぱ楽しい事なんですよね。
その楽しさを伝えていく事を通して福島の漁業の問題とか福島の漁業のすばらしさみたいなのも伝えられるんじゃないかなと思って。
うみラボってどうしても放射性物質とか数値に関わるような事を発信していかなくちゃいけないのでどうしても堅くなりがちなんですけれどもやっぱり絶対に許せないとか何なんだろうという気持ちはやっぱり僕自身もありますけれどもそういう気持ちをもっと乗り越えて何か釣りって楽しいぜ福島の海ってこんな魅力あるんだぜって事を発信すると寄ってきてくれる人がやっぱり増えたような気がするんですよね。
多分汚染水の事も実際どういう影響があるかという事をまず置いといてみんなただ不安にさせてしまうじゃないですか。
そうですね汚染水のニュースなんかもそうなんですけど福島のニュースがずっと取り上げられなくてあっ福島の話題だと思ったらすごくネガティブな情報が出てきてしまったりするんですけれどもそうではない普通に野菜が作られてかまぼこが作られて僕らが何か面白おかしく日常を送ってるという事はなかなかニュースにはなりづらい事なんだけれども。
やっぱりその福島の漁業はこれから原子力発電所が全て廃炉になって汚染水の問題がクリアーされるまで時間僕かかると思うんですよ。
そうすると何十年というふうに続けていかなくちゃいけないという時にやっぱ楽しいとかおいしいとかポジティブな気持ちじゃないと続いていかないと思うんですよね。
だからうみラボの活動というのはほんとに持続性という事を考えた時に内心ほんとに実際に数値が出たりすると悲しいな悔しいなって思いはありますけれどもやっぱり楽しいとかポジティブな気持ちを発信していきたいなという事はすごく感じてます。
とても純粋に楽しまれてるのが伝わってきましたもんね。
何か不謹慎なほどに楽しんじゃってるのかなって気もするんですけど。
先ほど僕ポケットから出したこのかまぼこ。
実はあの震災前の最盛期には1年間でいわき市内で本当に1億本近いかまぼこが全国に向けて出荷されてたんですね。
僕かまぼこ屋に転職した時にまあ正直言うと「こういう特徴のないかまぼこばっかり作ってるから駄目なんだよ」みたいな気持ちがあったんですよ。
でもところが実は皆さんが首都圏の皆さんが知らないうちに福島のかまぼこを食べているんだという事実に行き当たった時にそれってすごい事なんじゃないかなと思ったんですね。
浜通りというのは特に原子力発電所をはじめ電気もつくってましたよね。
やっぱりいわきとか福島でものを作ってたというのはたくさんの人たちの日常を支えてたんだなと。
そうすると不思議とこう名もないニンジンとか野菜とか煮物作ってる時にも「ああ藤田さんみたいに野菜作ってる人たちがいるんだな」という事で何か作る度に顔が浮かぶようになって。
僕はすごく今までの自分の生活を反省させられたなというのが震災を通して食の世界に入って気付かされた事ですね。
当たり前にあるものを作ってるってすごい事ですよね。
あと最後に改めて伝えたい事知ってほしい事あれば。
私は一応福島県の農業者ではありますけどもあくまで一農業者でしかありません。
いっぱいいろんな考え方を持ってる方もいるし是非福島に来る機会がありましたら見て頂いて震災直後のイメージ皆さんずっと福島に持ってらっしゃるかもしれないけどいっぱい変わってる事もあるし変わってない事もあるので。
そういった情報を是非何ていうか上書きしていってほしいなというふうに思います。
僕たちが向き合っていかなきゃいけない問題ってすごく時間がとにかくかかるんですね。
そうすると一生懸命福島と関わろう福島を支援するんだというふうにすると疲れてしまうので何かちょっと興味を持ってもらうだけでいいのでそれを30年40年というふうに続けてほしいなという事を皆さんに訴えたいなと思います。
本当にお二人ありがとうございました。
ありがとうございました。
(拍手)続いてのゲストを呼びたいと思います。
福島市出身のシンガーソングライター片平里菜さんです。
(拍手)音速ラインのお二人にも登場頂きます。
どうぞ。
(拍手)よろしくお願いします。
お座り下さい。
福島出身在住もしてる藤井君と東京出身で。
だから僕はね…「人間・福島をずっと見ているTV」なわけよ大久保君って。
福島をずっと見ている男。
(藤井)確かにそうですね。
生の人生を全部見てる人ですよね。
ありがとうございます。
(藤井)かなりの重荷だったみたい。
でもね片平さんって震災あった時はちょうど高校卒業した直後だったんですよね。
3月の頭に卒業式があって大きい休みがあってという時に震災がありました。
片平里菜さんは震災の年の夏一般公募の音楽フェスに挑戦し審査員特別賞を受賞。
割と結構月イチくらいで帰ってしまってるんですけど。
ただ東京に住んでしまうと何かやっぱりいろいろ体に合わないものがいっぱいあって。
お水だったりとか空気だったりというのはやっぱ福島はいいなと思います。
住み慣れた所が一番というのはあるかもしれないですね。
でもねこの前しゃべってたら「どこに行くんだ片平里菜は」という話になって。
即答で「世界」って言ってた。
おお〜そうなんですか。
福島じゃなく日本じゃなく世界。
あれがすごい気持ちよかったなと思って。
行けますよ。
いろんな所に行きたいです。
でも根っこにあるのは福島なので。
離れて感じるふるさとへの思いをつづった「ComeBackHome」。
ありがとうございます。
(拍手)ありがとうございます。
片平里菜でした。
さあ箭内さんも震災の年にはね猪苗代湖ズで活動をしまして「紅白」に出場したという事で知ってる方多いと思うんですが他にも福島の方に向けて歌を作り続けています。
2011年震災後の不安な日々が続く福島の人たちに向けて歌ったこの歌。
ふるさとを思う気持ちをストレートに表現しました。
そして震災の翌年に箭内さんが作ったのが「TwoShot」です。
福島の人と県外の人避難した人と避難しなかった人震災後の福島ではさまざまな溝が生まれていました。
片平さん箭内さんのそういった歌とかも聴いたり何か感じたり。
ほんとそうでしたね。
テレビからラジオからずっと流れてきた曲で。
賛否両論ありますけど私はその当時の事を思い出すための大事な曲でもあってすごい聴くと…何だろう忘れちゃいけないという気持ちになれたというか。
一方で賛否両論って話が出ましたけどやっぱりその故郷を思う気持ちを押しつけてもいけないし。
故郷を離れる人にとってはものすごくつらく聞こえるかもしれない。
実際そうなんだって話も頂いたりして。
だからほんとにいろんな立場の人がいろんな思いを抱えざるをえなくなった。
そういう中であの一曲だけじゃ全然言えてないなと思っていろんな歌がそのあといろんな人と作られてったって何かそんな感じですかね。
そういうふうにしてたくさんの歌作り続けてる箭内さんなんですけど藤井さんと交換日記をしてると。
そうなんですよね。
交換日記というとちょっとてれくさいんですけど。
その言い方だと大久保君がやきもち焼きますんで。
全然大丈夫です。
大丈夫ですか。
交換日記してるんですよね。
してますね。
これどういう事ですか?僕が詞を書いてそれを藤井君が曲をつけるというのを毎月毎月毎月やってこうというそういうのですね。
一番最初にそれで作ったのが「ありがとね」という歌でこれ2013年全国を一緒に旅してた時に詞を書いてくんないかって藤井君から言ってきて。
今の福島の人たちの歌を作ってほしいって言われたんですよね。
でも今の福島の人たちって200万人近くいて200万人全員に話を聞かないと僕は作れないなと。
くくる事が一番危険な事だなと思ってた時期だったんで無理かなって思ったんだけど目の前のこの藤井君の気持ちを歌詞にすればいいんだと思って。
藤井君がず〜っとそれまで1年半ぐらい俺に言ってたいろんな話を思い出して。
楽屋でぽつりぽつり悩み相談みたいなのしてたのが全部歌詞になってるわけですよね。
じゃあその歌歌って頂きましょうか。
震災から2年が過ぎた頃の藤井さんの思いを歌にした「ありがとね」。

