医者の誤診ついて


明主様御教え 「驚くべき肺結核診断の誤診」 (昭和11年5月3日執筆)

「私が多くの肺患者を診査するにおいて、実に驚くべき事を発見するのである。

それは、拾人中九人までは肺に異常が無いのである。

しかも、帝大、慶大、赤十字等の大病院の診断が、それであるにおいて実に看過出来ない社会国家の大問題であると思うのである。

しからば、何故にその様な誤診が多いかを述べてみよう。

まず今日、肺患者を診査するにおいて、残らずと言いたい程同一の症状である。

それは、微熱と咳嗽と喀痰、血痰、喀血、不消化、下痢、盗汗(ねあせ)等である。

そうして、それら病症発生の原因は、いずれにあるかを詳細に探査してみると、第一の微熱は、全然肺からではない。

左右頸部の淋巴腺及び肺尖の上表、即ち頸部の付根から、肩肝部付近又は、背部へかけての膿の溜結からである。

それで、最初その部へ掌を宛(あ)つれば、特に熱いので発熱の根拠が明白に判るのである。

そして、熱のある部分には必ず大小グリグリ状の溜結を発見する。

随って、その溜結を本療法によって溶解すればするに従って解熱し、病状は軽快に向うのである。

この際何ら肺の治療は為さないに拘わらず、軽快するに見て、全然肺とは関係の無い事を知るのである。


次は、肋骨の一枚一枚、多くは乳の付近であるが、これを指頭にて圧すれば、かなり強い痛みを感ずるのであって、これは肋骨膜に膿が溜結している証拠である。

しかも例外なく、この部に顕著な発熱があるので、非常に肺患と誤られ易いのである。

即ちレントゲン写真には、疾患状に写り、聴診器にはラッセルが聴えるからである。

しかし、これは決して肺とは関係が無いのであって、即ち肋骨より外部即ち皮下であるから、指頭に明かに触れるのに見て明かである。

故に、これを解溶するに従い、熱は去り、痛苦は消失するのである。

又、医家によっては、これを乾性肋膜と診断するが、これも大なる誤謬である。


次は咳嗽であるが、これも驚くべき大誤謬がある。

それは、肺患が原因で出るのは、ほとんど無いのであって、その大方が喘息である。

喘息の原因が、医学では気管の疾患としているが、これも誤りである。

実際は横隔膜の下部、即ち臍部両側から上方へかけての膿の溜結の為である。

この部を指頭で圧せば必ず硬結があり、痛みを感ずるのである(稀には無痛のものもあり)。

故にこの膿結を解溶するにおいて、患部は柔軟となり、咳嗽は消失するに見て明かである。

又、この膿結は胃を圧迫するから、不消化は免れないのと、胃薬服用による逆作用に因って、消化不良になる事と、絶対安静による胃腸の沈滞の為と、

この三つの原因によって、はなはだしい食欲不振となり、それが衰弱の原因となるのは当然な理である。


次に喀痰、血痰、喀血、盗汗等は、多量に排泄さるればさるる程いいのである。

何となれば、喀痰は膿の解溶せるものであり、血液は決して浄血ではなく、毒血である。

これは自然浄化によって、排除されなければならない毒血である。

又、盗汗は水洗法のようなもので、熱によって解溶せる毒素を、体内の水分が洗出して、外部へ排泄するのである。

故に、これらは皆悉(ことごと)く病素を軽減すべき、浄化作用である。

にも係わらず、医療はこの浄化作用を停止しようと努むるのであるから、一時は多少の軽快をみるも、実際の結果は病気治癒の妨害になる訳である。


次に下痢の原因としては運動不足者に対し、牛乳、肉食、肝油等を摂らせる為、脂肪過剰によって、習慣性とまでなる下痢症を、それを又、止めようとするその為の薬剤の逆作用等によるのである。

特に殺菌の目的で服用した強烈な薬剤で、腸を傷害する事がある。

それが為の下痢は、頗(すこぶ)る頑固性である。

故に、一言にして言えば、滋養物過多に因って起した下痢を、自然療法なら治癒すべき事を知らず、薬剤で治癒しようとする。

その結果としての逆作用の為であるから、医療が下痢を発作さすとも言えるのである。

ただし、例外として、粟粒結核及び肺壊疽のごとき、悪性疾患の末期においては、その膿毒に因る腸粘膜の靡爛(びらん)、即ち腸結核と称するものは、まず治癒は困難である。

しかもそれらは衰弱はなはだしい為である事は勿論である。

又、この症状は大抵喉頭結核を併発するもので、ここに至っては、まず絶望と見るの外は無いのである。

しかし、これらの患者は、百人中一二人位であって、衰弱の為肉は落ち、肋骨は数えられる程にて特異症状は、喀痰の悪臭、肺部の喘音、喉頭結核による食物嚥下(えんか)の不能、発声不能、頻繁な下痢、呼吸困難、起居不能等である。

