この日も彼は最果ての人けのない森にいた。
仕事は世界中から珍しい植物を探してくる事。
人は彼を現代のプラントハンターと呼ぶ。
プラントハンターとは18世紀世界を冒険し珍しい植物を持ち帰った男たち。
彼らが地球にまだ見ぬ世界がある事を教えた。
清順はその意志を今に受け継ぐ世界でも数少ない一人だ。
(清順)わ〜揺れる揺れる!南米で探し当てた巨大な植物…この大きさで実は草だという珍種。
植物は常識では計れない世界がある事を教えてくれる。
企業などからのさまざまな依頼に応じて世界中で探してきた。
その移動距離毎年地球10周分。
これだと思った植物は許可を得て掘り起こし日本で公開。
みんなを驚かせてきた。
今や清順の注目する植物が世界でもトレンドとなるほどの存在となった。
世界が清順を認める理由。
それは彼が届ける植物が見る人の心を動かす力があるからだ。
ちょうど4年前東日本大震災があった年。
スペインから小豆島へと届けた樹齢1,000年のオリーブの木。
もはや実をつける力を失った老木にすぎなかったオリーブ。
清順は木をよみがえらせ再びたわわに実をつけさせた。
今島のシンボルとなり人々の笑顔を呼び起こしている。
このオリーブの木で伝えたかったのは命の限りない可能性だ。
ハロー。
(笑い声)人の心に植物を植える。
それは人の心に生きる力を届ける事。
プラントハンター西畠清順。
その1年を追った。
住宅街の一角に明治元年から150年続く植物の卸問屋がある。
清順はその5代目だ。
事務所のスタッフは20人ほど。
ここは植物の依頼が年間2,000件も来る。
街の花屋さん活け花の花材更にイベントや都市開発からの大物のオーダーともなれば額も大きい。
ほかでは手配の難しい植物が必要となる。
そうした仕事を支えるのがこの温室だ。
ここはいわば清順秘密の植物園。
どんな依頼にも応えられるよう世界中から集めてきた個性的な植物が常時3,000種類以上収められている。
清順が名前を付けたこの仏芭蕉はバナナの一種。
意外にも活け花で使われた。
これトケイソウの仲間なんですよ。
(取材者)ほう〜。
わ〜すごい匂いが盛ってるわ。
花は性器そのものやからな。
フフフフフ。
このサボテンは凶暴だ。
トゲがねこう…動物とか突き刺さったら出る時肉えぐられますよね。
温室のほかにも事務所の近くには大物が数多く集められている。
こうした大物はテーマパークや商業施設などからの引き合いも多い。
インパクトのある植物は自分の判断で日本に運んでくる。
人に何かを感じさせる力があると思うからだ。
去年4月。
清順のもとへある連絡が入っていた。
ずっと探していた木が見つかったのだという。
南米原産の…人間こんなやし。
名前の意味は酔っ払いの木。
なんとも愛きょうのあるまるまるとした幹がビールっ腹に似ているからだという。
なんとか日本のみんなに見てもらいたい。
目指す場所は地球の裏側アルゼンチン北西部。
アンデス山脈の麓に広がる森だ。
丸2日かけてアルゼンチンに入った。
世界中のプラントハンターの中で依頼がなくても現地に足を運び自ら植物を探すのは清順ぐらいのものだ。
プラントハンター仲間のハビエル。
パラボラッチョの情報をくれた男だ。
2人は10年近いつきあいだ。
王や貴族のために植物を探したかつてのプラントハンター。
現代の2人に共通するのは人々に植物の持つ力を伝えたいという熱い思いだ。
その日のうちに飛行機を乗り継ぎ現地へ。
早速仕事の準備が始まった。
あらかじめ木の重さを想定し輸送方法を検討する。
リスクの多い仕事だからこそ先を見通す力が必要だ。
いよいよ森へと向かう朝。
ハサミとヒモとノコギリ。
プロの装備は至ってシンプルだ。
ここから現地のガイドが加わった。
パラボラッチョを取ってもいい地域がどこか詳しい場所は彼らにしか分からないからだ。
OK。
おっすげえ。
標高が徐々に上がり風景が変わり始めた。
車を走らせる事およそ3時間。
ようやくアンデスの麓目指す森へとたどりついた。
掘り起こす許可が出ているのはパラボラッチョが利用価値がないと地主が判断したためだ。
ここからが本番。
プロの技術でパラボラッチョを探し当て日本に送る算段までつけなければならない。
