春闘を終えた大企業に続き、これから交渉が本格化する中小企業の賃上げについて、安倍政権が新たな動きに出た。

 政労使のトップが集う会合で、中小企業に賃上げを要請した。これは「デフレ脱却と経済の好循環」を掲げて大企業中心の経団連に賃上げを求めてきたのと同じだ。踏み込んだのは、中小賃上げへの環境整備として、大手と中小の取引慣行を取り上げたことだ。

 中小企業は円安などで輸入原材料の値上がりに直面し、賃上げどころではないところが少なくない。そんな中小も賃上げ原資を確保できるよう、政権は経団連に対し、加盟企業が中小側とコスト増の負担の仕方についてあらかじめ合意しておくよう求め、経団連も受け入れた。

 政府は、主な業界ごとにある下請け取引ガイドラインに「望ましいコスト転嫁の取引慣行」を明記し、これに沿って大手への取り締まりを強化する。

 賃上げを中小や非正規の社員に広げることは、確かに日本経済の喫緊の課題である。大企業が立場に物を言わせてコスト増を取引先に押しつけることがあってはならないのも当然だ。

 ただ、そうした問題には、独占禁止法や下請代金法に基づき、公正取引委員会などが目を光らせることが原則だ。今回の対応は「コスト増は大手が負担を」などと具体的に指示したわけではなく、独禁法上も問題ないというが、企業活動の基本である契約の世界に政府が口をはさむのは異例である。

 その特異さと、それでもかかわろうとする政権の意思は、政労使会合後の甘利経済財政相の会見に表れている。

 「政府としてそこまでやるかという指摘もあったが、総理が決断され、経団連も前例がないが協力する」「従来の枠組みを超えて取り組んできた」「公的な力が介入しないで自然発生的に動いていくのが本来の姿だが、最初に押すことは人為的にやらなければならない」

 大企業が利益をためこむばかりでなかなか動こうとしなかったのは事実だろう。しかし、政権が税財政や規制改革を通じた誘導策にとどまらず、性急に成果を出そうとすれば、経済成長に最も大切な民間の自発性を損なって「指示待ち経済」を作ってしまわないか。

 企業にとって取引先は株主や従業員、地域社会と並ぶ大切な関係者だ。それをないがしろにする企業は淘汰(とうた)されていく。そんな経済の原則を大切にしつつ、企業が切磋琢磨(せっさたくま)する土俵を整えることが政府の役割だ。