阿弥陀如来について
明主様御教え 「観音様と阿弥陀様」 (昭和10年7月25日発行)
「満州においては紅卍(こうまんじ)というのがあります。
紅卍とは紅い卍であります。又独逸のナチスは赤い旗に白く丸があり、その中へ黒[逆卍]になっております。
観音会は金[逆卍]であります。観音様は、黄金仏であるからであります。
観音様を守護されている龍神様もまた金なんであります。
何故にみんな金であるかと申しますと、つまり日本の仏様であるからであります。
日本の仏様というと仏様の本場は印度ではないかとどなたも思われるでしょう。
なる程、仏様の出たのは印度であります。
しかし、外の仏様は印度から出たんでありますが、
観音様だけは日本から印度へ渡られたんであります。
阿弥陀様とお釈迦様とは日本の仏様じゃないのであります。
それで頭の毛が縮れているんであります。
観音様はちぢれておりません。
よく仏像等で古いのになると一寸見るとお釈迦様か観音様か区別の分らないのがありますが、頭の毛を見れば判るんであります。
阿弥陀様は西方浄土と言いまして、西の方へ浄土を造られたんでお釈迦様の時代には法蔵菩薩にお生れになって、
お釈迦様に対し、「衆生が救われ、そして仏になったら皆自分の方へよこす様、私はこれから西方へ浄土を造り、安住させる」という事を約束されたんであります。
事実、お釈迦様の時代に、印度の西方にそういう所を造り、法蔵菩薩昇天後は霊界に西方浄土が出来たんであります。
次に素盞嗚命という神様がありますが、
この素盞嗚命と朝鮮の国と猶太(ユダヤ)と阿弥陀様という事も密接な関係があるのでありますが、
これは先へ行って詳しくお話する積りであります。
日本で、観音様の祭ってある所には必ずその付近に大仏様があります。
大仏さんは阿弥陀さんであります。
これは日本と外国、夫と妻という事になります。
京都の清水の観音様に対して、奈良の大仏様があり、阿弥陀様と観音様の場合は、阿弥陀様が霊は女で体が男になられ、観音様は霊が男で体が女になられるんであります。
そしてそういう場合には必ず、観音様は内へ祭ってありまして、
阿弥陀様は外へ雨曝(ざら)しに祭ってあるんであります。
観音様が内におられるという事は、内地とか内国という意味になるんで、
位は観音様の方が上ですから、内におられるのであります。
阿弥陀様が外におられるという事は、外地とか外国とか言う事で、
つまり、日本以外においてお働きになっていられる仏様という意味になります。
又西方阿弥陀如来、東方観世音菩薩とも言われております。
上野にも清水観音様があって、傍にやはり大仏様があります。
又浅草の観音様の傍にも大仏様があります。
浅草は、特別の場所でありまして、観音堂はとても大きくて、
大仏様は又、馬鹿に小さいんでありますが、これも大変な意味があるのであります。
浅草の観音様は、東京中を御守護されているんでありまして、(中略)又浅草の観音様の霊的のお力にも依るので、
昔は田舎から東京へ来る者は何より彼よりまず第一番に、この浅草の観音様へ詣ったものであります。
鎌倉にも、長谷の観音様があるのに対し、矢張り、あの大仏様があります。
そして、観音様は、黄金で作られ、阿弥陀様は唐金(からがね)であります。
これも面白いと思うので黄金は日本の金で、
唐金はカラ金即ち外国の金という事になります。
こういう具合に、日本においては、どこにも御夫婦の型が出してあります。
先刻の御讃歌にありました様に、本来言うと観音様は太陽の光で、阿弥陀様は月の光になるんでありますから、
阿弥陀さんが日本へ来、阿弥陀様の教が入ったという事はやはり、
西方文明が、日本へ入った宗教的第一歩であったのであります。」
明主様御垂示 「阿弥陀如来は釈迦の後輩」 (昭和23年12月18日)
信者の質問
「阿弥陀如来は現身(うつそみ)を持たれたことと存じますが、文献など残っていないように思われますがなにゆえでございましょうか。」
明主様御垂示
「これは残ってますよ。阿弥陀如来は法蔵菩薩といって釈迦の弟子・・・直弟子ではないが、なんですね、釈迦の後輩ですね。
そして「自分は西方へ浄土を作るから仏になったものを寄こしてくれ」と約束して浄土を作ってから阿弥陀如来になったのです。
だからそのときは現世に浄土を作ったのかもしれませんね。
そこで本願寺の信者達は死ぬと浄土で阿弥陀様のそばへ行けるというので、私はよく「では死んだらインドへ行くんですね」と言ったものです。
日本にも阿弥陀様の分身、出張所があります。
先年、私は善光寺へ行きましたが、そのとき阿弥陀様がいて「もうじき帰るから日本にいる間はあまり悪く言わないでくれ」と言われたのでそれから私もあまり悪く言わぬようにしました。」
信者の質問
「観音様の文献はいかがでございましょうか?」