しかしながら、右のごとき末期の症状以外の歩行に堪え得る位の肺患なら、まず治病率は八十%は確実である。

医療においては二十%も困難であると思うのである。

何故に、かくのごとき好成績を挙げ得るやというに、それは肺に異常が無いからである。

この様な、肺に異常の無い患者を、肺患と誤診する結果、第一に患者の意気を沮喪(そそう)させるのである。

第二に薬剤の服用と注射及び動物性食餌等において、血液を汚濁させるから、それによる浄化力欠乏は、自然治癒力の減退となり、

なお又、解熱剤に因る解熱は、病原たる膿の解溶停止となり、治癒力を弱らせる結果となるのである。

又、絶対安静は諸機能の活力を減退さすにおいて、病気に対する抵抗力衰滅となる等、悉(ことごと)く病気治癒でなく、病気悪化となるのである。

糅(かて)て加えて、誤療の為、長年月に亙(わた)るが為に、医療費の負担が経済的窮乏に陥らしめるから、それに因る精神的打撃も拍車を掛けるのは当然である。

かく観じ来れば、現代医療は肺患防止又は撲滅に非ずして、正に肺患増加法である。

噫(ああ)、まことに恐るべき重大事であって、これに気付く者が今日まで一人も無かったという事は、不可思議以上である。


最後に付加えるべき重大事がある。

それは、結核撲滅は欧米においては、相当の成績を挙げているという事で、これがそもそもの誤謬の出発点である。

何となれば、白人種と黄色人種とは、格段の違いさが有る事で、それは、黄色人と黒人との違いさと同一である。

元来、各々の人種は、歴史的、伝統的に健康に適合すべき食物や方法が、何千年に亙って、自然的に形成されている事で、これが実に貴重なるものである。

それは、人為的に作ったものではなく自然に造られたものである。故に、それに従う事に依ってのみ、その国民は健康であり得るのが必然である。

それのそもそもの原因としては、明治以来欧米文化を無差別的に採入れた弊(へい)からであって、今日までその取捨選択までに到らなかった為でもある。

それがついにその時が来たのである。観よ、政治においては、機関説問題を生み、国体明徴となり、日本精神の高揚となり、文教の日本的革新とまでなった事は、人の知る所である。

勿論、医学もそれに漏るるはずはなく、西洋直訳から一歩も抜出られなかった。

この学問にも、革新の来た事は争うべくもないのである。

それが吾人の主張と実行であり、日本的医術となって生れたのは言うまでもない。


故に独り肺結核のみではない、乳児死亡率の世界一も、弱体児童の驚くべき数字も、根源にその誤謬と欠陥の伏在があるからで、

それを発見匡正する事より他に、日本人の健康は解決さるるはずがないのである。

就中(なかんずく)、最も寒心すべき弱体児童激増の原因は何か。

それはその養育方法が、西洋式であるからである。

日本の児童は、西洋人ではない、日本の児童は日本人である。

しかるに、直訳医学と直訳衛生は、日本人の児童を西洋人の児童と同じ養育方法をよいと信じて、それを行っている。

これが根本的誤謬である。滑稽な事は、味噌汁と餅菓子は、西洋の医書には無いから、直訳医学者はこれを不可としているその結果、子供に牛乳を飲ませ、チョコレートやキャラメルを奨めるという愚かさである。

故に私は大声叱呼(しった)して、弱体児童の防止は、日本的に養育せよ、と言いたいのである。

又、それと倶(とも)に、肺患の養生法は、日本人式にせよ、と言うのである。

それによって、その効果の顕著なる事は、私が拾余年以来、実験して誤りがないのである。

故に、私はいう。現代医学は、西洋医学ではない、西洋人医学である。

それは西洋人の健康と西洋人の肉体を基本として、研究されたものだからである。」




明主様御教え 「誤診誤療の実例」 (昭和11年4月13日御執筆)



