結核の分析について 3
明主様御教え 「結核の現状」 (昭和18年11月23日発行)
「そもそも、結核なる病気は、日本においても相当古くからあったらしいが、もちろん今日程多くなかった事は、想像出来得るのである。
そうして西洋医学渡来以前の病名としては癆症(ろうしょう)または癆咳(ろうがい)といって不治とされていたようである。
しかるに近代医学の発達によって、漸次その正体を突き止めると共に、彼のロベルト・コッホ博士の結核菌発見によって、結核病理学の進歩となり今日に到った事は周知のごとくである。
しかるに泰西(たいせい)文明国においては、近年に至って漸次結核の減少を来し、今日においては他の病気と同様の水準となり、特に問題にするに足りないまでになったのである。
にも係わらず、独り我日本においては、泰西と逆比例し益々増加の傾向をたどりつつあるので
世界唯一の結核国という洵(まこと)にかんばしからざる名称を付せられたのである。
しかも現在のごとく、大戦争を遂行しつつあるこの際として到底ゆるがせに出来ない大問題である事は、今更多言を要しない所である。
以上のごとき、泰西においての結核漸減をもって我国の医学専門家は、その原因を結核防止の施策が奏効したためと解し、
それと同一方策をもってすれば、わが国の結核問題も解決なし得るとしている事であって、その具体的方法が現在行われつつある幾多の施策である。
故に感染を防止するためとして、集団的に早期診断を行うと共に、
種々の機械的方法をもって、結核患者の発見に努め、発見するや速かに隔離の方法を執るのである。
そうして当局者の推定によれば、現在隔離を必要とする開放性結核患者の数は、約十五万とされている。
しかるに現在の患者収容力は、官立及び私立療養所を合せて合計約五万床に過ぎないので、
急速に不足分十万床を新設せねばならずとして、大日本医療団なるものを設立し六億円の巨費を投じて五ケ年間に達成しようというのである。
しかるに、ここに問題がある。
それは私の発見によれば、泰西における結核減少の原因が、その防止法施行の結果ではなく、
他の理由によるという事である。それを以下詳説してみよう。」 (「結核の正体」より)
明主様御教え 「結核と薬毒」 (昭和18年11月23日発行)
「前項に述べたごとく、結核が泰西に減少し、我国に増加するという原因を述べるに当って知らねばならない事は彼の種痘の問題である。
そもそも種痘なるものは一七九八年英国の医学士エドワード・ジェンナーなるものが発表し、
それ以来漸次ヨーロッパを初めとし、世界各国に施行せらるるようになったのである。
しかるに文化人は、恐るべき天然痘疾患から免るるを獲るというので、その恩恵に感謝した事はもちろんで、
今日においても救世主のごとくに思われているのは何人も知る所である。
しかるに、ヨーロッパにおいては種痘施行後、各国人の体位は低下し始め、
ついに人口増加率低減という恐るべき問題が発生し始めたのである。
それはフランスにおいては、種痘発見後三、四十年、
英国及びドイツにおいては七、八十年にしてその兆候を表わし始めている。
しかし幸いにも日本においては、ヨーロッパよりも五、六十年後れたため、
体位低下及び人口増加率減少が著るしくないというのが現状である。
しからば、種痘による体位低下と結核との関係はいかなるものであるかを述べてみよう。
種痘によって、天然痘が免疫になるという事は、天然痘毒素(以下然毒と略す)が消滅したのではなく、発病の勢をくじかれたまでである。
すなわち陽性であるべき毒素が陰性化されたまでであって、
実はこの残存陰化然毒が、結核を初めあらゆる種類の病原となるのである。
そうして陰化然毒は、人体不断の浄化作用によって各局部に集溜固結するので、その局所は主として背面腎臓部である。
これがためその固結の圧迫によって腎臓は萎縮し、尿の排泄に支障を来すので、
その結果として余剰尿毒が背部、肩部、首、頭脳、淋巴腺を初め、全身各部に集溜するのである。