森の地形などを独特の勘で見極めながら歩を進めていく。
実は清順この森に入って以来誰よりも先に気付いていた事があった。
実がつき花が咲いていた。
間もなく木が盛りの時期を過ぎる証し。
掘り出すにはギリギリのタイミングである。
探し始めて半日。
おお〜!おお〜!ホホホホ。
なるほど立派なビールっ腹だ。
けれどそう簡単には近寄らせてくれなそうだ。
しかし見るとその根が既に切られていた。
日本に持ち帰っても再び活かせるかどうか。
見極める。
まず根の健康状態。
匂いは重要な判断材料。
食べ物と同じで悪くなっていれば酸っぱい臭いがする。
腐食が始まっている証しだ。
それでも簡単には諦めない。
一番奥まで腐食が進んでいなければ木を活かしきる絶対の自信と技術があるからだ。
あとは枝の状態だ。
鋭いトゲも気にせず素手で登る。
その身のこなしには土地の人も驚くばかりだ。
木のほんの僅かな異常を見逃せば後で枯れてしまう事もある。
油断はできない。
すると…。
プロの判断だ。
すると村人が何やら…。
あ〜グローブ?OKノープロブレム。
素手でパラボラッチョに登る人間を見たのは初めてらしい。
長年の仕事で手の皮も人並み外れて分厚くなった。
探し始めて2日目。
見事なビールっ腹。
人の手が入った跡もない。
清順はこの森から4本のパラボラッチョを選んだ。
いよいよ掘り起こす。
肝心なのはパラボラッチョが日本に着くまで植物の体力をいかに温存させるか。
ここからは木を一旦眠らせる処置をとる。
まず葉のついた枝を徹底的に落とす事。
残しておけば木が活動を続け養分を取られていく。
日本で再び活かし芽吹かせるためにどうしても必要な作業だ。
次は更に大切な根を切断する作業。
進め方次第で木を活かせるかどうかが決まる。
大事なのはクレーンで傾きを完璧にコントロールする事。
傾け過ぎると自分の重みで根に亀裂が入り腐り始めてしまうのだ。
少し切ってはまた傾きを調整する。
亀裂は出来てない。
無事だった。
OK!1本堀り出すのに半日掛かり。
清順初めてのパラボラッチョは樹齢およそ100年。
重さ3トンの大物だった。
見事な仕事ぶりに現地のスタッフも思わず…。
アハハハ!あとは日本での植物検疫に備え徹底的に洗浄する。
切り口を必ず平らにしておくのもプロの技だ。
平らにしておけば防腐剤も塗りやすく完璧な処置ができるからだ。
OKOK!オーライオーライ!オーライオーライ!清順は僅か4日間で予定どおり計4本のパラボラッチョを日本に送る準備を整えた。
あとはアルゼンチンでの輸出手続きに2か月船での輸送に2か月。
4か月後の9月には日本に届くはずだ。
OKOK!植物を切り再び活かす。
清順がその事を学んだ時間がここにある。
納めに来たのは華道家に使ってもらう活け花用の花材だ。
寺を建立した足利義政の法要の日。
清順の家は先々代よりいわば華道家のためのプラントハンターとして花材を自然の中に探し納めてきた。
華道家の所作を傍らで見守る。
植物や木を再び活かして人に見せる事。
その意味とは何か。
それは命あるものの本来の姿を凝縮して見せる事ではないか。
そう清順は心に刻みつけてきた。
思いを込めて見つけた花材をこの日の花展にも届けた。
おめでとうございます。
ありがとうございます。
忙しいのに。
ありがとうございます。
いやいやとんでもないです。
ありがとうございます。
本当ですよ。
ありがとうございます。
出品された作品のおよそ半分に清順の納めた花材が使われていた。
一見何の変哲もない。
それでいて自然の力を感じる白玉椿だ。
しかしそうした植物への理解に至るまでには長い回り道が必要だった。
子どもの頃清順は卸問屋に生まれながら植物に全く興味が持てなかった。
父親は植物のとりこになったような男。
だがそれがなぜだか分からなかった。
スポーツをやっている時に感じる生きている実感。
家の後を継いでもそれを得られるとは思えなかった。
ようやく植物のすごさに目覚めたのは21歳の時。
東南アジアを放浪中の事だった。
ボルネオ島で運命的な出会いを果たす。
熱帯の秘境キナバル山。
無我夢中で登り雲の上にたどりついた時目に飛び込んできたのがそれだった。
世界最大の食虫植物オオウツボカズラ。
