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さようなら竜生、こんにちは人生 作者:スペ / 永島 ひろあき

第十四話 森の民との別れ

さようなら竜生 こんにちは人生

第十四話 森の民との別れ


 ゲオルグが倒れた事で魔界門の機能は徐々に停止して行き、私と魔界門を中心とした一角はほどなくして地上へと戻された。
 あくまで一時的に魔界へと堕とす術式であったから、ゲオルグが倒れれば自動で地上に戻るわけだ。
 再び空間や次元を跳躍する際に伴う酩酊感や浮遊感を味わった後、瞼を開けばすっかり荒れ果ててはいるものの、魔界とは明らかに空気の異なる地上へと戻っていた。

 私は背後に聳える魔界門を振り返り、糸のように細くした吐息と共に竜爪剣を一閃。
 瘴気を孕んだ大気ごと断たれた魔界門は、私から見て右下から左上へと走る軌跡に沿って徐々にずれ始め、地響きのような音を立てて大地の上に上半分が落下する。
 私は上半分の魔界門の落下と同時に立ち昇った土煙を手で払いながら、魔界門の機能が完全に停止して、次元を超越する通路が完全に閉ざされた事を念入りに確認した。

「魔界との繋がりを断ったからといって、即座に瘴気が晴れるわけではないのが悔やまれるな」

 魔界門の物理的な破壊と次元通路の断絶により、このエンテの森へ魔界の瘴気と魔力が新たに流入する事は無い。だが既に流入してしまった分に関しては別だ。
 後は異形化したこの付近が、自浄作用と森の民によって一刻も早く元の豊かで美しい姿を取り戻すしかないのだが、瘴気に侵された木々や大地を元の姿に戻すのは簡単な話ではあるまい。

 私が長剣に纏わせていた魔力を還元し、背中に生やした六枚の翼、虹の色彩を帯びていた竜眼を解除した。
 純粋な人間のものへと戻った人間の肉体を軽く動かして調子を試していると、前方の木陰から一人のウッドエルフが姿を見せた。
 クリスティーナさんが通っているというガロア魔法学院の学院長オリヴィエだ。

「急ぎ駆けつけたのですが、どうやら無用な心配だったようですね」

 ゲオルグが周囲に展開させていた魔兵は既にほとんどが駆逐されていて、オリヴィエの背後から続々と森の民達の気配が近づいてきている。
 ゲオルグを筆頭とした四名を倒せば、力を合わせた森の民たちならば、残りの魔兵達を駆逐する事は難しくはないだろう。
 見ればオリヴィエの纏う衣服にはいくらかの汚れがあり、怜悧な美貌にはわずかな疲労の影が見られたが、血の匂いは香っておらず特に目立つような傷は受けていない事が分かった。

「運に恵まれました。善き神の加護の賜物でしょう。オリヴィエさんもどうやら怪我はしていないようで、貴女の場合は森の加護ですかね」

「そういう事にしておきましょう」

 口ではそう言ってもオリヴィエの瞳は、温かみを帯びることなく私を見ている。私の心の底を見抜こうとしているのか、それとも私の言葉から嘘を暴こうとしているのか。
 オリヴィエは私から視線を外すと、私の背後で斜めに真っ二つに斬り裂かれた魔界門の残骸を見る。
 魔界でのみ産出される鉱物で造られた魔界門は、本来ただそこに在るだけでも瘴気と禍々しい魔力を発するが、私が破壊するのと同時にその毒性も根本から破壊している。
 今ではただの目にするのも憚られる様な、おぞましい造形の門に過ぎない。

「魔界の産物である門をこうまで見事に破壊する。どう言い繕うとも普通の人間にできる事ではありませんよ、ドラン。
高位の神官戦士かよほどの手錬の戦士が聖剣魔剣の類を用いなければ、このように魔界門を破壊する事は出来ないのですから」

 言われてみれば確かにそうか。魔界門の破壊くらいは他の者達が合流してからの方が良かったかもしれないが、今更悔やんでも遅い。
 魔法学院学院長の洞察力を見くびっていたと考えるべきなのだろうか? ひょっとしたらオリヴィエには翼や竜眼も目撃されていたかもしれない。

「あまり深く聞かずにおいてくださると助かります。それに、なによりもまず私は人間ですよ、オリヴィエさん。これまでもこれからも、人間で在り続けるでしょう」

 偽らざる心を告げる私に対し、オリヴィエは再び視線を戻してじっと見つめて来たが、そう時をおかずに溜息を吐く様に言葉を紡いだ。
 頑として揺らがぬ私に対し、これ以上の問答は無意味と悟ってくれたようだった。