これは実際、私が手掛けた患者であったが、それは本年正月四日に、三十二歳の婦人が来たのであった。

その話によれば、今度の月経が例月よりも日数が多く掛ったので、

心配の余り某医師に診断を乞うた所「これは大変である。子宮外妊娠であるから、

急いで手術をしなければ、生命に係わる」との事を言渡されたのであるが、

念の為と、ともかく私の所へ来たのであった。

私が査べた所、全然、外妊娠などの徴候はない。

ただ僅かに、腎臓の下部に、些(いささ)かの水膿溜結があったばかりであった。

それも二回の施術によって、痕方もなく治癒されたので、その夫人の喜びは一通りではない。

正月早々大手術をされ、入院もし、その苦痛と費用と日数を無益に費消し、傷痕まで付けられなければならなかったのを、

僅か二回で済んだのであるから、喜ぶのも無理はないのである。

これらの事実を検討する時、外妊娠すべき位置より、三寸以上隔っている皮下に膿結があったばかりで、

専門家として誤るはずが無い訳であるに係わらず、

右の様な事実があったと言う事は、どうしても不可解と今も思っているのである。




本年三十七歳になる某上流婦人が私の所へ来たのである。

その婦人のいわく、肩の疑りと頭痛が持病であった所、

最近、月経がいつもより日数が多かったので、某博士の診断を受けた所、

「右側の卵巣が、左側のよりも三倍もの大きさに腫れている。

それが原因であるから、早速切開して剔出しなければならない。

頭痛や肩の凝りもその為である」と言うのである。

しかし、手術が嫌さに躊躇している所へ、私の所を聞いて来たのである。

私は入念に査べてみた所、卵巣は左右共異状なく、全然、腫れている形跡はないのである。

又、頭痛や肩の凝りは、卵巣とは無関係で、別箇の病気である。

何となれば、卵巣部へ手を触れない内に、肩を治療した所、頭痛、肩の凝りは即座に軽快になったのを見ても瞭(あきら)かである。

そうして、四回の治療によって全治したのでその驚きと喜びは想像に余りあるのである。

右の事実によって考うる時、異常なき卵巣を腫れてると言い、

卵巣と関係のない肩の凝りを関係あるという、

その誤診のはなはだしいのに至っては、実に驚くべきである。

もし、その患者が私の所へ来なかったとしたら、

健全である卵巣を剔出され、一生障害者にならなければならなかったのである。

私は実に慄然として膚(はだえ)に粟(あわ)を生じたのである。


三、松田文相の死

西洋医学における健康診断は、未だ不完全であるという事を断言したいのである。

最近におけるそれは松田文相の死である。

新聞紙の報道によれば、医学界の権威として帝大の古参教授として、

令名の高い真鍋博士が死の三時間前に健康診断をしたという事である。

これは軽々に看過出来ない重大問題である。

三時間後に死ぬという事を予知出来得ない健康診断なるものは果して何の価値があるであろうか。

健康診断を受けようとする目的は、病気の前兆を知る事であり、

病気の前兆を知ろうとする事は、万一の事態を免れんとする意図である事は言うまでもない。

しかるに、その最後の目的である死そのものが、三時間前に予知出来得ないとしたら、

それは、健康診断などをしないのと同じ結果である。

これによってみれば西洋医学は、もっともっと進歩しない限り、

その健康診断は未だ信頼するに足りないと言う事が出来る。


又これらの問題に対して、当局も世人も余りに冷淡ではなかろうか。

他方面における割合小さい問題にも必要以上に神経を尖らす現在の社会が、

事医学上に関する一切は、不思議な程寛大であるのは、どうした事であろうか。

この余りの覚大さに蔽(おお)われての為かは知らないが、

赦すべからざる程の誤診誤療が頗る多いという事である事は想像され得るのである。

帝大の権威でさえが、今回のごとき不明である以上、

一般医師の診断のいかなる程度であるかは予想し得るであろう。

しかしこれは、医師を責むるのは当らないかも知れない。

実は、罪は西洋医学にあるので、それは世人が想像する程に進歩していないと見るのが本当ではなかろうか。

要するに、西洋医学過信の罪が種々の形となって現われ、それをどうする事も出来ないのが現在である。

注射の誤りや手術の誤りに因る急死、その他の確かに医師の過失と認むべき事実に対し、

死者の家族の憤慨談や又、訴訟事件等の新聞記事をよく見るのであるが、

この場合、何故か、医師の方が有利な結果となるようで、

その為かどうか知らないが、大抵は泣寝入りとなる場合が多いようである。

もっとも医療に干渉し過ぎる事は、医師の治療における支障ともなるのであるから、

一概には言われないが、何事も程度があり、程度を越えれば、弊害を醸すのは当然である。

しかも事は人命に関するという重大事においておやである。


医術で障害者になった話

これは某看護婦の話である。

七歳の女児、右頬に腫物が出来たので、入院して手術をしたのである。

しかるに、手術時期が早期の為、眼瞼下(がんけんした)に、又別に腫物が出来たので、

早速それをも手術したところ、結果不良で悪化し、ついに最初の箇所と次の箇所と連絡してしまったのである。

その手術によって、自然排除を防止された膿は、眼からも、鼻孔からも、絶えず溢出するという苦痛をさえ、加重せられたのである。

そうして、漸く数ケ月にして、治癒された結果はどうであったろう。

大きな引吊りの為に、俗にいう「べッカンコウ」の様な醜くさの顔になってしまったのである。

それが為に、その母親が歎いて医師に訴えたところ、

医師は「いずれ整形外科へ行って、治して貰ったらいいだろう」との事であった。


これについて批判を加えればこうである。

その腫物の原因としては、自然浄化によって、膿が頬から排除されようとして腫物が出来たのであるから、

何らの治療を加えず、そのまま放置しておけば良かったのである。

そうすれば、腫れるだけ腫れて小さい穴があいて、そこから膿が全部排泄され、完全に治癒されて、痕跡も留(とど)めないようになるのであって、

その期間も長くて一ケ月位で済むのである。

それに何ぞや、多額の費用と日数と、より痛苦を与えてついに生れもつかぬ障害者たらしむるという医学は実に恐るべきものである。

誤れる医術の弊害を、世人に知らしむる事が、刻下何よりの急務である事を痛感するのである。 (「新日本医術書」より)




明主様御教え 「誤診誤療の実例(一)」 (昭和11年6月15日発行)