もちろん神経を使う所程、集溜固結するものである。
その集溜固結の過程を、私は第一浄化作用という。
次で右固結を解消排除すべき第二浄化作用が発生するので、その先駆としてまず発熱がある。
それによって右の固結は溶解し、液体化し喀痰、汗、下痢、嘔吐、鼻汁等になって排泄さるるのである。
その場合、第二浄化作用は苦痛が伴うので、その苦痛を病気と称するのである。
従ってこの意味において、病気なるものは実は天恵的浄化作用であって、これによって健康は増進さるるのである。
しかるに、今日までの医学及びあらゆる療法は、右の理を反対に解し、
病気をもって悪化作用となし、極力これを停止しようとしたのである。
元来浄化作用なるものは、体力旺盛なる程発生しやすく、また強烈でもあるから、これを停止せんとする場合、体力を弱らせなければならない。
その方法として唯一のものとされていたのが彼の薬剤である。
元来薬なるものは無いので全部毒物である。
薬剤の服量を定めるという事は毒であるからであって、これは医学も認めているところである。
すなわち毒作用によって身体は衰弱するから浄化作用は停止される訳である。
この結果、浄化作用発生以前の固結状態に還元する。
それを治癒したと誤ったのであるから、医家においても病気を治すとはいわない。
固めるというのである。
ゆえに、右のごとく薬毒によって、浄化を停止するのであるから、真の治癒ではなく擬治癒である。
従って、時日を経るにおいて、再び浄化作用が起こるのは当然で、それをまた停止するというのが今日までの方法であった。
しかしそれだけならいいが、右のごとく繰返す結果、その都度薬毒の溜積が増すから、漸次発病毎に悪性となるのである。
これについて医学においては薬毒は自然排泄消滅するものとしているが、これははなはだしいあやまりであって、
人間は人間の食物として定められたる以外の総ては異物であるから、
決して消滅はせず体内に残存する事は、私の幾多の経験によって明らかである。
右の理によって、病気の原因である毒素なるものは大体 陰化然毒、尿毒、薬毒の三種である事を知るであろう。
そうして病気に際し最も苦痛を現わすものは薬毒で、次が尿毒、次は然毒であるが、然毒はほとんど痛苦はなくただ痒みだけである。
そうして以上のごとき薬毒の外、氷冷、湿布、光線その他の療法といえども、そのほとんどは固め療法に過ぎないのである。
また特に注意すべきは、発熱の原因がほとんど薬毒である事である。
ゆえに発熱が主である結果といえども、その根本原因が薬毒である事は疑いないのである。
何となれば私が多数の患者を取扱った経験上、生来、薬剤を使用した事のないというものもたまたまあるが、
そういう人に限って発熱がなく、従って、病気も軽く大抵一、二回で治癒するのである。」 (「結核の正体」より)
明主様御教え 「結核の原因」 (昭和18年11月23日発行)
「前項に述べたごとく、浄化作用発生毎に停止する結果、漸次薬毒は追増し、尿毒は漸増する以上、遂に停止し難くなるのである。
右は大抵の人がふむところの幼時から少年期までの経路であろう。
しかるに十五歳以上の青年期になるに従って、漸次体力は旺盛となり、浄化力も強烈になるので、従って、発病の場合浄化を停止せんとしても容易に停止し難くなる。
すなわち発熱を初めその他の病気症状が執拗に持続する事になるから、この際医診においては、結核の初期と診断するのである。
ゆえに、これによってこれをみれば、最初単なる感冒くらいであったものが、浄化作用停止という誤れる療法によって、結核にまで発展するというのが、現在までの医術としての最善の方法であったのであるから、いかにあやまっていたかという事である。
そうして主なる根源としての種痘であるから、種痘が人間に与えた害毒もまた軽視出来ないものがあろう。
ゆえに、結核が旺盛なる浄化作用であるという事の証左として、青年期程発病しやすく、老年期に至るほど発病し難いという事によっても明らかである。