「……好奇心で藪を突いて蛇が出てきては困ります。貴方が自らを人間だと定義するのなら、それに異を唱えないのが賢明のようですね。もちろん興味は尽きませんが」

 ふむん。ディアドラ経由でオリヴィエに私の正体が伝わる事もあるかもしれんが、私がこれから先オリヴィエと関わる事はそうないだろうし、あまり拘泥する必要はないだろう。

「貴女が賢いと思う判断をなさればよい。それより、今回の事ですが魔界門の下の魔法陣をどう見ますか?」

 私は魔界門のすぐ傍まで歩き、魔界門を中心に地面に描かれている魔法陣をオリヴィエに示した。
 大小無数の円と四角形、三角形、まるで生き物のように蠢動しているようにも見える複雑怪奇な文字が万を越えて組み合わされた魔法陣は、魔界の存在を地上へと喚起する為の術式が組まれていた。
 この地上の種族が用いる魔法陣として見れば、召喚魔法や契約魔法に精通した相当高位の術者でなければ描けぬモノだろう。
 そしてこの魔法陣が描かれたという事は、ゲオルグや魔兵らをこの地上に導いた者がいるという事。そしてもしかすれば再び同じ事が起きる危険があるという事だ。

「極めて、そうそれこそ最高位の魔法使いでもなければ組めない術式の魔法陣です。
 独力で組んだにせよ、神や悪魔との契約で齎された知識に依るにせよ、並外れた力の持ち主である事は間違いないでしょう。
 ですがこれで一つはっきりしました。今回の事は魔界から、ではなく地上の者が魔界の者を招き起こした事態であったと言う事です」

「ふむ、となれば魔界者達が自ら地上にやって来た場合とは別の厄介な事になりましたね。
 魔法陣を描いた魔法使いを捕まえなければ、根本的な解決にはならないのだから」

「ええ。ですがこれほどの魔法陣を描くのと魔界の門を召喚する為の力を蓄えるのは、どれほどの使い手であろうとも一朝一夕で出来る事ではありません。
 再び事を起こすにせよ、しばしの時間が必要となりましょう。私はこの事は部族長達と王国、それに各教団に伝えて警戒を促します。
 次の狙いがまたエンテの森とは限りませんからね」

 また争いとなるかもしれないという事か。この十六年、時に波風があっても平穏に過ごして来られたが、これから先はそうは行かないらしい。
 もしゲオルグ達を招いた魔法使いと出会う事があったなら、輪廻転生すらできない様に魂魄まで完全に消し去ってくれようか、と私は憤怒と共に心の片隅で考えた。
 オリヴィエが懐から取り出した羊皮紙に魔法陣を書き写し、魔界門の破片を回収した所で他の森の民達も合流し、やや遅れてディアドラやクリスティーナさん、セリナ達の部隊もここに姿を見せた。

「ドランさ~~ん!!」

 ギオやクリスティーナさんと肩を並べて集団の先頭に居たセリナが、木々をくぐり抜けた先に居た私に気付き、元気な声で私を呼びながら勢いよく手を振るっている。
 その傍らでエルスパーダを片手に握ったままのクリスティーナさんが、私の無事な姿を見て、ほっと安堵の息を吐いていた。

 もはや周囲に魔兵の気配は無く、さしものクリスティーナさんも警戒の意識を幾分か緩めたようだった。
 私がセリナに対し、手を振り返して無事を示していると、魔法陣と残留していた魔力の解析を行っていたオリヴィエがクリスティーナさんの姿を見て、良く注意して見ていなければ分からない程度に肩の力を抜いた。

「学院長ではないと言っても、やはり生徒の事は気になりますか?」

「よく見ているのですね。……ふう、貴方には隠し事はできないようです。
クリスティーナは魔法学院でも目立つ生徒ですし、私も少なからず注意を払っている生徒ですから、気ならないと言えば嘘になります。
 それに貴方とセリナと言うラミアのお嬢さんも含め、この森の戦いに森の外の者を巻き込んでしまったと言う負い目もやはりあるのですよ、ドラン」

「つくづくこの森のウッドエルフは責任感が強く出来ているようだ。結果を見れば私達三人共に無事にこうしているのですから、気にしなくて良いと思いますよ」

 オリヴィエの言葉に、私はギオと同じような事を言う、と感想を抱かずには居られなかった。まったく責任を負うのが好きな種族である事だ。
 オリヴィエの横顔からは、既に自分の生徒の無事を喜ぶ教師の仮面は外されており、どこか超然としたウッドエルフの美女の横顔だけがそこにあった。

 しかしあれだけいた魔兵をあの短時間で突破してきた上に、目立った外傷もないと考えると、このオリヴィエと言うウッドエルフは魔法学院長の肩書に相応しいかあるいはそれ以上の実力者に違いあるまい。
 ほどなくしてディアドラと共にラフラシアの守る魔界門を破壊に向かった一団も姿を見せ、私達はまずはなによりもお互いの無事と喜びあった。

 魔兵やゲレンとの戦いに傷つき、死者も出てしまってはいたが、これまでエンテの森とそこに住む者達を苦しめ続けていた魔界の者達が完全に駆逐された事と、魔界門が破壊された事に対する勝利の喜びが、生き残った者達の顔に明るい色を取り戻させていた。
 魔界門を全て破壊した事でこの辺り一帯の歪んでいた空間も元に戻り、直に妖精の道を通ってウッドエルフらの増援もサイウェストの村に到着する事だろう。
 負傷者を抱えていた事もあり、私達は一旦魔界門の周囲に結界魔法を施してから、サイウェストの村に凱旋する事となった。

