投資情報サイトの『投資比較サイト』提供アイコン

ブログトップ

カテゴリ:千早抄 (体験談)  

  • 小さな一歩でしゅっぱ~つ♪
    [ 2014-08-20 21:50 ]
  • 千早抄 (あとがき)
    [ 2014-08-20 21:17 ]

小さな一歩でしゅっぱ~つ♪  

2014年 08月 20日


☆あなたから教えられた信心。

以下に、千早さんの御母さんから頂いた壺に活けた花の写真を添付します。
写真解説.「濃い青色の壺に活けた赤、白、ピンクのシャクヤクの花の周囲をカスミソウが囲んでいます」


帰宅してしばらくして、私は花屋に行きました。
そこに、ひときわ美しく咲いているシャクヤクを見つけました。
私の奥さんに見立ててもらって、3色のシャクヤクを購入しました。
これをお母さんから頂いた花瓶に活けました。
花瓶の過去の記事は、→ここをクリック!
この花を眺めながら、私はあなたのお母さんに手紙を書いたのです。
私は学会員ですが、あなたのお母さんは学会員ではありません。
けれど、隔たりも、障害もありません。
私たちは、千早さんを取り巻く家族なのですから。

○励まされたのは私でした。


千早さん、あなたは勝利者です。
あなたの家族は、あなたの永遠の味方です。
そして、あなたは強く気高い創価家族と共にあります。
私はとても満足しました。あなたの幸せと勝利をすっかり見させていただいた。
今、あなたは長年の仕事で親指を痛めてしまった。それが悩みの種ですね。
ある、全盲の人の書籍に、次のように書かれていました。
「命の次に大事な指です」と。
あん摩マッサージの仕事で、指はもっとも大事な宝もの。
痛みで思うに任せない治療はお辛いことでしょう。
でもね、あなたはその指で、無数の人々の苦痛を取り除いた。
延べ1万人を超える人たちに奉仕したあなたの指‥
その痛みはあなたの勝利の証です。
それだけ、あなたは利他に生きたということなのですから。
私たちの胸中には、宮殿があり、そこに究極の底力がありますね。
宮殿の扉を開き、底力を取り出していくならば、どんな障がいも乗り越えていける。
そのことをあなたはすでに示されました。そして、これからも‥
私、沢山のことを学ばさせていただきましたよ。
あなたの人間革命の物語から、勇気と希望を一杯いただきました。
あなたのモットー、小さな一歩でしゅっぱ~つ♪
私も生涯、このモットーと共に前進してまいります。
千早抄のカテゴリは、→ここをクリック!
記事作成の経緯は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

by sokanomori3 | 2014-08-20 21:50 | 千早抄 (体験談) | Trackback | Comments(3)

千早抄 (あとがき)  

2014年 08月 20日


☆千早抄作成の経緯。

このほど、千早さんの体験を「千早抄」としてまとめました。
8月14日から書き始めた10編の記事を読みやすくするために順番に並べ替えました。
この物語は、インタビューから3ヶ月以上の時間を経て完成したものです。

○千早さんとの出会い。

私は3年前、ネットで 視覚に障害がある千早さんに出会いました。
最初、「文字と写真でつくられている もの言わぬブログを、目が見えない人が なぜ見るのだろうか?」と不思議に思いました。
実際には 音声ソフトで 聞いていることを知りました。
ある日、その千早さんからメールが届きました。
「ブログを立ち上げたので、アドバイスが欲しい」とのことでした。
以下に千早さんのメール(2012年9月4日)を示します。(抜粋)



「自己紹介いたします。
家族で私のみ信心しています。
※、※、※、※、猫、金魚と住んでいます。
小さい時から自信のない人間でしたが、20歳の時、生きていけないと思うくらい自分に自信がなくなり、信心を始めました。
目のことでは、特に、高校生の時に病名がわかってからは、変に納得し、「失明するでしょう」と言われても、どうせ、もう見えないと思って、ショックより納得で、視力が徐々に下がる恐怖心も本当に感じない鈍感な私でした。
病名は、網膜色素偏性症で、全盲です。左目は光を感じるくらいです。
窓の外が明るいとか、蛍光灯が視野に入れば、「なんか光っているのかなあ」とわかりますが、窓の形も蛍光灯の形も全くわかりません。
小さい頃は網膜色素変性症の症状が軽く、高度近視もあったので、めがねをかけて0.1の視力でした。でも、近くは何でも見えて、絵や漫画を描くのが好きでした。
徐々に視力が落ちる病気なので、高校の途中から近くも見えなくなってきて盲学校に転校しました。
盲学校の時、学会に入会し、鍼灸マッサージの資格も取りました。
私のブログは、自在会の人が見つけて読んだところで、大白の抜粋された本文と通解のみを、ただうつしているだけで、どれほど必要とされるのか、役に立つのかなんて全くわかりません。
日記は視覚障害に関わることなどをなるべく入れておくと、誰かが検索した時に、偶然ひっかかってくれるといいな、という思いもあって書くことにしました。
でも、せっかくやるんだったら、しっかり祈って取り組んで、何か誰かの役に立てたら嬉しいんですけど‥
私、信心はまだまだだし、世間知らずなので、学会に傷をつけるようなことがあってはいけませんので、勝手に一人でやらず、きちんとした人にチェックを入れていただいた方がいいと思い、あつかましくお願いいたしました」



この一通のメールから千早さんと交流が深まり、やがて ひらがな御書が生まれました。
もし、千早さんのご家族が学会員だったら‥私はひらがな御書を作らなかったことでしょう。彼女は家族の中で唯一の学会員だったのです。
過去に、千早さんのことを旧ブログに記事にしています。
千早さんとのメール内容、→ここをクリック!
千早さんとのリアル会談、→ここをクリック!
ひらがな御書の誕生、→ここをクリック!

○再会とインタビュー。

千早さんに最初にお会いしたのは、昨年の4月でした。
そして、ひらがな御書がホームページになったのは本年3月です。
無我夢中で、ひらがな御書をカタチにして、人心地になったとき、私は千早さんとのもう一つの約束を思い出しました。
それは、「またお会いしましょう」と申し上げたこと。
ふと「今、会えないだろうか」と思ったのです。
それは、「人の命の保証はない」との考えからです。へんな話ですが、私が死んでしまうということもある訳で、約束を果たしたかったのです。
私は、過去から「千早さんの体験書きたい」と申し上げていました。
この機会に「体験記事作成のためにインタビューをさせてください」とお願いしたのです。
本年4月末、私は千早さんのご自宅に出向きました。
そのときのインタビューをもとに、この千早抄を記事にいたしました。
これが千早抄執筆の経緯です。

千早抄のカテゴリは、→ここをクリック!
千早美術館は、→ここをクリック!

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
ブログトップへ

by sokanomori3 | 2014-08-20 21:17 | 千早抄 (体験談) | Trackback | Comments(2)