従ってもし医学の言うごとく、抵抗力が弱るから発病するとすれば、抵抗力の弱い老年ほど発病しなくてはならないはずである。
また白人に結核が減少したという事は、体位が低下し、青年にして老人のごとくなったからであり、日本に結核が多いという事は、いまだ青年的元気があるという訳になるのである。
それは白人の方が種痘が早く、日本人は後れているからであることは言うまでもない。
ゆえに白人においては、結核罹病者は青年よりも老年に多いという事であるが、これらも老年者ほど種痘の害を蒙る事が少ないからである。
それについて、最近の新聞記事に左のごとき一文があった。」
昭和18年3月11日の朝日新聞強兵健民欄
「医学と体育の問題」・・・強兵健民を目指してわが体育はあらゆる角度から再検討されているが、
体育問題を掘り下げれば下げる程、医学との深い結びつけの必要さが痛感される。
ここにおいて体育、医学の両者はようやく相携えてわが国の真の体育体系の確立のために邁進せんとしているが、以下この両者の意見を聴こう。
健康と結核の関係 (東京中野療養所技師 KB氏)
「大東亜決戦下人的資源の確保増強の必要性が痛感さるるに及んで、従来の競技を主とした体育にたいして種々の角度から批判検討が加えられつつある。
純体育方面の検討は、これを体育専門家に任せることとして、
われわれ医学に携わる者特に結核専門医の立場からこの問題を考察してみると、
ゆるがせにする事の出来ない多くの問題が伏在している事を痛感する。
その最大の問題は結核と体育の問題である。
実際問題として従来青少年の体育に関して一番障碍となっていたものは結核である。
従来スポーツの選手がいかに多く肋膜炎や結核でたおれたことであろう。
しかもこれら選手は優秀な肉体の所有者であり、
かかる者こそ強健なる子孫を多く残すことが民族的にみて最も望ましいことなのである。
第二はこれとは全く対蹠的な、いわゆる虚弱者虚弱児童の問題である。
今までこの問題にたいして一体どこに重点をおいて考えていたか。
暗黙の中に結核にたいして漠然と関係づけて考えていた点がありはしなかったか。
しかるに皮肉にも、いわゆるこれら虚弱者、虚弱児童の中にはほとんど結核患者はいないということを医学は証明している。
従来の虚弱なる概念から、結核は全く棄て去られなければならない。
虚弱と結核の間にはなんらの関係もないのである。
かかる者こそ科学的に合理的に鍛錬しなければならないのであるが、
この分野は医者の方面からも体育家の方面からも一番等閑(とうかん)に付せられていた未開拓のものである。
一方において優秀な肉体の所有者が結核にたおれ、
他方においては合理的鍛錬を必要とする人々が体育に見放されていたという矛盾は、
結核を各人の見かけ、健康感によって判断していたということに由来する。
すなわち結核に関する限り一切の見かけは全然あてにならないのみならず、病勢がよほど進行しない限り、
自覚的にも外観的にも症状は出ないものである。
結核にかからない体格体質はないのはもちろん、結核は鍛錬によっては決して防止出来るものではない。
結核に関する限り、一切の解決が正当な科学的方法によってのみ可能である。
錬成に耐え得る人間を選定するのが医者であり、体育家はこれを合理的により強く鍛錬する。
ここに今後医学者と体育家が密接に協力すべき広大な分野が存する。
体育によって一人の皇国民もうしなってはならないし一人の虚弱者もあってはならない。
これがまた今後の医者と体育家の理想である」 (新聞記事は以上)
「右によってみるも、抵抗力薄弱者は結核に罹病し難く、反対に抵抗力強盛者すなわち優秀な肉体の所有者が罹病しやすいという事は、全く事実が私の説を裏書しているのである。
次に驚くべき事は、結核は鍛練によっては決して防止出来るものではないという事であってこれもまた私の説の通りである。
すなわち鍛錬は浄化作用を発生せしめるからである。」 (「結核の正体」より)