 いまだ森の中には魔界の瘴気と異形化した木々や大地が残っているとはいえ、魔界門の破壊によって淀んでいた大気は流れる事を思い出し、どんよりと重くのしかかるように翳っていた空は、どこまで澄み渡った青の色彩を取り戻しつつあった。
 森の外に逃げ出した獣達や、サイウェストや他の森、集落に避難していた様々な妖精や精霊達もようやく取り戻す事の出来た平穏を喜んでいるに違いあるまい。

 サイウェストの村に戻った私達は、帰りを待っていた皆に歓声を持って迎え入れられた。
 魔兵達との戦いで命を落とした者達の家族は、悲しみの涙を流し、嘆きの声を挙げ、周囲の者達に励まされ、慰められていて、その姿を目にすると勝利の余韻に浸る事はまるで出来なかった。

 とはいえこの近辺の脅威となっていた魔界の軍勢の撃退と魔界門の破壊により、サイウェストの村に漂っていた絶望感と悲壮感は払しょくされ、穢された森や被害を受けた村の復興に向けて本格的に前を向く事が出来るようになったのも確かだ。
 怪我人の手当てや森の再調査の為の人員の編成など、戦いが終わったとはいえしなければならない事は多く、種類こそ変わったが忙しさは変わらない。
 エンテの森で起きている異変の調査という当初の目的以上の事を成し遂げた私達は、このままベルン村に戻っても問題は無かったが、サイウェストの現状を見過ごして帰れるような薄情者は一人もいなかった。

 私達はデオ、ヴライク、アルジェンヌら三族長に手伝いを申し出て、恐縮する彼らから許可を得て、怪我人の手伝いや異形化した森の調査、荒らされた森の整理などに尽力する事となった。
 妖精の道を通って一千を超すウッドエルフの増援が来たのは、私達が魔界門を全て破壊してから二日後の昼の事であった。
 デオ族長やオリヴィエが増援部隊の指揮官と話をし、救援物資や部隊に同行していた医官の配置が恙無く進められる。

 魔兵達が既に掃討されていた事もあり、ウッドエルフの兵士達はそのままサイウェストに留まって、周辺の警戒と復興活動に当たる事となり、私はクリスティーナさん、セリナと話し合いサイウェストの村を後にする事にした。
 人員も物資も必要以上に届いた以上、私達がこのままここに留まっても微々たる助力にしかならない、と考えた事もあるし私達もいつまでも村を空けるわけにはいかなかった。
 特にクリスティーナさんは、魔法学院の長期休暇を利用してベルン村に滞在していた事もあり、オリヴィエから釘を刺されていた。

 サイウェストの村では戦いに勝利したとはいえこれまでの被害が大きかった事もあり、勝利の酒宴などが開かれる事は無かったが、私達がサイウェストを去る日の前の夜に、ディアドラとフィオ、マールが宛がわれていた部屋を訪ねて来てくれた。
 ほとんどの作業はウッドエルフの兵士達に任せており、その日の私達はサイウェストを去る為の準備と休養に充てていた所だった。
 ディアドラ達は手に手に料理を山と盛った大皿と、様々な器に入れられた果実酒や果汁水を持ちこんで、私達だけのささやかな宴を開く事になった。

 ディアドラが私達の部屋を訪ねるのに同行してきたのは、マールやフィオにしても驚きのようだったが、ゲオルードやラフラシアとの戦いを通じて少しは私に親しみのようなものを抱いてくれたのだと期待したい。
 思い思いに絨毯の上や椅子、ベッドの上に腰を落ちつけた私達は、それぞれ酒や果汁水で満たした杯を掲げて、小さく乾杯と言って口を付けた。
 私の手には、ウッドエルフ特有の精緻な草花の細工が施された錫の杯が握られ、中にはいくつもの花を酒精に漬け込んだ黄色みがかった花酒が注がれている。

「皆が無事に帰ってきてくれて、マールはとっても嬉しいですよ! 待っている間ずっと心臓がドキドキしてたですよ」

 特等席であるフィオの膝の上に座ったマールは、私達がサイウェストの村に凱旋した時にも言った事を何度も繰り返している。
 自分一人が村に置いて行かれた事をまだ根に持っているのと、本当に私達の事を心配していたからだろう。
 とはいえ既に耳にたこが出来そうなくらい聞かされているので、そろそろ勘弁して欲しいというのが本音であったが。

「あははは、マールったらそればっかり言うわねえ。でも正直に言うと思っていたよりもずっと辛くって、生きて帰れないんじゃないかって何度も思ったわ。
 こうして無事に帰って来られたのは、クリスティーナとセリナとドランのお陰よね。特に私はクリスティーナ達と一緒だったから、どれだけ助けられたか分からないもん」

