浄化作用について 2 (体的分析)
明主様御講義録 「医学試稿」より (昭和14年)
明主様御講義 「病気とは何ぞや」 (昭和14年)
「古来、病気なるものは、その原因として、
仏説には四大(しだい)調和の破綻とか仏罰、
漢方医学においては五臓六腑の不均衡、
西洋医学においては、フィルヒョウの細胞衰滅説、コッホの黴菌による伝染説等、幾多の理論学説等あるが、
いずれもが病気なるものを災厄とし、悪い意味に解せざるものはないのである。
しかるに私が発見した所によると、右とは全く反対であって、
病気とは、造物主が人間に与えた最大な恩恵であって、
人間は病気に罹るが為に健康を保持し、長寿を保ち得るのであって、
この真諦が判れば、神に感謝せずにはおれないのである。
かくのごとき事をいえば、世人は狂人と思うかもしれない。
それは、コペルニクスやガリレオの地動説もニュートンの引力説も、狂人扱いにされたと同じように。
しかし、真理は飽く迄真理である。
従ってこの書を読む方々は、先入的観念をかなぐり捨てて、全くの白紙になって熟読せられたい事である。」 (「医学試稿」より)
明主様御講義 「病気の真因」 (昭和14年)
「病気というものを一言にしていえば、「生の為の浄化作用なり」である。
元来、人間が健康を保持し、生活を営みいる条件としては、ある程度全身が清浄でなければならないのである。
何となれば、血液を初め、新陳代謝の完全に行われるには、汚濁があってはならないからである。
であるから、自然は、飽迄その汚濁を排泄せんとして、浄化作用がおこるのである。
そうして、浄化作用の表れが発熱となり、痛みとなり、不快となる。
嘔吐、下痢、咳嗽、喀痰、鼻汁、出血等、すべて痛苦は伴うものである。
この浄化作用へ対して、今日迄悪い意味に解釈し、これら痛苦作用緩和又は停止せんとして、発達して来たのが医術を初め、各般の療病法である。
従って、言を換えていえば、既存療法は浄化作用の停止が目的であって、汚濁の排泄をとどめんとするものである。
その最も世人の熟知せる事実は病気を固めるという言葉・・・、
それは汚濁の排泄を留め、固結せしめる方法である。
再発とは、右のごとく一旦固結した汚濁・・・即ち病毒は、再び浄化作用発現によって、病的症状を呈するーそれをいうのである。
これに就ての実際と理論を次に述べる事にする。」 (「医学試稿」より)
明主様御講義 「病気の実例」 (昭和14年)
「まずあらゆる疾患中、最も多きは感冒であろう。
しかし、今日迄医学上感冒の原因は、今以て不明とされている。
しかし、私の発見によれば、この病原位はっきりしているものはないと思うのである。
そもそも、人体の浄化作用は、二六時中一秒時といえども浄化作用が行われつつある。
そうして、その浄化作用はいかなる順序、いかなる経過を執るかというと、それは、身体の各部に汚濁即ち病毒が集結するのである。
それで集溜凝結する局所は、大体きまっているのであるが、特に神経を働かせる個所に集溜するものである。
その関係上、頸部の周囲、及び頭部、両肩部等を主なるものとし、
肋骨、骨盤、腎臓、股間リンパ腺(特に右が八、九十パーセント)
稀には、胸部を中心とする腹部、肩胛骨、横隔膜の下辺等である。
そうしてこれらの局所に、病毒(この病毒に就ては後項に詳細説明すべし)が集溜し、
ある程度固結したる時浄化作用が起るので、その際一個所又は数個所おこる事もある。
それはその固結を排泄し易からしむる為、溶解作用が行われるのである。
そうして、溶解されたる毒素は液体となって喀痰又は鼻汁、稀には下痢、嘔吐等によって外部へ出ずるのである。
その際、咳嗽は喀痰を吸引排泄するポンプ作用のごときものである。
くしゃみも鼻汁を吸出するポンプ作用である。
この理によって感冒は何等の処置を施さず、放任しておけば、短期間によく自然治癒をされるのである。
そうしてかくのごとく自然治癒によって、感冒を何回も経過するにおいて、毒素は漸次減少し、ついに全く感冒に罹らぬ健康体になり得るのである。
右の理由によって一回毎に軽滅する事実は、前述の理論を裏書するのである。
しかるに、今日迄この理論を逆解せる為、熱に対する氷冷、湿布、解熱法等、極力浄化作用を留めんとするので、従って、治癒状態迄の経過が長く、何回も繰返すのである。
故に、感冒とは神が与えた最も簡単なる浄化作用であって、恐るる所か大に感謝するのが本当である。
昔から風邪は万病の因というが、実は私からいえば「風邪は万病をのがるる因」といいたいのである。」 (「医学試稿」より)
明主様御講義 「肺結核」 (昭和14年)
「近来、肺結核は年々増加の傾向をたどり、国民病といってもいい位蔓延しつつあるのである。
これはどういう訳かというと、前述の感冒が浄化作用の停止を繰返しつつあるうち、終に解熱法にても解熱せず、
この熱によって疲労感、食欲不振、羸痩(るいそう)、咳嗽、盗汗、喀痰等の症状を呈し、