つぼの中の液体で動物のふんや昆虫まで溶かして生きていく。
その存在のたくましさに心を揺さぶられた。
家を継ぐ事を決めた清順に誰よりも厳しく接したのが父親の勲造さんだった。
植物に関する知識は日本でも一目置かれる存在だ。
そんな父親から清順は跡取りとして徹底したスパルタ教育を受ける。
日本全国にいる同業者のもとに修業に出され伊豆や富士山での山籠もりまで命じられた。
ひたすら活け花用の松の木を取るだけの毎日。
あまりのつらさに逃げ出した事もある。
それでも懸命に松に向き合い続けた時自然の営みが少しずつ見えてきた。
植物の持つ生きる力に気付いたのだ。
松は強い潮風にさらされるこの崖で取る。
清順が選ぶのは長い時間風雪に耐え生き延びるために独特の形になった松ばかりだ。
植物が懸命に生きる姿を人の心に届ける。
それが自分の仕事だとようやく清順は思い至った。
スペイン・バレンシアへとこの日清順はある植物を求めて向かっていた。
オリーブ農園だ。
ここには樹齢100年から1,000年というオリーブの古木が8,000本以上集められている。
かつてオリーブは家具などに再利用される事がほとんどだった。
しかし清順がその価値を見いだして以来今世界中で観賞用としてのオリーブの古木に注目が集まっている。
「ニシハタガーデン」!ハハハハッ!枝を無理に切らずできる限りありのままの形を残すのも清順が世界に浸透させたスタイルだ。
清順はこうしたオリーブの古木を日本の都会の中に置き見る人に何かを感じてもらいたいと考えていた。
そのオリーブを都市に置く計画がいよいよ動き始めようとしていた。
完成すれば毎日数万人が行き交う街。
どんな植物で彩るかコンセプトも任されていた。
場所は東京大崎駅近くで行われている山手線内の大規模な再開発現場だ。
清順はこのエリアに2,700本の木を植える。
その中心がオリ−ブだ。
そう。
しかしそれを実現するのは簡単でなかった。
現場の開発担当者にオリーブのすばらしさを懸命に語って説得するのに数か月。
その後も行政や設計会社との話し合いに2年以上が費やされた。
まあ何て言いますかちょっと…大崎の現場にオリーブが植えられる日が来た。
はいはいストップストップ。
スペインから送られてきた樹齢600年のオリーブ。
運んできた木をしっかり根づかせてこそプラントハンター。
まずは水ぎめと呼ばれる根と土をなじませる作業。
根と根の間に隙間が出来ないよう土を入れていく。
見えない場所だけに清順の経験と勘だけが頼り。
みんな興味津々だ。
これが限界?高圧ホースも必要だ。
ほかの木と比べオリーブの根は複雑な形状をしているためその隅々まで土を押し込まなければならない。
ここが勝負どころ。
丁寧になじませれば中で細かい根が育つ。
そうすれば木が安定し養分もとれるようになる。
ここまでくればきっと大丈夫だ。
残された課題はオリーブを中心とするこの庭全体のプランだ。
こんにちは。
おはようございます。
おはようございます。
おはようございます。
どうも。
その話し合いがこの日行われた。
実は清順が提案したプランに現場からは不安の声が上がっていた。
植える木はカリンにレモンにサクランボ。
オリーブを含め全て実がなる木。
問題になっていたのはイチョウの実ギンナンだった。
日本人の暮らしと自然との距離が確実に遠くなっている。
それが清順の仕事にとっても壁となっていた。
8月パラボラッチョがアルゼンチンから到着するまであと1か月と迫っていた。
ところが事務所を訪ねてみると何だか空気が重い。
パラボラッチョはもともと9月に届く予定だったが現地での手配が遅れまだ船にすら載っていなかった。
これから船に載せたとしても届くのは秋。
それは木にとってかなり危険な事だった。
寒くなればなるほどパラボラッチョを活かすのが難しくなるからだ。
しかしあの巨大な木をどう飛行機に載せて送るか。
輸送費用も全てを合わせると1,000万円近くかかるらしい。
清順はそれでも飛行機による輸送を決断。
農場にはブロックを積み上げた。
パラボラッチョ用の温室造りだ。
更に費用はかさむが採った植物を確実に活かしたい。
それが最優先と考えた。
なんとかあのビールっ腹を多くの人に見てもらいたい。