明主様御垂示
「ありますよ、インドの補陀羅迦(ふだらか)山上に金剛宝座をしつらえ、観自在菩薩が結跏趺坐(けっかふざ)し二十八部衆を従えて説教するとあります。」
信者の質問
「観音様と天理王尊との御関係についてお伺い申し上げます。」
明主様御垂示
「天理王のは観音様です。インドの伝説では三千年目に西王母の国に桃の実が一つなり、その実は転輪菩薩でそれが世を救うと伝えられてますが、
その転輪菩薩が観音様であって、天理王は十柱の神を総称していますが、それは観音様のいろいろのお働きの表徴です。」
明主様御垂示 「阿弥陀様の事跡」 (昭和25年3月8日)
信者の質問
「数多くの聖者の中、阿弥陀如来だけは御事蹟がないようですが、これはなぜでしょうか。」
明主様御垂示
「そんなことないですよ。
阿弥陀はもと法蔵菩薩と言ってね、釈迦の友達みたいなものだったんですよ。
そしてその法蔵菩薩が西方に浄土を作るから、釈迦の弟子の中で覚者・・・等覚とか正覚とか言うあの覚者ですね・・・
覚者を自分のほうによこしてもらいたいって頼んで、西方に地上天国のようなものを作ったんですね。
そして亡くなってから霊界へ行き、阿弥陀になったんですよ。」
信者の質問
「その西方とはどの辺でしょうか。」
明主様御垂示
「インドの西ですよ。」
信者の発言
「ははあ、インドの西で。」
明主様御垂示
「ええ。」
明主様御垂示 「阿弥陀は月読尊」 (昭和23年10月8日)
「イエスも阿弥陀も月の系統ですが、・・・阿弥陀は月読尊、イエスは素盞鳴尊です。
月の照った時は阿弥陀の働き、素盞鳴尊は闇の世界です。
素盞鳴尊は立派な神様ですが、邪神に負けて悪をしてしまったのです。
尊は日本で乱暴をしたために、伊邪諾尊に追放せられ外国へ行った。
それがユダヤであり、そこに住んで十二人の子供を生んだが、
その中からキリストが出て、日本で犯した先祖の罪の償いをしたのです。」
明主様御垂示 「阿弥陀は月読命、釈迦は稚姫君尊」 (昭和24年2月18日)
信者の質問
「仏滅になると仏の力は弱くなるのでしょうか、あるいはまったくなくなるのでしょうか。」
明主様御垂示
「まったくなくなるんですね。つまり、仏は月ですから太陽が出れば月の光はなくなって、ただ白くなってしまうのです。」
信者の質問
「そういたしますといままでの仏は神に帰られるのでしょうか。」
明主様御垂示
「ええそうです。阿弥陀は月読命、釈迦は稚姫君尊という女の神様です。
が、今度もまたその神様に帰られるかどうかは判りません。」
明主様御垂示 「初代の素盞嗚尊が阿弥陀如来になった」 (昭和23年7月28日)
信者の質問
「素盞嗚尊に三代あると伺いましたが、それはなんと申し上げまたお働きはなんでございましょうか。」
明主様御垂示
「初代は神(かむ)素盞嗚尊、二代が速(はや)素盞嗚尊、三代が建速(たけはや)素盞嗚尊で、これは私の解釈ですが、
初代は朝鮮から渡って来て日本を統治・・・というよりまあ占領した。
それから大蛇を殺したのは二代目です。
これの奥さんが櫛名田姫ですが、初代の奥さんは乙姫です。
三代目は大国主命です。
この三代目が父子の関係になっているのです。
西洋へ行ったのは初代です。
そしてやはりその素盞嗚尊が阿弥陀如来になっています。
ですからそう古いことではない。
大六天の魔王はちょっと違う。
これは大自在天といってインドの神様です。
日蓮の御曼陀羅の中に大自在天は入ってますね。」
明主様御垂示 「阿弥陀様は観音様の母親になる」 (昭和24年1月18日)
信者の質問
「御屏風の千手観音様のお冠に阿弥陀様がおられますのはなにゆえでございましょうか。」
明主様御垂示
「阿弥陀様は観音様の母親になるのです。・・・
観音様は日の弥勒、阿弥陀様は月の弥勒といいますが、これは月が日を生むという意味です。
どんな男でも女から生まれるのと同様です。
だからこの点からいえば阿弥陀が上ですが、そうだと決めてしまうわけにもゆきません。
親だからいつまでも上だとはいえない。
例えば皇太子のときは天皇、皇后より下だが、一度皇位に登れば親である天皇、皇后よりも上の位になるのですから。」
明主様御垂示 「お屏風観音様の頭上の顔は阿弥陀様」 (昭和24年7月1日発行)
信者の質問
「千手観音様の御頭の上にお顔が見えますが、なにを意味しているのでございましょうか。」
明主様御垂示
「それは阿弥陀様の像です。
阿弥陀は観音の母にもなります。
聖王母・・・阿弥陀。桃の実・・・観音様・・・桃太郎。」
明主様御垂示 「阿弥陀は観音の母」 (昭和24年8月30日発行)
信者の質問
「千手観音様の御頭(おつむ)の上にお顔が見えますがなにを意味しているのでしょうか。」
明主様御垂示
「仏であり、阿弥陀如来である。
実を言うと阿弥陀は観音の母になる。
