|
管理人殿 宿坊って何のことを言っているのだ!
貴殿は誰かと勘違いしているのか!
>日道上人は三師御伝土代で
>「日蓮聖人は本地是れ地涌千界上行菩薩の後身なり、
これの何処に日蓮が本仏だと書かれているのか!
上行菩薩は本仏なのか!
>日目上人は御本尊に日蓮聖人と認められております。
第九世 日有上人までの法主書写本尊には日蓮聖人と書かれています。
これは一般常識です。
その日有上人でさえも日蓮本仏とは言われていません。
>日興上人はほうけ(法華)聖人と大聖人を尊称されています。
(法華)聖人とは本仏なのですか!
聖人という語彙は中華の思想語であって、孔子なども聖人と呼びます。
日興上人の各種のお手紙にこのようにあります、
「法主聖人の御宝前」(御節供御返事)、
「仏の宝前」(七月七日の御返事)、
「法華聖人御宝前」(御酒御返事)、
「聖人の御宝前」(六郎入道殿御返事)、
「御状聖人の御宝前」(民部公御房御返事)、等等
そしてこれらの表現は、「聖人御影の御宝前」
と同意であり、すべて「宗祖の御影」を指した表現なのです。
>ましてや法華の本家本元の富士門で相伝がない筈が有りません。
>本堂の奉安様式にしても曼荼羅の前に大聖人様を奉安されている日蓮宗寺院
>が多いでしょう。
波木井清長は『誓状』において、
本尊ならびに御聖人の御影 (富要八-一〇頁)
これによれば、宗門上古においては本尊の前に御影を安置していたことが分かります。
地頭波木井実長の長男清長は波木井一門にありながら、日興上人への信伏を示した人物であり、
実長とは一線を画していた。そのことを勘案すると、ここでいう「本尊」とは一体仏ではなく漫茶羅をさすものと解す。
漫茶羅と聖人御影という本尊奉安式は清長のみならず日蓮聖人門下でのことであり、
日興上人が聖人御影のもとに供物をしていたことは揺るぎない事実である。
だがこれが直ちに日蓮本仏へとつながるのか、いいやそうではない。
日興上人は『原殿御返事』において、
「日蓮聖人の御法門は、三界衆生の為には釈迦如来こそ初発心の本師にておはしまし候」
(宗全二-一七三頁)
『報佐渡国講衆書』において、
「上下萬人初発心の釈迦仏を捨て進らせて、或は、阿弥陀仏、或は、大日如来、或は、薬師仏を師とたのみて、
本師、釈迦如来に背き進らせ候」
(宗全二-一七八頁)
日興上人は久遠実成釈尊を本仏と見ていたことが諒解される。
日興上人が著作において釈尊本仏を明記されている以上、日興上人がいかに日蓮聖人を尊崇していたとしても
日蓮本仏、宗祖本仏論を展開することは不可能である。
これらのことを勘案すると、日興上人はあくまでも漫茶羅を根幹とし、その上で聖人御影に供物をしていたのである。
換言するならば、聖人御影を通じて漫茶羅へ供物をしていたということである。
では漫茶羅の位置づけで大石寺においては漫茶羅を日蓮聖人の当体と見るのであるが、
日興上人は『原殿御返事』において、
「日蓮聖人御出世の本懐南無妙法蓮華経の教主釈尊久遠実成の如来」
(宗全二-一七二頁)
南無妙法蓮華経 日蓮を、すなわち、漫茶羅を久遠実成釈尊と見るのである。
|
|