 サイウェストに帰って来てからも華奢な体で精力的に動きまわったフィオは、私達の部屋に来てからすっかり寛いだ様子で、手に持った果実酒の杯を傾け、時折皿に盛った木苺と口に運んでいる。
 あまり酒が強くないのか、まだ二杯目だというのに頬に赤みが差しつつあった。
 その赤みの差した顔でフィオはクリスティーナさんを見つめ、にっこりと笑む。

「それに~、クリスティーナったら皆にもてもてよね。ウッドエルフも狼人もアラクネも問わず大人気なんだもの。びっくりしちゃったわ。まあ、皆、女の子なのはどうかと思うけど……」

 マールの言う通り、今回の戦いを通じてクリスティーナさんは実に多くの森の民達の心を奪ってしまい、サイウェストの村に戻って落ち着いてからというもの、全ての種族の女性達から何かにつけて声をかけられ、熱い視線を向けられ、身体を寄せられたりしている。
 竜としての感性を持つ私からしても、彼女らがクリスティーナさんにどのような感情を向けているのかは明らかで、クリスティーナさんは受け入れるつもりは無いが、さりとて無碍にする事も出来ず、困ってばかりいる。

 そんなクリスティーナさんの様子が見ていて面白いので助ける事はしなかったのだが、その所為でクリスティーナさんはすっかり気疲れしてしまい、私達と一緒の時になると少しだらしない位に気を抜くほどであった。
 赤い唇に運んでいた杯を止めて、クリスティーナさんはマールの言葉に、重く長い溜息を吐いた。これは思ったより重症だったのかもしれない。

「悪気は無いと分かるから適当にあしらう事も出来なくてね、もう疲れたよ。まだあれが続く様だったらまたゲレンを相手に戦う方が気が楽な位だ」

 そう言ってクリスティーナさんは自棄気味に黄金の葡萄酒をぐいっと呷る。
 ごくごくと勢いよく飲み干す度にクリスティーナさんの白い咽喉が動き、まるで卑猥な行為をしている様な妖しさがあった。

「私はもうあの大きな人と戦うのは嫌ですよ。夢に出てきそうなくらい怖かったし……。
 所でクリスティーナさんは魔法学院でもあんな感じなんですか? フィオちゃんの言う通り大人気っていう感じでしたけど」

 人間の生活に興味津々の様子のセリナが、両手で持った花酒をごくごくとかなりの速さで干しながらクリスティーナさんに聞いた。
 ベルン村での生活にも慣れ、人間に対する苦手意識や警戒の念が薄れてきた事もあって、より人間の集まる都市部や学院と言う特殊な環境に興味を抱くのは私も分かる。

 クリスティーナさんは手酌で黄金葡萄酒を杯に注ぎ、ぐいぐい呷りながら返事をした。
 意外に酒好きなのか? この飲みっぷりだとかなりの大酒飲みかもしれん。

「流石にあそこまで積極的というか露骨ではないが、手紙や贈り物は良く貰うよ。
 あと視線なんかはしょっちゅうだ。まったく、私は見世物じゃないというのに、まったく」

 クリスティーナさんはいじけるように口を尖らせる。ふむん、なかなか可愛らしいが、酔いが回っている様子は無いから、この緩く砕けた雰囲気に流されているのか?
 普段のクリスティーナさんの影を帯びた姿からは少し想像が出来ない位に、十七歳と言う年相応と言うか、特別ではない反応だ。

 これまでの影を帯びた儚い佳人という雰囲気には危うさゆえの魅力があったが、今の普通の人間と変わらない雰囲気の方が、私には好ましく思われた。
 まだ二十年も生きていない人間が、他人に言えない様な苦悩を抱えている姿を傍らで見るのは心苦しいものなのだから。

「クリスティーナさんの見た目なら仕方ないだろう。ただクリスティーナさんの様子を見るに、あまりそう言った人達を寄せつけてはいないと思うが、それで魔法学院は楽しいかい?」

「別に見た目を評価して貰えるのは光栄だが、私と言う人間の外側しか見ていない評価では喜ぶべきものも喜べん。
 まあ、その……私が人付き合いが苦手と言うか、人を寄せつけない雰囲気を発しているらしい所為もあるだろうが……いや、まったく友達がいないわけでは……ない、うん、無いぞ」

 思い当たる所があるらしく、クリスティーナさんは私の視線から顔を背け、もごもごと聞きとりにくい小声でぶつぶつ言い始める。
 ああ、クリスティーナさん、友達が少ないんだな、と私は直感した。となるとあまりこの話題で話をするのは虐めているみたいで気の毒だな。

「なになに、クリスティーナって友達少ないの?」

「う……そ、それは……」

 そう思った矢先にフィオが見事にクリスティーナさんの心に刃を突き立てた。しかも頭のフィオにはまるっきり悪気は無い様子で、目をぱちくりさせている。
 瞬く間にあれだけの森の民達から人気を集めたというのに、魔法学院では友達が少ないらしい事に驚いてつい口を滑らせたのだろうが、なんとか口を滑らせないで欲しかった。

