姉と弟
夢を見ていた。
白いヘビが丸まったまま、私の恥骨のあたりでジッしているのだ。そのヘビは実態感がなかったのに、燃えるようにエネルギーを持っている。ヘビは女性で、とても優しいが同時にとても強力なものを 持っていた。
クンダリニー
ヨーガで出てきた。
たしか強力なエナジーを持った女神。彼女を覚醒させると背骨を通ってエナジーが体に満ち満ちるという。しかし、どんなに呼吸法と瞑想を頑張っても私は未だに、ヨーガの真髄を実感できなかった。
快楽論から幸福論へ。
どうやら、ヨーガの幸福論とは肉体的な快楽、これには健康や情緒的安定も含まれるのだけど、これの満足をベースに精神的な高みへと昇華していくこと、を目指すというのだ。つまり、下に肉体的安楽、その上に精神的・魂的満足、ということなのだ。
けれど、簡単にこの肉体をコントロールするのはむずかしく、その中でも食欲と性欲は最も大変なこととされていた。さもあらん。
「食べるなセックスするな、とは申しません。調和、程よくを実施することを学ぶのです」
という訳なのだが。
電話が鳴っていた。
夏の朝。日差しが窓から差し込んでいた。
タオさんが出た。
「なに? どこにいるの?……うん、ええ。……分かった、だからどこ? うん、ダメダメそこにいなさい!すぐに行くから、ええ、ヴォイスね。いいから!じっとしているのよ! 」
きつい口調で急いで電話を切った。
「ごめん、広海ちゃん、ちょっと出てくるわ」
「うん。……龍、どこにいるの?」
「心配しなくていいわ。ここにいて」
着替えているタオさんを、通り抜けて私はクローゼットを開けた。
「じゃあ、念のため龍の着替えも持っていって」
龍用においてある、彼の衣服を取り出した。何枚か大判のタオルもバックに詰め込んだ。
「ありがと」
急いで出かけるタオさんを玄関まで見送った。
「気をつけてね」
そういって私は微笑んだ。
その時、自分でも邪悪な顔をしていると思った。
ここからは彼らの話。ずっと後で知った内容になる。
龍はある建物のカゲに顔をうずめて、ひっそりとうずくまっていた。ホームレスとは違う、衝撃的な落伍者の風情で龍はミッドタウンの影にジッと溶け込んでいた。もとは高級だったシルクヤーンのセータも、麻素材のパンツさえもほとんで形をとどめていなかった。
そんな彼をビルの合間で見つけたタオさんはショックだった。
あんなに堂々と洗練され、美しく、そして、自分を脅かす存在は殺してでも前に進もうとしていた龍が、無防備な姿で隠れるように路地に座り込んでいたからだ。
「龍!」
彼はうつろな目で顔を上げた。タオさんを見た。
「大丈夫?! どこかケガは?」
タオルをかけながらタオさんは顔を覗き込んだ。
「ああ、大丈夫……ちょっとだけ……」
「本当?」
「ああ。実害はない」
そういった彼の下半身は、明らかに普通ではなかった。
「病院に行きましょう」
「大丈夫」
はあ‥タオさんはため息をついた。
「とにかく、これに着替えて」
そのまま彼らは、龍のアパートに帰った。
龍はどうしても病院に行きたがらなかった。
人形のようだった龍になんとかシャワーだけは浴びさせて、タオさんはやっと彼をベッドに寝かせた。
気絶するように眠ってしまった彼を見て、タオさんは耐えようもない悲しさを感じた。
……龍、あなた苦しいのね
今までフタをしていた感情が人を愛したために、そこから色々と吹き出てきてしまった。
アイリスがいたら穏やかに安定が得られていたものを‥‥広海ちゃんでは出来なかったのね。激しい愛情は飢えも激しい。
龍。
あなたの苦しさは想像を絶する。
いったい何があったの? 富察の家は何をあなたにしたの? そして‥‥私たちは何をしていたの? 殺されてもいいから富察からあなたを取り返すべきだった‥‥父さん、母さん、どうして龍を見捨てたの! そして私も!
