艦これコミカライズ・ノベライズから見る「提督・一般人・第二次大戦」の扱い

艦これ:誰もが気づいた3つの縛りと誰も気づかない2つのトリック - 指輪世界の第二日記

この記事をリスペクトしています。まずは引用。

提督を出さない → 軍事行動の責任者がいない → 作戦の成功や失敗の評価、払われた犠牲や死の価値を問う作劇ができない
一般人を出さない → どんな人々を、どんな社会や世界を守っているのかという兵士たちのモチベーションの源を描けない
第二次大戦に言及しない → 各人物の個別の過去のエピソードを語ってキャラ立てすることができない

この3つに対して意識的にアニメ版が避けていておかしくなっているのは正に「誰もが気付くポイント」であろう。

個人的にはこの点に加えて「角川が別に売る気が無いキャラに対する冷遇格差」も問題として付け加えたい。

具体的には轟沈の犠牲者と化した如月だが、珊瑚海海戦の曙、ミッドウェー海戦舞風にも付け加えられる。

 

しかしこの3点を取り扱って作劇を成立させたうえでMI作戦を「みんな」で戦って、舞風も南雲機動部隊を守る為に必死で奮戦して、長門型と大和型と先輩後輩関係も匂わせて、吹雪もしっかり活躍していたノベライズ作品があります。

「鶴翼の絆」です。

 

提督を出す → 軍事行動の責任者がいる → 作戦の成功や失敗の評価、払われるであろう犠牲や死を極力回避する価値を問う作劇に繋がる
一般人を出す → どんな人々を、どんな社会や世界を守っているのかという事を匂わせる事で瑞鶴たちの艦娘のモチベーションと大義名分としている
第二次大戦に言及する → 「あの大戦」として扱われてこの作品の賛否両論の部分だが、各人物の個別の過去のエピソードを語ってキャラ立てする作風を明確化している。また翔鶴・大和・飛龍・舞風などが「運命の軛」を打ち破ってトラウマを克服する事もテーマ

 

「あの大戦」の扱いは賛否両論ではあるものの、1巻の段階で翔鶴に「過去の古傷を癒しながら戦うしかない」と瑞鶴に諭させているので「運命の軛」のようなものを乗り越える事は一貫している。

それ以上に「一般人」をちゃんと描いて艦娘のモチベーションに使っている事は恐らく意識的に大義名分として設定しているのであろう。瑞鶴も自覚しているし。

ここらへんの「一般人を守る大義名分」が2巻では大和を取り巻くドラマのクライマックスとして重要な要素を取り巻く事になる。

また艦これで重要な海戦として扱われているミッドウェー海戦でも史実的には無策に近い側面である事を認めつつ、それをトレースすると間抜けになるので「要救助者の住人が取り残されているから艦娘が助けに行く」という大義名分を与えている。

空母をMIで沈め艦娘を陥れる罠である可能性を考慮しつつも、それでも大義名分として人々を助けに行く要素があるので違和感は少ない。

「鶴翼の絆」の3巻~4巻のALMI編は熱いので不完全燃焼な人にお勧めしたい一作。

 

近いもので各々の要素は薄いモノの「提督の存在」「一般人上がり」「第二次大戦の史実ネタをちょっと意識している」という点で重視しつつも、ゲーム中ではバランス取りとして弱い「駆逐艦」をかなり魔強化している陽炎、抜錨しますも。

でも「陽炎、抜錨します」で一番アニメと違う所って睦月型(長月・皐月)が鬼の二水戦上がりの第十八駆逐隊組やらこじれ系天才狂犬の曙にちゃんとついてきて「睦月型の意地」を見せるシーンがある所だと思います。

ここらへん「睦月型は弱い」という艦これ常識にとらわれて睦月をハブった某アニメと比べると違いが出て来るでしょう。

艦これのゲームで駆逐艦が弱いという所に拘らず、『水雷魂』をヒーローっぽく描けてる点では随一だと思います。

ちなみにWoWsなんかでも駆逐艦ちゃんと活躍出来るそうなので、むしろ「駆逐艦が弱い子供」でしかないのは艦これ本体の問題でしょう。Vita版では速力で差別化するようで少しはマシになると信じたいですがさてどうなる事やら。

 

ただ陽炎抜錨も鶴翼の絆も、提督は出てくるけど主人公艦娘と恋仲にならない後方支援に徹している点もあります。恐らく意識的に要素に入れてないでしょうが。

その代わりちゃんと「民間」との政治をやってたり艦娘の力を信じている描写もあるので、横須賀提督も鶴翼提督も個人的には大好きです。

横須賀提督は偽悪的だけどあれほど「水雷魂」を評価している提督は他に居ないと断言していいでしょう。

 

コミカライズの話をすると、「島風―つむじ風の少女―」では名前つきで提督は出ているものの主題として「クソガキの島風が、朝潮ちゃんの天使っぷりに付き合いながら、レ級に拉致された朝潮ちゃんを助けに行く」というものがある。

この作品で出てくる「蒼崎提督」はあくまで島風に対する「大人」としての立ち位置を保っている。当然、恋愛要素はない(朝潮は「先生」である男少尉に対してなんか怪しい気もするが気のせいだきっと)