「え、本当に?」

「い、いないわけじゃ……ないぞ。挨拶くらいはするし、お茶会に誘ってくれる相手だって……一応、いる…………」

「あ~ごめんね。うん。まさかクリスティーナがそうだとは思わなかったから、ついね?」

「…………ふ、いいさ、どうせ私は……」

 それきりクリスティーナさんはがくりと肩を落として、それから無言のまま手に持った杯を傾け始める。ふむ、拗ねたか。
 え、え、とフィオはようやく自分の失言の効果が甚大であった事に気付いたらしく、気まずそうに私やセリナの顔を見回すが、私だってこんな様子のクリスティーナさんを見るのは初めてなのだから、都合の良い解決策をすぐに提示する事は出来ない。
 そう思っていたらセリナがいやに陽気な声を出した。

「まーまー、クリスティーナさん。ここに居る皆はクリスティーナさんの事が好きですよー。
 私はクリスティーナさん大しゅきーー!! ねえーどらんしゃんも好きでしゅよね~」

 んん? セリナの呂律が怪しいな。それに首から耳まで赤いし、これは酔いが回り始めたのか? 
 そういえばいつの間にかセリナの周りに空になった陶器や酒瓶が転がっている……。
 とはいえセリナの言う事に私は同意だったので、とりあえず頷いておいた。

「そうだな。セリナの言う通り、私はクリスティーナさんの事が好きだよ。
 外見は言うに及ばず、勇気があって優しさもあって心も綺麗な女性だからね。出会えた運命に感謝しているくらいさ」

「マールもクリスティーナの事、好きですよー! 特にクリスティーナの銀色の髪がお日様を浴びてきらきら輝いているのは、とっても綺麗で素敵ですー」

「ふふ、私も好きよー。まさかマールを助けに行った先で出会った人間にこんなに助けられるなんて思わなかったけど、それを抜きにしても貴方達は気持ちの良い人達だからね」

「わらしはラミアでしゅけどね~~」

 とセリナがケタケタと底抜けに陽気な笑い声をあげる。酒の味は気に入ったらしいが、どうやら酒は強く無かったようだ。
 大蛇の下半身の方もなにがなにやらにょろにょろと動いていて、蛇が酔っぱらったらこうなるのだろうか。

 あっはっはとフィオはそんなセリナの様子を見て実に楽しげに笑い、先ほどからほとんど会話に参加せずに、杯を傾けていたディアドラに話の矛先を向けた。
 こちらは暗闇に朧に浮かび上がるほどに白い肌に変化は見られず、酒精の影響をほとんど受けていない様に見える。

「ディアドラはどうなのよー。貴女、さっきからお酒飲むばっかりで何にも話をしないじゃない。何の為にここに来ているのよー」

「こんなに貴女達の酒癖が悪いと知っていたら、来なかったかもしれないわ。フィオ、貴女、お酒を飲んでいいってデオから許可を得ているの?」

「なによ~、お酒くらいお父さんの許可が無くたって飲むわよ。あのね~、この花酒に漬け込んだ花はね~、私が丹精込めて育てた花なのよ。なら私が飲むのが筋ってもんでしょ~」

「酔った者勝ちというわけね。まったく、それと質問の方だけど、クリスティーナの事は少なくとも嫌いではないよ。
 あまり話はしていないけれど、命懸けで戦ってくれたし、戦いが終わった後も森の皆の為に随分働いてくれているもの」

「いや当たり前の事をしているだけだよ。そんなに褒められるような事ではないさ」

 立て続けに褒められた成果で、クリスティーナはさっきまでの沈黙を破って顔を上げているが、その顔は酒精とは違う理由で赤くなっており、ふむむん、どうやら照れているらしい。

「なんだ、クリスティーナさん、照れているのか。可愛い所があるじゃないか」

「そ、そんな事は無いぞ。照れてなんかいないよ。照れてなどいないともさ」

 では喜んでいると勝手に解釈するとしよう。
 それから私達は次々と酒を干し、明日訪れる席別の悲しみを忘れるように楽しく騒ぎ続けた。
 クリスティーナさんは超人種の肉体を持っている為、身体に酔いが回るよりも酒精を分解する方が速いらしく、どれだけ杯を干しても一向に酔う素振りさえ見せなかった。

 これは私や黒薔薇の精として極めて高い毒に対する耐性を持つディアドラ
も同じだったが、マールとフィオとセリナはそうも行かず、マールは早々に夢の国に旅立ち、空になったバスケットに布を敷いてその上で横になり、すやすやと寝息を立てている。

 多少酔っ払った二人が鬱陶しく感じる時もあるが、村では祭りの日でも無いと飲めない位の量の美酒と上手い食事が堪能出来たし、周りは様々な種族の美女だらけであったし、私は非常に楽しくお酒を飲み続ける事が出来た。
 そうして夜が更けて行く中、フィオが森の民に伝わる歌を歌い、私も辺境の民が愛する歌を披露した。