明主様御教え 「過労及び倦怠感」 (昭和18年11月23日発行)
「人間が運動する結果として疲労する事は誰もが知る所である。
これはなぜであるかというと、激しい運動やまたは普通運動にても持続する場合浄化作用が発生するからである。
それが微熱であるから、疲労時を診査する場合、腎臓部、腰部または脚部に必ず微熱をみるのである。
この理によって、運動をすれば浄化熱が発生する。
それによって毒素が軽減するのであるから、疲労する程の運動は、健康増進に対し最も良いのである。
しかるに医学においては右の理を逆に解して、過労を恐れるという訳である。
もちろん浄化作用の熱の意味を知らない医学としては無理もないであろう。
ゆえに、私は常に思うのである。
それは医学は過労は結核の原因でありとする、そのためこれを避けようとするゆえに、産業戦士の能率にすくなからず影響するであろう事を憂うるのである。
しかるに私の説のごとく、過労はむしろ健康上最善なる方法である事を知れば、能率の上にいかに大なる効果を及ぼすかを想うのである。
右によって考うるも、医学は外部的、一時的の症状のみに捉われ、根本的永久的を考えない所に欠陥があるのではないか。
ちょうど日光によって草木の葉が垂れ、花がしぼむのでそれを恐れて日蔭へ持ってゆくという意味と異ならないであろう。
一時的なえた草木が、一夜を経て再び生気溌剌たる事に思い及ばないという訳である。
次に倦怠感とは、大した運動もせぬに常に微熱が発生するのであるから、これらを治癒せんとするには、大いに運動して高熱を出さしめる方が速く治癒するのである。
それは微弱である浄化を強烈にする事によって、毒素の排泄が速やかとなるからである。」 (「結核の正体」より)
明主様御教え 「睡眠不足」 (昭和18年11月23日発行)
「睡眠不足が結核の原因となるという事は、なんら意味をなさない解釈である事を述べてみよう。
なぜ医学は右のごとく誤ったかという事を想像してみるに過労と同一の考えによるのであろう。
すなわち再三述べたごとく、人体は運動によって浄化熱が発生するものであるから、睡眠という安静時より、覚醒時の活動時間が長い程、より浄化作用が発生しやすいのは当然である。
この意味において、医学の説は逆である事を知るであろう。
この例として最も適切な事がある。
それは花柳界における人達である。
この社会の人には結核が最も少ないという事を、医家はよくいうのである。
しかるに、あらゆる階級中、この社会の人達ほど睡眠不足である事は恐らく他にないであろう。
これらによってみても、睡眠不足が結核の原因にならない訳が知らるるのである。
また結核の多いといわるる学生についてみるに学生は割合、夜の勉学と早朝通学のためとによって確かに睡眠は不足している。
かつ運動も強烈であるから、両々(りょうりょう)相まって浄化作用が発生しやすく、そのために微熱をみるので、医学は睡眠不足と過労が結核の原因であるとするに至ったと思うのである。
また一般に朝は無熱または低熱で、午後に到ると必ず多少の昂騰(こうとう)をするが、これは右の理によるのである。
しかるに稀には朝高く午後に低い場合もあるが、それは下熱剤のために狂うからで、かくのごときのごとき場合下熱剤をやめれば、再び正当な状態に立戻るものである。」 (「結核の正体」より)
明主様御教え 「微 熱」 (昭和18年11月23日発行)
「結核の前駆としての微熱の原因については、再三述べた通りであるが、実例によって今一層詳説してみよう。
結核患者が長時日の安静療法によって無熱になる事は、浄化作用が全く停止されたからである事はいうまでもない。
しかるにその場合、たまたま患者が精神的にかまたは肉体的にいささかの運動をする事によって微熱が発生する。
医師は驚いてそれを戒めるという例はよくある事であるが、これによってみても浄化作用停止と発生との理が判るであろう。