コミカライズでは「画」があるせいか提督を表に出さない作風が多いことで賛否両論がある。

提督を出さない代わりに「民間人」を最初の方で出す事である程度の世界観と大義名分を確保しているのが「side金剛(故人)」と「水雷戦隊クロニクル」でしょう。

 

 惜しい漫画を亡くした(なんかコンプ編集部の御家騒動に巻き込まれて連載停止)

 

こっちは軍令部のおっさんどもの会議シーンなど結構渋い。

あと「怨念に突き動かされつつも哀れな深海棲艦」に対して情を向ける電を真っ当に書いているのはこの作品が随一だと思います。

天龍=サンもかっこいいし(ぽいぽい美少女や金剛型に演習でボッコられたのとか知らない) 

でも「深海棲艦は哀れな存在」「上層部にも民間にも人々が存在している」という二点がアニメで縛られている存在かと。

 

しかしメインヒロインを決め打ちする作風が求められているという事もあるのか、出て来たのが最新のノベライズ「瑞の海、鳳の空」。

正直、人選が「角川が売りたい艦娘ばかり」「駆逐艦への扱い」などがあって当初は買わなかったのですが一昨日ブックウォーカーで買って読んだら面白かったです。

1巻の時点ではあくまで着任して交流しているものの「戦友の仇である戦艦ル級改」「瑞鳳とのケッコンカッコカリ(?)」の二つの軸をテーマにしているのが安心出来る要素。

ゲームのシステムを無理やり押し込める作風ですが海上護衛をちゃんとネタにしてるのも良い。

個人的には今後は「防空カットイン」をネタにしての秋月と瑞鳳・提督の絡みが見てみたい気持ちもありますがそれは置いておいて。

 

「一航戦、出ます」「とある鎮守府の日常」も提督の存在感は大きかったものの、『多くの艦娘を出す』というコンセプトからか意識的にメインヒロインを決め打ちしていなかった(一航戦はあんまメインヒロインじゃなかった)ので恐らくあそこの提督はケッコンカッコカリはしない気がする。作者の鷹見先生も平等に接する提督だとそんな感じのこと言ってたような。

また「陽炎、抜錨します」「鶴翼の絆」では秘書艦レベルでは愛宕なり鳳翔なりとの関係を重視しているものの、主人公の陽炎なり瑞鶴なりとは意識的に恋愛関係を断ち切っている。

「瑞の海、鳳の空」の場合、メインヒロインとして瑞鳳を決め打ちして軸に据えている所が準公式系では初の試みとなったが反応を見ていると概ね成功の様子。

 

ただ実はアニメも結果的に見ると「メインヒロインを提督が決め打ちしている」という部分もある。あのキモい提督ドリームである。

だが「瑞の海、鳳の空」とアニメで提督の人格面や扱われ方で天と地の差がある。

 

「瑞の海、鳳の空」の提督はビジュアルこそ存在しないものの地の分からして好青年である事を伝えている。民間の描写はまだ少ないが艦娘共々何も思わず見捨てる事は出来ないタイプの軍人であろう。

また瑞鳳との交流も奥手気味である。気になっているが公私混同はしてはならないという真面目さが好感に繋がる。だから瑞鳳がやや積極的になっている構造もグッド。

個人的に後は駆逐艦を見直せば最高である。史実無視=角川が政治的に売り出したい艦ばかりになりかねないという事だ。それがアニメ版での如月への所業にも繋がっている。

何が言いたいかというと三航戦のとんぼ釣りやってた三日月を出してくれたら最高に良いが、秋月で我慢するので今後の展開に期待が高まる(二度目)

 

話が脱線したが、唐突にレベリングしてケッコンカッコカリするのではなくて、ちゃんと段階を踏んで絆を深めているのが「瑞の海、鳳の空」の提督と瑞鳳の関係の魅力であろう。見ていてニヤニヤ出来る良い魅力である。

加賀さんがちょっとかませヒロインっぽいのは置いといて今後もそうした流れは生かして続いてほしい。

 

逆にアニメ提督は比べるのも失礼なのだが、本当に「レベル99まで上げれば唐突にデレる」などという碌に交流もしていないのにそうした構造を振りかざすのが最高にクレイジーである。キモいっぽい。

そこに吹雪と提督の交流なんぞ1話しか存在しない。何が「お帰りなさい司令官」だ。そこは心底「お帰りなさい如月ちゃん」であってほしかったよ。

吹雪も睦月や夕立、赤城、加賀、金剛や瑞鶴などとは交流していただけに提督をなまじ出さず「レベル99まで上げてケッコンカッコカリする」という洗脳染みたものが最高に吐き気を催す。

あと結局あのクソ提督、如月の事を多分好きじゃない。如月は提督LOVEなのにそれに気づいてすらいないのが腹正しいし、感情移入対象として成立しない。

 

ただこの点に関しては水雷戦隊クロニクルに附属してきたドラマCDである「暁の夢」で芽は出ている(水雷戦隊クロニクルと「暁の夢」は別の鎮守府の模様)

