2015年03月23日
聖人は情にとらわれない
≪恵子が荘子に言った。
「人間には元来、情がないのであろうか」
荘子は答えた。「そのとおりだ」
「もし人間に喜怒哀楽の情がなければ、
どうして人間ということができようか」
「自然の道が顔かたちを与え、
天が身体の形を与えてくれている以上、
人間であるというほかはないではないか」
「これを人間と呼ぶからには、
情がありえないはずはあるまい」
「君のいう情は、わしのいう情とは違っている。
情をもたないとわしがいうのは、
その人間が好悪の情によって
自分の身を傷つけることなく、
常に自然のままに従い、自然の生命の働きを
人為的に助長しようとはしないことだ」
「だが、自分の生命の働きを
助長するようにしなければ、
自分の身を保つことはできないではないか」
荘子は、これに答えて言った。
「自然が顔かたちを与え、天が身体の形を
授けてくれたのであるから、
これをそのままに保てば、それでよい。
ただ好悪の情によって、自然から与えられた
わが身を傷つけないことだ。
それが、ただ一つの養生法だよ。
ところがいま、君は自分の心を外に向かわせ、
自分の精根を使いはたし、樹木によりかかっては、
呻きにも似た苦しい声をあげ、机にもたれては、
眠りにも似た瞑想にふけっているではないか。
せっかく天が君に
その身体を選んで授けてくれたのに、
君はそれを大切にしようとはせず、
堅白同異の論などに夢中になり、
世間の名声を得るという
不自然なことをしているのだ」
今日は「荘子」の中から、
「聖人は情にとらわれない」を紹介しよう。
解説は次回にしようと思う。
「人間には元来、情がないのであろうか」
荘子は答えた。「そのとおりだ」
「もし人間に喜怒哀楽の情がなければ、
どうして人間ということができようか」
「自然の道が顔かたちを与え、
天が身体の形を与えてくれている以上、
人間であるというほかはないではないか」
「これを人間と呼ぶからには、
情がありえないはずはあるまい」
「君のいう情は、わしのいう情とは違っている。
情をもたないとわしがいうのは、
その人間が好悪の情によって
自分の身を傷つけることなく、
常に自然のままに従い、自然の生命の働きを
人為的に助長しようとはしないことだ」
「だが、自分の生命の働きを
助長するようにしなければ、
自分の身を保つことはできないではないか」
荘子は、これに答えて言った。
「自然が顔かたちを与え、天が身体の形を
授けてくれたのであるから、
これをそのままに保てば、それでよい。
ただ好悪の情によって、自然から与えられた
わが身を傷つけないことだ。
それが、ただ一つの養生法だよ。
ところがいま、君は自分の心を外に向かわせ、
自分の精根を使いはたし、樹木によりかかっては、
呻きにも似た苦しい声をあげ、机にもたれては、
眠りにも似た瞑想にふけっているではないか。
せっかく天が君に
その身体を選んで授けてくれたのに、
君はそれを大切にしようとはせず、
堅白同異の論などに夢中になり、
世間の名声を得るという
不自然なことをしているのだ」
今日は「荘子」の中から、
「聖人は情にとらわれない」を紹介しよう。
解説は次回にしようと思う。
Posted by 合同会社琉球の未来 at 10:19
│中国古典を活用