そうして医療においては身体はもちろん手足をさえ動かさしめず作りつけの人形のごとく全然不動で仰臥(ぎょうが)の姿勢を保たせ何十日何百日間も持続させるのであるから治りたい一心のためとはいえ患者の苦痛たるや実に言語に絶するものがある。
全く文字通りの生ける屍(しかばね)である。
考えてもみるがいい。
いかなる健康体といえども数ケ月絶対安静を持続する以上胃腸は弱り、食欲不振となり、衰弱のごく重症患者と同一状態になる事は当然であろう。
いわんや結核患者においておやである。
またこうもいえるのである。
すなわち青年期の旺盛なる浄化力を極力停止する結果としてちょうど老衰者同様の無力になる事である。
それが無熱であり、病的症状消滅であるから、それを治癒するがごとく医学は錯覚するのである。
この理によって医学は肺その物のみを治癒せんとし、それのみに専念し、ついに全体をして衰弱の極死に到らしめるという事に想い及ばない訳で、昔からいわれている、角(つの)を矯(た)めて牛を殺すという類である。
そうして前述のごとく老衰者の浄化無力と青年期の浄化無力とは同一の様であるけれども実はその根本において異なるのである。
何となれば前者は自然であり後者は不自然であるからである。
従って後者の場合浄化無力状態を餓くまで持続し得る事は到底出来ない。
それは浄化力抑圧に対する反動作用が徐々として表れ始めるからである。
それらを事実をもって説いてみよう。
長期間医師の言を守り、薬物・機械・安静等の療法を続け、ほとんど病的症状が消散したと安心していると、間もなく微熱と共に病的症状が発生し始める。
しかるにこの際の浄化作用は前述のごとく反動作用であるから、いか程浄化停止方法を行うといえども更に効果なく、漸次高熱、激しい咳嗽・多量の喀痰または血痰・食欲皆無・下痢・喉頭結核等の症状が現われ、いかなる手段を尽すも、病勢は更に減退しない。
もはやいかんともなし難くなり、ついにたおれるというのが、結核患者の一般的経路である。
右は全く現在結核療法として行われている方法を、医師の指示を守り忠実に行う経路と結果である。
しかるに事実は皮肉にも右のごとき定石療法を何かの動機によってその誤りを覚り相反する方法をとる人がたまたまあるが、そういう人は不思議にも全治したという例が少なくない事である。それについて二つの例を挙げてみよう。
一、私の体験
私は十五歳の時肋膜炎を病み、医療により一年くらいで全快、しばらく健康であったがまた再発したのである。
しかるに今回は経過はかばかしくなく漸次悪化し、一年余経た頃ついに肺結核三期と断定せられた。
その時がちょうど十八歳であった。
そうして最後に診断を受けたのが故入沢達吉博士であって、同博士は綿密に診察の結果、最早治癒の見込なしと断定せられたのであった。
そこで私は決心した。
それはどうせ自分はこのままでは死ぬに決っているとすれば、なんらか変った方法で、奇蹟的に治すより外に仕方がないとおもい、それを探し求めたのである。
その頃私は画を描くのを唯一の楽しみにしていたので、古い画譜など見ていると、その時、漢方医学で使った種々の薬草をかいた本があったので、それを見ているとハッと気がついたのである。
それは何であるかというと、私は今日まで動物性栄養食を盛んに摂っていたのである。
もちろん牛鳥肉魚等はもとより粥までも牛乳で煮て食うという訳で、特にその時代の医家は、栄養といえば動物性のものに限ると唱えたのであったから、私もそのまま実行した訳である。
しかるに、右の本を見て思った事は野菜にも薬や栄養があるという事である。
そう考えると、昔の戦国時代などはほとんど菜食であったらしいが、史実にみるような英雄豪傑が雲のごとく輩出したのであるから、これは菜食も良いかも知れない。
特に日本人はそうあるべきであると想ったので、断然実行すべく意を決した。
そして試験的に一日だけ菜食を試みた所、非常に具合がいいので二日三日と続けるうち益々良く、ここにおいて西洋医学の誤りを覚り、一週間目くらいには薬剤も放棄した。
そのようにして一ケ月くらい経た頃、病気はほとんど全快し、ついに菜食を三ケ月続けたのであった。