 楽器の伴奏こそないがなにより良い気分であった事もあり、皆がどんちゃん騒ぎに飲まれていた事もあって、私達の歌は寝ているマールを起こさないよう控えめな拍手を持って受け入れられた。
 私達がそれから更に何曲か歌い終わった後、相変わらず酒にこそ酔わないが雰囲気に酔い、気分が良くなっているらしいクリスティーナさんが、昔、母から教えて貰ったと言う詩を口ずさんだ。

 それはむかしむかしの、どれほどむかしかすらわからない時代のある勇者の歌だった。

 ある所に少年が居た。困っている者が居ると放っておけず、自分の痛みより他人の痛みが気になる、そんな少年だった。
 やがて少年は生まれ育った場所を離れ、様々な土地を訪れる。訪れる先で様々な人と出会い、人を助け、苦難に合い、冒険をしてゆく。
 はるか天空の彼方に浮かぶ大地。光の届かぬ海の底に築かれた城。大地に走る割れ目の底に広がる大湖。
 何処ともしれぬ土地を訪れ、少年は多くの人々と出会い、絆を紡ぎ、仲間を得て行く。

 全ての精霊王と心を通わせたハイエルフの精霊使い。
 幼き頃より善き神に仕え神の愛娘とまで讃えられた神官。
 森羅万象に通ずるあらゆる法則を解き明かした大魔法使い。
 独特の剣技と武具を持つある国の剣士。
 辺境に住まう蛮族出身の屈強なる戦士。
 ある宗派に属し人々を信仰と拳を持って守護する修道僧。

 仲間達との冒険を重ねて行く中で少年は青年となり、その高潔さと善行、偉業の数々は人々に広く知られ、青年は不世出の勇者、希代の大英雄として知られてゆく事となる。
 青年の名声はあまねく世界に知れ渡り、時に人ならぬ者達の心も掴み、世界樹を倒さんと幹を齧る邪悪なる竜を討つ時には、白き鱗を持つ竜の助力を得た。
 元よりクリスティーナさんの声は透き通るように美しい響きを持っていたが、クリスティーナさんの歌にはまるで自分がその場にいるかのような感覚を抱かせる力があった。

 酔っぱらってケラケラと笑い声を上げていたセリナやあはははと笑いっぱなしのフィオも、クリスティーナさんの唇が歌を紡ぎ始めるとぴたりと笑いを止めて、耳ではなく全身で感じるようにしている。
 七人の勇者達が白い竜の助力を得て邪竜を討った所でクリスティーナさんは歌を止めた。
 この話にはまだまだ続きがあるのだろうが、これ以上先は歌いたくなかったのかもしれない。

 クリスティーナさんの歌が終わった後、部屋に訪れたのはしんと静まった静寂だった。
 クリスティーナさんは私達が黙している事に気付くと、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
 酒では赤くならないクリスティーナさんも、羞恥の念を覚えれば赤くなるらしい。

「あはは、いや、拙い歌を聞かせてしまってすまない。母から教えて貰って随分経つし、歌うのも久しぶりだったからな」

「いえいえ、そんなことらいですよ、クリスティーナさん。とってもうまくって、わらしかんどーしちゃいました」

 長い蛇舌が絡みあっているのか、セリナは一層呂律が回らなくなっていが、それでもクリスティーナさんの歌に感動したのは本当の様で、青い瞳をキラキラと輝かせている。

「私も私も! 全ての精霊王と心を通わせたハイエルフは、ちょっと聞いた事無いけれど、びっくりしたわ。
 クリスティーナは顔だけじゃなくって声も綺麗な上に歌もうまいのね~。
 それになんていうか凄く心がこもっていて、まるで私達が歌の世界に居る見たいだったもの」

「そ、そうか? はは、そう言ってくれたら母も喜ぶよ。恥ずかしいのを堪えて歌った甲斐があったな」

 テレテレと照れるクリスティーナさんに、私はとても穏やかな声でこう問いかけた。
 私の心は人間に生まれ変わってからでも、数えるほどしかないくらいに平穏な気持ちになっていた。

 クリスティーナさんの歌の内容は、私にとても懐かしい記憶を呼び起させるものだったのだ。
 そうなぜならばクリスティーナさんの歌に出てきた青年とその仲間達は、竜であった私の命を奪ったあの七人の事に違いないだろうだから。

「クリスティーナさん、その歌はお母さんから習ったのかい?
 村では一度も聞いた事がない歌だが、クリスティーナさんの家に代々伝わる歌かなにかなのかな?」

「え、ああ、この歌は母の一族に代々伝えられてきた歌だよ。小さい頃から何度も聞かされてきたから、すっかり憶えてしまったよ」

「そう、そうか」

「ドラン? どうかしたか、気に入らなかったかな?」

 私の不興を買ったと勘違いしてしまったようで、クリスティーナさんは心配そうに私の顔を覗きこんで来る。
 ふむ、クリスティーナさんを不安がらせる意図は無かったのだがな。