さまざまな関係者と交渉が続けられた。
以上でミーティングを終わります。
お願いします。
すると1か月後チャンスが訪れた。
パラボラッチョがある人気イベントのシンボルツリーに選ばれたのだ。
数々のクリエーターが集うこのイベントはここ数年若者や親子連れを中心に毎回10万人を集めてきた。
問題は現地のスタッフに管理を任せていたパラボラッチョの状態だ。
インターネットでずっとチェックはしてきた。
10月。
パラボラッチョがようやくアルゼンチンでの手続きを終え航空便で到着した。
心配は2日後国の植物検疫を通るかどうか。
最善の処理はしてきたつもりだ。
冬になってしまえばパラボラッチョを活かす事は難しい。
検査に立ち会うため輸入代行業者と合流。
こんにちは。
こんにちは。
お〜。
パラボラッチョと5か月ぶりの再会だ。
健康状態はどうか。
匂いが重要だ。
見た目は問題ない。
指示したとおりにアルゼンチンで管理がされていれば中に虫など異物が付着している事はないはずだ。
だがもし見つかれば最悪の場合は処分。
多くの人に見てもらうせっかくのチャンスが失われる。
どうか。
よっしゃ〜!よっしゃ。
よっしゃ〜よっしゃ〜よっしゃ〜。
よかった。
よかったわ。
よっしゃよっしゃ。
よし。
あ大安やった?大安ハハハハ…。
あとはパラボラッチョのすごさをどうやって見る人に分かってもらうか。
清順には人々に必ず感じてほしいと思う事があるからだ。
その日が来た。
既に会場の真ん中には人だかりが出来ていた。
その中心にパラボラッチョ。
せ〜のよいしょ〜!お〜。
はいストップストップストップ。
植える場所まで集まった人たちに引っ張ってもらう。
地球の裏側からやって来た巨大な植物の重み。
それをみんなに実感してほしかった。
おっいいね。
僕すごくいいね!はいせ〜の!はいよいしょ〜!よいしょ〜!いけ!頑張れ頑張れ。
パラボラッチョがみんなの前に植えられた。
果たしてどんな反応があるのか?みんなに見てもらえてよかった。
新しい春にはきっと芽吹いてくれるだろう。
イベント最終日。
多くの客の目と手に触れたパラボラッチョ。
それを引き取りに来た時だった。
うわっこっちも伸びてるわ。
こっちなんかほら。
なんと日本に来たばかりの巨木から芽が出ていた。
それはよかった。
春に向けまだ芽吹く前の桜の木の枝を切り育てる。
やがてそれが別の地へと届けられ満開の花を咲かせる事になる。
プラントハンター西畠清順34歳。
植物に宿る生きる力を信じて人に届ける。
それが彼の仕事だ。
キッチンワゴンがやってきたのはやおよろずの神が集う神話の地島根県出雲。
2015/04/03(金) 01:30〜02:20
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル「地球を活(い)け花する〜プラントハンター 世界を行く〜」[字][再]
現代のプラントハンター、西畠清順の挑戦を追う。今回はアルゼンチンでドランクツリーという巨木の掘り出しに挑んだ。150年続く植物卸問屋の伝統が地球を舞台に開花!
詳細情報
番組内容
人々に感動を与えるため、まだ見ぬ植物を求め、世界の辺境地へ冒険する男、現代のプラントハンター、西畠清順(にしはたせいじゅん)の挑戦を追う。熱帯雨林から高山、砂漠まで、その移動距離は一年間で地球10周分。今回はアルゼンチンの森林で、パラボラッチョという巨木の掘り出しに挑んだ。独自の技術で眠らせて日本の大都会に植える計画だ。地球を舞台にした巨木のいけ花、魅惑の植物たちを主役に新しい風景が生まれていく。
出演者
【出演】プラントハンター…西畠清順,【語り】田中哲司
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 報道特番
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
OriginalNetworkID:32080(0x7D50)
TransportStreamID:32080(0x7D50)
ServiceID:43008(0xA800)
EventID:13318(0x3406)