その結果罹病以前よりも健康になったので、その後他の病気には罹ったが結核的症状だけは無いにみて全く全快した事は明らかで、四十余年経た六十余歳の今日矍鑠(かくしゃく)として壮者を凌ぐ健康にみても、結核は決して恐るべきものではない事を知るであろう。
次に、昭和十八年八月十九日発行の毎日新聞所載「勝ち抜く道」の題下にKH氏の体験談が左のごとくかいてあった。
新聞記事 「勝ち抜く道」
「僕は若い時肺病になった。
栄養を摂らなければいかんというからポリタミンとかビタミンABとか、とにかく栄養になるものは金にあかして摂った。
そしたら肥えると思ったら一向に肥えない。
むしろ病気はわるい方に進行する一方だ。
そこで医者の奨める事は一切やめて普通の食にした。
すると急によくはならぬけれどもわるくはならぬし、栄養剤をやめたら下痢が止まってきた。
それからだんだんよくなってきた。
医者の薬も止めてしまった。
これに力を得て一切いわゆるエキス的な栄養剤で、労せずして栄養を摂ろうといった横着な考え方をやめてやはり歯で噛んで十分消化してそれを吸取するようにした。
すると段々回復して体がよくなった。しかも寒い時でも平気で、寒いからといってストーブを入れることもなく、火鉢をおくでもなく足袋もはかずに治した。
一年間で病気は全快した」 (新聞記事は以上)
右のごとき医療を廃め、自然良能によって全治した例は、結核全治の体験談等に最も多く見らるるのである。
次に、結核熱について、特に注意すべき事がある、それは下熱剤の連続服用によって、それの反動熱が発生する事である。
たとえて言えば、最初三十八度くらいの発熱が、下熱剤によって一旦下熱するが、それは決して病原解消のための下熱ではないからまた発熱する。
また下熱させるというように繰返すにおいて、遂に九度になり四十度になるというような場合がよくある。
しかもこの反動熱はすこぶる執拗で、いかにしても下熱しない。
この際医家は、かかる執拗な高熱は結核が肺の深部にまで移行したのであるから入院を要するという事がよくあるが、これらによってみて医家自身の手によって執拗な熱を作っておきながら、病勢悪化のためとなす見当違いの判断は、恐るべきであるといえよう。」 (「結核の正体」より)
明主様御教え 「咳嗽と喀痰」 (昭和18年11月23日発行)
「喀痰とは、溜結毒素が発熱のために溶解した液体毒素であり、それを吸出するポンプ作用としての咳嗽である事はさきに述べた通りである。
これについて今一層詳しく述べてみよう。
そもそも溜結毒素なるものは、人体いかなる局部に成立するやというに、その原則としては神経を集注する個所である。
すなわち左右の淋巴腺、扁桃腺及び耳下腺付近、前後頭部、左右の延髄部、肩部、肩胛骨部、背面腎臓部、腕の付根、腋窩(わきのした)、肋骨部、横隔膜付近、胃及び肝臓部、腹膜部、鼠蹊部淋巴腺等であって、ほとんど全身にわたるといってもいいのである。
それら毒結が、一度第二浄化作用が起こり、溶解し喀痰となるや、瞬時に肺臓内に移行する。
その速やかなる事間髪を容れぬ程である。
これをもってみれば、喀痰は一定の通過路がないに係わらず、あらゆる臓器を突破するのであるからその神秘なる事、想像に絶するものがある。
これについて私の実験した例をかいてみよう。
私は過ぐる日、某医博に右の喀痰移行の速やかなる話をしたが、どうしても信じられないというのである。
私は、それでは実験をしようといい、医博の全身を診査した所、幸いにも右側鼠蹊部に、著るしい毒素溜結が数個あったので、それに対し私は溶解法を行うや、その都度、瞬時に咳嗽をなし吐痰するので、ついに右の説を信ぜざるを得なくなったのである。
右のごとくであるから、喀痰も咳嗽も喜ぶべき浄化作用である。
しかるに医学においては喀痰や咳嗽を、病気悪化作用と誤解し、極力これを停止させようとするのであるから、いかに誤っているかが判るであろう。