それがなかなか執拗なので、結核初期の告を言い渡されるので、
そうして、その多くは15歳以上25歳位迄が一番多く、20歳前後が特に多いので、
これは何故かといえば、前述の各種の症状は、いずれも浄化作用のそれである。
最も生活力のさかんな年頃に起るのは当然である。
それは、種々の方法を以てしても旺盛なる生活力に負けるからである。
しかるに、医学の説明によれば、過労とか、唾眠不足に帰しているが、
もし、過労の為とすれば、勿論過労や睡眠不足の為とすれば、それらによる衰弱の結果とするのであろうが、
衰弱の為の結核発病とすれば、老年者程結核に罹り易い訳ではないか。
元気旺盛の青年に多く、元気消耗の老年に少いという事は、現代医学の説明は、実際とは相反していると思うのである。
これを以てみても、結核的症状は浄化作用の旺盛なる為であるという事は判るのである。
一つ別の方面から説明してみよう。
現在結核療法としては、第一に絶対安静、栄養食、薬物療法等であるが、
これは絶対安静を行えば、漸進的衰弱を来す、衰弱を来せば、衰弱を来す程、浄化作用も弱り、従って、熱は下降する。
熱が下降すれば、喀痰は減少する。喀痰が減少すれば、咳嗽が減少する。
ちょうど、病的症状は軽減するから治癒に向うようにみえる。
その際少し全身を動かすとか、運動をするとかすれば、病的症状は増加する。
それは運動によって浄化作用が起るからである。
故に、これら現代療法は、病気治癒せんとして、実は治癒しないようにするのである。
そうして、幸いにして浄化作用停止し長時日を経て、毒素が固結する迄になると、病気が固まったといって、
大体医師は全快したようにいい患者もそう想って喜ぶのであるが、
実は病毒を排泄したのでなくて、排泄を止め、体内に固めたのであるから、
ちょうど、爆弾を抱いているようなもので、何時爆発するか解らないのである。
この爆弾が爆発した時、それを再発というのである。」 (「医学試稿」より)
明主様御講義 「結核は絶対に感染せぬ」 (昭和14年)
「医学上、結核は感染する事になって居るから、世人は非常に恐れているが、何ぞ知らん、絶対に感染はしないのである。
これに就て私の実験を報告する。
それは私の家族5,6歳から17,8歳までの子供六人、書生女中等4,5人居る。
その中へ肺結核患者、これは私の診断ではない、某々官立の大病院において肺結核と診断されたものを約半ケ年、家族同様起居させたるも一人も感染せず、
しかも、右のごとき結核患者を十数年間に拾数人家族的に取扱いしも右のごとく感染の疑いさえ いささかなき事実は、感染しない事を証明して余りありといえよう。
又、これ以上実験の方法はないであろうと思うのである。
勿論、消毒等は一切しないで、普通人と同様の扱方であった。
従って、結核感染の試験ならば、私は固より家族の誰でもが何時でも実験の材料になるから、感染さしてやろうと思う人があったら遠慮なく申込んでもらいたい。
何時でも喜んで応ずる事を明言しておく。
たゞここにいっておきたい事は、結核が感染するようにみえる事実は確かにあるが、それは黴菌の為ではない。
霊的作用によるので、それもいか程でも徹底的説明は出来るが、そういう事に触れると現代人の多くは迷信的に解釈し、他の私の説まで疑いを挿まれる危険があるから、それはわざと説明しない事にして置く。
右のごとく、感染の危険なき病気に対し多額の国費を以て予防の施設をし、親子兄弟まで親しく接する事さえ危険とせられ、その他種々の社会的損失を数うれば、
この一事だけでも社会全般に知らせる事が急務であり、それがいかに国家的に利益なるか、けだし料り知るべからざる程の大いなる事柄であろう。
文明各国は、結核予防施設のよろしきを得て、近年結核減少の趨勢を辿りつつありという報告によって、我国もそれにならうのであるが、
何ぞ知らんこれは皮相の解釈であって、実は根本的に間違っているのである。
これは実に予想も出来ない程の原因と理由によるのであって、読者は先入観念に捉われず、活眼を開いて読まれん事である。
近来、逐年に渉り文明国人の出産率の低下は熟知の通りであるが、
この事と結核の減少とは正比例しているという事実であるにみて、いかに関連があるかという事が判るのである。
それは何かというと、文明人の体位の低下が結核を減少させる事になるのである。
何となれば、結核とは前項に述べた通り、旺盛なる浄化作用に因るのであるから、体位の衰退は自ら結核が発病し得ないのである。
言い換えれば、青年が老年期の体位である訳である。
故に、日本に結核が多いという事は、未だ国民に元気があるからで、従って、出産率も文明国中、最優秀という訳である。
しからば、文明人が近代に至り、かく迄も体位が低下せしや。
それには大いなる原因があるのであるが、それは次の項に詳述する事にする。」 (「医学試稿」より)