「西洋医学の大誤謬は、あらゆる方面から、その理論と実証を示しているので、読者は大体、知諒したであろうが、

なお今日まで、私の手許に集まっている多数の実例の中から摘出して、発表する事にする。

しかし、神ならぬ身の人間が行(や)る事であるから、誤りが無い訳にはゆかないのは勿論である。

故に、その程度が有り得べき範囲であるものは致し方ないのであるが、

余りにはなはだしい誤○誤○、あるいは人道上から観ても葬り去る事の出来ないようなものを選んで、左に記述するのである。



早期胃癌の誤診

○○区区会議長兼府会議長○○○氏 五十四歳

この患者は、最初軽微の消化不良で、念の為診断を受けておかんと○大に赴いたのである。

その時の診断によれば、胃癌の初期であるから、今手術をすれば絶対に治癒する。

今が最も切り頃であると、口を極めて、手術を勧めたのである。

しかもそれは、日本で有名な○○○○の博士であった。

その時である「勧める者」があって某氏の所へ来たので、

探診したところ、未だ、癌という程にはなっていない、そうであった。

単なる水膿溜結が心窩部から横隔膜下部に、長さ一寸五分、幅一寸位の大きさにあって、

治療をすれば二週間位で全治する程のもので、

その由を言って、極力手術の不要を勧告したそうであるが、四五回目に来た時であった。

その患者が愬(うった)えるには何分にも○大の有数なる博士三人が、今が切り頃である。

絶対に請合うと言うのを「何故」逡巡しているのかと、周囲の者から強要されるので、とても堪らないというのである。

某氏も、それらの反対を押切る事の不可能であるのを知って

それなら止むを得ないから、貴下の随意になさいと言ったそうである。

そこで、早速入院して手術を受けたのである。

約一ケ月で病院を退院し、湯河原へ静養に、二ケ月計り滞在したそうである。

しかし、病気は一進一退で思わしくないので帰京したところ、

その後、日に悪化し、帰京後、一ケ月余にして、ついに逝去したのであった。

手術後、約四ケ月にして生命を失ったのである。

この例は、突々(とつとつ)怪事であって、人道問題としても、充分に価値があるであろう。

もし、この患者が、医療をせず放置しておったとしたらまず「二年や三年」の寿命は、充分保ち得たであろう。

しかるに、医療をしたが為、生命を短縮したのは疑えない事実である。

しかも、日本有数の大家が、三人まで生命を保証したに係わらず右のごとき不結果に帰したとは、

一体どうした事であろうーその当事者の弁明を聞きたいものである。



惜しいと思う事

吾人はいつも新聞記事を見る時、名士の死及び黒枠広告をみて実に惜いと思うのである。

特に非常時の今日ー軍人しかも将官級の人で、五十歳位の人の死は全く惜いと思うのである。

なぜなればこの人達が本療法を知れば、必ず病気全治して死ななくて済むからである。

又近頃は脳溢血が多いが、これらも平常ー月に一回か二月に一回ー本療法を以て

血液の浄化法を行えば、絶対脳溢血には罹らない事である。

しかし、現在は未だ西洋医学が進歩していると思っているから、

それのみに頼るのは止むを得ないと思って諦めてはいるが、まことに惜いものである。

脳溢血の予防さえ完全に出来得ないー現代医学も因ったものであるが、

一日も速く「観音力療病」の実力を世人に知らしめて、

救われる人が一人でも多からん事を冀(ねがっ)てやまないものである。」




