時計のセカイ

手の届く、歴史的傑作 ユンハンス「マックス・ビル」

  • 文 広田雅将
  • 2015年4月2日

1962年発表。マックス・ビルは56年のキッチンタイマーを元に、腕時計を作り上げた。黒に銀という強いコントラストと、可能な限り大きくとった文字盤が、高い視認性をもたらす。ケースは薄くないが、軽いため装着感も良好だ。SSケース×カーフトラップ(直径34mm)。11万円(税別)(問)ユーロパッション 03―5295-0411

写真:実用的な日付表示に加えて、文字盤の12時、6時、3時、9時位置の夜光塗料が、暗がりでの視認性を高める。またケースがわずかに大きくなったので、腕の太い人にも向く。SSケース×カーフトラップ(直径38mm)。14万5000円(税別) 実用的な日付表示に加えて、文字盤の12時、6時、3時、9時位置の夜光塗料が、暗がりでの視認性を高める。またケースがわずかに大きくなったので、腕の太い人にも向く。SSケース×カーフトラップ(直径38mm)。14万5000円(税別)

写真:初代マックス・ビルのデザイン画。文字盤のロゴをのぞいて、デザインは現行モデルとほぼ同じだ。オリジナルからデザインがほとんど変わっていない時計は、マックス・ビルを含めて数えるほどしかない 初代マックス・ビルのデザイン画。文字盤のロゴをのぞいて、デザインは現行モデルとほぼ同じだ。オリジナルからデザインがほとんど変わっていない時計は、マックス・ビルを含めて数えるほどしかない

写真:マックス・ビルの原型となったキッチンタイマー。ウルム造形大学の学長になったマックス・ビルは、身の回りのデザインをすべて置き換えるべく、さまざまなプロダクトを生み出した。そのひとつがキッチンタイマー マックス・ビルの原型となったキッチンタイマー。ウルム造形大学の学長になったマックス・ビルは、身の回りのデザインをすべて置き換えるべく、さまざまなプロダクトを生み出した。そのひとつがキッチンタイマー

 「頑張れば買える値段で、長く使える時計はないのか」。そういう相談をしばしば受ける。ノモス、オリエント、セイコー、ハミルトン、オリス、探せば候補はいろいろある。まずその中で筆者が推したいのは、ドイツ製のユンハンス「マックス・ビル」だ。

 名前の由来は、ドイツの高名なデザイナーから。彫金を勉強し、後にバウハウスを学んだマックス・ビルは、その精神を継ぐべく、1955年にウルム造形大学を設立した。この「バウハウス最後の巨匠」こそが、ユンハンス「マックス・ビル」のデザイナーである。

 バウハウスのデザインとは、機能的で、量産に向くという特徴を持つ。加えて彼は、バウハウスのデザインを、工業化しようと試みた。したがって、手掛けた作品には、手の届く価格の物が少なくない。腕時計も例外ではなく、今回取り上げた時計も、しばしば彼の最高傑作と称されるにもかかわらず、価格はやはり控えめである。

 デザインの特徴をいくつか述べたい。まずは極端に絞ったベゼル(風防を支える枠)だ。普通、ベゼルにはある程度の幅を持たせる。頑強さを持たせるためだ。対してユンハンス「マックス・ビル」はベゼルを可能な限り細く絞り、文字盤を大きく見せようと心掛けた。そのため腕に時計を載せると、文字盤が直接腕に載っているような印象を受ける。そしてもう一つが、長いインデックスである。細い針とインデックスが重なると、まるで文字盤の中心から外側まで、長い一本の棒が貫いているように見える。大きな文字盤と、細い針とインデックスの組み合わせ。なるほどこの時計が、視認性に優れているはずだ。

 もっともこの時計の美点は、デザインだけではない。価格を考えれば驚くほど、細部も作りこまれている。それを示すのが、精密なリュウズの感触だ。多くの機械式時計に同じく、この時計も、リュウズを一段引くと時間合わせ、日付付きの場合は、二段引くと日付合わせができる。しかし安価な時計には、リュウズを引くとぐらぐら動く物が多い。実用面での問題はないが、操作系にガタがあると、上質さに欠ける。その点ユンハンス「マックス・ビル」は、メイド・イン・ジャーマニーにふさわしく、操作系に無駄な遊びが一切ない。50万円の時計でも、リュウズに無駄な遊びを持つ時計があることを考えれば、マックス・ビルは相当きちんと作りこまれた時計、といえる。

 しかし、この時計にもささいな弱点はある。一つは時計の厚みが案外ある点。現在の機械式時計としては薄い部類に入るが、現代のクオーツに慣れた人には、少し厚く感じるかもしれない。もし厚みが気になる人は、自動巻きではなく、わずかにケースの薄いクオーツか、手巻きを選ぶといい。そしてもう一つが、風防がプラスチックである点。時計の風防に使われるプラスチックは丈夫で、落としても割れるようなものではない。ただ気をつけて使っていても、小傷は付いてしまう。もっとも傷が付いたらプラモデル用のコンパウンドや、歯磨き粉でこすると大体消える。

 よく練られたデザインと、丁寧な作りを楽しむことのできるユンハンス「マックス・ビル」。どのモデルも魅力的だが、筆者はまず日付なしの手巻きと、日付付の自動巻きをお薦めする。前者は本来の造形を味わう最良のサンプルであり、後者は普段使いに最適だ。しかも値段は、歴史的なデザインを持つ機械式時計と考えれば、決して高くないのである。

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PROFILE

広田雅将(ひろた・まさゆき)

時計ジャーナリスト。1974年大阪府生まれ。サラリーマンなどを経て現職。現・時計専門誌クロノス日本版(www.webchronos)主筆。国内外の時計賞で審査員を務める。趣味は旅行、温泉、食べること、時計。監修に『100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』『続・100万円以上の腕時計を買う男ってバカなの?』(東京カレンダー刊)がある

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