タオさんは涙が出て止まらなくなった。激しく自分を責めた。
龍の顔を眺めながら何度も何度も髪をなで続けた。
龍は遠くに悲しい嗚咽を聞いた。
それは自分の感情のようだった。
「……タカコ」
涙をいっぱいにためたままの、タオさんの顔が目に入った。
「ごめん、俺ダメだな」
笑おうとした。
「あやまる必要ないわ」
「え?」
「なんであやまるのよ……龍は悪くない……龍は……悪いのは私。そして父さん、母さん。私たち!……ごめんね、助けられなくて、ごめんね龍‥」
タオさんは泣いていた。髪をなでつづけた。
龍も泣いていた。
天井のファンが静かに回っていた。
姉弟の静かに流している涙の音だけが広がった。
「なんだか……自分に戻ったみたいだ」
「龍?」
「今まで、何か違うものになっていて、目が覚めたような感じなんだ。……その葛藤が起こっていたんだ。だから、あんなに苦しかったんだ」
「うん」
「……広海……あいつが起爆剤だった」
「そうね」
しばらく無言になる。
「龍、広海ちゃんはあきらめなさい」
「…………」
「あの子はまだ十六よ。育てていくべき子どもなの。あなたの苦しみを引き受けるなんて……出来ないのよ」
「じゃあ、タカコは広海と離れられるのか」
「……離れるわ……」
「そんなの、広海が納得するかよ。あいつは誰よりおまえを愛してるんだ。おれなんかよりおまえのことが好きなんだよ。それに……あいつはもう子どもなんかじゃない。なんていうか……魔性なんだよ」
「だから子どもなのよ。魔性は子どもだからよ」
「俺はそうは思えない。……だって、あきらめられない!」
龍は顔をそむけた。
「私が抱いてあげる」
龍は驚いてタオさんを下から見上げた。
「だからそれで我慢しなさい」
やさしくタオさんは微笑んだ。
そのまま龍の首に顔をうずめた。首筋から胸に向かってやさしくキスをしていく。
龍は目をつむったまま顔に微笑が浮かぶのを感じた。
「ああ……なんて綺麗なの。驚いたわ、龍。あなたの背中、そして……腰からこのラインにかけて」
背中に触れられるのが龍は好きだった。タオさんは手を沿わせて下腹部に持っていく。
「ちょっとビックリしちゃう。あの龍が、こんな美しい青年になるなんて。広海ちゃんがあなたを抱けと言った意味が分かった。……この傷は……昨夜つけられたのね、可哀相に」
「うん……輪姦されそうになったけど逃げてきた」
「だめじゃない……あなたみたいに美しい男がいたら皆狂うわ」
「めちゃくちゃにされたかった。そしたらちょっとは満足するかと思ったんだ……けど、ダメだった……体だけなんて何の意味もなかった……」
「ちょっと痛いかもしれないけど、見せてもらうわ」
局部を確かめるのに龍の両足を開かせた。
「ああ、ダメ傷ついている……アヌスの方は薬を塗っておくわね。こっちは……大丈夫?」
ペニスを持つと手で優しく撫でた。
「ちょっと感動しちゃう」
「なに? 」
「だって、あの龍のだと思うと。可愛いかったんだから赤ちゃんの時のこれ」
「そんな事いわれると萎えるよ……」
「大丈夫」
そのままパクと口に含んだ。そして優しく優しく愛撫した。
「ああ、イイ……」
愛と優しさと心の満足感を感じた。暖かいものに全身を包まれたような心地よさだった。
そのまま安心して果てた。
心が静かだった。
そのままタオさんは背中から龍を抱いて寝るまで寄り添っていた。
子どものように眠る龍が、とても愛しかった。

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