明主様御教え 「驚く可き誤診と誤療」 (昭和11年4月16日御執筆)

「私は今日まで、幾多の患者を取扱いつつあるについて、実に驚くべき事を発見するのである。

それは、患者の言に徴して、医師の誤診の余りにも多い事である。しかも、何人といえども絶対信頼を払ってる各医大における斯界(しかい)の権威者達の誤診がすくない事である。

因ってこれから逐次発表して、当事者は固より一般世人に、警告を与えたいと思うのである。

断っておくが、私は決して医家を非難しようとする心は、毫末も無いのであって、

ただ、止むに止まれない、至情からである事を、充分諒解されたい事である。

故に、努めて事実から、一歩も出でないように、注意するつもりである。



五つは空の病気  京橋区新川町 SH(四十五歳。女性)

この患者は、拾年前からの発病で、一進一退の経過を経ている中(うち)、一年位前から悪化した為、絶対安静を守り、便所へ行く以外臥床を続けていたのである。

患者の言によれば、○○博士と○○博士の診断によれば、左の肺尖加答児、右の肺門淋巴腺、心臓肥大症、胃下垂、脚気、小腸加答児の六つの病症であるとの事である。

しかるに、私が診査の結果、右六つの病気の中、小腸加答児だけは認めらるが、他の五つの疾患は全然無いのである。

ただ、この患者は、長期臥床によるはなはだしい衰弱で、無論、貧血と痩羸(そうるい)は、一見重体らしく見えるのであるが、

実際の病気としては、頸部の周囲、及びその付根に膿が溜結しているのみで、

他は、長期に渉って服んだ薬毒の為の器能全体の衰弱と、腎臓部と腹膜に些(いささ)かの水膿滞溜をみたのみである。

治療の結果、四日目に床を離れ、十日位から日常の家事に励しむようになり、二十日位経てから、健康時と変らないまでに全治したので、本人の喜びは言葉に現わし難い程であった。

周囲の者の驚きは、想像に余りある程であるそうで、知る限りの人々はただ不可解というのみであるそうである。



逆になった死の宣告  芝区白金志田町 KR(七歳。女性)

この患者は、昨年九月○○医大の小児科医長、○○博士からこう言われたそうである。

「この子は、入院はお断りする。何となれば、絶対治る見込はない。

病気は、肺患であって、半ケ年以上は生命は覚束(おぼつか)ないからその覚悟をせよ」との事であった。

診査してみると、肺は何ら異常はないのであって、ただ左右の耳下腺から淋巴腺へかけて相当大きい膿の溜結があり、その為に毎日九度以上発熱するのであった。

私はその膿結を治療した所、漸次、解溶解熱し、一週間後に至ってほとんど平熱となり、最初は顔面蒼白元気なく、歩行も困難な状態であったのが、

解熱頃から、漸次頼に紅潮を呈し、体重は増し、元気は恢復して来たのである。

一ケ月余にして、ほとんど健康時と変らぬまでに全治したのであるが、淋巴腺の膿結が幾分残存しているので、その後、月に二、三回は来るのである。

今年の四月、芽出度く小学校へ入学し、その溌剌たる健康振りは、普通の児童にも優る位である。

先日も、半年以上生命は覚束ないといった博士の言葉へ対し、その余りに反対である事実を語りつつ、その母親は哄笑したのである。

これらの実例へ対し、当事者が調査を欲する場合、何時にても欣(よろこ)んで斡旋するは勿論、むしろ患者の全治状態を参考の為審査されん事を希望してやまないものである。」 (「新日本医術書」より)