この「暁の夢」でもケッコンカッコカリをしているが、「暁を改造してグラフィックが変わるのが嫌」とかいうゲームやってたらそんな観点を思いつかない謎の思想を振りかざしている所はある。

また「レベル99になってケッコンカッコカリをする」という所をやたら重視しており、そのために反復出撃させて雷や響にキレられるという構図になっている。

あくまで短編であったからこれまでの交流が存在している事を暗黙の了解として受け入れられたからアニメほど批判されていなかったが、「ケッコンカッコカリ」という概念に対する男根主義の歪な考え方はこのドラマCDにも通じるのではないかと考えている。

また「無言」を貫いて鳳翔や金剛(比叡、カレーを作る)に翻訳させる流れも、存在感はあるけどグラフィックは設定させないぞという側面が当時からあったのは指摘しておくべき部分であろう。

なおこのドラマCDの脚本は田中謙介氏の模様。

 

そして田中謙介氏がストーリーを書きおろしている「いつか静かな海で」だと、あの三点セットがついてくる。

提督を出さない → 雪風の台詞にしか出て来ない
一般人を出さない → 艦娘と妖精しか居なそうな鎮守府での日常と戦闘
第二次大戦に言及しない → その代わりに自衛隊の現代艦に言及する(何故そうなったのかという因果関係は不明)

 やっぱ田中が諸悪の元凶じゃねえかオラァン!

 

まぁ、さいとー栄さんのおかげもありますが「いつ静」は好きです。

潜水艦が足つったって秋月が五航戦守ったっていいじゃないですか。

というよりもアニメ版も、運命の軛絡みに関してはようやく「いつ静」に戻ってきたのだという所を実感するあたりで。

戦闘よりも日常回の方が評判いいような気がするのも近いですが。足柄さんは清霜に対してちゃんといいお姉さんだったよ。

 

どちらかというと田中氏の作風としては

・提督を隠したがる(脚本を担当している「いつ静」・「ドラマCD」で共通)

・一般人の必要性を恐らく重視していない

・愛着のある史実と良く知らない史実に差がある

・因果関係を全く重視しておらず『過程や方法などどうでも良いのだァーッ!』

・ただし「運命の軛を打破する事」が恐らく彼なりの艦これのテーマ

 

正直「ミッドウェー海戦」はサービス開始から徹底的にテーマに据えられてきたのと、インタビューなどから「秋月型」「松型・橘型」「海防艦」への意識は向いている。

しかし未実装の神風型や峯風型、そして意識的に弱く設定した睦月型などの旧式駆逐艦には意識が向いていない。

恐らく如月轟沈まで田中氏の影響があったかは不明だが、「睦月型に対してあまり力を入れて来ていない」というのも正直のところは事実だ。

具体例として夕張が睦月型を「第六水雷戦隊」として指揮していたことなどは、「史実編成」として消化するものの、例えば如月がウェーク島で沈んだ事に対して夕張がどう思っているのか、あるいは睦月や弥生とどう接しているのかなどは「公式で考えられていない」

「史実編成」として押し付けるモノの、そこでの「艦娘同士のやり取り」などを丸投げしている。でもそれを受け止められない人が多いという悪循環がある。

この点は田中氏だけの問題でもなく「同型艦だけのやり取りしか想像できない」という艦これ界隈の風潮も悪循環に繋がっているであろう。

 

夕張に関しては6隻編成絡みか「三川艦隊」の旧任務でもハブられていた(鳥海・古鷹・加古・青葉・衣笠・天龍だった)

しかし先日追加された三川艦隊の任務は難易度はクソだがちゃんと夕張を天龍の代わりに入れても成立するようになった。

史実ネタをやるのだが「舞風が赤城に雷撃処分を下した」で終わっていて「舞風と赤城・加賀が普段どうしているのか」「舞風空母は守りきれるのか」などフォローしていない所が問題なのである。

 

ただ恐らく艦娘の優遇不遇に関しては、上層部の問題であるとは思う。

しかし「史実編成はやるけれども艦娘同士のやり取りは匂わせない」という作りが、アニメでは最悪の形としてミックスされてしまったのであろう。

むしろ艦これとしては「角川が売りたいであろうメジャー艦」ではなく「あまり取沙汰されないマイナー艦」に目を向けるための「史実」であると思っている。

例えばメディアミックスではほっとんど出番がない第六戦隊だが、もっと評価されていい。古鷹すげーいい子だし。

 

最近のブラウザゲーの艦これは三川艦隊5-1の糞っぷりとか言いたい事はあるものの、この辺の「半端史実で取りこぼす」という事はまだ減っているのかもしれない。

それでもアニメに対して噴出した不満などはちゃんと反映してほしいものである。

具体的に「提督の描写」と「民間人及び『後方』の存在」はもう一度設定し直してほしいものである。あと睦月型の扱い。

 

最後になりましたが鶴翼の絆は「運命の軛」に挑むノベライズとして良く出来ていると思うので改めておすすめしておきます。何より「後方」がちゃんと描かれてる。それが大事だと思うのです。