「気に入らなかったわけではないさ。むしろ好きな位だよ。ただ邪悪な竜を退治してからの続きは無いのかと思ってね。
 もし続きがあるのなら、是非とも聞かせて欲しい」

「それは、いや、すまない。この歌はここまでなんだ。白い竜と共に勇者達が邪悪な竜を退治して、それでおしまいさ」

 クリスティーナさんは褒めて貰った喜びに緩んでいた顔を引き締め直して、私に続きは無いときっぱりと断ったが、私はそこに嘘を見た。
 その続きは私達に語れないとクリスティーナさんは考えたのだろう。

 何よりも私が実体験として知っているのだが、これ以上追及する気にはなれなかった。
 まさかとは思うが、もしクリスティーナさんが私の考えている通りならば、運命の三女神が紡ぐ運命の糸は何とも皮肉な模様を描いたものだ。まあ、まさかな。

「続きは無いのか。それは残念だ。本当に、残念だよ」

「その、すまない。まさか、そんな風に悲しい顔をされるとは思わなくて、その……」

 自分でも思わず残念そうな声を出してしまった所為で、クリスティーナさんは余計に悲しみに沈んでしまい、しまったと私は胸の内で失敗を悟った。
 私とクリスティーナさんとの間に気まずい雰囲気が出来上がった瞬間、そこを狙い澄ましていたかのようにセリナが私の首筋に抱きついてきて、勢い激しく頬ずりを始めて来た。
 痛たたた、いかん、これは頬の皮が剥ける!?

「どらんしゃん、なにをクリスティーナさんをー、困らせているーーんでしゅか~? そんな悪い子は~~おしおきなのれす!!」

 ふん、と鼻息を荒くしたセリナはそのまま更にぐりぐりと力を増して頬ずりを始め、ついでに大蛇の下半身を私の身体に何重にも巻きつけてくる。
 ぐおお、酔っぱらっている所為で力加減が出来ていないようで、普通の人間だったら全身の骨が折れかねんぞ、これは。

「あはははは、いいぞー、セリナー! クリスティーナさんを困らせたドランにぴったりのお仕置きだ~~」

「本当に酒癖悪いわね、この子達」

 いやディアドラ、溜息を吐く暇があったら私を助けて欲しいのだけれども。

「ど、ドラン大丈夫か? セリナ、やり過ぎは良くないぞ。ほら、私は気にしていないから、良い子だからね」

「ふっふっふ、クリスティーナさんは~優しいですから、そんにゃことをいうのはおみとおしなのれす。
 らいひょうふ、わらひがきっちゅるとどらんしゃんをこらひめまふよ!」

 セリナの吐息には濃厚な酒の匂いが混じっていた。少し目を離していた隙にこの蛇娘は、さらに何本か酒瓶を空にしていたらしい。
 絡み酒という奴らしいが、ラミアであるセリナの場合、まさしくこのように物理的にも絡んで来るようだ。
 それから私はセリナに絡みつかれたまま解放される事は無かった。
 今後セリナが酒を飲む事があったなら、飲み過ぎない様に注意しよう。私は心からそう誓った。



 酒の匂いが立ちこめる部屋で夜を明かした次の朝、私達はオリヴィエ、ディアドラ、ギオ、フィオ、マールらに見送られる形でサイウェストの村を出立した。
 元々持ってきた荷物に加え、今回の戦いでの助成へのお礼と言う事で、様々な物を持たされて荷物はベルン村を出立した時の倍くらいになっていた。
 特に別れを惜しまれたのはサイウェストに滞在していた短期間で、複数の信奉者を獲得していたクリスティーナさんであった。

「お姉様、これ受けとってください。これ、私の糸で編んだシャツです」

「クリスティーナ様、これもどうぞ。お帰りになる途中で食べて。あたしが焼いたフルーツタルト!」

 とまあこんな調子で先ほどから何人もの女性に周囲を囲まれ、クリスティーナさんは怯んだ様子であたふたとしている。
 ふーむ。羨ましいような大変そうだから遠慮したいような、複雑な感じだな。
 一方で昨日さんざん私に絡んできたセリナはと言うと、まだ酒が抜け切っておらず、酔い覚ましの薬を飲んだがそれでもまだ頭痛がしているようで、大人しくしている。

「セリナー、大丈夫です? マールは昨日途中で寝ちゃったから知らないですけど、あんまりお酒を飲み過ぎるのはよくないですよー」

「そうそう、セリナったらドランに二重の意味で絡んで大変だったのよ」

 フィオめ、自分がさんざん煽っておいてどの口が言いよるか。一ヶ月くらい精霊が口をきいてくれなくなるようにしてやろうか、と一瞬恨み節が私の心の中に吐きだされたのは誰だって許してくれると思う。

「うん……本当に、反省しました。ドランさんも、体中に鱗の跡を付けてしまってすいません……うう、頭、がんがんする~」

「私は気にしていない。ただ今後は気を付けて欲しい所だけれどね。さあ、そろそろ出発しよう。あまり遅くなってしまっては約束の期限を過ぎかねない。村の皆に余計な心配はさせたくない」