(拍手)ほんとにね「ありがとね」という気持ち。
口癖なんだよね「ありがとね」が。
いっぱい出てきましたね。
この歌作ってから大久保に「ありがとねカウント」みたいなのされるようになって言わなくなりそうなんですよね。
震災から4度目の3月11日。
箭内さんは福島県郡山市の実家に帰っていました。
すげえ重いね。
3月11日は福島の人たちと同じ時間を過ごしたいと毎年ここからインターネットで生配信をしています。
生配信とはいっても特別な事はしません。
箭内さんのお母さんが作ったふるさとの味を楽しんだり地元の友達と話をしたり。
この日のために作った歌を歌ったり。
実家の居間でのんびり過ごしながらネットでつながった人たちと一緒に過ごしました。
そして午後2時46分。
東日本大震災から4年。
福島の人たちのさまざまな思いを聞いてきた箭内さん。
また新しい歌を作りました。
この最後の歌は何かこの番組を僕やってたから生まれた歌詞でもあるしいろんな人と友達になったから生まれた歌詞でもありますねこれは。
2015/04/05(日) 00:00〜00:45
NHKEテレ1大阪
福島をずっと見ているTVスペシャル「5度目の春に思うこと…」[字]

3/7にNHKふれあいホールで行われた東京で初めての公開収録の模様をお伝えします。東日本大震災から丸4年、福島の“食”と“歌”に携わる方々の思いに耳を傾けます。

詳細情報
番組内容
郡山の農家・藤田浩志さんと、いわきのかまぼこメーカー(広報)・小松理虔さんをゲストに、福島の農業と漁業について、震災以降の苦悩と、丸4年がたとうとしている今、感じていることについてお話を聞きました。お二人の「新しい福島の魅力を発見・伝えていく」思いにぜひ耳を傾けてください。後半は福島出身のミュージシャン2組によるトーク&ライブ。福島への思いを語りながら、今、ぜひ聞いてもらいたい名曲を披露します!
出演者
【ゲスト】片平里菜,音速ライン,藤田浩志,小松理虔,【司会】箭内道彦,合原明子,【語り】相沢舞

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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