神仏は人間と違って親子夫婦など、場合によりいろいろにかわる。
千手観音の頭は十一面観音と同じで、前三面は慈悲、横三面は憤怒、他の三面が勇気、後方一面が笑いである。
阿弥陀は日光菩薩の場合観音は日になるから、この場合夫婦にもなる。
本当言うと達磨は阿弥陀の化身であり、月の字を略すと「(註 表記不能 ひらがなの「ろ」のような文字)」となり、ダルマの形である。
西王母の園の三千年の桃の実が観音である。
故に西王母と観音は親子となるので、観音は桃太郎にもなって鬼ケ島征伐するのは邪神を平らげる働きである。
また釈尊は観音を生んだので母にもなる。」
明主様御垂示 「観音様と阿弥陀様の関係」 (昭和28年6月1日)
信者の質問
「御屏風観音様と阿弥陀さんにつきまして、お像は御屏風様の前にお軸は後にとのことでございましたが、御屏風様はどちらでもよろしいわけでございますか」
明主様御垂示
「そうです。というのは阿弥陀さんは観音様の親になりますから、親が背を向けても差し支えありません。
しかし位からいうと観音様のほうが上です。
それから阿弥陀さんは現界の働きではないのです。
ですから仏様として安置していることは間違いではありません。
それで観音様は現界と霊界の両方の働きです。
ですから阿弥陀さんを背負って観音様が働かれるということも差し支えありません。」
信者の質問
「阿弥陀さんのお像のほうが大きい場合でも御屏風様の前でよろしいでしょうか」
明主様御垂示
「しかし少し位でしょうから前でよいです。
あんまり大きいと恰好が悪いから、その恰好が悪いということはいけません。
見てちょうどよいと思う大きさならよいです。
こういう点もあります。
理屈に合っていても、恰好が悪いということがありますが、それはいけません。
理屈に合っていて恰好がよくならなければならないのです。
というのは人間でも、夏の暑いときにワイシャツ一枚になって胸を出しているが、これは暑いのだから涼しくするというのでよいですが、
しかし見た恰好が悪いから、やはり恰好が良くて見よいということも必要です。それが程です。」
明主様御講話 「阿弥陀様は外国の仏様」 (昭和10年10月11日)
「次に病気治しについて、観音様(註 当時の御神体)を奉斎さしておいて治すのと、そうでなくて治すのとたいへんな違いがあります。
本部へ来る人でも、観音様を奉斎しなくてやると長くかかり、奉斎した人は非常に短くてすむ。
それが実にはっきりしている。
まして医療士の方などがする場合、特にお祭りするとしないとの違いさはたいへんなもので、少なくとも三倍は違う。
風邪とか腹下しくらいはよいが、少し慢性になると、どうしても観音様を祭らせなければいけない。
お祭りさすと非常に楽であります。
それでこちらも先方も助かるわけであります。
というのは、以前話したこともあるが、お母さんは真宗に凝って、とても頑固で観音様をお祭りしない。
観音様をお祭りするくらいなら、治してもらわぬと言う。
娘の病気は治らなくてもいいかと言えば、治らないなら娘一人くらい犠牲にしてもいいというふうで、
その娘は掌の指が曲がっていて、合わすとピタリと合わなくなっている。
また、座ると足が曲がらない。
阿弥陀さんは外国の仏様で、日本人が拝むべきではない。
その娘はここへ来て治療すると、踵(かかと)が三分か五分くらいつくようになる。
それが翌日来るとズーと離れている。
また、短縮して家へ帰るとまた戻るのです。
阿弥陀さんは夜の仏様ゆえ、それをお祭りすると家が暗くなる。
いくら光で治してもまた暗い所へ行くから戻る。
それでこの間は、観音様をお祭りしなかったらしようがない。
どうしてもお祭りしなければ、その病気は駄目だと言ったんで、それっきり来なくなったんであります。」
明主様御垂示 「阿弥陀様の現在」 (昭和24年7月23日)
信者の質問
「先日のお言葉に「阿弥陀様はもうインドへ帰られた」と伺いましたが、
阿弥陀様も元の御神格の月読尊におなりになって「五六七の御代」御建設のお手伝いをされることと存じますがいかがでしょうか。また、お釈迦様はいかがでしょうか。」
明主様御垂示
「そうですよ、結局はそうなるんですが、いますぐではないんです。
やはり一度インドへ帰り部下によくその意味を納得させることも必要だし、また月読尊としてのお働きの時期もあるから、まあ簡単には解釈できませんね。
お釈迦様も同様です。」
明主様御垂示 「善光寺の本尊はインドに帰った」 (昭和26年9月8日)
信者の質問
「長野の善光寺の本尊様はインドにお帰りになっているのでしょうか」
明主様御垂示
「帰ってます。」
(註 善光寺の本尊は善光寺式阿弥陀三尊の元となった阿弥陀三尊像で、絶対の秘仏であり、その姿は寺の住職ですら目にすることはできない。)