しかも咳嗽は咽喉部の支障として吸入法のごとき方法を行い、または咳嗽止め薬等を使用するが、見当違いであるから、いか程治療するといえども、その効果のないのは当然である。」 (「結核の正体」より)
明主様御教え 「血痰及び喀血」 (昭和18年11月23日発行)
「結核患者が最も恐るるものに血痰がある。
ゆえに一度血痰をみるや、急に不良化する場合が往々あるのである。
しかるに、私が多くの経験によって知り得た所によれば、血痰は肺臓内から出るという事はごく稀であって、
大抵は肺臓以外すなわち腋窩(わきのした)、肋骨部、扁桃腺の外部の位置にある毒素溜結、頸部淋巴腺等からである。
そうしてこれら局部に微熱がある事によって判るのである。
それは局部に溜結せる毒素(血膿)が、熱によって溶解さるるからである。
ゆえにその部の毒結を溶解するや、血痰の排泄を見なくなるにみて明らかである。
私の経験上、血痰のある患者は治癒しやすい事と、全治後非常に健康になる事である。
次に、喀血のある結核患者は割合経過は良好である事は医学も唱えている。
そうして喀血においても肺からのは稀であって、多くは、種々の局所からである。
例えば肋骨部、肩部、頸部淋巴腺等で、人により頭脳からの場合もある。
これらは喀血後、頭脳の一部分の長き痛苦または不快感が消滅するにみても明らかである。
また脳溢血発病の一歩手前ともいうべき、左右いずれかの頸部淋巴腺付近の毒血溜結が、浄化によって喀血する事があるが、これによって脳溢血をまぬがれたのであるから喜ぶべきである。
しかるに、かかる場合、医家は結核による喀血と思いあやまる事が多いのである。
そうして喀血の血液は毒血であって、いずれは排泄せられなければならないものであるが、喀血によらざる場合は、赤痢または痔出血等による事もあって、これらは自然療法によっても必ず全治するものである。
ただここに、稀ではあるがすこぶる悪性の喀血症状がある。
それは敗血症による喀血である。
これは毒血の浄化作用と異なり、全身の血液が肺を通じて排泄さるるのであるから、容易に止血し難く、治癒はすこぶる困難である。
しかし、ここに知っておくべき事がある。
それは普通喀血の場合、菜食をする時は必ず止血するが、再び肉食をする時は、また喀血する例はよくあるのである。
これによってみても喀血に対しては菜食に限るといってもいいのである。」 (「結核の正体」より)
明主様御教え 「食欲不振と羸痩 (るいそう)」 (昭和18年11月23日発行)
「結核愚者が最も恐るるものは食欲不振である。この原因について詳細述べてみよう。
医療は食欲を増進させようとし、消化薬の連続服用を奨めるが、これが最も悪いのである。
何となれば消化薬によって一時は食欲は増進するが、それを持続するにおいて、漸次胃が弱るのである。
すなわち薬剤が消化作用の分担をする以上、それだけ胃の活動は鈍るのは当然である。
その結果ついに胃は弛緩するので、それが胃下垂である。
また消化薬は一旦胃壁に吸収されても、時を経て一種の毒素となって還元し、それが胃壁外へ浸潤し、固結する。
その固結が胃を圧迫して消化不良に拍車をかける事になるのである。
次に、結核患者はことごとくといいたい程、腎臓及び化膿性腹膜炎をもっている。
それがまた発熱の原因となり、食欲不振、下痢、咳嗽、疲労等の結核症状の原因ともなるのである。
ゆえに私が腎臓、腹膜だけを治療して、結核の治った経験が少なからずあるのである。
次に、世人の知るごとく、発熱は味覚に影響し、食欲不振となるものである。
また咳嗽及び吐痰薬毒等も食欲不振の原因となる。
特に頻繁な咳嗽のため、睡眠を妨げられる場合、食欲に大いに影響するものである。
次に、羸痩(るいそう。疲れてやせること。やせ衰えること)は結核に付物であるが、この原因はもちろん食欲減退と発熱と精神作用によるものであるが、
特に発熱が肉体を消耗する事ははなはだしいものがある。
次に機械的検査について、検討してみよう。」 (「結核の正体」より)