 私が声をかけるとセリナは実に力の無い弱々しい声ではい、と返事をし、クリスティーナさんは女の子たちからの贈り物をなんとか荷袋に詰め込んで、ほっと安堵の息を吐いた。
 クリスティーナさんにとっては魔兵との戦いの方が、女の子の扱いよりも気楽かもしれないな。
 いよいよ私達が出立するという段になって、オリヴィエやディアドラ達がそれぞれに別れの言葉を告げてきた。

「クリスティーナ、ドランとの出会いは貴女にとって良い縁のようですね。貴女を知る者として嬉しく思います。
 セリナ、貴女もクリスティーナにとっては良い友達の様です。ありがとう。ただお酒には気を付けましょうね。
 それとドラン。貴方はデンゼル師が推薦する以上に優れた魔法使いであり、そして戦士でもあります。
 ガロアに来る事があったなら、一度魔法学院を訪ねて来て下さい。歓迎しますよ」

「魔法学院ですか。過分な評価に恐縮の限りですよ、オリヴィエさん。クリスティーナさんとすぐ会えるというのは魅力的な提案ではありますけれどね」

「考えておいてください。改めて貴方達の尽力に心からの感謝を、ありがとう」

 そう言ってオリヴィエが実に品良く、優雅に頭を下げた後、手に小さな袋を持ったディアドラが進み出てきて、照れ隠しなのかややぶっきらぼうな調子で口を開く。

「貴方達には、特にドランには何度も助けて貰ったから、私なりのお礼よ。受け取って」

 そう言って差し出してきた小袋を受け取り、何が入っているのかと中を覗いてみるとそこには薔薇の種がいくつも入っていた。

「これは、なるほど、黒薔薇の種か」

「ええ。私の種子よ。黒薔薇は滅多に咲く事の無い薔薇だし、魔法薬の材料にも適していると聞いたわ。
 特別に咲きやすいようにしておいたから、貴方の故郷で育てればたくさん咲く筈よ。それを売ってもいいし、魔法薬の材料にしてもいいわ」

「ふむん、これは思いがけないものを貰ったな。
 お礼が欲しくて君を助けたわけではないが、ありがとう、ディアドラ。君の心遣い、確かに受け取った。
 たまにはベルン村に遊びに来てくれ。これといって何か特別なものがある場所ではないが、私なりに精一杯歓迎する事を約束しよう。単純にディアドラと会えるのは嬉しいしな」

「そ、そう? そうね、私もドランと会えるのは楽しみだわ。それと、これは貴方個人へのお礼よ」

 不意にディアドラが更に一歩前に進み出て、黒薔薇の香りが鼻を擽ったと思った時には、ディアドラの唇がおそるおそる私の唇に重なっていた。
 柔らかで濡れた唇の感触が黒薔薇の香りと共に訪れて、私は思わぬディアドラの行動に目を見開いた。
 ディアドラの唇はすぐには離れず、他の皆が驚く中でしばし私の唇と重なり合い続けた。

 私とディアドラの口づけを目の前で見せつけられたクリスティーナさんはと言えば、こちらも頭のてっぺんまで茹でられた蛸のように赤くし、口をぱくぱくと酸欠の魚みたいに開閉していた。
 どうやらクリスティーナさんには私とディアドラの長い口づけは刺激が強すぎたらしい。

 大人びた外見と物腰にどこか厭世的な雰囲気から、老成しているようにさえ見える事があるのだが、どうやらかなり初心なようだ。これもまた意外だ。
 ようやく私の唇からディアドラの唇が離れたのは、二日酔いの頭痛にも構わずセリナが素っ頓狂な叫び声をあげた時だった。

「な、ななな、なーーーーーーーーーー! でぃ、ディアドラさん、な、なにをしているんですか!? 
 私だってまだドランさんとしてないのに!!!」

「な、何ってただのお礼よ。ドランには命を救われたし、こ、これ位は当然でしょ」

 わなわなと震えながら叫ぶセリナに、ふいっと顔を背けてディアドラは答えたのだが、首筋から耳の先まで真っ赤にしているのが見えて、私には妖艶という言葉の化身のようなこの黒薔薇の精が、可愛くてしかたなく見えた。
 やいのやいのと騒ぐセリナと自分の行いに恥じらいを覚えて、顔を背けるディアドラのやり取りを見ていると、私はゲオルグとの戦い以来胸中に抱いていた一抹の不安を忘れる事が出来た。
 あの時、一時的にとはいえ魔界でかつての竜種としての力を振るった事で、前世において因縁のある邪神達に私の転生を察知されたのではないか、そしてそ奴らが今後人間に生まれ変わった私に牙を剥くのではないかと言う不安を。





―――――見つけた。見つけた見つけた見つけた。あはははは、うふふふ、あははははは!! 滅んでいるわけがないと思っていたけれど、まさかそんな姿になっているなんて! あはははは、また君と遊べるなんてこんなに嬉しい事は無いよ、待っていてね、ドラちゃん!!
拙いといわれても仕方がないなあ、という感じでどうにも難産でした。
リメイク前のディアドラ編とゴブリン襲来を足したエピソードでしたが、いかがでしたでしょうか。ではまた次回にて。
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